47 人間達の情勢 (7)

 アキーム将軍は、兵士に求められる資質を理解しすぎる程に理解している人物だ。

 ベンガーナ王の突撃命令を受けて、アキーム将軍は不満の一つも言わずに即座に先陣を切って軍を動かしている。それを見て、クロコダインは思わずと言った様子で止めている。

 岩石巨人の正体が鬼岩城と呼ばれる魔王軍の基地であることを率直に打ちかけ、無駄死にするだけだからと制止するクロコダインはつくづく人がいい。
 この時、クロコダインにはアキーム達を助ける義理などない。

 レオナの計らいでパプニカに客人として扱われている彼は、パプニカ王国の食客と言ったところだろうか。ならば、せいぜいパプニカに利する形で己の武力を貸せばいいだけの話だ。

 パプニカに滞在する客人とは言え、正式な兵士でもないクロコダインには他国の人間に積極的に関わる理由はない。人間的に気に入った相手ならまだしも、クロコダインはベンガーナ軍に対してあまり好意的な感情は持ってはいなかった。レオナの意向を無視して、強引に武力で押し通そうとする傲慢さが気に入らなかったのだろう。

 ならば放っておいてもよさそうなものだし、むしろ他国の軍隊に口を出すなど諍いの元になりそうなものだが、クロコダインには人命を優先する考えがある。己の損得よりも、仁義を通すことを選ぶ傾向が強いのだ。

 人間という種族そのものに好意を抱いているからこそ、その場の状況や立場以上に人命優先の行動を取らずにはいられないのだろう。
 が、クロコダインのこの忠告をアキームは聞き入れなかった。一拍の間を置いてから、彼はこう言い返している。

『国王陛下はベンガーナ軍の真価を見せよ、と言われた。勝敗はどうあれ、我らは世界の先陣を切って戦う勇気を見せねばならんのだっ!!』

 この台詞には、アキーム将軍の並々ならぬ覚悟が感じ取れる。
 アキームは、クロコダインの意見には一言も反論していない。それは、彼の言葉の正しさを薄々悟っているからだろう。

 そもそも、兵士ならば自分達の使用する武器の威力を知っていて当然だ。
 大抵の武器は、使い方だけを知っていればいいという物ではない。使用法はもちろん、武器の威力への理解も必要だ。

 たとえば銃は引き金を引くだけで遠方の生き物に大ダメージを与えることのできる便利な武器だが、命中率は決していいとは言えないし、口径が小さければ致命傷にはなりにくい。

 実際に訓練を重ねて命中率を上げ、銃の長所や欠点を理解していなければ効果的な使用は望めない。銃と一括りに言っても、対人用、対獣用、命中重視、威嚇重視など使用目的が異なれば、適した銃の特徴は違ってくる。

 単純に強力な武器さえ持っていれば絶対に勝てるなどと気楽な考えを抱くのは、実戦を知らない素人だけだ。

 どんな武器であっても、練度は重要だ。
 そのため、軍隊は重火器を使用した訓練を行い、自分達の武器の使い方と共にその威力や限界を体感していく。現場の兵士ほど、使用武器について詳しい人間はいないだろう。

 おそらく、戦車隊の所有者であるベンガーナ王よりも、実際に前線に立って指揮を執っているアキーム将軍の方が戦車の威力や限界については詳しいに違いない。

 つまり、この時点でアキームはベンガーナ戦車隊では岩石巨人を破壊できないと知っていた可能性が高い。
 だが、それでも攻撃命令に『否』を唱えなかったアキームは根っからの軍人だ。

 軍隊では、上官の命令には絶対服従するのが鉄則だ。
 軍を軍として機能させるためには、個々の思惑でバラバラに動いていては効率が悪すぎる。判断力の高いリーダーに従って、集団で動いてこそ軍隊は威力を発揮できるものだ。

 そのため、軍隊では上下関係を徹底して教育し、上官の命令には無条件で従うように訓練をする。
 例えそれが本人にとって納得のいかない命令であったとしても、命じられれば異を唱えずに従うのが兵士としてあるべき姿だ。

 平和な日常でならば話し合いや説明を行うゆとりもあるだろうが、戦地では即決こそが尊ばれる。リーダーが迷ったために、敗退してしまった軍隊の話は歴史上いくらでもいる。

 アキームは王の命令に異議を唱えるより、その命令に従うことが重要だと考えた。

 たとえ自分達が勝てなかったとしても、魔王軍に戦いを挑む姿勢を見せるのが自分達の役割だと考えた彼は、ある意味で自分達が捨て駒になると割り切っているのかもしれない。

 彼はこの後、文字通り先陣を切ってベンガーナ軍を率いている。本来ならば将軍のような指揮官は後方の安全な場所から全体の指揮を執るべきなのだが、いくつかの例外はある。

 指揮官が先陣を切るのは、決まって敗戦色濃厚な戦いだ。他に手がないからこそ、兵士の士気を高めるために上官自らが危険な役目を買って出るしかないだけの話だ。

 アキームのその奮闘に応えるように、戦車隊は見事な連係連携攻撃を見せている。将軍の合図で進軍し、港に綺麗に一列に並んでからの一斉射撃を行っている。

 ベンガーナ戦車は見た目はかなり小さいが、それは機動力を上げるために重量を犠牲にしたのだと思われる。大砲を撃つ反動で位置がずれないよう、地面に釣り針のようなフックを深く打ち込んでブレーキをかける仕組みだ。

