16 ダイVSザムザ戦(3)

 ザムザに攻撃する際、ダイはわざわざ彼に『止めろ』と呼びかけている。
 正直、この呼びかけはダイにとっては不利なだけだ。ザムザは敵を察知する能力はさほどでもないのか、すぐ後ろに迫ってくるダイに気がついた様子はなかった。

 それに気が散り易いと言うべきか、目前の敵であるダイやポップ、それについさっきまで抹殺対象としていたはずのロモス王を差し置いて、生体牢獄に近づいたチウに注意を向けていた。

 チウに攻撃しようとしていたザムザは、隙だらけだった。もし、ダイが攻撃を優先したければ、無言のまま攻撃を仕掛ければ不意打ちとして大ダメージを与えられただろう。

 だが、ダイにとって優先すべきは、敵への攻撃ではなくて仲間の援護だ。そのために多少自分が危険になってもいいと考える優しさと、自分自身の頑丈さへの自負が、ダイにはある。

 実際、ダイのこの声かけを聞いて、ザムザは攻撃目標をダイへと変えてきた。火炎系最大呪文でダイを攻撃してくるが、さすが勇者と言うべきか、ダイは全くこの攻撃には怯まない。

 自分一人になった途端、ダイは防御方法をがらりと変えている。
 単に敵の攻撃を受け止めるのではなく、敵の攻撃を竜闘気で受け止めながらその拳で相手に殴りかかっている。

 攻撃は最大の防御だと言わんばかりに、防御と攻撃が直結しているのだ。
 最もこの時の攻撃は、ザムザにダメージを与えるものではなかった。ダイは炎の魔法をあっさりと蹴散らしただけで、マァム達を解放しなければただではすまさないと脅しつけている。

 この駆け引きにも、ダイの成長が現れている。
 クロコダイン戦を思い出して欲しい。あの時はダイは人質にされたブラスを心配する気持ちで一杯になってしまい、敵への対応は二の次、三の次になっていた。

 しかし、仲間達と共に戦う中で、ダイは仲間を庇いながら敵と相対する方法を自然に身につけた。前線に向かない者達は避難させ、捕らえられた仲間を奪還することを優先している。

 自分自身で直接生体牢獄に攻撃を仕掛けようとせず、敵に開けさせるようと考えるのは、冷静な証拠だ。チウがそうだったように、ただ闇雲に牢獄に拘るだけでは攻撃もできなくなるし、敵にとってのいい攻撃目標となるだけだ。

 人質を即座に助け出せる算段がないのなら、敵自身に牢を開けさせるのが最も安全で確実な救出方法となる。

 そのためには、敵を即死させたり、一撃で動けなくなるような攻撃を仕掛けるわけにはいかない。自分の力を見せつけ、脅しつけるという手段が必要になる――これらの前提を、ダイが計算して行動したとは思えない。ダイの場合は頭で駆け引きを考えながら身体を動していると言うよりは、戦いの場で無意識の内に最適な行動を取れる、と言う様に見える。
 
 いずれにせよ、この時のダイの駆け引きはザムザにとっても悪くはない条件提示だった。

 攻撃を敢えて抑えることで、ダイは仲間を解放するのならザムザを見逃す可能性を示唆している。
 武術大会を装って強者を一気に生け捕りにし、一般人しか残らない会場でロモス王を殺害して脱出するのがザムザの計画だとしたら、勇者とその魔法使いが割り込んでくるのは想定外もいいところのはずだ。

 計画に不測の事態が起こった場合、一番確実なのは計画を取りやめて仕切り直すことだ。勇者が捕らえた人間の解放を第一に求めているのならば、交渉の余地も大いにある。

 この時、ザムザが自分の保身を第一に考えるのならば、人質を利用すれば簡単にこの場を脱出できた。相手が人質に固執するなら固執するほど、利用価値は高くなる。駆け引き次第によっては、ダイ達側から大きな妥協を引き出すことも不可能ではない。

 だが、ダイの要求を聞いたザムザは交渉など念頭にもなかったようだ。
 ダイの――いや、竜の騎士の力を目の当たりにしたザムザは、驚愕を隠しきれていない。その表情には怯えすら感じられる。

 しかし、それを理解した後、ザムザは嬉しくてたまらないとばかりに竜の騎士の出現に歓喜している。戦いの場には不釣り合いな哄笑っぷりに、ダイはずいぶんと戸惑っている。

 そんなダイに向かって、ザムザはこれ以上ない程嬉しそうに超魔生物研究について語っている。それも不必要なまでに詳細な上に、熱のこもった語りである。

 研究者にとって、まだ未完成の研究を他者に語ることはまず、利益には繋がらない。基本的に研究という物は関係者以外には興味を持たれない物だし、かといって関係者に語ればアイデアを横取りされる危険性が発生する。

 気の毒なことに、研究者は自分の研究を誇りたいと思いながらも、その発想を出し抜かれる不安を同時に抱えなければならない宿命を背負っている。その意味では、何の遠慮もなく自らの研究を語りまくれる場が与えられるのは、喜ばしいことだ。

 ザムザ視点から言えば、実験動物達しかいないこの会場は自分のアイデアを出し抜くライバルの居ない場所だ。その中でただ一人、自分の研究について語る相手と見定めたのはダイただ一人だ。

 とは言ってもダイの知識を認め、彼になら理解してもらえると思って語っているのではない。

 ダイの存在そのものが、研究目標だからだ。
 ザムザは人工的に、複数の怪物の長所のみを集めて超魔生物を生み出そうとしているが、神々によって生み出されたと言われる竜の騎士は三つの種族の長所を生まれながらに獲得した生物兵器だ。

 ザムザのこの興奮は、芸術品を目の当たりにした芸術家の反応に近い。
 画家が自分の生み出す造形の美を超える自然の美を見て、身を振る悪ほどの感動に打ち震えるように、ザムザは自分の研究の果てを超える存在を目の当たりにして心を大きく揺さぶられている。

 だが、ザムザの超魔生物や竜の騎士への演説は、単に己の中の感動を衝動的に吐き出しただけのものではない。このザムザ最大の長台詞とも言うべき演説は、自分と父親の研究を誇りたいという感情があったのは確かだろうが、もう一つ計算がありそうだ。

 ザムザの演説の後半は、人間や竜の騎士を貶めるものへと変化している。それもかなり露骨な物で、捕らえた人間達は使い捨てのモルモットだと嘲笑い、ダイを飛んで火に入る夏の虫だと揶揄し、ダイの父親バランを化け物だと決めつけた。

 これらの罵倒の連続は、ザムザの本心と言うよりもダイの怒りを掻き立てて本気で怒らせるのが目的だろう。

 実際に、ザムザ自身もダイが本気で怒って戦う力を見たいと発言している。すぐ直前までは、竜の騎士を究極の生物兵器と称賛した舌の根が乾かぬ内に竜の騎士を貶しているのだから、どう見てもこれはザムザの本心とはかけ離れている。

 だが、バランを貶すザムザの言葉は、ダイの本気の怒りを引き出した。
 人間をモルモットとして考える非常さや、ダイを絶好のサンプルだと見下す言葉よりも、父親を貶める言葉こそがダイの怒りを買ったのだ。ダイ自身はまだ自覚はしていないようだが、父親を尊敬する感情が生まれている何よりの証拠である。

 

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