52 勇者一行VS鬼岩城(4)

 

 連携が取れないまま、個人個人で多数の敵と戦う羽目になった勇者一行。
 勇者不在のままでの不利な状況での戦いには違いないが、戦況はそこまで悪くはない。

 ダイが記憶喪失になった対バラン戦に比べれば、ダイの所在ははっきりしているわけだし、時間さえ稼げば加勢も期待できる。

 それにも拘わらず、ポップはこの戦いで誰よりも焦りを強く感じている。
 これは文字通り、視点が仲間達と違っているからこそだろう。他のメンバーは、目の前にいる敵と隣りにいる仲間しか見てはいない。

 だが、ポップの視点は上空にある。
 全体から戦いを眺めることで、これまでにない多角的な視点を手に入れているのだ。

 視界の利く上空から見下ろしているだけに、仲間達の戦い方を直接見ているのも運が悪かったと言えば、悪かった。敵の数の多さと仲間の少なさがはっきりと比較できるだけに、それを放置することができなくなった。

 この時点でポップの目的は魔王軍の足止めではなく、仲間達を守ることへと変わってしまっている。

 一対一での戦いを基本とする戦士と違い、魔法使いの強みは多数の敵に一度にダメージを与えられることだ。今回のような戦いの場では、全体攻撃で敵を一掃できる攻撃魔法の意味は大きい。

 なまじ、ポップにはそれを実行できる魔法があっただけに、葛藤も大きかっただろう。
 だが、迷うポップの歯止めになったのが、師匠マトリフから与えられた警告だ。

 ポップはマトリフから、フィンガー・フレア・ボムズを使ったことを咎められていた。フィンガー・フレア・ボムズが禁呪であり、人間が使えば寿命を縮める危険な術だと説明するマトリフは、ポップの前で吐血している。

 マトリフ自身がかつて危険な魔法を使い、身体を壊していること――その事実を知ったポップに、マトリフは無理をするなと重ねて忠告している。

『……いいか、ポップ。おまえはまだ若い。無理をせずとも、いずれは強力な呪文が身につく』

 これまで、実力はあってもふざけた部分やスケベな部分が目立っていたマトリフが、真剣に弟子を心配しているのが分かるいいシーンだ。

 この時のマトリフの忠告を、ポップが軽視していたとは思えない。この時点では、ポップがマトリフを師として尊敬しているのは確かだし、そもそもこの時のポップは反論すらしていない。

 ポップは相手が誰であれ、自分の意に染まぬ意見には真っ向から文句を言うタイプなので、どんなに説得力のある意見だとしてもこれ程素直に受け入れるのは珍しい。

 また、この台詞はポップの才能をマトリフが認めていると証明しているも同然の言葉だ。普段から厳しく、ポップを認めるような台詞をろくすっぽ言わない師匠なだけに、彼から与えられる心配や褒め言葉は大きな意味を持ったはずだ。

 だが、ここで問題にしたいのは、ポップがこの忠告を誰にも打ち明けなかった点だ。

 もし、ポップがマトリフの忠告を仲間達に打ち明ければ、おそらくマトリフと意見を同じにしたことだろう。
 いくら切り札となる魔法だったとしても、命と引き換える価値はないと判断し、ポップがその魔法を二度と使わなくて済むように考えたり、説得したに違いない。

 だが、ポップはマトリフの忠告を仲間に相談しなかった。と言うより、そう言われると分かっていたからこそ、仲間には言わなかったと言うべきか。

 バラン戦の時もそうだったが、ポップには仲間の性格をきちんと読み取った上で先の展開を予想できる頭の良さがある。なまじ、頭の回転が速いだけに相手がどう反応するかもだいたい読めるため、自問自答するだけでも精度の高い解答を考え出せるタイプだ。

 それはそれで長所ではあるのだが、ポップは他人に相談することの大切さをないがしろにしているところがある。
 たとえ、相手の反応が想定内であり結論は同じだったとしても、仲間と共通認識を持つのは大切だ。

 レオナがわざわざ世界会議を開いてまで他国の王達と意思を疎通させ、協力態勢を強化しようとしている意味を、ポップは理解していない。
 ポップは一人で考え続け、そして戦いの中で結論に達している。
 
『……いずれじゃ……困るんだっ……! 要るのは今だぜ!! 師匠ッ!!』

 身の危険も顧みず、フィンガー・フレア・ボムズを打って上空のガスト達を一掃し、地上の仲間達を散らして攻撃魔法でリビング・アーマー達も一掃したポップは確かに活躍している。

 集団戦闘時に置ける、効果的な魔法の使い方を身につけているのは事実だ。しかし、誰よりも効率的な集団戦の方法を考えているポップこそが、誰よりも自分自身のリスクを軽視しているとは皮肉な話である。

53に進む
 ☆51に戻る
九章目次3に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system