42 剣を探して(7)

 

『あなたの鎧の魔剣ですら、一撃しかおれの力に耐えきれずに消滅してしまった……!!』

 ダイのこの言葉を聞いて、ロン・ベルクは初めて彼に注意を向けている。
 注意深く読み返すと明らかだが、これまでのロン・ベルクの言動は常にジャンクに向けられている。

 言葉の通じない外国人と接する際、自ら相手の言語を覚える気のない者が通訳を通して間接的に意思疎通を図るように、ロン・ベルクにとってはジャンクを通してしか人間と関わる気がないのだろう。

 ポップの言動に興味を示した時でさえ、彼を勇者一行の魔法使いとして相手をしているのではなく、ジャンクの息子として反応している。
 ロン・ベルクにしてみれば、ダイ達は興味の対象外にすぎない。

 が、それが激変するのが、ダイが真魔剛竜剣に勝てる剣が欲しいと発言した時だ。

 これまで飄々とした態度で酒を飲み続けていた男が、酒瓶を取り落とすほどの動揺を見せている。
 真魔剛竜剣の一言を聞いた途端、ロン・ベルクはダイの肩を掴んで結果を問い詰めるほど必死になった。

 この行動に、ロン・ベルクの価値観がはっきりと表れている。
 彼にとっては人間達の危機や魔王軍の動き以上に、真魔剛竜剣と己の作った剣の優劣の方が重要なのだ。ダイ達の懇願にも眉一つ動かさなかったくせに、自分の知りたいことについては正直なほどに貪欲だ。

 正直、ここまで相手が必死になって知りたがる情報があるのなら、それを教えるのと引き換えに交渉を持ちかけるのがセオリーなのだが――ダイは、そんな駆け引きなど全く思いもつかない正直者だ。

 しかも、相打ちだったと言うだけでなく、相手の剣も折れたけどこっちの剣は消滅してしまったのだから、負けかもしれないと打ち明けている。
 これも、呆れる程の正直っぷりだ。

 そもそも男ならば自分が負けた話など普通はしたがらないものだし、ましてやロン・ベルク作の剣が消滅した話というのも微妙な話題だ。

 どんな作品にせよ、作り手は多かれ少なかれ自分の作品に愛着を持つものだ。昔作った物であっても、それが跡形もなく消滅してしまったと知ればそれだけで作り手がショックを受ける可能性もあったのだが、その辺を全く考慮しない辺りも、実にダイらしい。

 マァムにポップの死を暴露してしまった経験から、何も学んでいないようだ。
 が、このダイの愚直さが、結果的には功を奏している。

『「折った」? ……オレの剣で……、真魔剛竜剣を……折ったのか……!?』

 ひどく衝撃を受けたようにそう呟いたか直後に、ロン・ベルクは声を上げて高笑いをしている。
 彼との付き合いに一番慣れているジャンクでさえ戸惑う程の喜びっぷりを見せるロン・ベルクは、まさに有頂天と言える状態だ。

 だが、ロン・ベルクの状況から言えば歓喜するのも無理もない。
 真魔剛竜剣の名を最初から知っていたロン・ベルクは、その剣を超える武器を作ることこそを目標としていた。

 しかし、この目標は非常に困難だ。
 なにしろ真魔剛竜剣は、神々が作り上げた地上最強の剣だ。材質、作り、共に最上級品であることは想像に難くない。

 それを上回る武器を作るだけでも大層な目標と言えるが、ロン・ベルクの目標はさらに高い。

 ロン・ベルクの望みは、単に最強の武器を作ることだけではない。
 彼の持論は、人と武器の融合だ。

 単に強い武器を持つだけでは不十分であり、人はその武器に相応しい力量を持つように努力し、また、武器も人の強さに合わせて日々進歩していく――その結果、人と武器は互いを高め合いながら最強の強さを持つと言うのが、ロン・ベルクの理想だ。

 この理想に最も近い存在なのが、竜の騎士と真魔剛竜剣の存在だ。
 神々の生み出した生物兵器であり、紋章によって戦いの記憶を引き継ぐ竜の騎士の力量は、侮れない。

 竜の騎士にとっては、真魔剛竜剣こそが己の力を最大限に活かす武器であり、また、その逆も真なりだ。真魔剛竜剣は、竜の騎士が使ってこそ十全の強さを発揮できるのだろう。
 そのあり方に、ロン・ベルクは理想を見いだした。

