54 勇者一行VS鬼岩城(6)

 ミストバーンはヒュンケルの存在を認めた途端、明らかに戦法を変えている。

 ミストバーンはそれまでは質より量とばかりにリビングアーマーを多数出現させ、鬼岩城本体を前進させるという戦法をとっていた。ミストバーンにしてみれば、勇者抜きの勇者一行など足元に群がる蟻程度にしか感じていなかったのか、ほぼ関心を見せなかった。

 各国の王達への呼びかけでさえ、一方的な宣言であり対話にまで発展させる気は皆無だったのだから、徹底した見下しっぷりだ。

 だが、ヒュンケルの存在に気がついた途端、彼に個人に対して話しかけているし、彼に差し向ける刺客としてデッド・アーマー三体を出現させている。
 人間達を害虫と見なしたミストバーンだが、ヒュンケルだけは注目するに値すると思っているようだ。

 ダイが車で時間を稼ぎ、鬼岩城を足止めしたいと望むポップ達から見れば、ヒュンケルの存在はそれだけで価値がある。彼がいるだけでミストバーンの攻撃対象や目的意識が変わるのだから、こんな有り難い話はない。

 ……もっとも、ポップはヒュンケルの態度の大きさが気に入らないのか、感謝している様子はないのだが(笑) しかし、ヒュンケルが集中攻撃を受けそうになったのを見た時は誰よりも心配していたのだから、ツンデレと言おうか、意地っ張りと言おうか悩むところだ。

 それはさておき、対ヒュンケル用に繰り出されたデッド・アーマーはリビングアーマーに比べると一回り以上大きく、デザインも凝っている。オートクチュールと量産品ほどの差がありそうだ。

 また、リビングアーマーはフルフェイスの中身が全く窺い知れないが、デッド・アーマーは仮面の中に白く光るものがある描写がされている。
 ポップはこのデッド・アーマーを見て鎧戦士化したフレイザードのことを思い出しているが、おそらく同じ原理なのだろう。

 デザインが微妙に変わっているので、フレイザードの時の経験から鎧を強化しているのではないかと思われる。また、中に魂を封じて動かすシステムは同じでも、フレイザードの時には彼の目がそのまま仮面の中に現れたのに対し、今回は光のみだ。

 フレイザードが自分の意思で喋っていたのに、デッド・アーマー達は無言のままだし感情らしいものが全く感じられなかった。

 ハードとソフトで例えるなら、ミストバーンはハード開発には力を入れても、それを動かすためのソフトには興味を持たないタイプと言えるだろう。あるいは、意思を持った部下に力を与えるのを嫌ったのか……いずれにせよ、ミストバーンの冷酷さが感じられる選択だ。

 アーマードフレイザードの強さを知っているだけに、マァムは助太刀とばかりに身構えるが、ヒュンケルは「下がっていろ」と仲間達を止めている。一人で戦う意思を見せるヒュンケルの発言が面白い。

『……ダイは三日足らずの間に大地斬と海波斬を身につけたと言う……。
 わずか数日でも、その程度の芸を身につけなければ、面目が立たんだろう?

 ポップに対してもそうだが、ダイに対しても兄弟意識が芽生えているのがよく分かる。

 ダイと同等かそれ以上の力を身につけようとしているヒュンケルは、すでに以前のようにダイに勝ちたいと思って張り合っているわけではない。
 ヒュンケルにとって、兄とは弟を庇い、見本を見せるべき存在と言う認識を持っているのがよく分かる台詞だ。そして、この台詞は同時に、ヒュンケルとダイ、ポップの絆が深くなっていることを示す証拠でもある。

 言うまでもないことだが、ダイの修行の内容を知っているのは、ダイとポップしかいない。バラン戦の後、ヒュンケルはその話を聞く程度には二人と交流を深めていると言うことだ。
 特に、ポップとはロン・ベルクの存在についても情報交換をしているので、話したのはポップの方だったのではないかと思えるのだが。

 それはさておき、仲間を押しとどめたヒュンケルは余裕すら感じさせる態度で単身で敵と戦い出す。

 実際、この時のヒュンケルの戦いっぷりは実戦と言うよりも、訓練の総仕上げと言った雰囲気が強い。演武で師範が弟子をあっけなく倒すように、ヒュンケルはかつての強敵をいとも容易く圧倒している。

 剣から槍という、全く使い方の違う武器へと変更したにも拘わらず、基本さえマスターしていれば応用が利くと豪語したヒュンケルは、その言葉通りに多彩な技を披露している。

 大地斬に相当する地雷閃。
 海波斬に相当する海鳴閃。
 元から自分の技だったブラッディースクライドを披露する様は、爽快なほどテンポがいい。

 しかし、ヒュンケルの槍の使い方は、槍と言うよりは剣の使い方に近いように思える。

 槍とは、本来突き刺すための武器だ。
 距離を置いた場所から敵に向けて一直線に突き、先にダメージを与えるための武器である。

 だが、ヒュンケルは槍を振り回しながら穂先で敵を切り裂く動きを取っている。
 これがアバン流槍術の極意なのか、それともヒュンケルなりのアレンジの効果なのか、知りたい物である。

 ついでに言うのであれば、ヒュンケルの動きが以前より速くなっているのが興味深い。

 これは、鎧の重量も影響している。
 旧コミックスのヒュンケルのパラメーター紹介で、鎧の魔槍は攻撃性を重視しているため軽装備で、素早い動きが取れると記載されている。

 また、鎧の魔剣に比べると防御力が劣っているので、ラーハルトがそうしていたように敵の攻撃を素早い動きで躱しながら先手を打っていくのが適した戦い方と判断したのかも知れない。

 いずれにせよ、ヒュンケルはこれまでとは戦い方を変えようとしている。
 復讐心に凝り固まって他人の言葉に耳も貸さずに我が道を突き進もうとしていたのが嘘のように、ヒュンケルは他人の力を認めようとしている。

 ダイやラーハルトの戦い、アバンの書などを参考に自分なりに強さを身につけている途中だからこそ、ヒュンケルは自分の強さを確かめたくて仕方がないように思える。

 ヒュンケルにとって槍での実力を披露することは、単に己の力を見せびらかすだけの行為ではない。
 自分の選択、自分の考えが間違っていないのだと再確認し、これから先の道を自信を持って進むための第一歩なのだ。

 

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