68 無謀なる追跡(1) |
キルバーンに促されるまま、ミストバーンは無言でパプニカを去った。二人そろって、瞬間移動呪文でその場を飛び去った。 もし、勇者一行が来なかったら、鬼岩城によりパプニカ王国は壊滅的な被害を受けると同時に、世界の王達も十中八九殺されていたに違いない。そうなっていたら、指導者を失った人間達の先行きは非常に暗かったはずだ。 だが、勇者一行のおかげで危機は去った。 あれほどミストバーンに対して執着していたヒュンケルでさえ、ミストバーンの撤退に文句の一つも言っていない。唯一、待てと叫んだのは、無知故に怖い物知らずのチウぐらいのものだ。 だが、ここで冷静さを失ってしまったのが、ポップだ。 面白いことに、この時のポップの怒りはミストバーンにではなく、主にキルバーンに向かっている。 パプニカに被害をもたらしたと言う意味でなら、ミストバーンこそが張本人だし、人間を滅ぼすことに積極的だったのも、彼の方だ。客観的に判断するのなら、キルバーンがしたことは暴走したミストバーンを止めるという、人間にとってはむしろ有利になる行動をしただけだ。 だが、ポップにとっては、キルバーンの言動の方がはるかに気に障ったようだ。 それは、ポップとキルバーンが初対面ではないことが関係していそうだ。 ただでさえ悪印象を抱いていた相手だというのに、ポップはこのたびの戦いでキルバーンのさらに嫌な面を見てしまった。 キルバーンは、人間を完全に見下している。と言うよりも、全く眼中にないのである。 何事にも本気にならず、遊び半分にあしらっている――そんなキルバーンに対して、ポップが怒りまくるのも無理もない。彼は、この戦いにおいて、これ以上無いほど本気で憤り、真剣に戦っていたのだから。 怒りの頂点に達したポップは、そのまま飛翔呪文で飛び出してしまう。敵の瞬間移動呪文にとっさに反応し、速度では瞬間移動呪文に劣るはずの飛翔呪文で追跡を仕掛けた反射神経はある意味で凄いが、ここでの追跡はあまりにも無謀だ。 現にヒュンケル、クロコダインの双方がポップを制止しているが、彼はそれさえ聞こえていない。 ポップ以外は飛翔呪文は使えないので、呼びかけに応じてくれないのなら、残りの彼らは見ているしかできない。そのもどかしさを、最も強く感じているのはおそらくヒュンケルだろう。 ポップが飛んでいってしまった直後、ダイがようやくみんなの所へやってくるのだが、ヒュンケルは挨拶や互いの無事を確認する言葉すら惜しみ、真っ先にダイにポップの救助を依頼している。 それを聞いたダイは一瞬だけ考え込んだ後、分かったと力強く頷き、光の軌跡を追っている。 それを見送りながら、マァムはダイの心配をしている。 戦いに関しての判断には今一歩難があるマァムだが、他人の体調を心配し、見抜く能力にかけてはずば抜けているようだ。 逆に、ヒュンケルはマァムの言葉を聞いて驚いた表情を見せている。おそらく、この時初めて、ヒュンケルは自分がポップとダイの両者に天秤を掛け、ポップに比重を置いた選択肢をしてしまったことに気づいたのだろう。 戦力という点で考えるのなら、たとえポップを見殺しにしてでも勇者という駒を確保するのが定石だが、ヒュンケルがダイに頼み事をした時には考える余地などなかった。 ほぼ反射のように、ポップを心配して彼を連れ戻すようにと頼んでいる。 マァムも話は聞いたはずだが、死んだことが嘘のように元気なポップしか知らない彼女に、実際にポップの死亡シーンを目の当たりにした仲間ほどの切迫感がなくても仕方があるまい。 その上、ヒュンケルとクロコダインはマァムの知らないキルバーンの情報も知っている。 キルバーンが軍団長の処刑を司っていること、確実に暗殺を実行するからこそ、その姿を実際に見た者がいないこと――その噂が正しいとすれば、キルバーンを追っていったポップが無事でいられるはずがない。 だからこそ、移動呪文を使えるダイに頼ったのだが、自分の依頼がダイを危機に追いやるものだったと、気づいたヒュンケルは苦悩の表情を見せている。 つまり、ヒュンケルはそれだけポップの生死を重視しているということだ。 だからこそ、ヒュンケルはとっさにポップを救う方法を選択したし、その決断を間違いだと悔いたくはないのだろう。 『……ダイ……なんとか上手く、連れ戻してくれ……決して、まともに戦う、な……っ!!』 うわごとめいてそう呟いたのを最後に、ヒュンケルは力尽きて倒れている。 だからこそ、もうダイの耳に届かないと分かっていながら、それでも小さな勇者への忠告を呟かずにいられなかったに違いない。
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