65 ダイVSミストバーン戦(4)

 ダイ自身は意識していなかっただろうが、鬼岩城に対しての圧倒的な勝利の意味は大きい。

 ダイ達は常に自分たちのことだけで手一杯で、世間の目を気にする余裕などほぼないのだが、この時のダイ達の戦いは多くの人間の注目の的になっていたはずだ。

 作中では、世界の王達の視点しか描かれていないが、住んでいる町を壊されている真っ最中のパプニカ国民達や、戦力外故に早々と戦線離脱してしまった各国の兵士達も、あまりにも目立つこの戦いを見なかったはずはない。

 勇者の活躍は、多くの人々にとって希望を与えたに違いない。
 それに加え、勇者一行への信頼度は確実に上がっている。レオナには気の毒だが、彼女が根回しし、会議でどんなに弁を尽くすよりも効果的な説得を、ダイは無意識のうちにしているのである。

 しかし、周囲のことまで気が回っていないダイが戦いの直後に気にしたのは、己の剣のことだ。

 ロン・ベルクから軽く注意を受けていたとは言え、実際に使ってみて初めて、ダイは自分の剣の威力や性質を理解した。
 その上で、ダイは物言わぬ剣に対して、まるで友人であるかのように語りかけている。

 以前も述べたが、ヒュンケル、ラーハルトなどもロン・ベルクの武具を使っているが、彼らは一貫してそれを武器と割り切っているのに比べると、ダイの剣に対する態度は明らかに違っている

 ダイにとって、この剣は単なる武器ではなく、自分を助けてくれる仲間の一人という認識なのだろう。気になるのも、無理もない。
 剣を鞘に収めてからやっと、ダイはレオナが自分を呼んでいるのに気がついている。

 が、ダイは笑顔で手を振った途端、即座にその場を離れてしまっている。
 この素っ気ない態度にレオナは多少、気を悪くしているが、戦場での優先順位がはっきりしているのは、ダイの以前からの特徴だ。
 個人的な好悪を差し置いて、戦いにおいて大事な順からかたづけようとする。

 その観念から言えば、最大戦力となる自分の剣を、その次に現在もミストバーンと戦い続けているポップ達を気にするのは当然だ。……レオナには気の毒な話だが、安全圏に位置する戦力外の存在を気にするのは、戦いが終わったと確信できてからだろう。

 この時、ダイはミストバーンに対しては、鬼岩城ほどの危機感は抱いていないようだ。瞬間移動呪文ではなく、走って移動している。
 その判断と時間差が、ミストバーンの独走を許すことになる。

 鬼岩城が崩れたのを見たミストバーンは、衝撃を受けたように空中に停止したまま、わなわなと震えている。

 余談ではあるが、これほど精神的衝撃を受けても空中にとどまり続けていられるミストバーンは、高い飛行能力があることが窺える。ダイやポップなどは、魔法力を失えばあっさりと落下してしまうが、やはり、魔族は人間とは基礎魔法力から違っていて、桁違いの魔法力や魔法の才能に恵まれているものなのだろう。

 人間がごく普通に立っているのと同じ感覚で、無意識に空中に浮き続けていられるようだ。

 だが、それでも衝撃は大きかったらしく、ヒュンケルがわざわざ声をかけて攻撃を仕掛けているのに、全く避けもせずにそれを喰らっている。
 彼にとって、それぐらい信じられない光景だったのだろう。

 鬼岩城に絶対の自信を持っていたからこそ、ミストバーンは操縦の手を止めて、ヒュンケルに構うだけの余裕があった。ダイの登場や剣は計算外だっただろうが、それでもシャドーと鬼岩城で対処できるだろうと考えていたに違いない。

 だが、その予想が覆された途端、ミストバーンを襲ったのは深い自責の念だ。
 自分の失態を嘆くミストバーンは、鬼岩城を倒されたこと以上に、バーンから預かった鬼岩城を失ったことを、深く受け止めている。

 ここで注目したいのが、ミストバーンのバーンへの深い忠誠心だ。
 現実世界でもそうだが、忠誠心の強い兵士ほど、支給された武器を大切に扱う。それはただの武器ではなく、信頼されたからこそ与えられた物だと理解しているからだ。

