21 ダイVSザムザ戦(8)

 超魔ザムザに果敢にも立ち向かうチウに対して、ポップは最初、失礼なぐらいにがっかりしている。絶体絶命の危機のタイミングでの登場に、一瞬、誰かが助けに来てくれたのかと本気で期待しただけに失望も大きかったようだ。

 だが、チウがザムザと戦い始めたのを見て、ポップはやめろと叫んでいる。彼の実力ではとてもザムザにかなわないと判断したからこその制止したのだろうが、面白いことにポップはチウを保護対象とは見なしてはいない。

 チウの果敢な戦いっぷりを見て、ポップは彼を大きく見直している。かつての自分を思い返してチウの勇気を高く評価し、認めているのである。
 この考え方に、ポップの長所が大きく表れていると筆者は考えている。

 ここで以前、ダイがマァムを助けるためにヒュンケルに挑んだ時のことを思い出して欲しい。
 あの時は、ダイはバダックとゴメちゃんと一緒に行動していたが、ダイは彼等を大切な仲間だとは思っていても、対等な相手と見なしていたわけではなかった。

 第七章 51 炎魔塔の破壊(3)で詳しく述べているが、ダイは二人を守る対象と見なしていた。

 バダックとゴメちゃんも戦う気満々だったとは言え、勇者との実力差は歴然としていた。それを考えればダイが二人に対して保護者意識を抱いても当然なだけの実力があったし、これは決して思い上がりとは言えないだろう。

 その意味では、ポップとチウの間の実力差も歴然としている。
 いくら職業が違うとは言え、この時点のチウの実力程度ではどう考えてもポップと段違いだ。しかも、ザムザに戦いを挑んだのはいいとしてチウには戦略もへったくれもない。

 ポップがチウを、ただの庇護対象と考えてもおかしくはない程の実力差があった。

 しかし、ポップはチウを一方的に守る対象とは考えなかった。そこが、ポップとダイの大きな差だ。
 この時点でポップはチウを、対等な相手と認めた。

 たとえ実力的に大きく劣っていようとも、心の持ち方を評価したのだ。つまり、一方的にチウを逃がそうとか、助けようと思わなくなっているのである。その認識を持った上で、ポップはザムザの腹の口の呼吸に気がついている。

 ポップのこの観察力、注意力は、見事の一言だ。
 ポップの魔法では倒しきれない相手に仲間が捕らえられたり、飲み込まれたり、更にはどう見たって勝ち目のない戦いを挑んでいる最中だというのに、彼は平常心を失ってはいないのである。

 ポップのメンタルは、以前よりも格段に強くなっている。以前は自分が少しでも不利だと思えば逃げだしていた少年が、いつの間にか粘り強さを身につけている。

 どんな不利な戦いでも、いつも通りの自分でいられる心――言ってしまえば、平常心を手に入れている。一見目立たないが、これが実戦でどんなに大きな力を発揮するのかは現実のスポーツ選手のインタビューなどを見れば一目瞭然だ。
 どんな選手でも、大試合では緊張や不安、勝ちたいという欲など、心の動きを完全に制御するのは難しい。試合後、不本意な結果を出した選手が「いつも通りの力を発揮できなかったのが悔しい」と言う発言をするのは、珍しいことではない。

 だが、この時のポップはこれだけの劣勢にも関わらず、いつも通りだ。
 圧倒的に有利だったダイと超魔ザムザの戦いを冷静に見極めようとしたように、絶望的に不利なチウと超魔ザムザの戦いを観察している。

 チウの奮闘のおかげで息の上がった超魔ザムザが、わずかだが腹の口を開け閉めする動きをしているのを見て、ポップは瞬時に作戦を組みたてている。この思考力の早さは見事だが、肉体的な反射神経はそれに及ばないようだ。

 吹っ飛ばされてきたチウに気がついているのに避けきれず、一緒に壁に叩きつけられてしまっている。この激突はどう見てもアクシデントだったが、ポップにとってはひどく幸運だった。

 ポップの考えた作戦は、単独ではなくチウの協力を最初から組み込んだものだったのだから。ザムザを牽制しながらチウと接触し、作戦を打ち合わせる手間が省けたのは幸運だったと言えよう。

 だが、そこから先はポップの実力だ。
 激突の際、チウはポップに向かって遠慮無しの悪態をついている。カッコ悪いも何も、この時、ポップは言わばクッション代わりになってくれたおかげでチウのダメージが少なくてすんだと言うのに、感謝する気配が全くない。良くも悪くもチウには主観が全てで、客観的な視線がないのである。

 感情的にポップに反発を抱いたまま、何ら進展していない。
 元々、チウがポップに敵対とまで言わなくとも反発的だったことを考えれば、共闘を申し込むのには不向きな相手だが、ポップには躊躇いはない。

 人懐っこい気質を活かして、気軽にチウに話しかけている。このやりとりが実に軽妙で、ポップらしい。

チウ「ち……ちくしょう……。おまえにだけはカッコ悪いところを見せたくなかったのに……!!」

ポップ「へっ、……そうかい。だが、逃げずに戦っているだけでも立派なもんだ」

 チウがポップに決して好意を抱いていないのを理解しながら、ポップはチウの文句をさらりとかわし、彼を認めている旨をさりげなく告げている。が、チウには残念ながらそんな細かいニュアンスは伝わっていない。

 そして、自分を高く評価しているチウにとっては、ポップのこの「悪くない」的な評価は気に入らなかったようだ。見くびられたのが不満とばかりに思いっきり文句を言い返している。

チウ「フン失敬な!! 仲間を見捨てて逃げてしまうような奴は、最低のクズだッ!!」

ポップ(……耳が……痛いぜ)

 過去の自分を責められたことを、言い訳も自己弁護もせずに静かに受け止めたポップは、明らかに成長している。

 この短いやりとりは、ポップとチウの間で信頼関係を築くには至らなかったが、ポップがチウを信用できる相手だと認めるには十分だったようだ。この直後、ポップはチウにダイ救出の話を持ちかけている。
 これは、チウを認めていなければ言えない言葉だ。

 この状況下で、救出を最優先すべきはダイだとチウが思っていなければこの誘いは空振りで終わってしまうのだが、この言葉でチウが確実に釣れると確信しているかのようにポップは自信たっぷりだ。

 実際、チウがダイを助けると宣言したのも見ていたし、それにこれまでのやりとりで仲間を助けることに重点を置いていると理解できれば、相手の気を引く言葉を選ぶのはポップにとって難しくはなかっただろう。

 クロコダイン戦で挑発という形で相手を自分のペースに巻き込んだように、ポップは仲間に対してもその長所を発揮できる。
 ゆっくりと相談する時間がないと分かっているだけに、ポップはこの時、説明を最小限にとどめている。

ポップ「いいか、今からヤツの腹の口が開く!! そしたら、おまえのパワーで一発腹にぶちかませ!! そのショックで……ダイは飛び出す!!」

 相手が最も希望する条件で気を引きつけ、どう行動すればいいか、その結果がどうなるか。

 ごく短い説明だが、チウにとって必要な情報は見事に全部入っている。
 仕事のできる人ほど、冗長な説明を省いて結末を相手に理解させるのを得意とするものだが、ポップもその資質があるようだ。
 

 

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