55 ヒュンケルVSミストバーン戦(1)

 デッド・アーマーを倒したヒュンケルは槍の石突きを地面につけ、穂先から二本の刃を出して身構えている。

 槍の先端部分から左右に二本の細い刃が開き、風変わりなトライデントとなった魔槍を十字に見立て、ヒュンケルはグランドクルスを仕掛けようとしている。

 さりげないが、ヒュンケルがこの魔槍の仕組みや構造をすでに熟知済みだと分かるシーンだ。

 言うまでもないことだが、ラーハルトはこんな使い方はしていなかったし、魔槍を譲り渡す時に説明をする余裕もなかった。と言うことは、ヒュンケル自身が魔槍の仕組みに興味を持ち、いろいろと使い方を調べたに違いない。
 武術だけでなく、武器そのものにも興味を抱くとは、意外とヒュンケルは研究熱心なようだ。

 普通ならば槍は貫通力を重視して余計な刃はつけないものだし、図のような刃では実戦では強度が低すぎて使い物にならないだろうが、どうやらロン・ベルクの作った鎧の魔槍は高い強度を持っている上、様々な工夫が凝らしてあるようだ。

 中世期、ハルバートと呼ばれる武器を初めとして、槍の先端に斧をつけたような独特の形をした長柄武器(ポールウェポン)が多数開発されているが、これらの武器は主に馬上の騎士達への攻撃を目的としていた。

 単なる打突武器ではなく、相手を馬から引き摺り下ろしたり、あるいは立っている騎士の足を凪ぎはらって転ばせたりと、変則的な使用も可能な武器だったという。

 鎧の魔槍も同じで、状況に応じて形状を微妙に変化さて使い分けるための武器として考えられているのだろう。
 正直、これらの仕掛けは乱戦でこそ活きる仕掛けではあるのだが、ヒュンケルは一対多数の戦いよりも一騎打ちの方が好みなようだ。

『出てこないと城の首ごと吹っ飛ばすぞ!! ミストバーン!!』

 ヒュンケルはグランドクルスの構えを取りながら、ミストバーンを誘い出そうとしている。
 しかし、この誘いはあまり意味がない。

 と言うよりも、ミストバーン的にはほぼメリットがない。実際にヒュンケルがグランドクルスを打たなかったから、鬼岩城をどこまで壊せたかは不明だし、そもそもグランドクルスは体力消費の激しい技だ。

 一発放った後は、意識を失ったり、動きが鈍ったりするのを本人も認めている。この局面下で一発勝負に懸けるのは、あまりにも無謀だ。
 ついでに言うのならば、鬼岩城にとって頭がどこまで重要かも疑問を感じる点だ。

 確かに鬼岩城を操作する玉座は頭部にあると、パーフェクトブックで確定されている。しかし、今現在ポップ達が苦戦していたリビングアーマーを増殖させていたのは、肺の間だ。

 鬼岩城自体の動きを止めたとしても、量産型の敵を大量に増やされ続けてはたまったものではない。

 それに、頭を狙うと言われてミストバーンが大人しくいつまでもそこに留まっているはずもない。ミストバーンが何の前触れもなく、突然部屋へ出現してくることは、ヒュンケルも知っているはずである。

 最悪の場合、鬼岩城に攻撃を仕掛けるも致命的なダメージにはならず、ミストバーンは無傷、なおかつヒュンケルは体力消耗してしばらく動けないと言った悲惨な状況になりかねなかった。

 鬼岩城の動きを止めたいのならば、足を狙った方が効率的だ。
 鬼岩城は関節部に『魔法動力球』が仕込まれており、魔法力を物理的な動力に増幅変換するようになっている。ならば、関節を狙って魔法動力球の破壊を狙った方が文字通り足止めになる。

 ついでに言うのであれば、狙うならば膝裏か踵がお薦めだ。
 いかに固い物体で出来ていたとしても、人間と同じ様に動くのであれば、人体の弱点が適応される。

 人体で触れば分かりやすいが、膝は正面は膝小僧が関節を守っているが、裏側はいたって無防備だ。踵もまた、腱が手で分かる浅い位置に存在する。どちらかの腱に支障が出るだけで、人間の歩行に多大なダメージが生じる。

 それでも人間ならば残った手足を利用してなんとかカバー出来るかも知れないが、鬼岩城は145メートルを誇る巨体だ。重量は明かされていないが、あの巨体で片足を失えば残った足だけで体重を支えられるはずがない。

 だが、ヒュンケルの関心は鬼岩城以上にミストバーンに向けられている。
 そしてミストバーンもまた、各国の王達やパプニカを滅ぼすことよりもヒュンケルの存在の方を重視している。

 わざわざ鬼岩城の動きを止めてまで、ミストバーンは表に出てきている。
 それを見たヒュンケルは、仲間達を止めてミストバーンとの一騎打ちのためにジャンプを繰り返して鬼岩城の上部へと登っている。見事な身体能力ではあるのだが、正直に言ってしまえばこれは失策だ。

 ヒュンケルが拘っている以上に、ミストバーンもまたヒュンケルの存在に拘っている。ならば、ヒュンケルが自分から相手の元に行かなくても、相手を誘い出せたはずだ。

 ヒュンケルだけでなく他のメンバーも気がついていなかったが、これは千載一遇のチャンスだった。

 ミストバーンの注意がヒュンケル一人に向いているのなら、ポップが鬼岩城内部に入り込む絶好の機会だった。以前も記述したように空を飛べるポップなら内部に潜り込むのは可能だし、ミストバーンがわざわざ鬼岩城の動力を止めたと言うことは、代理の操縦者がいないと明言しているようなものだ。

 だが、ヒュンケルはミストバーンとの対決に気が逸りすぎて仲間達に指示出すどころか、関与さえ止めている。ポップもポップでヒュンケルへの反発心を強く感じすぎて、せっかくのチャンスに気づいてもいない始末だ。他の仲間達もヒュンケルの真意を掴めずに戸惑っている様子だ。

 そんな中、クロコダインだけはヒュンケルの心理を深く理解している。
 魔王軍時代、ミストバーンから師事を受けたヒュンケルにとって、ミストバーンはただの敵ではない。

 子が父親を乗り越えたいと望むように、ヒュンケルにとってミストバーンはアバンとは違う意味でどうしても乗り越えなければならない存在だ。いや、むしろアバンへの憎しみや復讐心を解消した今、行き場をなくした思いを遠慮なしにぶつけられる相手と言ってもいいかもしれない。

 正義のために戦おうと改心したヒュンケルだが、彼は結局のところ自分のために戦っているのがよく分かる。

 人間達の勝利を目指し、そのために助力するのならば、ヒュンケルはミストバーンに拘ることなく仲間達と協力して鬼岩城の阻止に全力を注いだ方がよかった。

 しかし、ヒュンケルがミストバーンに拘りを見せたからこそ、彼がそれに応じてきた。結果的にはヒュンケルの拘りや我が儘こそが、もっとも強力に鬼岩城の動きを阻んでいるとは皮肉な話だ。

 

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