63 ダイVSミストバーン戦(2)

 ダイの参戦を目の当たりにしてから、ヒュンケルは明らかに戦闘目的を変えている。

 つい先ほどまでは、ヒュンケルはミストバーンを是が非でも自分の手で倒したいと考えていた。仲間達と協力するのではなく、単独で戦うことを選んだのも、その意思の表れだ。

 そしてミストバーンには勝てないと分かった後でも、彼は闇の師匠に対する執着心は捨て切れていなかった。せめて一矢報いてみせるとばかりに、彼の逆鱗に触れてまでその秘密について指摘していた。

 しかし、ダイに助けられたことにより、ヒュンケルは戦略の柔軟性を取り戻している。戦いに集中しながらも、ミストバーンへの個人的な執着心より目的を優先しているのである。

 ポップ達がダイの剣や彼がここに来た理由を気にしている中、ヒュンケルだけはブレずに戦いに専念している。ミストバーンがダイに攻撃を仕掛けたのにいち早く反応し、ブーメランを投げてミストバーンの爪を切り裂き、ダイを助けている。

 先ほどダイがそうしたように、ミストバーンに直接攻撃を仕掛けるよりも仲間を確実に助けることを優先しているのだ。

 そして、ヒュンケルは仲間達だけではなく、人間達全員をも守ろうとする気概を持ち合わせている。ミストバーンとの戦いの中でも、ヒュンケルは鬼岩城の動きに注意を払っていた。身動きが全く取れない状態で、鬼岩城が人間の王達を襲うと知って焦りを感じていた。

 鬼岩城を止めること――それこそが人間達にとって最重要であることを、ヒュンケルは承知している。

 だからこそ、ヒュンケルはダイに質問は一際せず、これからのことだけを話しているのが面白い。
 彼は常に単刀直入、用件のみをぶつける傾向があるが、平和な日常生活では誤解を招きかねないこの言動も、戦場ではこの上なく相応しいと言える。

 まず、ヒュンケルはダイにこの場は自分に任せろと宣言している。この言葉だけでダイが即座に動けば最短ルート達成だっただろうが、そうはいかないところがダイらしいと言うべきか。

 元々鬼岩城よりも仲間達の無事を案じていたダイは、傷だらけのヒュンケルを心配して動こうとしない。
 この時、ダイはヒュンケルが空の技に目覚めつつあることを知らないのだから、その気持ちは分からないでもない。

 なにせ全員で戦っていたのにもかかわらずミストバーンの闘魔滅砕陣にかかっていたのだ、暗黒闘気への対抗手段もない彼らが自分抜きで戦って大丈夫か不安に思うのも無理もない。

 そこで、ヒュンケルは鬼岩城の動きにダイを注目させる。
 この時になって、ダイはようやく鬼岩城が向かっている先が大神殿だと気がついたようだ。

 ダイは剣を作りに行く前に大神殿で実際にレオナに会っている分、危機感や切迫感を強く感じたことだろう。
 その上で、ヒュンケルはダイに鬼岩城を食い止めるようにと頼んでいる。

 話の最中でミストバーンが襲ってきたせいで、説得途中で戦いに転じてしまったが、自分がこいつを食い止めてみせると宣言しつつミストバーンと戦い始めたヒュンケルは、一見さっきとやっていることは変わらないように見える。

 しかし、行動が同じでも心境は大きく変わっている。
 今度もヒュンケルはミストバーンは自分に任せろとは言っているが、動機と目的が先ほどとは全く違っている。
 今度は、ヒュンケルは闇の師に勝つつもりはない。

 今現在、ダイを除くメンバーでミストバーンと対戦するならば、向いているのが自分だと冷静に判断したからこそ、出した結論だ。

 動きが速い上に、回避方法が通常とは違うトリッキーさのあるミストバーンは、戦うのにはある程度の慣れが必要だ。それに一番向いているのが自分だと考え、自分自身を駒としてぶつけるのがいいと考えている。

 勝つための戦いと足止めのための戦いでは、難度が大きく変化する。
 言うまでもないことだが、足止めの方が容易い。勝利しようとする欲を捨てて時間稼ぎに徹すれば、ミストバーンが鬼岩城に戻ることぐらいは防げるとヒュンケルは考えたのだろう。

 ついでに言うのなら、ヒュンケルがダイに希望したのも「敵を食い止めること」だ。鬼岩城を倒すことまでは期待していない。

 あくまでも、ヒュンケルのこの判断は時間を稼ぐたけのものだ。大神殿が破壊されたとしても、王達の避難が完了すればそれでいい……そんな思考なのだろう。

 ヒュンケルのこの戦況分析はなかなかのものだが、言っては悪いが彼には指揮官としての才覚はあまりないように思える。

 なぜなら彼は、一行内の最大戦力であるダイと自分自身を動かしてはいるが、その他の駒――ポップを初めとする勇者一行については何の指示も出してはいないからだ。

 これは、指揮官としてはいただけない。
 将棋の初心者ほど飛車角のように強い駒ばかりを動かしたがるものだが、強い打ち手ほど歩や香車などの駒の使い方を心得ているものだ。

 会社などで考えればすぐに分かることだが、全員にそれぞれ向いた仕事を割り振ってこそ、最大効率の成果を上げることが出来る。いくらエース級の営業がいたとしても、彼だけに全てを任せてはまともな会社運営などできるはずもない。
 派手な仕事ばかりではなく、地味でも大切な雑用もある。

 この場合、ダイを戦わせるだけでなくポップを大神殿に差し向けておくべきだった。

 戦いの中で互いの情報を共有することや連絡を密にいれることは、思っている以上に重要だ。歴史上、連絡不足により多大な被害を出した軍隊の例はいくらでもある。驚くことに近代に入ってからでも、だ。

 状況を把握できているヒュンケル達に比べ、大神殿にいるレオナ達は現状をつかめていない。実際、この時のレオナ達は避難するどころかもめているだけで、膠着状態に近い。

 そこに伝令役を走らせるのは、大きな意味がある。
 ましてやポップは瞬間移動呪文の使い手だ、状況に応じて王達の避難を手助けするにはうってつけの人材だ。

 残りのメンバーにしても、ミストバーンとの戦いの補助を頼むなり、あるいは戦いを完全に自分に任せ、住民の避難など他のことをするよう指示をしておけば行動に幅が広がる。

 だが、ヒュンケルはそんなことは思いも至っていない。
 それは、彼が良くも悪くも根っからの戦士だからだろう。指揮官ならいざ知らず、戦士にとっては全体の戦いの流れ以上に、自分の戦いこそが全てだ。
 そして、戦士なのはダイも同じことだ。

 自分の感情や正義感に指針を置くダイは、ヒュンケル以上に戦況分析を不得手としている。今、目の前で起こっている戦いの中では何をすべきか、何を優先すればいいのかを反射的な速さで選び取ることが出来ても、もっと大局的に戦いを見ることは出来ないのである。

 ポップ達に至っては、大局的な目どころか現在の戦いでの自己判断すら怪しい。
 ミストバーンに抗する手段が皆無だという自覚もないまま、流れ的にダイの全てを任せ、ヒュンケルに助太刀する程度の考えしか持っていない。

 正直、個々の戦力ではなく軍隊として見た場合には、かなり不安要素の強い集団だ。

 人間を守り切るためには彼らを導き、援護する必要があると考えたレオナの慧眼さに納得してしまう。まとまって戦っているように見えて、この時点でのダイ一行はまだ複数人で行う個人戦の域から抜けきっていないのである。

 

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