 ロン・ベルクの理想は武器職人としては、至って真っ当だ。
 だが、目標は高ければよいと言う物ではない。彼の目標は、最高峰と言っていい高さなだけに、叶えるためには非常な困難が伴う。

 そもそも竜の騎士は伝説と呼ばれる存在であり、寿命の長い魔族であっても確実に会えるとは言えないだろう。

 ロン・ベルクは最初から竜の騎士の存在も知っており、同時に真魔剛竜剣についてもかなり詳しく知ってはいるようだが、彼がバランと会うシーンは少なくとも原作にはなかったし、実際に竜の騎士を探そうとしていた様子もない。

 それどころかロン・ベルクは本人も言っていた通り、武器作りそのものに興味を失っていた。

 高すぎる目標が、ロン・ベルクの情熱を冷ましたのは疑いようもない。
 そもそも目標なんてものは、身近なことから少しずつクリアしていくものであり、いきなり最大目標に突進するものではない。

 野球好きな少年が大リーガーを夢見たとしても、まずは学校の部活などから始めるように、地道に一歩ずつ進めていくのが普通である。
 しかし、ロン・ベルクはどうやら見えない目標に向かってコツコツ邁進していくタイプではないようだ。

 ロン・ベルクの理想を叶えるには、竜の騎士の向こうを張れるような戦士が不可欠だ。しかし、現在の使い手達はロン・ベルクの期待に遙かに及ばない。
 なまじ自分の鍛冶の腕に絶対の自信を持っているからこそ、その力についてこられない使い手に苛立ちや不満を感じていたようだ。

 ついでに言うのならば、真魔剛竜剣はオリハルコン製だとロン・ベルクは知っていたし、オリハルコンこそが最高強度の金属だと知っていながら、素材集めをしようとする素振りも見せない。

 理想を叶えたいのなら、剣の使い手を探しつつ、素材も探すなどの地道な努力も必要な様に思えるのだが、ロン・ベルクには全くその気はないようだ。ロン・ベルクがその気なら、竜の騎士であるバランを探して協力を求めることも不可能ではないはずだが、その気もない。

 竜の騎士と真魔剛竜剣を目標としながら、直接その相手に近づく程の熱心さはロン・ベルクにはない。

 素材も手に入らない、ろくな使い手もいないのなら、武器を作ったところで無駄だとばかりに諦め、拗ねたように世捨て人を気取っていた……それが、ダイと出会った時のロン・ベルクだ。

 しかし、ロン・ベルクの中の夢は決して消えたわけではなかった。
 武器作りなど馬鹿らしくなって止めたと言いながら、ロン・ベルクの小屋はいつでも武器を作れるように稼働中のままだ。火を落とさなかった炉のように、燻っていた思いはきっかけさえあれば、また勢いよく燃え上がる。

 真魔剛竜剣を折ったダイこそ、自分が求めていた戦士だと見込んだロン・ベルクが狂喜するのも、無理もない。
 しかも、材質的には劣る鎧の魔剣で真魔剛竜剣を折ったと言う事実が、ロン・ベルクを尚、歓喜に駆り立てる。

『同じ材質でオレがおまえのために作れば……断言しよう! 必ず、真魔剛竜剣に勝てるっ!!』

 堂々と宣言するロン・ベルクは自信たっぷりであり、熱意に溢れている。だが、ここまでやる気を見せながら、ロン・ベルクはどこまでも鍛冶以外のことには無関心だ。

 すぐにでも作ってくれと喜ぶダイ達を前に椅子に座り直し、剣を作るためのオリハルコンを持って来いと要求している。自分は錬金術師ではないから、材料がなければ剣は作れないと平然と言ってのけるロン・ベルクは、さっきまでの興奮が嘘のように落ち着いている。

 どこまでも自分の理想に拘りながらも、自分がやりたくないと思ったことにはとことん手を出そうとしないロン・ベルクのマイペースさがよく分かるエピソードである。

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