30 ダイVSザムザ戦(17) |
ポップの声を聞いて、マァムはためらいなく両手を伸ばして飛んできた火炎系呪文にかざしている。 言うまでもないことだが、炎に手をかざすなんて真似は危険行為だ。炎の塊が目の前を通り過ぎる速度など一瞬だし、つい怯えて手を出し損ねたとしてもおかしくはないシーンだが、マァムに躊躇いはない。 一瞬の迷いもなく手を伸ばせたのは、ポップへの信頼があるからこそだろう。 そんなマァムの反応に比べると、この時のザムザはひどく反応が鈍い。 マァムに火炎系呪文を当てないよう腕を動かすなり、自分自身の身体を魔法の斜線上に入れて盾にするなり、ポップの援護を無効化する手段はあったのだ。 しかし、この時のザムザは戸惑っているばかりだ。 この辺も、ザムザの頭でっかちさを感じる点だ。 即座に決断、行動することこそが生死の分かれ目となるのだが、ザムザの行動はいかにも実戦慣れしていない印象を受ける。 その意味では、マァムの方がずっと場慣れしていると言える。 絶好のチャンスと見て、ザムザに全力攻撃を仕掛けている。この時、ダイの拳には竜の紋章が浮かんでいるので、竜闘気を剣に与えている可能性が高い。 また、この時はダイは技名を口にしてはいないが、構えや後でのポップの発言から見て、ダイが放った技はアバンストラッシュと見ていいだろう。 ここで感心するのは、ダイの闘争心だ。 剣に縋って立っているのもやっとの有様なのに、ザムザの様子を確かめようとしっかりとそちらを睨んでいる。勝敗がつくまでは気を抜かないと言う、ダイの戦いに向ける精神がよく現れたシーンだ。 ダイの攻撃をくらったザムザは、すぐには倒れなかった。身体が大きいだけに耐久度も高いのか、胸を切り裂かれたなお周囲を一瞥するだけの余力があった。 それを見て、王や決勝進出者達が怯えを見せているが、マァムだけは勝利を確信して勝ったと呟いている。 マァムの状況判断力は総じてあまりいいとは言えないのだが、このシーンはやけに確定的だ。僧侶としての力は弱いものの、マァムは相手のダメージを推し量るのが得意なのかもしれない。 斬られた腕が裂け、胸の奥でなにか爆発が起きると同時に倒れたザムザは、苦しみながら本来の魔族の姿へと変化している。 フレイザードがそうだったように、人工的に無理な姿を保つように調整された生物は、多大なダメージを受けると現状を維持しきれなくなるのかもしれない。 敗北したザムザは、悔しさや恐怖心以上に疑問を強く感じていた。 『さぁね……ネズミにでも聞いてみるんだな。追い詰められたネズミによ……』 チウを指さしながらポップはそう言っているが、これは『応え』であって、『答え』ではない。 ザムザの疑問に対してポップにはポップなりの解答を見つけたが、それをそのまま口にはしなかった。正解は自分で見つけろとばかりに、自己流の解釈に繋がるヒントを与えただけだ。 ポップがそこまで計算していたとは思えないが、実はこの形での言葉こそがザムザにとっては受け入れやすかった。 ザムザは、基本的に頭脳派だ。 自分で見つけた答えだからこそ、ザムザはその意見に賛同できた。 考える余地があったからこそ、ザムザは正確に出題者の意図を読み取り、自分なりの答えを考えることができた。 だからこそ、ザムザはポップの応えに納得できたのだろう。ポップがどこまで計算してザムザの言葉に応じたのかは分からないが、彼には相手に合わせ、一番分かりやすい言葉を伝える力があるのは間違いない。 ザムザにとっては皮肉な話だが、見下し切っていた人間をこのやりとりで見直したとも言えるかもしれない。 この直後、ダイの持っていた覇者の剣が腐食するようにボロボロと壊れた際、ザムザはポップの問いかけに応える形で全ての種明かしをしている。 剣が壊れたことに戸惑う人間達に、ダイの使った覇者の剣は偽物で、本物はとっくにすり替え、ハドラーに献上済みだと得意げに言い放った。 ザムザは最後の力を振り絞るように額のサークレットをむしりとり、父の元へ届けと空へと放り投げている。いくら思い切り投げたとは言え、空高くまで上がって瞬間移動呪文と同様に飛んでいった軌跡から見ても、なんらかの魔法道具なことは明白だ。 何をしたのかと詰め寄るポップに、ザムザは驚く程素直に問いかけに応じている。 正直言って、これらの情報は敵対相手に教える必要など無い。 なぜなら、覇者の剣が偽物だという事実を知らなければ、ダイ達はオリハルコン製の武器でさえ竜の騎士の力には耐えきれないと結論せざるを得ない。 データの行く先や利用方法も、教える必要は無かった。教えなかったとしても、超魔生物の存在をダイ達が知った以上、魔王軍から再び超魔生物が現れることは予想はできるだろうが、それを確信させてやる必要なぞないだろう。 つまり、ザムザの最後の言動は魔王軍に利する為のものではなく、自分を満足させるためのものだ。 ポップがザムザに対し、そんなことをしてもザボエラはおまえに感謝しないと断言しているが、この言葉にはザムザは全く動揺していない。憤慨しているポップに対し、ザムザは終始、穏やかなままだ。 ザムザは自分の父親の正確を客観的に判断し、受け入れている。どんなに献身を尽くしたところで、ザムザの死を悼むことすらないと確信している。 淡々とそう語るザムザを見て、マァムが回復のために手を差し伸べるシーンが印象的だ。 先程までザムザの行動を批判し、全力で攻撃していた敵に対しても同情を感じ、回復しようとするのがマァムの甘さであり、長所でもあるのだが、この場合は全く無駄だった。 超魔生物が敗れれば回復を受け付けずに灰となって散るのだと、平然と説明するザムザは後悔している様子もない。ダイに破れた時点で自分の命が尽きると分かっていただろうに、彼はひどく満足げだ。 自分の存在がザボエラの研究の礎になればそれでいいとばかりに、自分の戦いは無駄ではなかったと死さえも前向きに肯定し、超魔生物の完成を夢見て息絶えた。 報われることがなかったザムザだが、彼は最後まで研究者としては一本筋の通った行動をとり続けた。戦いや自身の命以上に、自分の研究の完成に拘り続けた彼は、やはり戦士ではなく研究者だったのだろう。 自己の資質に気づかないまま、戦場に立ったことこそが彼の不幸だった気がしてならない。 |