70 無謀なる追跡(3)


 
 ポップと相対している間、キルバーンはずっとしゃべり続けている。
 ポップの動きを封じるための時間を稼ぐ必要もあったことは否定できないが、キルバーンはとにかくおしゃべりが大好きなようだ。その証拠にポップが動けなくなった後も、彼のおしゃべりは止むことが無い。

 ふざけているような軽い口調でペラペラしゃべりまくっているので目立ちにくいが、驚嘆すべきは彼の情報収集能力の高さと、洞察力だ。前項でも書いたが、キルバーンは相手の思考を読み取るのが抜群に上手い。
 相手の表情を伺うだけで、心の中を見通しているのではないかと思えるほど巧みに真意を読み取っている。

 そして、彼の面白い点は、情報を出し惜しみなく暴露しまくるところにある。

 冥土の土産とばかりに笛の秘密やら自分の狙いを語りまくっているキルバーンだが、これは単に性格だとか、ポップに向けてのサービスとは言い切れない。

 この時、キルバーンは最初からポップを狙っていたかのような発言をしている。

 肉食獣が狩りをする際、その動物がどんなに強かったとしても、自分よりも多数の群れをそのまま狙うことはない。必ず、群れから離れて単独行動を取る一匹の獲物を狙うものだ。

 キルバーンも同様に、勇者一行全員を相手取るのではなく、単独行動を取るように仕向けてから、狩るつもりだったようだ。

 そのため、挑発的に振る舞ってわざと怒らせ、誰かが自分達の後を追ってくるように仕向けたことに間違いは無いだろうが、注目すべきはキルバーンが選んだ対象がポップだということだ。

 ヒュンケルが言っていたように、キルバーンの本来の役割は軍団長の処刑だ。つまり、あの場ではヒュンケルやクロコダインを狙う方が自然だったはずだ。

 実際、自信過剰なヒュンケルや、義理人情に厚いクロコダインもまた、感情を揺すぶられやすいし、単身で動く傾向が強い。挑発のやり方によっては、誘い出すのも難しくはなかっただろう。

 だが、キルバーンが選んだ抹殺対象は最初からポップだった。
 あの場でただ一人だけ飛翔呪文が使えることや、ポップの短気な性格まで熟知していなければ、ああも上手いタイミングで誘い出すことはできないだろう。

 そして、知っているだけでは駄目だ。
 たとえば、キルバーンとミストバーンはバラン戦の際、そろって勇者一行の戦いを観戦していた。だが、ミストバーンは特にポップを重視はしなかったのは明らかだ。

 つまり、同じ情報を得ているにもかかわらず、キルバーンとミストバーンではポップへの評価は違うのである。

 にもかかわらず、ミストバーンはキルバーンに協力している。
 打ち合わせ抜きでいきなり相手に合わせて協力できる程度には、キルバーンとミストバーンの間に信頼関係はあるらしい。ただ、目的意識がきちんと伝わっているかどうかは、別問題だ。

 ミストバーンからすれば、キルバーンの突発的な行動に付き合うのに不満はないし、ついでだから協力はしてもよいが、なぜわざわざポップを狙うのかは分からない――そんな心境だと思われる。

 それを補うのが、キルバーンのこのおしゃべりだ。
 キルバーンはポップをかなり高く評価していて、ポップを勇者一行のムードメーカーと見なして、真っ先に死んでもらいたい男だと断言しているが、この語りは、ポップ本人へ向けたものではない。

 この時にはポップはすでに感覚の変調に苦痛を感じ、叫び声を上げ続けているのだから、とても他人の話を聞いていられる状態なんかじゃない。
 一見、ピロロと会話しているように見せかけてはいるが、キルバーンが本当に語りかけたかった相手は、おそらくミストバーンに対してだろう。

 そう考えると、キルバーンのおしゃべりの意図も見えてくる。
 彼は常に、ミストバーンに対して己の有能性や見る目の正しさをアピールしているということなのだろう。この辺りに、信頼し合っている仲間とは思えない、微妙なライバル心が現れていると言ってよさそうだ。

 だが、かといってキルバーンとミストバーンは不仲というわけでもない。
 キルバーンがポップにとどめを刺そうとした瞬間、ダイが飛び込んできた際、ミストバーンは即座にキルバーンの後ろへと移動している。

 これはダイを警戒し、キルバーンと一緒に戦う意思を端的に示している。
 ポップとの戦いは傍観を決め込んでいたが、ダイの存在は見過ごせないと考えたのだろう。

 意見は統一されていないし、必ずしも気があっているとは言い難い関係ではあるのだが、非常時にもとっさに意思疎通し合えると言う、敵に回すと非常に厄介な二人である。

 

71に進む
 ☆69に戻る
九章目次3に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system