46 人間達の情勢 (6)

 世界会議の場でベンガーナ王は、テラスから自慢の軍艦を指し示しながら熱弁を振るっている。

 パプニカ港に堂々と停泊している帆船は、ベンガーナ王が言うには最新鋭にして世界最大級の軍艦だ。この世界ではどうやら帆船が主流らしく、ロモス王の乗っていた舟もまた帆船だった。

 ロモスの船が聖水を撒きながら怪物を避けて進むことをメインとしているのに対し、ベンガーナ王の軍艦は砲門の数がやけに多く攻撃的な印象を受ける。
 普通、軍艦の性能や強さや砲門の数や大きさで判断されるので、砲門の直径が大きく、数が多い軍船ほど良いわけだ。

 舳先には鷲の彫像をあしらっている上にかなり補強がされており、優美さよりも勇壮さを強く感じさせる船だ。

 が、この自慢の軍船は、いきなり謎の攻撃を食らって大破してしまっている。この時、敵がどんな攻撃をしたのかはっきりとは分からないのだが、軍艦の甲板上にいきなり大爆発が起こり、次いで巨大な手が片手でその船を持ち上げている。

 その手の主は、巨大な岩の怪物だ。三本の角を持つ異形の岩石巨人は、読者にとっては以前も見たことのある鬼岩城の変形した姿である。ただ、以前は動き始めるシーンや足跡によって、城に移動能力があることを間接的に表現するに留まっていたが、今度ははっきりとした人間形態で登場している。

 レオナ達の会議している大神殿を遙かに上回る身長と言い、軍艦を片手で軽く持ち上げる巨体っぷりといい、その存在感は圧巻だ。これ程の巨体ならば早々に発見されそうなものだが、海上に深い霧が立ちこめていて見通しが利かなかったと兵士達が証言している。

 確かに霧は驚く程に視界を狭めるものであり、現実の歴史でも、有名なタイタニック号は夜と霧と言う悪条件が重なって氷山に衝突し、沈没してしまった。レーダーなどない中世レベルの航海術では、霧は大敵である。

 そのため、軍艦も港にいた兵士達も誰一人として岩石巨人に気づかなかった。巨人の最初の一撃は、完全なる奇襲となって人間を襲ったはずだ。

 では、その攻撃とはなんだろうか?
 船を爆破した攻撃は、炎を上げてはいなかった。また、何の軌跡もないことから、砲弾や攻撃呪文のように遠くから飛んできたものでもない。

 この時、岩石巨人が船を持ち上げた時に船から水がこぼれ落ちるシーンがあるのに注目したい。つい先ほどまで海に浮かんでいた船から水が溢れるなど、普通ならば有り得ない。

 となると考えられるのは、船底に穴が開き浸水した可能性だ。最初の攻撃は、おそらく水中――船底から上に向け、閃熱呪文か爆裂呪文のように貫通力はあるが延焼能力のない攻撃呪文、もしくはそれに類似したものだろう。

 その攻撃があまりにも強すぎて船底から甲板に突き抜け、傍目からはいきなり甲板が爆撃されたような光景に映った。

 その攻撃だけでも驚きだが、さらに驚きなのは岩石巨人がもはや使い物にならなくなった軍艦を、港に向かって放り投げたことだろう。この行動だけでも、岩石巨人の明確な知能が見て取れる。

 大きさに任せてただ暴れ回るのではなく、理知的に攻撃目標を判断し、的確で狙い澄ました攻撃をしかけるとてつもない巨体の敵――そんな存在を目の当たりにしながら、王達はずいぶんと冷静である。

 特に、レオナの分析能力は抜きんでている。岩石巨人が魔王軍の差し向けた怪物だと看破し、世界会議とそれに加わる王を全滅させるのが目的だと発言している。

 レオナのこの落ち着きぶりは、最初からその危険性も想定していたことを窺わせる。……が、その割にはレオナは、対魔王軍に対する対策は何一つとして立てていない様子だ。

 パプニカの軍備や人材は脆弱で、対魔王軍の戦力として数えられるのはせいい勇者一行ぐらいなのだが、レオナはその肝心要の勇者一行の行動を掌握しきっていない。

 ダイやポップが自分の意思だけでほいほい勝手に国を飛び出しているのに止める気配すらなかったのだから、レオナは相当の放任主義だ。

 そもそも敵の奇襲を予測していたのならば、その危険性や可能性を勇者に予め相談し、いざという時の備えとして世界会議開催前後にはパプニカの警護や緊急時の避難役としての役割をふっていてもよさそうなものだが、レオナはそうはしていない。