 この戦車は面白いことに、砲塔の角度を上下に自由に動かせるようだ。アキームは足元ではなく、確度を高くして岩石巨人の胸部を狙っている。人造物である以上、人体と同じ様に胸部が弱点とは言い切れないのだが、相手の身体の中心線を狙うのは基本中の基本だ。

 クロコダインでさえ驚愕の表情を見せるほど、ベンガーナ戦車隊の砲撃は凄まじかった。

 続けざまに打ち続ける大砲の弾が岩石巨人を砕いて欠片が飛び散り、もうもうとした煙を上げている。それを見ていたベンガーナ王は戦車隊の勝利を疑わなかったが、攻撃に一段落がついて爆風が収まった後、岩石巨人から放たれたのは無数の光弾だった。

 しかも、その光弾は狙いが確かで、戦車を次々と吹き飛ばしていく。アキーム将軍ももう少しでその光弾に殺されるところだったが、クロコダインが彼を庇ったおかげで命拾いをしている。

 岩石巨人はその豪腕で船にも攻撃を仕掛けており、先程よりも動きが良くなっているようだ。

 薄れた煙の中から見えた岩石巨人は、その外装じみた岩肌を削ぎ落として、城に手足を生やした巨人という姿を披露している。整った城部分には一切の損傷がなく、人間達の攻撃が全く効いていないのは一目瞭然だ。

 いや、それどころか、相手にとって動きの妨げになる外装代わりの岩壁を大半引き剥がしてしまったことは、相手の手助けをしてしまったようなものだ。
 鬼岩城と呼ばれる移動要塞の真の姿を目の当たりにした人間達が恐怖するのも、無理もあるまい。

 アキームには気の毒だが、この勝負は人間達の完全なる敗北だ。戦う前からすでに、ベンガーナ軍の敗北は決まったようなものだった。彼等の攻撃は、残念ながら無意味である。

 ところで、全く無意味に終わった攻撃とは言え、人間達の攻撃の中に面白いシーンがある。
 アキーム将軍率いるベンガーナ戦車隊が猛攻を仕掛ける中、とある船長がこんな勇ましい命令を下している。

『発砲しながら出航!! 沖に回りながら巨人を攻撃しろ!!』

 港から攻撃を仕掛けるベンガーナ戦車隊を援護しているのは、なんとロモス王国のネルソン船長である。

 ここで注目したいのは、彼はロモス王に攻撃命令を受けていないにも関わらず、自発的にベンガーナ軍に協力している点だ。つまり、彼には自己判断で戦いを選択できる職業――アキームと同じく、地位の高い軍人である可能性が高い。

 初登場時には一介の船長かと思っていたものだが、ほぼ軍艦と言える程の戦備を整えた船を操っている点からも、ネルソン船長はただ者ではなさそうだ。船員達も船長の命令に即座に従っているのだから、軍としての練度も高そうだ。

 目の前でベンガーナ戦艦が沈められたのを目の当たりにしながら、避難もせずにすぐに攻撃に打って出るこの精神力と判断力は、見事の一言だ。

 また、奇岩城の反撃を見て取った途端、ネルソンはみんなに海に飛び込むように指示を飛ばしている。ギリギリまでは戦うが、部下や自分の命を無駄にしないと言う船長の主義がよく分かるシーンだ。

 ネルソンはいかにも船長らしく、一番最後に避難しているのも好印象だ。
 もしかすると、彼等はロモス王国の海軍も兼ねた存在なのかもしれない。

 ――ところで、さらにもう一つ。
 ベンガーナ王国、ロモス王国が果敢に敵と戦う姿勢を見せる中、全く動きを見せなかったのがテラン、パプニカの両王国である。

 人口わずか50人足らずの上、秘密裏に移動して欲しいと言う招待主の意向を汲んでごく少数で訪れたテラン王国陣が何もしないのは、まだ許容できる。
 しかし、世界会議の発案国にして、世界の王達を招聘したパプニカ王国の軍隊は、一体全体なにをやっているのか。

 魔王軍の恐ろしさや攻撃力の高さを知り抜いているパプニカ王国ならば、いざ敵が攻めてきた時の対策の一つもとっておくべきだと思うのだが、驚く程にパプニカ軍隊は何もしていない。

 と言うか、軍隊として機能しているのか、非常に疑わしいものがある。
 巨人の襲来に、港を捨てて逃げ帰ってきた兵士達ぐらいしか、彼等の行動は描写されていない。唯一、頑張っているのがクロコダインに修復した武器を届けに来たバダックぐらいだが、これはどう見ても軍の一員としての行動とは思えない。

 高齢のバダックはレオナの爺や的存在なせいか、一般兵士の域を超えてかなり行動の自由が許されているらしく、個人的な意思でかなり好き勝手に動いている印象がある。

 彼の行動にダイ一行が度々助けられているのは事実だが、これをパプニカ軍事力の成果と見なすことはできないだろう。

 パプニカには魔法の使い手もまだ多数生き残っているはずなのだが、兵士だけではなく彼等も一向に姿を現さない。……パプニカの魔法軍団にも、望みが持てないようだ。

 

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