 故に、与えられた武器を失うのは、上からの信頼を失うに等しい。
 この時のミストバーンも、己の敗北や損失以上に、バーンのことばかり気にしている。

 これが、目先のみで動くザボエラのようなタイプであれば、実際に操縦していたシャドーに責任をなすりつけ、彼への不満や怒りを先に露わにするだろうが、ミストバーンはそんなことはしない。

 と言うよりも、シャドーのことなど、全く気にもとめていない。……ある意味、おまえのせいだと怒りをぶつけられるよりも気の毒な扱いを受けている気がするが、それも無理はないだろう。

 ミストバーンにとって、バーンは絶対の存在だ。
 バーンの下す命令を絶対とする彼は、たとえ懲罰であろうとも、他人に譲る気などないのだろう。だからこそ、バーンの期待に添えなかった現実を目の当たりにして、全ては自分の失態だと強く意識している。
 そんな状態で、些末時に構うような余裕があるはずもない。

 この時のミストバーンの脳内では、バーンへの汚名返上のためには何をすればいいか、それだけでいっぱいだったはずだ。この時点で、ミストバーンは目前の敵であるヒュンケル達のことなど、脳裏から消し飛んでいたに違いない。

 怒りに吠え立てるミストバーンを見て、ヒュンケルは攻撃の手も止めてしまっている。
 なまじ、ミストバーンの弟子でもあったヒュンケルは、これまで一度も見たことのないミストバーンの言動を見て、その内心や理由を気にせずにはいられないのだ。

 戦いの場で気にすることではないのだが、長年の知り合いの心理や事情について、全く何の関心も寄せず、気にもしない人間などごく一部だろう。
 その意味では、ミストバーンとはほとんど関わっていないポップの方が、気楽な立場だ。

 ヒュンケルはもちろん、クロコダインも以前は同僚だったミストバーンに対して、色々と思うところはあるだろうが、ポップにあるのはミストバーンに対する反感だけだ。

 隙だらけのミストバーンに、とどめを刺してやるとばかりに、閃熱呪文を打ち込んでいる。
 この時、ヒュンケルが制止の声をかけているのだが、全く耳に入っている様子がない。

 ヒュンケルへの反発心から、聞こえても無視している可能性もないではないが、それならばいつものように文句を言うなど、なんらかの反応を見せそうなものだ。
 ここはやはり、ポップも冷静さを失っていると考えられる。

 鬼岩城が攻めてきた時から、ポップは他の誰よりも、魔王軍に対して怒りをむき出しにしていた。だが、その怒りの大きさに比べれば、ポップは敵に対してさしたる成果をあげていない。
 言ってしまえば、ポップはまだ感情を発散し切れていないのだ。

 だからこそヒュンケルの様子が変だということにも、気がついていない。周囲の者に対して鋭い観察眼を発揮するポップだが、終始、怒りに引きずられているこの戦いではその長所を発揮できていない。

 その上、ポップの攻撃は、悪い方向に作用している。
 この攻撃に気づいた段階で、ミストバーンはポップ達を敵と認識し直している。

 これは、闘気と魔法という攻撃の差のせいと言うよりも、ミストバーンの精神状態の差だろう。
 現在のミストバーンは衝撃を受け、それを自責しまくっている。彼の内心は、追い詰められた感でいっぱいのはずだ。

 そんな相手に、ほんの僅かにでも攻撃を仕掛けるのは、失策もいいところだ。追い詰められたものは、些細なきっかけで爆発する。
 まさに、この時のミストバーンは逆ギレ状態だ。

 膨れ上がった風船を針でつつけば、盛大に割れてしまうように、ポップの攻撃はミストバーンを爆発させてしまっている。
 彼はこの時、汚名返上のための手段を、見つけたのだ。

 失敗は取り消せない……ならば、失敗を知る者も、その原因を作った者も、全て消してしまえばいい――まるで、ゲームで負けた子供が癇癪を起こして、ゲーム盤そのものをひっくり返してしまうように、ミストバーンは己のいらだちを勇者一行に叩きつけようとしている。

 ヒュンケルに対してそうだったように、ミストバーンは己自身に対してさえも、些細なミスすら許せない厄介な完璧主義者である。

 

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