41 剣を探して(6)

 

 ジャンクの取りなしで小屋に通されたダイ達だが、ロン・ベルクは徹底して彼等を歓待する気はないらしく、自分はちゃっかりと椅子に座っているくせに客には椅子すら勧めていない。

 ちなみにロン・ベルクの住む小屋はなかなか立派で、一間しかない割にはそこそこ広い。基本的に木造の小屋なのだが、鍛冶を行うための炉を設置している場所はきちんと石造りの壁にしてあり、その部分は外側に張り出したさしかけ部屋となっている。炉を熱した場合、火に耐えられるように工夫されているのだ。

 構造的にかなり変わっているので、おそらくロン・ベルクが住み着いてから改造したのだろう。炉はいかにも普段から使っているらしく、雑多な品がその辺に置かれたままだ。

 これにより、彼が日常的に鍛冶作業を行っていることがさりげなく示唆されている。
 やたらと存在感のある鍛冶のための道具や場所に比べ、ベッドや食事を取るためのテーブルなどの生活空間は実に質素で控えめなものだ。

 元々、椅子の数が足りないので勧めたくても勧められないのかもしれないが、座る場所を配慮や工夫する気配もなく一人で平気な顔をして座り込んでいるので、やはり他人を歓迎する気が全くないのだろう。

 剣を作って欲しいという話を聞いたロン・ベルクはにべもなく断っているが、ダイ達と違いジャンクは驚いた様子が全くないので、彼の反応を予想はしていたようだ。

 ロン・ベルクの言い分は、ずいぶんと個人的な意向が強い。
 自分には二度と気合いを入れて武器を作る気はないと宣言しているが、彼は決して剣を作れないとは言っていない。依頼の理由を度外視して、ロン・ベルクが自分自身の考えを重視しているのがよく分かる返答だ。

 頼みを断られた勇者一行は、一様に驚いた表情を浮かべている。が、その後の反応は個々で差が発生している。

 ダイやマァムは、なぜ断られたのか分からないとばかりに戸惑いを強く顔に浮かべている。メルルは早くも不安そうな顔をしているので、彼女が一番諦めが早いのかもしれない。
 が、ポップは不満そうな表情を強く見せている。

 ロン・ベルクの意見を誰よりも早く理解しているからこそ、それに対しての感情を抱くのも早いのである。が、ロン・ベルクに真っ先に交渉しているのは、ポップではなくダイだ。
 驚きから立ちなおったダイは、ロン・ベルクに対して強く訴えている。

『あなたが最強の剣を作ってくれなかったら、もう頼れる人はいないんだっ!!
 ……この地上は、魔王軍のものになってしまう……!!』

 ダイの説得は、正統派と言えば正統派だ。
 自分が欲しているものを率直に訴え、頼れるのがあなただけだと(無意識的にだろうが)持ち上げている。協力してくれなかった場合のリスクまで口にしている正直さである。

 駆け引きを一切使わず感情に訴えるこの説得は、極めて正統だ。
 が、問題はこの説得で頷いてくれるのは、同じ立場の者だけだと言う点だろうか。

 ダイ自身は意識していないだろうが、彼の主張はあくまでも人間側の理屈だ。地上を魔王軍に支配されて困るのは人間だけであり、その被害を受けない者にとっては交渉材料にもならない。
 それにいち逸早く気がついているのが、ポップだ。

『…それともあんたは魔族だから…魔王軍の味方ってわけか!?』

 怒りのままにこんな言葉を投げつけているポップは、頭の回転は早いが感情に引きずられすぎだ。

 相手と交渉したいのであれば、相手の怒りを買うような言動は避けるのが鉄則なのだが、ポップは思ったことをそのままぶつけてしまっている。交渉役として考えるなら、完全に失格だ。

