71 無謀なる追跡(4)

 


 
 前項で軽く触れた通り、キルバーンの大鎌がポップの首を跳ね飛ばそうとした瞬間にダイは飛び込んでくるのだが、このタイミングは実に見事なものだ。

 ダイは単に死神の大鎌を受け止めるだけではなく、わざわざ大鎌とポップの間に割り込んでいる。この行動にどれほどの勇気が必要か、言うまでも無いだろう。

 基本的に、槍などの長物を相手に戦う時には相手の手元に飛び込むのが有利とされているが、この場合に限って言えば有利不利を度外視しているように思える。

 そもそも、キルバーンもミストバーンもポップ抹殺に気を取られていたのかダイの接近に気がついていなかったのだから、背後を取って先制攻撃を仕掛けることだって簡単だったはずだ。

 だが、ダイはポップ救出に拘っている。それも、ポップに怪我を負わせないように細心の注意を払っていると言っていい。

 キルバーンの刃を受け止めた後、ダイはそれを全力で振り払っている。キルバーンがその勢いに押されたのか大鎌の刃が大きく弾かれているが、その隙こそ攻撃の最大のチャンス――だったというのに、ダイはその隙にポップを抱きかかえて後ろへと下がっている。

 つまり、二度までも攻撃の機会を棒に振ってまで、ポップを助けることを優先したというわけだ。その後も、ダイは終始ポップを後ろに庇っている。

 しかし、ダイが加勢に来たとは言え、危機がまだ終わったわけではない。
 ダイの出現を見て、ミストバーンもキルバーンの後ろに陣取り、爪を構えて戦いの姿勢を見せている。ポップの暗殺にはほとんど傍観を決め込んでいたミストバーンだが、ダイに対しては割と好戦的である。
 が、それを止めたのがキルバーンだ。

『待ちたまえ、ミスト。いくら君でも、あの剣を持つ勇者ダイだけには要注意だ。ここは、ボクが……!』

 字面だけ聞けば、友人を気遣って自分が戦いを引き受ける美しい友情のシーンではあるのだが、この二人に限ってはそうとは言い切れない。

 まず、思い出して欲しいのだが、ミストバーンが暴走したきっかけはダイが鬼岩城を真っ二つにしたことにある。冷静そうに見えて意外と感情的なミストバーンのことだから、ここでダイと戦えば再度暴走する可能性もあるだろう。

 ここでミストバーンが暴走するのならば、キルバーンにとってはとんだ二度手間になる。戦いよりも優先して彼の暴走を止めなければならないし、そうなればダイとポップには確実に逃げられてしまう。

 つまり、ミストバーンに任せるよりも、自分で行動した方がより安全策だと判断したのだろう。

 ダイと戦う際も、キルバーンは真っ先に死神の鎌を大きく振り回している。動きを鈍らせてから安全に戦う気、満々である。要は、キルバーンは危険を冒す気など最初からないのである。

 キルバーンのその作戦を読んだポップが、ダイに忠告しようと必死になっているが、ダイの方はそれに耳を貸す様子がない。
 と言うよりも、ダイは戦いを前にすると完全にそちらにだけに集中しきってしまい、周囲を見なくなる傾向があるようだ。

 これは、集中力の高い人間には珍しいことではない。特にスポーツ選手などは多いタイプらしく、完全に集中しきってしまうと周囲の音すら聞こえなくなるという。
 この時のダイも、ポップの忠告など聞こえていなかったのだろう。

 普通ならば、そのせいで大ピンチになるところだが、ここはダイのその集中力がいい方向に働く。
 完全にキルバーンに集中しきったダイは、襲い来る死神の鎌を冷静にはじき返している。

 この反撃に、ポップだけでなくキルバーンやピロロの方が驚いている。
 キルバーンの大鎌は振り回すだけで効果を発揮するはずなのに、ダイには全く聞いている様子がない。大鎌を確かめたキルバーンは刃にヒビが入っているのに気づき、舌打ちしている。

