17 ダイVSザムザ戦(4) |
激昂したダイは、凄まじい猛攻をザムザに仕掛けている。 ところで激怒している割には、ダイの行動は極めて合理的だ。 訓練を受けた人間は無意識状態でも的確な攻撃行動を取れると言うが、竜の騎士であるダイには本能的に身に備わっているのかも知れない。 しかし、ダイ自身は非常に緊迫した表情で警戒を崩さない。 とある剣豪の書いた兵法書で『敵と対峙した際、刀の鍔を押し合えば相手の力量を推し量ることができる。その際、無抵抗で押されるがままになる相手がいたとすれば、その時は逃げた方がいい』と言う物を読んだことがある。 本能的に抵抗するはずの自衛行動さえ取らない相手というのは得体が知れないし、どんな奥の手を隠している分からないから戦わない方がいいと言っているのだ。 ダイがこの時感じている緊迫感も、この剣豪が語った警戒心に近いかもしれない。 この時点でのダイによる心理描写やモノローグはないので、彼がザムザの異常にきちんと気がついているかどうかは定かではない。傍らで見学していたポップはザムザの異常を看破しているものの、その情報をダイに伝える余裕がなかったため、情報共有は為されていないのだ。 だが、全力で攻撃を仕掛けているはずなのに、思っているよりも効き目が薄いことに対して漠然と不安感は抱いているようだ。 これは、ちょっと面白い説明だ。 固さを追い求めた防御と言える。 例えば、魚のアンコウは身体が非常に柔らかくとらえどころがないため、まな板の上で捌くことができずに吊して捌くことで知られている。 または、闘犬――ブルドックや土佐犬を思い浮かべて欲しい。だぶついている様に見える皮膚は、相手の噛みつき攻撃のダメージを殺し、牙を滑らせやすくするという効力を持っている。 一見、敵の攻撃をなすがままに受けている一方のように見せかけて、実際には受けるダメージを最小限に抑えて受け流している。これだと、殴っている方は全力で攻撃しているにも関わらず、のれんに腕押しをしているような肩すかし感を味わうことになりそうだ。 しかし、それにも関わらずダイには『逃げる』という選択肢は持たない。 バランが実際に使うところを見て覚えた、と言ったところだろうか。竜の騎士の力に耐えるだけの武器を持たず、攻撃魔法もさして強いものを使えなかったダイにしてみれば、竜の騎士の力を最大限に活かしてぶつけられる技だと思ったのだろう。 だが、この攻撃さえザムザには効果はなかった。 全身の筋肉が盛り上がり、本来のザムザの倍以上の巨体へと変身している。余談だが、この時のザムザの変身はどこかDQ4のラスボスを彷彿とさせる。背中に羽を生やし、4本の角を持ち、左腕に大きな鋏を備えた異形の姿は迫力満点だ。 驚くべきことに、見上げるような巨体にも関わらず超魔ザムザの運動能力は凄まじい。 ダイ以上の速度で動けるのみならず、軽々とジャンプさえしている。 ダイの攻撃を軽く躱した超魔ザムザは、左手の鋏でダイを捕らえている。 刃を抑えるだけで手一杯なってしまい、払いのけることも出来なければ、脱出することもできなくなってしまったのだから。しかも、全力で力を振るったのが徒となり、ここに来て竜の騎士の力が底を突いてしまい力が込められなくなってしまった。 じりじりと鋏が狭まってくる中、ダイは必死に抵抗しようとする物の、この時の抵抗は腕に力を込めて刃の進行を少しでも遅らせる、と言う消極的な行動しか取れないでいる。 このままならば首が切れてしまいそうなダイに対して、ザムザは腹部分に存在する巨大な口を開く。食い殺すと言われて腹に投げ込まれそうになったダイは、残っている力の全てを振り絞って鋏を粉砕している。 この世が食物連鎖によって成り立っている以上、捕食されると言うのは全ての生き物にとって最大の恐怖だ。 生存本能のままに目一杯の力を発揮するのは不思議ではないが、この攻撃でダイは助かったという物の完全に力尽きてしまった。辛うじて受け身を取りながら着地はできたものの、それ以上意識を保つことができずにバッタリと倒れてしまっている。 この勝負は、ダイの完全な負けだ。 だが、自分の力の限界を見極められず、なおかつ、敵の不気味さや思惑をきちんと見定めることが出来ず、感情的に単調な攻撃を仕掛けるしかできなかった。 古い格言で『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』と言う言葉があるが、その言葉が正しいのだとすれば、敵も己も知ることのできなかったダイが負けるのは必然と言える。 |