 だが、交渉術は訓練次第で練度を上げることのできるスキルだ。
 セールスマンが経験を積むことで熟練して行くように、訓練や経験を重ねることで基礎的な技術は身につく。

 しかし、相手の心理や性格を読み取る洞察力は、一朝一夕では身につかない。
 その一番難しい部分を、ポップはすでに身につけている。

 相手が本当は何を望んでいるか、また、相手が真に心を動かすポイントはどこにあるか――それを見抜く目を、ポップはすでに身につけている。本人はあまり意識していないようだが、これまでも物語の随所でポップはその特技を発揮してきた。

 この時も、そうだ。
 今も、ポップはロン・ベルクがダイの頼み……最強の剣作りに全く関心を持っていないことを見抜いた。そして、本人がどこまで意識しているかは定かではないが、ポップはその理由を知りたいと無意識下で考えたのだろう。

 相手が剣を作ってくれないことに不満なだけならそれに対して文句を言えばいいだけだが、ポップは一歩踏み込んで相手の立ち位置について口にしている。

 クロコダインやハドラーと敵対した時もそうだったが、ポップは相手が決して無視しきれない本心へと切り込むのを得意としている。下手をすれば相手を怒らせるかもしれない諸刃の剣だが、ポップのこの問いかけはロン・ベルクの関心を引くのに成功している。

 ポップの反抗的な態度は、ロン・ベルクを怒らせるどころか彼の本音を引き出している。

 ロン・ベルクは剣を作る気をなくした理由に、人間や魔王軍は関係がないこと。強力な武器に見合う使い手がいないせいでやる気をなくし、本気で剣を作る気をなくした事実を淡々と語っている。

 彼にとって剣作りへの情熱をなくした事実は、関心が薄いのだろう。むしろ、ポップから「それならなぜ、親父には剣を?」と尋ねられた時の方が、遙かに熱を入れて返答している。

 手を抜いて作った剣だといいながら、ロン・ベルクは友人であるジャンクをずいぶんと気に入っている様子だ。

 ジャンクが昔、ベンガーナ王国の宮廷鍛冶職人だったこと、威張ってばかりいる腰抜け大臣を殴って職を辞めたことなども暴露している。ジャンクなどは息子の前で若い頃の黒歴史をバラされたことを怒っているが、ここで注目したいのはロン・ベルクとジャンクが打ち明け話をし合う程、親しくしていることだ。
 ポップがジャンクの息子だと言うことで気を許したとも言えるが、それでもジャンク自身が無言を貫いてロン・ベルクへの取りなしをほぼしなかったことを考えれば、この時の会話が弾んだのはポップの力に寄るところが大きい。 

 心を見せようとしない相手に対して、深く心に切り込む言葉をぶつけ、本心を引き出す――これらの行動を、この時のポップが意識的に行っているとはとても思えない。

 これまでの戦いでクロコダイン、ハドラー、バランなどに対してそうしたのと同様に、感情のままに行動した結果がいい方向に転がっただけとも言える。

 しかし、意図的だろうが無意識だろうが、ポップが相手の核心を突けるのは間違いがない。その上、一度怒らせた相手とも友好的に振る舞える社交性を持っていることを考えれば、ポップが将来的に交渉術を伸ばす可能性は非常に高い。

 すぐに怒ったり感情的になる自分を抑えられるようにならば、無意識ではなく意図的に相手の考えを読み、成り行き任せではなくある程度計算して会話による駆け引きを仕掛けられる様になる――その素養は、以前に比べてずいぶんと育っているのが見て取れる。

 だが、この段階ではポップはまだ、話術を駆使するような技術も駆け引きの巧さもない。ついでに言うのなら、今まで知らなかった父親の過去に気を取られてしまっているのか、注意も横に逸れてしまっている。……まだまだ、駆け引き上手への道は遠いようだ。

 ロン・ベルクへの依頼の決め手になったのは、ダイのどこまでも率直な頼みの方だ。

 ロン・ベルクの作った鎧の魔剣でも、ダイの力に耐えきれずに壊れてしまった。真魔剛竜剣に負けない剣が欲しいと叫ぶダイに、ロン・ベルクは態度を豹変させるのである。

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