 これは彼女がダイ達を自分の配下としてではなく、対等の存在として尊重しているからこそだろう。レオナはダイ達を利用しようなどとは思っていないし、むしろ自分こそが彼等の後押しできる存在になりたいと考えている。

 他国の王達に対しても、自分を指導者と認めて従うように要請をするのではなく、飽くまで対等な立場での話し合いに拘ったレオナの思想や志は見事だが、緊急時には余り適しているとは言えない。

 緊急時には、絶対的指揮権を持つ指導者とその命令に忠実に従う兵士達のように、一本化した指揮系統が成り立った組織の方が対応しやすい。
 事実、世界の危機を目の前にして、真っ先に動いたのは軍隊を引き連れて世界会議に参加したベンガーナ王だ。

 自国の将軍に対し、戦車隊での出撃を命じている。
 ここが他国であることを考えれば、その国の主であるレオナの許可も取らずに攻撃命令を下すなど越権行為にも程があるし、いきなり戦いを挑むなど無謀過ぎるほど無謀ではあるが、それでも他者に先んじて行動を選択した勇気だけは評価したい。

 他の王達は何の指示も出していないし、おそらくパプニカの兵士と思われる兵士達も戦いを挑むどころか、巨人から逃げている始末だ。それに比べれば、すぐさま戦いを選んだベンガーナ王は確かに勇敢は勇敢だ。

 しかし、この時のベンガーナ王の判断は理性的な物とは言いがたい。
 ロモス王に無茶だと諫められた際に、ベンガーナ王は戦車ならばあんな岩の固まりに負けないと豪語しているが、この発言はどう聞いても強がりじみていて信憑性がない。

 確実に勝てると判断した上で命令を出したのではなく、軍艦を失った衝撃を打ち消すために残った希望にすがりついているだけのように見えてならない。

 そもそも、指揮官には勇敢さはさして必要なスキルではない。後先を考えずに突進する勇敢さは、兵士にこそ求められるスキルであり、指揮官にはむしろ石橋を叩いても渡らないような細心さが必要とされる。

 冷静に状況を判断し、ここが勝負所という場を見極めた上で戦いを挑むのが指揮官本来の役目だ。だが、今、この場にいる王達の多くは冷静に状況を眺めているだけであり、ただ一人戦いを挑んだ王にはその思慮深さが全くない。

 古来より、勇敢な指揮官ほど多くの味方を死に至らしめてきたが、この時のベンガーナ王はその典型のような振る舞いを取っている。
 世界を救うために集められた世界の王達は、皮肉なことに非常時を前にして誰しもその器ではないことを証明してしまっているのである。


《作画者様の細かな拘り♪》
 ロモス王が乗っている船は、実は以前にも登場している。ダイ達がロモスからパプニカに向かう際に乗船した船と同一の物である(ちなみに、船長も同一人物)

 ロモスの船も怪物の増加に合わせて武装していたが、基本的なデザインに変化はない。船の舳先に水瓶を掲げた女性像をデザインした船で、実に優美な船だ。先端の女性像は長い髪をたなびかせており、その伸びた髪がそのまま舳先と一体化していると言う凝ったデザインが施されている。

 神々しい印象の美しい女性であり、半裸で腰から下を布で覆い隠すというデザインはいかにも女神的だが、ゲームにも登場した精霊神ルビスのように、ダイ大世界では精霊も崇める対象となる。もしかしたらこの女性像も精霊を模しているのかもしれない。

 この世界では精霊は人の姿に似てはいても、耳が尖っているので一目で見分けがつくのだが、この女性像は残念ながら髪で耳が覆われて見えないので明言はできないのだが。

 ところで初登場時と後出時では、水瓶から流れる聖水の勢いに差があることにお気づきだろうか?

 初登場時は水瓶から優雅に流れる水はいかにも自然に流れ出ているといった雰囲気だが、後出時には水は明らかに勢いよく噴出されているのが一目で分かる。これは、流す聖水の量が増えたからこそ起きる現象だろう。

 つまり、それだけ怪物の出現が増えた現状を示唆していると言える。
 ストーリー的な設定や台詞だけではなく、このように背景の一部とも言える場面からも読み取れる詳細な世界観もまた、ダイ大ワールドの魅力だと筆者は考えている。

 

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