50 勇者一行VS鬼岩城(2)

 パプニカに戻ったポップは、世界会議が開かれている大神殿のテラスに移動している。

 ちょうど、ベンガーナ戦車隊が岩石巨人に総攻撃をかけている真っ最中であり、王達がテラスに勢揃いしているところだったのでかなり驚かせてしまっているのだが、この場所に飛んできたポップの能力値に高さは褒めてもいいだろう。

 瞬間移動呪文は術者が行ったことのある場所にしか行けないし、その場所を強くイメージしなければ行くことはできない。瞬間移動呪文の修行中にポップが、マトリフの洞窟をなかなかイメージできずに戻れなかったことを思えば、たった一度きただけの大神殿に正確に移動してきたポップの魔法の腕だけは、たいしたものだ。

 ……まあ、彼の場合は移動呪文の着地が下手すぎるせいで、せっかくの魔法の腕前が目立たないのだが。

 そして、もう一人この場で判断力の高さを見せるのはレオナだ。
 彼女はこの中で唯一、瞬間移動呪文の軌跡を示す光に気づき、着地に備えて背後にいた王達を庇う様な姿勢を見せている。このレオナの注意力は称賛すべきだが……本来ならばこの役目は見張り役や護衛の兵士がすべきだろう。

 この世界には瞬間移動呪文や飛翔呪文の使い手が存在すると分かっているのなら、空からの奇襲に備えて何らかの防衛を備えておくのは当然なのだが、パプニカ王国はその辺の危機意識がどうにも薄いようだ。

 絵柄から判断する限り、パプニカ王国の兵士達は比較的若い外見の者が多いので、一度は落城した際に優秀な兵士達が全滅してしまい、経験の浅い兵士やバダックのように引退間際の老兵しか残っていない可能性もあるが、どちらにせよ不用心な話である。

 だが、兵士達の質は置いておくとして、指導者であるレオナの状況判断力の高さはずば抜けている。
 突然やってきたポップに驚きながらも、ポップとレオナはごく少ない会話で互いの現状を教え、理解し合っている。

 互いの情報交換や状況把握するのを最優先するのなら、ポップが大神殿に飛んできたことは大正解と言える。

 が、王達の防御という面では、大神殿に飛んできたことは決して褒められない。前述した通り、瞬間移動呪文は外部からでもはっきりと分かる目立つ魔法なので、ポップが飛んできた時点でそこに重要な人物や物が存在すると教えているようなものである。

 なにより、その直後にミストバーンの告げた人間への絶滅宣言を聞いたポップが激昂し、飛び出していってしまったのが大きなマイナスだ。

 なにせ、この状況下では両者の戦力差があまりにも圧倒的である。
 元々、ポップは敵を倒すつもりではなく時間稼ぎをするつもりでパプニカに戻ってきたはずだ。

 ミストバーンの宣言を聞けば、敵の目的が世界の指導者達の抹殺だというのはすぐに分かる。ならば、ここで時間を最大に稼ぐためには、王達の保護及び危険域からの脱出を優先させるのが定石だ。
 その場合、ポップの存在は切り札となりうる。

 なにせ、全メンバーの中で瞬間移動呪文が使えるのはポップ一人だけだ。護衛兼いざという時の緊急脱出のために、王達の側にいるのならそれだけで安心感が違ってくる。もっとも、瞬間移動呪文は軌跡がはっきりと視認できてしまうため、敵から迎撃される可能性も高いと言う欠点もあるが。

 その危険性を考えれば王達は2グループに分け、非常時には違う手段で別々の場所に避難するように備えておきたいところだ。……まあ、レオナや三賢者、兵士達の動きを見る限り緊急避難用の準備が整っていたとはとても思えないのだが。

 それに、時間稼ぎのためにはある程度は陽動の人員が必要になるのだが、パプニカにはそれも足りない。

 それを考えると、高い攻撃能力を持つポップをいざという時の保険要員として留め置くのも考え物なのだが――いずれにせよ、ポップが感情的に飛び出してしまったせいで、彼等は今後の行動を相談する機会を失ってしまった。

 もし、ポップに冷静さが残っていたのならば、レオナと作戦を相談することができただろう。短い時間でも的確な会話や判断を下せる二人が協力し合えば、ポップは無理でもマァムとチウをこの場に残すと言う選択肢もあり得たし、どう戦うのが効果的か話し合うこともできたはずだ。

 そもそも、パプニカ側は攻められた立場なのだし、防衛に専念するのなら焦って戦う必要などない。敵の出方を見て動いても、決して遅くはないのだ。

 しかし、ポップは戦いを選択した。
 それも防衛のための戦いではなく、自分の意思で鬼岩城へと真っ向から戦うことを選んだのだ。
 彼の短絡的な決断に引きずられるように、マァムもまた王達の避難をレオナに任せてこの場を立ち去ってしまった。

 この時のマァムは、比較的落ち着いている。
 人間は自分よりも興奮している人が側にいるとかえって冷静になると言うが、この時のマァムがまさにそれだ。

 人間をゴミ呼ばわりしたザムザに対して怒りを抑えきれなかった彼女なのに、この時は怒り狂うポップを宥め、落ち着かせようとしている。つまり、彼女自身はミストバーンの発言にさしたる怒りを見せてはいないのだ。

 正義感が強いマァムだが、彼女はそれ以上に目の前にいる人に救い手を差し伸べようとする傾向が強い。大局的に判断するのなら、レオナや王達に協力した方がよほど大勢の人を救えるはずだが、マァムは正義や公共心よりも自分の感情に正直だ。

 だからこそ闇雲に戦うためではなく、一番身近な存在――ポップを心配して彼を落ち着かせようと追いすがっている。

 ポップの行動も短絡的だが、マァムの行動もそれと大差はないように見える。が、彼女の選択は決して悪手ではない。
 マァムと会話を交わしたことで、ポップは多少なりとも落ち着きを取り戻しているのだから。

 しかし、多少は落ち着いたところで、ポップが敵に対して強い憤りのままに戦おうとしていることに変わりはない。……初っぱなから無謀、かつ圧倒的な不利を背負った戦いである。
 

 

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