59 ヒュンケルVSミストバーン戦(5)

 彼等の会話のやり取りに注意深く耳を傾けてみると、ヒュンケルが暗黒闘気を高めるのを止めた時点で、ミストバーンは彼への興味を失い、彼等をまとめて殺そうとしている。

 ヒュンケルが自分に対する抵抗の意思を見せている間は、ミストバーンは彼を挑発するだけ挑発する割には、積極的に攻撃しようとはしていない。だが、ヒュンケルが抵抗を止めた途端、彼にとどめを刺そうとしている。

 ヒュンケルへの再洗脳が失敗に終わったと確信した段階で、ミストバーンは彼を用無しと判断したのである。その際、マァムも一緒に殺そうとした辺りにミストバーンのわずかばかりの私怨を感じる。

 ミストバーンから見れば、マァムが余計なことを言ったせいでヒュンケルの洗脳が解けてしまったのだ、不快に思うのも無理はないだろう。それに、つい先程ヒュンケルを庇っていたマァムがちょうど、彼の前にいるという理由も大きそうだ。

 位置関係から言って、ミストバーンがヒュンケルを殺そうと思う斜線上にマァムがいるのだ。ミストバーンは爪を自在に動かせるので、その気になればマァムを避けてヒュンケルのみを殺すこともできるだろうが、ミストバーンがそこまで気を遣う理由もない。

 むしろ、ついでに殺してしまえとばかりにミストバーンはマァム諸共ヒュンケルを串刺しにしようとするが、その瞬間、ヒュンケルは気合いと共に闘魔滅砕陣の呪縛を振り払った。 

 このヒュンケルの反応に、ミストバーンはひどく驚いている。
 暗黒闘気を破ることができるのは、暗黒闘気のみと本気で考えていたのかもしれない。

 しかし、ここでダイとヒュンケル戦を振り返って見て欲しい。
 ダイはヒュンケルからかけられた闘魔傀儡掌を、雷撃呪文の力を借りて破っている。ヒュンケルとミストバーンでは力量に差はありそうだが、やはり暗黒闘気が絶対の条件ではない証明にはなりそうだ。

 いずれにせよヒュンケルはそのミストバーンの驚いた隙を逃さず、槍で技を繰り出して反撃している。

 この時、ヒュンケルが無意識にはなった技は、アバン流槍殺法・虚空閃。剣での空裂斬に匹敵する、アバン流の奥義、空の技だ。余談だが、パッと見ただけでヒュンケルの放った技とダイの空裂斬との類似を指摘したのはポップだ。
 空の技の授業では剣技など自分には関係ないと無関心な様子だったのに、ポップは実技はともかくとして、剣技を見る目は標準以上にあるようだ。

 それはさておき、この時、ヒュンケルは先程までとは全く違う意味で冷静さを失っている。
 一言で言えば、舞い上がっている。

 これまでいくら修練を積んでも会得できなかった空の技を初めて使うことのできた喜びに、酔いしれていると言ってもいい。
 長年望み続け、努力もし続けてきたのに目に見える成果を上げられなかったことが、いきなり出来たのだから浮かれる気持ちになるのは無理もない。

 これまで、ヒュンケルは自分の行動や考えに自信を持ちきれてはいなかった。強くなりたいという基本方針は揺るがないものの、アバンの教えに従って正義を貫くのが正しい道なのか、いや、いざという時は非情に徹する負の感情も必要なのではないかと、迷う気持ちが少なからずあったのだろう。

 前項でミストバーンの言葉に心を揺り動かされたのが、その何よりの証拠だ。

 だが、今回のマァムの説得のおかげでヒュンケルは完全に前者に信頼をおけるようになった。
 以前、ダイと戦った時に自分を諭してくれたマァムの言葉がきっかけとなっただけに、その威力は絶大だ。ある意味では、この時、ヒュンケルはマァムを神と崇めたと言ってもいい。

 それほど、ヒュンケルのマァムへの思い入れは強い。自分を常に見守り、信仰するだけで魂の安寧を得ることができる対象であり、誓いを立てるのに相応しい相手だとヒュンケルは考えた。いっそ崇拝していると言ってもいい程の熱烈さで、ヒュンケルはマァムを信じた。

