22 ダイVSザムザ戦(9)

 

 ポップはチウに細かい説明は一切せず、即座に魔法に集中している。ザムザがこちらに迫ってきているのを見ているのにいい度胸と言うしかないが、無謀ではあるがここで魔法に全集中力を注ぐのは、集団戦闘としては正しい方向性だ。

 全メンバーの中で最大火力の持ち主である勇者を救い出すのが優先順位第一位の行動とするなら、多少の危険度は無視して作戦遂行に力を注いだ方がいい。

 本来ならばここでポップが魔法を撃つ時間を稼ぐのは、前衛であるチウの役割になるのだが、ついさっき武道家デビューしたばかりの上、集団戦闘どころか共闘すら初めてと思えるチウにそこまでの気配りを求めるのはさすがに気の毒と言うものだろう。

 いずれにせよ、ポップもこの場でのチウの援護は求めていなかったらしく、単独での魔法攻撃に成功させている。

 ポップが放った魔法は、五指爆炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)だ。
 この魔法は氷炎将軍フレイザードの得意魔法であり、五発のメラゾーマを同時に叩き込む荒技で、賢者アポロの張った防御魔法をも破る威力を持っていた。

 生半可な牽制魔法ではすぐに復元してしまい足止めにもならないし、師匠譲りの重圧呪文(ベタン)も相手の腹の中にダイがいるのでは迂闊にはかけられない。

 それらを考慮した上で選んだ選択のようだが、驚くべきことに、本人の発言から察するにポップが五指爆炎弾を使うのはこの時が初めてのようだ。
 しかも、ポップはこの魔法を見たことすらない。

 だが、ポップはフレイザードがこの魔法を使った時は、まだ現場に到着していなかった。つまり、直接魔法を唱えるところを目撃した訳では無いのだ。にもかかわらず、ポップは五指爆炎弾についての正確な知識を有している。

 つまり、この事実はポップは五指爆裂弾を直接見た三賢者やレオナから、術の詳細な印象を聞いたことがある事実を意味している。

 メンバーが流動的な割には、彼等の情報共有の精神は徹底されているようだ。後のシーンでも分かるが、ダイ一行のメンバーは自分が加わらなかった戦いの詳細についての知識も持っている場合が多い。

 この情報共有が指導力に優れたレオナの配慮によるものなのか、知識や記憶力が意外と優れているポップの好奇心によるものなのかは定かではないが、ここで一つだけはっきりと分かるのはポップの想像力や構想力の確かさだ。

 一度見たこのない術を、他人から伝聞しただけで習得するとは凄まじい才能と言うより他ない。

 画家でさえ、実際に目で見たものを描くことから絵の修練を始める。何度もデッサンを繰り返したり、似たようなモチーフを何度も繰り返すしながら自分の中のイメージを確固たる物に変え、人の心を打つ芸術作品を仕上げるのがほとんどだ。

 脳裏に思い描いたイメージをいきなり、モデルや資料に頼らず、下書きもせずに白いキャンパスにそのまま描ける者は、そう多くはいない。
 しかし、台詞から察するにポップがこの魔法に挑むのは、正真正銘初めてだったようだ。

 今の自分のレベルなら不可能ではないと思っていたとも言っていたから、魔法の目撃談を聞いただけで、その術の構成を自分なりに組み、イメージを脳内で作り上げ、これならできるかも知れないと考えていたことは間違いなさそうだが、実際に使ってみようとまでは思っていなかったようだ。

 そこまで脳内でイメージを固めているのなら、むしろ日頃の練習時に実験しておいても良さそうな物だが、そうしないのは多分、性格が大きく影響していると思える。

 基本的に、ポップはギリギリに追い込まれるまで本気を出さない。
 戦いを通じて成長し、めきめきと実力をつけてきたとは言え、ポップの根本は変わってはいない。アバンの修行中から指摘され、マトリフにさんざん扱き下ろされていたこの欠点が、未だに残っているのである。

 思いついた技や魔法は即座に実行してみたいと考えるダイとは対照的に、ポップは意外と、自らの力を振るうことには保守的だ。成功するか失敗するか分からない魔法に対して、積極的に挑む気はない。必要に迫られるまでは、試してみたいとも思わないらしい。

