26 ダイVSザムザ戦(13)

 生体牢獄を粉砕したマァムは、開口一番に皆を放すようにと要求している。
 ザムザとの戦いでチウがそうしていたように、彼女もまた、正義を優先する傾向があるようだ。まず勧告を送り、それにザムザが従わないでチウを踏みつける足に力を込めたのを見てから、彼に攻撃を仕掛けている。

 行動基準や、ジャンプしてまで顔面を狙って攻撃する点まで実はチウと似通っているが、違うのは実力の差だ。マァムの一撃はザムザに強いダメージを与え、その巨体を見事に吹っ飛ばしている。

 この時、ザムザは完全に尻餅をつく形でひっくり返っていたので追撃するのならばまたとないチャンスだったが、マァムはチウの救助を優先している。倒れたザムザには目もくれずにチウの側に屈み込み、彼に中級回復魔法(ベホイミ)をかけて復活させ、自分がザムザと戦っている間にポップを助けるようにと指示をだしている。

 この指示自体は悪い物ではないが、マァムの場合、助ける順番については余り深く考えていないようなのが気にかかる。

 体力を即座に回復出来ると言う要素があるのなら、戦いの場で誰から助けるかと言う判断は重要な意味合いを持つ。なぜなら、救助したばかりの相手が頼りがいのある援軍として復帰できるからだ。

 実際、ポップのダイを助け出すと言う目的はそれを多分に当てにしている部分があった。しかし、マァムは自分自身が回復能力を持っているのにも関わらず、救援や回復順序については無頓着な面がある。

 この状況下で頼りにできるという点ならば、チウよりもポップの方が格段にマァムにとって信頼度が高かっただろう。まあ、この時点でポップはほとんど魔法力を使い果たしていて戦力外ではあるのだが、ついさっきまで生体牢獄内にいたマァムがそこまで事情を知っているはずもない。

 また、マァムはキアリーも使えるので、決勝進出者達を回復させることもできた。さすがに全員は無理かもしれないが、一人や二人になら魔法をかけることはできた可能性は高い。例えば、怪力のゴメスを助ければ、他の決勝進出者達を助けることはできたはずだ。

 だが、マァムが真っ先に助けたのはチウだ。
 この時の彼女は戦略を考えて救助の順番を決めたと言うよりは、一番、ピンチだったように見えたから助けたように思える。チウはどう考えても実力的には決勝進出者達にさえ劣るし、判断力だってたいしたものではない。

 事実、マァムの指示を聞いて、チウはポップを助けるのが気にくわないとばかりにごねてさえいる。初の実戦の上、感情に左右されやすいチウはどう考えたって戦力的にはたいして評価できない。まあ、敢えて言うのであれば、チウは持参している道具袋に色々とアイテムを詰め込んでいるので、それが多少当てにできる程度だろうか。

 どちらにせよ、マァム自身もチウの協力はさほど望んではいないようだ。
 ポップを助けてと頼み、自分は戦いへと集中している。まだ身体が麻痺して自由が利かない決勝進出者達を助けるように指示を出したのは、ロモス王だった。

 この点から見ても、マァムは自分を回復要員だと考えていないのがよく分かる。僧侶の力は持っていても、マァムの基本的な心構えはあくまでも戦士だ。自ら前線に立ち、戦うのが役目だと考えている。

 そして、この時のマァムはザムザの考えに対して、憤っている。
 他者の生命を弄ぶ行為を、マァムは悪と捉えている。だが、この時のマァムはずいぶんと冷静だ。クロコダイン戦の時にポップの弱気に怒った時や、ヒュンケル戦の時に彼の境遇に涙した時のように感情を揺さぶられてはいない。

 激昂したダイと違い、マァムはこの戦いでは怒りは感じていても終始冷静だ。
 それは、彼女が実験動物に共感できていないせいだろう。

 ザムザの思想が正義に反すると怒りは感じても、マァムは実験動物にされる立場の人や怪物に対して理解できていない。

 これは、無理もない話だ。
 親密な関係を築いている小さな村で生まれ育ったマァムは、ある意味では箱入り育ちと言える。

 不当な差別や偏見とも縁遠かったであろう彼女は、実験動物として生きなければならない立場なんて想像したこともなかっただろうし、縁もゆかりもない存在に対して感情を共感させるだなんてできるはずもない。

 結果、マァムの怒りはさほど強いものにはならず、ザムザの心を動かすこともなかった。

 それに、マァム自身もザムザの心を動かしたいと言う感情を持ってはいない。この時のマァムは実験動物だけではなく、ザムザにも全く共感を抱いてはいない。

 ザムザを理解したいと思うどころか、一方的に叩きのめしてでも自分の正義を押し通そうとしている。

 ザムザ戦でのマァムは、とにかく攻撃的だ。転職したての武闘家の特技を思う存分に発揮している。特に、ポップから腹に一撃を食らわせてダイを助けるようにと指示された時の動きは、見事の一言に尽きる。

 身軽な動きでザムザに蹴りを放ち、その足が捉えられても微塵も動揺していない。最初から蹴りはフェイントであり、捕まることも計算のうちだった。むしろ捕まった足を軸にして全身を捻り、渾身の力で閃華裂光拳を叩き込んでいる。

 マァムのこの一撃で、見事にダイの救助は成功した。
 だが、それでもマァムはチウに引き続き回復を頼み、自分はザムザとの戦いを続行している。それも、マァムの戦い方は勇者の回復を待つための時間稼ぎなどという戦い方には見えない。

 自分の手でザムザのとどめを刺す勢いで、マァムは猛攻を続けている。
 マァムのこの性急な戦い方は、彼女の無意識下の迷いが形になったものではないかと筆者は考える。

 マァムは、閃華裂光拳を相手の命を奪いかねない技だと教えられた上で伝授された。

 つまり、この技を使う時は相手を殺す覚悟が必要なのだ。
 実際に生体牢獄はたった一撃で粉砕されたし、この技は下手をすれば一瞬で相手の命を絶つ技だ。超魔ザムザが桁外れの生命力を持っているからこそ、超回復を封じるという程度に威力が抑えられてはいるが、本来は必殺の一撃なのだ。

 しかし、ザムザに対する猛攻とは裏腹に、まだこの時のマァムには、他人の命を奪う覚悟ができていないように思える。

 生きてはいても、意思の感じられない生体牢獄に対してならば、生命を奪ってもそれ程罪悪感も感じないで済むかもしれない。
 しかし、会話を交わせる相手に対しては、そうはいかないだろう。

 幸いにも、と言うべきかザムザは人間や怪物を見下すいかにも悪党らしい悪党だった。だからこそマァムはザムザを悪党と決めつけ、攻撃に専念した。迷ったり悩んだりするより、とにかく身体を動かそうと考えるのはマァムの長所であり、短所でもある点だ。

 生体牢獄の中で闇雲に壁を叩き続けたように、マァムはただ超魔ザムザと戦うのを優先している。本来なら切り札であり、一撃で相手の命を絶って終わらせる閃華裂光拳を痛め技として使用しているマァムは、まだ十分にその技を使いこなしているとは言えない。

 ブロキーナが見込んだ通り、マァムの優しさは必殺の技の自制としては十分以上の制御力があった。しかし、残念ながらいざという時にはためらいなく使用する厳しさという点では、まだ未熟なようだ。

 

27に進む
 ☆25に戻る
九章目次2に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system