20 ダイVSザムザ戦(7)

 

 ダイが飲み込まれた際、その場にいた者達はそれぞれが衝撃を受けている。
 その中で最もショックを受けているという点で比べれば、ロモス王の衝撃が一番なようだ。

 兵士達も勇者が化け物にのまれたことを悪夢だと評しているが、彼等はショッキングな光景や、『勇者』の敗北を目の当たりにしたことに衝撃を受けているに過ぎない。

 だが、ロモス王はダイを名前で呼んでいる。
 ダイに初めて勇者の称号を与えたのはロモス王だが、彼はこの小さな勇者に対して称号以上に個人的な親しみを感じているのだろう。ダイが死にかけたこと自体に衝撃を受け、ただ彼の名を呼ぶ点にロモス王の純朴な人柄が溢れている。

 この時、マァムもダイを心配して名を呼んでいる。
 しかし、生体牢獄内にいたため直接ダイが飲まれるところを目撃しなかったマァムは、声のやりとりしか聞こえていないせいかショックが薄いようだ。
 目隠し状態なのが、いい意味でマァムを救っているとも言える。

 その意味では、間近で、しかもダイを救おうとしていたのに果たせなかったポップの方が衝撃が一番大きくても不思議はない。

 だが、ポップはダイが飲みこまれたシーンを目撃したにも関わらず、至って冷静だ。ダイの名を無闇に呼ぶこともないし、ザムザに対して言い返す気力もある。

 これはポップが戦い慣れしてきたこともあるだろうが、何よりもダイがまだ死んでいないと確信しているためだろう。

 近くにいたポップは、ダイが生きたまま丸呑みにされたのを目撃した。
 牙で噛み砕かれず、そのまま胃に落とされただけなら、即死はしないと無意識にもポップは判断したのだろう。

 まだダイが死んではいないと考えているからこそ、ポップは精神的なショックも受けていないし、感情的にならずに済んでいる。

 そして、この時、メンバー内で最も動揺が少ないのは、実はチウだ。
 これは、チウがダイと出会ってすぐというのが大きく影響していそうだ。なかなか情に厚いチウなら、親しい人が危機に襲われたのならば、マァムが囚われた時のように動揺しまくるだろう。

 だが、幸か不幸か、チウにとってこの時のダイはまだ出会ったばかりで他人も同然だ。初対面の印象の悪かったポップよりも好印象だっただろうが、いくら何でもこの短期間で仲間意識を抱いたとも思えない。ダイとポップはマァムにとって仲間だと聞いていたため多少の親近感を抱く程度の希薄な関係だからこそ、彼は感情的な意味で動揺することはなかった。

 しかし、おそらくはチウこそが最大限の恐怖を味わっていたに違いない。
 ザムザ出現時から、動物的本能からチウは恐れを感じてずっと震えていた。それこそ超魔に変身する前から、チウはザムザを警戒し、怯えを隠しきれなかった。

 これは、動物の本能としてはごく当然のものだ。
 基本的に野生の動物は警戒心が極めて強く、敵と見なした存在からは逃走しようとする。熊やライオンのように猛獣の範疇に入る動物でさえ、敵の気配を感じた時の基本的行動は『その場から逃げ出す』だ。

 そして、その場から逃げ出すのが難しい場合、動物達は竦んだように動きを止めて敵の目を誤魔化そうとする本能がある。種類によってはほぼ気絶状態になってまで動きを止め、危機をやり過ごそうとする。

 しかし、チウは本能的な恐怖に打ち勝ってまで戦いを挑んでいる。
 さっきも述べたように、チウはダイに対して強い感情を持っていないので、かつてのポップのように感情任せの暴走したわけではない。チウの勇気の根柢は、本能をも上回る強さで刷り込まれた正義感にある。

 ブロキーナからどんな教育を受けたのかは定かではないが、チウははっきりとした正義感を持っている。

 悪を懲らしめ、弱い者を守る――チウの正義の根幹は、ここにあるようだ。
 この考えが正義だと思うからこそ、チウは悪漢に立ち向かう行動をとろうとする。

 本人はあまり意識していないだろうが、チウは恋愛感情以上に正義感の方が強い。
 その裏付けとなるのが、チウがザムザに戦いを挑んだのがマァム捕獲時ではなく、ダイが飲み込まれた直後だという事実だ。

 チウはおそらく、この場にいる中でマァムが一番強いと考えていただろう。
 ダイの戦いを目撃したとは言え、チウの実力ではあの戦いでダイの凄まじい底力までみきれるとはとても思えない。

 将棋や囲碁などで、腕が立つほど少ない手数で実力を推し量れるが、観戦している素人には決着がつくまでどちらが強いか分からないのと同じだ。

 実戦経験が極端に少ないチウは、これまでの経験から言って老師が一番強く、二番目がマァム、マァムの仲間である勇者はその次、ぐらいの認識しかあるまい。幼児が母親を世界一の美人だと思うように、主観こそが全てなのだ。

 そして、チウの主観上では、この場のナンバー1とナンバー2が敗北した。
 その結果、三番手であるチウが立ち上がらなければならないのは、彼からすれば必然だ。

 感情以上に道義心を重視しているからこそ、チウは自分がやらなくてはならないというタイミングで立ち上がった。

 その際、チウはザムザに対してわざわざ呼びかけてまで降伏勧告を行っている。
 傍目から見れば身の程知らずもいいところの大言壮語だが、チウ本人は大真面目だ。

 強がりもあるだろうが、チウは「謝って、仲間を解放したら許す」と言う趣旨の発言もしている。このことからも、チウが感情のままに戦いを挑んでいないのがよく分かる。

 ダイのように父を侮辱された怒りのあまり、反射的に戦いはじめたわけではない。

 マァムはもちろん、ダイも助けるために立ち上がったチウは、初っぱなから自分の必殺技・窮鼠文文拳を放っている。……悲しいことに、ザムザには軽く躱されカウンターで張り手を喰らってるが。

 しかし、チウは諦めることなくザムザに何度となく向かっている。
 正直、最初の奇襲に失敗した時点で、チウに勝ち目はない。と言うよりも、どう考えても実力差がありすぎるし、天地がひっくり返っても彼が勝てるとは思えないのだが。

 繰り返した戦いを挑む根性は見上げたものだが、チウの攻撃は単調な上にワンパターンだ。相手に跳ね飛ばされても素早く立ち上がり、無謀にも突っ込んでいってはカウンターをくらい、また弾き飛ばされるという行動の繰り返しだ。
 そこには何の戦略も、効果も感じられない。

 どう贔屓目に見ても、このチウの攻撃がザムザに効いているとは思えない。むしろ、まったく効果がないからこそザムザも呆れて、本気で戦わずに軽くあしらっているように見える。

 思想だけは高く、道義心に満ちあふれているものの、実力的にはド素人以下の勇気あるネズミ――それが、この時のチウの立ち位置だと言える。

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