48 魔王軍の情勢(16)

 

 さて、今度は視点を人間側から魔王軍側に移してみよう。
 人間達を仰天させた鬼岩城を動かしていた主は、ミストバーンである。背後に見える魔法陣や独特の玉座のデザインから見て、この部屋は以前ハドラーがダイと初対決して敗れた後、バーンと交信する際に使用していた部屋に違いない。

 本来なら総司令であるハドラーの座なのだが、ハドラー本人から代理を頼まれたミストバーンがその席に着いているのは当然だろう。

 ここで注目したいのは、玉座の肘掛けに設置された半球状の水晶だ。
 ミストバーンはここに両手を置き、鬼岩城を操作している様子だ。だが、ハドラーがこの玉座に腰かけている時には、実はこの半球水晶は存在しない。

 どうやら、この操縦桿じみた水晶を登場させるには、文字通り『バーンの鍵』と呼ばれる鍵状のアイテムが必要らしい。作品中でキルバーンとミストバーンが手にしているその鍵は、バーンの許可を得て初めて持ち出せるもののようだ。

 つまり、バーンの許可がない限り、鬼岩城は動かすことはできないと言うことだ。

 そう考えると、ハドラーに与えられた実質戦力の低さを実感してしまう。
 魔王と名乗らせ、魔王軍の総司令と言う高い地位を与えながら、バーンはハドラーに主戦力となるであろう移動要塞の自由を与えていない。

 いくら優秀な幹部を揃えさせたとは言え、現代の軍隊で例えるなら、動かすことのできない空母とエース級パイロットを数名与えられただけの将軍……これで世界を征服しろとは、かなりの無茶ぶりと思えるのだが。

 だが、ハドラーには戦力を与えなくとも、バーンはミストバーンにはずいぶんと甘いようだ。ハドラーには即戦力は与えずとも、ミストバーンが望んだ場合は、鬼岩城の使用許可を出しているのだから。

 ハドラーの代理としてパプニカを攻めに来たミストバーンだが、彼の戦法はなかなかに慎重だ。

 圧倒的な戦力差があるにも関わらず、わざわざ霧を出して人間達に気づかれないように港まで接近しているし、最初の攻撃も奇襲の形で軍艦を沈めている。

 人間同士の戦いならば、奇襲は恥ずべき行為だ。
 古今東西を問わず、戦いにおいて宣戦布告の意味は大きい。開戦を宣言してから戦闘を開始することは、戦いにおいて重視されるルールだ。これに違反した場合、大きな非難を浴びることになるし、戦後の和解においても大きな譲歩を迫られる場合が多い。

 故に、国と国の戦いにおいて遵守すべき戦闘ルールや不文律という物は存在する。武器を捨てた投降者や非戦闘員への攻撃は禁じるなど、人道的なルールは時代によって差はあれど、一応は存在はしていたのである。

 ……実際にそれらが戦場で確実に守られてきたかと言えば別の話になるが、破られることが多かったとは言え原則的なルールや倫理感はどの時代にもそれなりにはあった。

 だが、ここでミストバーンはそれらのルールに頓着することなくあっさりと破っている。

 その際、ミストバーンは船に刻まれた意匠を見て、ベンガーナの船だと判断している。つまり、彼は人間達の王国の意匠を把握済みということだ。人間を見下しつつも決して油断することなく、押さえるべき情報はきっちりと把握している辺りが彼の恐ろしいところだ。

 だが、そこまで人間について調べておきながら、ミストバーンは人間に対して驚く程に無関心であり、無慈悲だ。
 奇襲攻撃の後で、彼は自分の身分を明かして王達に向かって呼びかけているが、それは降伏勧告などという生易しい物ではない。
 
『……命令する……死ね。おまえ達には一片の存在価値もない。大魔王バーン様の大望の花を汚す害虫だ……。降伏すら許さん……死ね! この国ごと、地上から消えよ!』

 なんとも、苛烈な開戦宣言である。
 だが、これこそが魔王軍から人間達に対する初の公的な意思表示と言える。

 思えば、これまで魔王軍から人間達に対する要求は存在しなかった。魔王軍の侵攻は人間達にとっては奇襲に近いものであり、国によっては壊滅的な被害を受けてはいるにも関わらず、敵の狙いが分からない状態だったわけだ。

 人間間での戦争ならば、大義名分や原因は数あれど最終的には相手の領土、財産などを奪うことが目的となる。その場合、戦いを仕掛けられた側は多大な被害を受けはするだろう。だが、相手の目的が略奪や支配であるのなら、全てを失うわけではない。

 王族など支配階級はともかくとして、その地に住む一般人は新たなる支配者を受け入れるなら生き延びられる可能性は高い。いや、支配階級であっても、相手への恭順を示すなどの譲歩を見せることで生存率は大きく違ってくるだろう。

 だからこそ国同士での戦いでは効果的なタイミングで降伏勧告を行い、相手の譲歩を引き出すのが定石だ。

 しかし、魔王軍には人間と交渉する意思は皆無だ。
 従えと言うどころか、その領土すら要らないと宣言している。人間が害虫を駆除するかのごとく、ミストバーンは人間の消滅を望んでいる。と言うよりも、これはバーンの代行者としての発言なので、バーンの望みと言うべきか。

 この時点で、ミストバーンの考えがはっきりと分かる。
 ハドラーの頼みで人間達を相手に時間稼ぎを頼まれたにも関わらず、バーンの意志に従った布告を行っている時点で、彼の中の優先順位は揺るがない。

 本来ならば、この手の宣言は魔王を名乗るハドラーが行うべきことなのだが、ミストバーンは仮初めの上司に対してはそこまでの配慮をする気はないようだ。

 少なくとも、15年前のハドラーは人間を支配下に治めようとしていたのだから、彼ならばまだ人間達と交渉する気があったかもしれない。ただし、過去の例から考えると、非常に不平等で一方的なものにはなるだろうが。

 いずれにせよミストバーンはハドラーの代行者としてではなく、バーンの配下としてパプニカ王国との戦いを開始した。

 奇襲で軍艦を沈めた後、ミストバーンは自分は王座に座ったままで城内から多数の配下を呼び出した。主力部隊として呼び出したのは、動く甲冑(リビングアーマー)系の怪物達だ。

 自分で戦ったり、鬼岩城の圧倒的な武力で強引に推し進めるのではなく、いくらでも補充の利く怪物での人海戦術を選択したと言うわけだ。しかも、ポップが空を飛びながら魔法で攻撃を仕掛けてきたのを見て、飛翔能力と魔法封じの能力を併せ持つガストを召喚している。

 一歩引いた後方から冷静に状況を見ながら、相手の動きに対して柔軟に対応するミストバーンの戦法には、これといった隙がない。
 多数の相手と戦うのには、無難で確実な戦法と言えるだろう。慎重で手堅い――そんな性質が見て取れる。

 しかし、一見慎重すぎるように見えても、定石に沿った王道こそが最も手強く崩しがたい戦法なのだ。

 人間を戦い相手としてではなく害虫と認識し、淡々と駆除するための作業にも似た戦いを淡々とこなすミストバーンには、これまでの敵にはない手強さがある。

 単体の戦士としてではなく、将軍として考えるのならば、一番敵に回したくない軍団長だ。

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