 マァムの思いこそが正義だと理屈抜きに納得できただろうし、実際に虚空閃を使えたことが説得を裏打ちしてくれた。

 つい先程、徹底的にミストバーンに否定された直後だっただけに、この喜びは一際大きかったのだろう。その結果、ヒュンケルは今が戦いの最中だと言うことも忘れ、周囲を見る冷静さすら失ってマァムと喜びを分け合っている。
 マァムに素直に感謝を告げ、彼女に正義のために生きると誓ってさえいる。

 ヒュンケルの人格形成上は実に喜ばしい変化と言うべきだが……さすがに、この状況下でするのは場違いだろう。焼き餅を度外視したとしても、ポップが何をやってるんだと怒鳴るのも無理はない(笑)

 事実、喜びのあまり見逃しているが、この時のミストバーンは明らかに不審だ。

 これまでミストバーンがダイ達の攻撃に当たった描写はなかったので、実はこれが初ダメージとなる。攻撃は瞬間移動のようにフッと消えて躱すのがこれまでのミストバーンの防御だったので、空の技のみが当たったというのは注目したい点だ。

 また、ミストバーンはヒュンケルの虚空閃を喰らって、思いっきり後ろに吹っ飛ばされている。つまり、まともに攻撃が命中したと言うことだ。

 にもかかわらず、ミストバーンはほとんどダメージを受けてはいない。僅かに頬に当たる部分のフードが切れた程度……、しかし、その切れた部分から暗黒闘気のようなものが噴き上がり、フードの下にうっすらと顔らしきものが見えている。

 ダメージを受けることで実体化する身体――この時点で、彼の幽霊じみた不思議な体質が垣間見えてる。

 だが、その秘密以上に印象的なのは、顔を見られた途端のミストバーンの逆上っぷりだ。まさに怒り狂うと言う言葉がぴったりなぐらいに感情的になり、闘魔滅砕陣の力を強めている。

 この時のミストバーンは、冷静さの欠片もない。
 冷静に考えるのなら、闘魔滅砕陣を強めるよりも一人ずつ別個に攻撃を仕掛けて殺した方がいい。ヒュンケルの闘魔傀儡掌やミストバーンのこれまでの戦いぶりを見る限り、元々、この技はそういう使い方をする技なのだから。

 だが、理性を失ったミストバーンは効果的な攻撃ではなく、自分の力を目一杯放出するような形で感情を発露させている。
 誰にも見せてはいけない顔を見たなと、声高に勇者一行を責める間も、ミストバーンは顔を隠す手を離そうとはしない。また、実際に見た者に対してではなく、その場にいた全員をできるだけ苦しめながら殺そうとしている。

 再びヒュンケルが虚空閃を使おうとするのを見て、止める程度の冷静さはあるものの、ミストバーンは真の意味で我を失っている様子だ。

『……この国の人間全員に地獄以上の苦しみを味わわせて殺すことが……バーン様へのせめてもの償いだッ!!』

 感情的になったミストバーンは、自分が秘密にしておかなければならないものをポロポロと口にしてしまっているのである。

 この台詞は、ミストバーンの素顔が見られることは、バーンにとって不都合なことだと自白しているも同然だ。だが、激昂したミストバーンはそんなことにさえ気付いていない。

 他人や自分のミスを許せず、激昂するのは完璧主義者によく見られる傾向だ。

 ミスを責めるよりもそれをリカバリーする方が大切だし、建設的だと考えるのがリーダー格の者の取るべき態度だが、ミストバーンには他者を導こうとする寛大さなど微塵も感じられない。

 彼から感じられるのは、自分のミスを許せず、それを目撃した者を消すことで全てを無かったことにしようとする、極端に身勝手で感情的な一面だ。
 常に寡黙で、自分の思惑や意図を掴ませない男として振る舞っていたミストバーンは、ここで皮肉にも仮面の下の素顔を自ら覗かせているのである。

 

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