40 剣を探して(5)

 森の中に存在する、平屋の小さな小屋――それが、ロン・ベルクの家だった。
 辿り着くなり、ジャンクは遠慮なくドンドンと戸を叩き、返事がないので留守かと呟いているが、その時、一人の男が一行の背後から現れる。

 この時、気配をいち早く察したのは、ダイ、ポップ、マァム、メルルの四人だ。チウは気づくのが、一瞬遅れている。……やはり、その辺は未熟さの現れと言うべきか。

 突然現れたのは、一目で魔族と分かる尖った耳の男だった。顔に大きな十字傷のある目の険しい長髪の男で、実年齢は不明ながら見た目の年齢はバランと同程度と言ったところだろうか。

 手にはなぜか酒瓶を持っているだけで丸腰なのだが、ダイ達は彼に対して警戒心を発揮している。マァムはいかにも武闘家らしくすぐにでも攻撃に移れる姿勢になったし、特にダイはすぐ後ろにいるメルルを庇うように身構えている。後方にいるポップでさえ怯えも見せずに身構えているし、メルルも警戒の表情だ。

 なのに、やっとロン・ベルクに気づいたチウはビックリしているだけで何もできていない。まだまだ、未熟者である。

 全員の中でロン・ベルクの気配に気づくのが一番遅れたのはジャンクだが、彼だけは警戒心などまったく持ち合わせていない。

 ジャンクにとっては、ロン・ベルクは警戒に値しない友人なのだと一目で分かる気安さで呼びかけている。そんなジャンクに対し、ロン・ベルクの態度も至って普通だ。

 おまえ以外の人間を連れてきてもらっては困ると言いながら酒を煽る彼は、ダイとチウを一目見て呟いている。

『……フッ、まあ、人間じゃないのも少し混じっているようだが……』

 ロン・ベルクのこの慧眼は、見事と言う他ない。
 一目で怪物と分かるチウはともかくとして、ダイは一見、普通の人間の子供だ。ハドラーやザボエラでさえ、ダイが紋章の力を発揮するまでは、彼の正体に不審に思う様子もなかった。

 しかし、ロン・ベルクは一目でダイが人間でないと見抜いたにも関わらず、その上で警戒せずに普通に接している。正体のみならず、ダイ達が警戒態勢を取っても、ジャンクの呼びかけを聞いた後で警戒を緩めた後も、ロン・ベルクの態度は一切変わっていない。

 このマイペースさは、特筆すべきだ。
 対人間に対する反応は、概ね鏡のようなものだ。片方が相手を警戒して尖った態度を取れば、相手も影響を受けるのが普通だ。逆に笑顔で話しかければ、相手も打ち解けやすくなる。

 が、ロン・ベルクはダイ達の反応を一切無視して自分のペースを貫いている。

 また、ロン・ベルクは時折、手にした酒を呷っているが、この動作にも彼のマイペースさが現れている。本来、何かを飲むと言う仕草は、プライベートな場で行う行動だ。

 少なくとも、周囲が安全だと確信できなければそうはできない。敵を前にして平気で飲み食いをする兵士などいないように、目の前にいる相手が自分に害を与えるかもしれないとの疑念を少しでも抱いているなら、隙を見せるような行動などとれるはずがない。

 ましてや、ロン・ベルクが飲んでいるのは酒だ。
 彼はかなりの酒豪のようだし、しょっちゅう飲んでいる割にはまったく酔った様子を見せないが、それでもアルコールを摂取していることには変わりない。

 酔いが回れば、当然判断力を初めとした思考能力全般が低下するし、動きにも支障が出る。だが、ロン・ベルクはそんな恐れなどまったく感じていないのか、酒を飲むペースに変化を見せない。

 ダイから、あなたが伝説の名工かと尋ねられてもその姿勢は変わらない。
 普通の人間なら知っているはずもない情報をぶつけられても、ロン・ベルクは相手を警戒したり疎んじたりする様子はない。この態度で、名工と呼ばれることを彼が嫌ってはいないのが分かる。

 また、人と会うのが嫌いだと言っている割には、ロン・ベルクは人間に対して至って自然体だ。人間を毛嫌いしたり、疎む様子もない。
 ――と、一見したところロン・ベルクは差別意識がない寛容な人物のように思える。

 が、事実は逆だ。
 ロン・ベルクは、徹底した個人主義者だ。
 彼は頑固なまでに自分の信じたものしか信用しようとせず、それ以外のものに興味を持たない。

 登場時の彼は、よくよく注意してみるとダイ達には一切呼びかけていない。ロン・ベルクが話しかけているのは常にジャンクに対してであり、ダイの存在や質問に対しても、自分の感想を口にしているだけだ。言ってみれば、独り言と同じだ。

 ダイの正体を知りたがったり、ダイがなぜ自分が伝説の名工だと知っているのかなど、尋ねる素振りも見せない。そんな興味は、かけらもないのだ。

 言い方は悪いが、ロン・ベルクにとってはダイ達は興味の対象外……道端の石ころにも等しい。全くの関心外の存在を、いちいち警戒しようとも思わないのは当然だ。

 彼は人間を差別はしていない。が、決して好意的な感情を抱いてもいない。
 無視をするほど嫌ってもいないが、自分から話しかけるほどの興味もない存在として区別していると言える。

 これは、ある意味で差別主義者よりもタチが悪い。
 対象を差別すると言うことは、相手を良かれ悪しかれ意識しているのだから、条件次第では話し合いや交渉は可能だ。しかし、最初からまったく眼中にも入っていない相手では、まずは相手の目を自分に向けさせることから始めなければならない。

 この時点では、ダイ達はロン・ベルクとの交渉のテーブルに着くどころか、話し相手としてさえも認識されていないのである。

 ロン・ベルクと付き合いがあるだけに、ジャンクもそこは理解しているのか、ダイ達を息子の知り合いだと告げ、話を聞くように頼んでいる。

 この場合ならば、世界の危機を前にして勇者が剣を欲している事情を話して頼むのが筋なのだが、それでは彼の気を引けないと承知していたのだろう。
 ダイ達は自覚していないようだが、この依頼は彼等が思っているよりもずっと困難である。

 

 

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