60 人間達の情勢(8) |
さて、ここでいったん視点を別に移そう。 物語的にはダイを中心に追っていく形になっているが、現実と同じようにキャラクターごとに、各自がそれぞれの目的を持って個別に行動している。そのため、各キャラクターの意思や行動が戦いを左右するのが読者視点からははっきりと見えるようになっている。 それを踏まえた上で、視点をレオナ達に合わせてほしい。 少なくともダイの剣が完成しているのだし、ポップ達の奮戦ぶりから察するにそれなりの時間は稼いだと考えていい。なのに、レオナをはじめとする世界の王達は行動指針すら決定せず、大神殿のテラスから場所移動すらしていないのだから、呆れたものだ。 確かに、目の前で信じがたい光景が繰り広げられているのだから、つい見入ってしまう気持ちは分からないでもない。また、大神殿は見晴らしがいい上に、通常ならば敵の攻撃目標となる城ではないのだからと油断する気持ちが生まれるのは理解できる。 だが、実際にここまで敵の脅威が迫ってきては、たとえ城塞にいたとしても安全なわけがない。現に、軍船が敵の攻撃であっけなく沈められているのだ、攻撃どころか守備の備えもない大神殿にいて無事で済むはずがない。 敵の動きの確認や見張りは部下に任せ、指導者達は一刻も早くこの場から逃げるのが先決だったはずだ。戦いにおける指導者は、身の安全を確保しつつ全体の戦況を把握する場所を位置取る必要がある。 しかし、この大神殿では敵の状況把握には申し分ないとしても、身の安全が心許ない。 しかも、この期に及んで王達の意思疎通が悪すぎるのも問題だ。 レオナ「(三賢者に向かって)みんなが食い止めてくれている間に、王様達を脱出させて……!!」 ベンガーナ王「なっ……なんだと!? 逃げるのか!? 自分の国を捨ててっ!?」 レオナ「国とは土地や建物のことではありません。人間が生きていればそこが国です!!」 ベンガーナ王「詭弁に過ぎん!! 誇りがあるのなら最後まで戦うべきだ!!」 このやりとりは、一見、誇りにこだわるベンガーナ王と、革新的なパプニカ王女の会話なように見える。見る人の意見にもよるだろうが、おそらく大半の人間にはベンガーナ王が分からず屋であり、レオナの意見が正しいように見えるだろう。 だが、この会話には両者の誤解と思い込みが発生してしまっている。 レオナの最初の言葉は『王様達』の脱出についてだ。ここで彼女自身が逃げるとは、一言も言っていない。なのに『自分の国を捨てて』と言っているベンガーナ王は、レオナ自身が真っ先に逃げだそうとしていると受け止めてしまっている。 つまりベンガーナ王は避難そのものに文句をつけているのではなく、レオナが国を捨てて逃げると決断したことに衝撃を受けているのである。 ここで思い出してほしいのだが、ベンガーナ王は軍隊を率いてこの世界会議に臨んだ王だ。主催者の意向を無視したやり方に問題はあれど、ベンガーナ王が戦いに意欲的なことだけは間違いないだろう。 世界会議でやたらと他国の王に突っかかったのも、自ら戦う意思があったからこそだと言える。 そして、過剰に反応しているのはレオナも同じだ。 だが、ベンガーナ王が言葉のニュアンスやその場の危機も忘れて『逃げること』に拘ってしまった様に、レオナもまた『逃げること』に拘ってしまっている。 ベンガーナ王へ言い返したレオナの二番目の台詞は、言葉を飾ってはいるが要約すれば逃げることへの肯定だ。 ここで思い出してほしいのだが、レオナは実際に逃げた過去を持つ王だ。 そのことが、レオナの中で大きな影を落としていることは想像に難くない。 だが、レオナは内心ではそれに納得しきってはいなかったのだろう。 互いに感情をぶつけ合ってしまった二人が、そのまま感情的に口論に突入するのは自然な成り行きだ。 完全に時と場所を忘れてしまって言い合いに夢中になってしまったベンガーナ王とレオナだが、ここで意外な活躍を見せるのがメルルだ。 不審な気配を感じ、ベンガーナ王の影に注目したメルルは、彼が腰に差していたナイフを奪い取るというアクティブさを披露している。いくらベンガーナ王がレオナに気を取られていたとはいえ、このメルルの身のこなしは賞賛に値する。 そして、メルルは迷いなくナイフを身構え、思いっきり影に突き立てている。その結果、ベンガーナ王の影にシャドーが潜んでいたのが発覚するのだが――彼女の観察力、行動力が素晴らしければ素晴らしいだけ、パプニカ側の警備態勢に疑問が生まれてしまう。 仮にも要人が集まっているというのに、部屋の中に警備兵もおいていなかったのだろうか。……というよりも、三賢者は明らかに警備も兼ねた人材のはずなのだが、メルルの突発的な行動に対して何もしないのはあまりにも職務怠慢だと思うのだが。 また、メルルの判断や行動には、欠点もある。 とっさだったせいかメラしか使っていなかったが、彼らも一応は賢者なのだから、知ってさえいれば怪物の種別に合わせた魔法で対応できたかもしれない。 メルルは引っ込み思案なせいか、他人に相談を持ちかけるのが苦手な傾向が見受けられるが、彼女が周囲の悪意や攻撃の予兆を感じ取る能力を持っていることは、レオナだけでなくテラン王も知っていることだ。 主宰者であるレオナとは違う形で、占い師としてメルルがこの場で発言し、王達を避難させるように導ければ最善だったのかもしれないが――非戦闘員の少女にそこまで求めるのは、さすがに酷すぎるだろうか。
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