 恐るべき天賦の才を持ったポップは、同時に非常に困った怠け者でもある。
 だが、ポップがそんな風にサボりたがるのには、怠け癖があるからと言うよりは、臆病さが原因だろう。

 先程も述べた通り、ポップは優れた想像力の持ち主だ。実現性の高い計画を練り上げられることからも、彼の思考力の高さがよく分かる。
 が、長所という物は短所にもつながるものだ。

 高い確率で先の展開を予想できるからこそ、ポップは物事を始める前から失敗を強く意識してしまう。
 そして、失敗を確実に避けたいと考えるのなら、簡単な方法で回避できる。挑戦しなければ、失敗することもないのだから。

 アバンが修行中のポップを『難しい課題を与えるとすぐに諦めてしまう』と評していたが、まさにポップは問題に挑戦もせずに逃げ続けていた臆病者なのである。

 しかし、ポップの強みはいざという時の開き直りの強さだ。
 どんなに分の悪い賭けだったとしても、ポップは自分の中の目的がはっきりと意識できた途端、臆病さをかなぐり捨てる勇気を持っている。

 実戦の中でぶっつけ本番で五指爆炎弾に挑んだポップは、ものの見事に魔法を成功させている。実力不足なのか、本来なら五発出るはずの火炎系魔法が三発しか出ていなかったが、その威力はポップに対して非難的なチウでさえ感嘆するような威力だった。

 だが、ポップが重視したのは攻撃魔法の威力そのものではない。
 ザムザの顔を狙ってはなった五指爆炎弾の炎は、周囲の酸素を燃焼しながらまとわりつくように燃え続けるため、呼吸ができなくなるザムザが腹の口を開けて酸素を吸い込もうとする――それこそが、ポップの狙いだった。

 ここですごいのは、ポップが自分の攻撃について少しの幻想も抱いていない点だ。

 戦士、魔法使いを問わず、強敵が相手ならばとりあえずは最大火力での攻撃を仕掛けるというのが普通の発想だろう。まぐれ当たりでもなんでもいいから、会心の一撃を与えさえすれば一発逆転の可能性もあるのだから。

 しかし、ポップは五指爆炎弾の威力や特徴を考えた上で、攻撃のためではなく相手の行動を誘導するための手段として利用した。

 この時点では重圧呪文に次ぐ威力を持つ魔法を、直接攻撃の手段としてではなく、間接攻撃のために使用したのである。さらに言うならば、このポップの作戦はチウの援護を大きく当てにした共同作戦だ。

 腹の口が開いたところで、ポップはチウに攻撃しろと呼びかけている。チウに相手の腹へと攻撃させ、その衝撃でダイを吐き出させるのがポップの立てた作戦だ。

 試合中やザムザとの戦闘中のチウの実力を見ていたにも関わらず、ポップはチウの力をそこそこ評価しているのだろう。チウの最大の欠点が手足の短さだと言うのならば、相手の動きを止めてしまえば問題はなくなる。

 反撃をしない相手にならば、『大岩をも砕く必殺技』を仕掛けることができる――その考えが合ったからこそ、ポップの放った魔法は相手の呼吸を阻害するだけではなく、目元を燃やして視界を妨げる効果も狙ったのではないかと思える。

 これだけの作戦を咄嗟に考え、しかも自分を主力にせずに側にいる仲間の力も当てにするこの柔軟な思考力こそが、ポップの最大の武器とも言える。ポップのこの長所は、言うまでもないが単独で戦うよりも集団で戦う時にこそ、その威力を発揮できる。
 彼の参謀的資質がはっきりと感じとれるシーンである。


《豆知識・時代によって変化する科学常識》

 科学は変化の激しい学問で、その時代によって定説がしばしば変化する。
 現在では火が燃えるのは酸素の働きだと学校で教わるし、ダイ大でも科学知識に関しては現代科学を元にしているので、火が燃えれば酸素が減少し、酸素がなくなれば呼吸ができなくなるという理論が成立している。

 しかし、火は物質に含まれているフロギストンの燃焼により燃えるのだという説が一般的だった時代があった。

 記録によると、ほぼ一世紀ぐらい(笑)……もしポップがこの説を習っていた世代だったのなら、酸素と火炎系魔法、呼吸の関係を結びつけることができずにダイを救えなかったかも知れない。
 正しい知識は、非常に大切なようだ。

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