 考えれば当然の話だが、笛などの楽器類は本来デリケートな物だ。少しでも歪みが生じたら、音が狂うのも無理はない。

 キルバーンの死神の笛は、一度効きはじめたらその後もずっと持続するのではなく、基本的に音が聞こえている間に効力を発揮するタイプの道具のようだ。

 音が消えた後も多少は効力は続くようだが、ポップが比較的あっさりと回復しているところを見ると、音を連続して奏で続けていないとダメなのだろう。
 つまり、この時点でキルバーンの有利は消滅している。

 だが、だからといってダイが有利とは言い切れない。
 全くの偶然から運良く敵の器を潰したとは言え、ダイもポップも本調子でないのは代わらない。鬼岩城との戦闘直後のダイは消耗しているはずだし、ふらついているポップもダメージは大きそうだ。

 ポップを支えながら、ダイはヤツらのスキをついて脱出しようと囁いている。

 ダイがここまで徹底してポップを庇っているのは、絶対にポップを死なせたくないと言う本人の意思もあるだろうが、出かけ際のヒュンケルの忠告のおかげもあるだろう。

 戦うよりもポップを連れ帰るのを第一目的にしているからこそ、ダイには迷いはない。
 それにポップも賛成しているが、もしこの時、ダイが馬鹿正直にヒュンケルにそう言われたなどと伝えたら、少しこじれていたのではないかと思ってしまうのだが(笑)

 まあ、仮定の話はさておき、二人そろって撤退を決意した物の、彼らは即座に逃げはしない。それどころか、二人そろって戦う気だと言わんばかりに敵に向き直っている。

 背を向けて逃げれば、必ず追撃がくると分かっているからこそだ。
 相談などしなくても、ダイもポップも互いの意思疎通は完璧だ。互いに同じことを考えているからこそ、同時に同じ行動を取れる。

 もっとも、困ったことに意思疎通が取れているのは敵も同様だ。互いに打つ手がなくなったとぼやくキルバーンに、ミストバーンは無言のままダイの剣を指さすことで、切り札は相手にあると忠告している。

 ダイが鬼岩城を真っ二つにしたところを目撃している二人にとっては、ダイの剣を警戒するのも無理はない。いくらダイがパプニカのナイフを手にしたままだとしても、彼が切り札を温存しているのだと見なすだろう。
 ダイを警戒したまま、様子を見る方向になるのは無難な選択だ。

 しかし、ダイ達にしてみればこのにらみ合いは分が悪いにも程がある。
 ダイはまだ、ダイの剣を自在に使えるわけではない。パプニカのナイフで戦っているのは、出し惜しみでもなんでもなくそれしか使えないからだ。

 おまけに、キルバーンもミストバーンも得体の知れないタイプの敵だ。キルバーンはダイの剣を切り札と称したが、ダイとポップからみれば相手の二人の手の内全てが、見透かすことの出来ない伏せ札に等しい。

 さらに言えば、彼らには互いに交渉の余地もない。交渉するのならば、互いに利害が一致するか、少なくとも目的に重なる部分がなければ取り結べない。
 特にポップを助けに来たダイと、ポップを殺そうとしたキルバーンは意見が正反対なだけに、絶対に無理だろう。

 膠着状態に陥った4人だが、その中で真っ先に行動に出たのはダイだ。
 持久戦になれば不利だと感じたのか、ダイはポップに小声で話しかけている。

『……ポップ! このままじゃラチがあかない! 攻撃に転じて、一気に突破しよう!!』

 この作戦も、結構無謀だ。
 普通、このように互いに実力が拮抗した状況では、先に動いた方が不利になることが多い。攻撃をしようとした際の隙を突かれがちになるからだ。

 戦いに関しては本能的な勘の良さを持つダイはもちろん、アバンより基礎的な戦術の授業を受けていたポップがそれを知らないとは思えないのだが、ポップもダイのこの作戦に賛同している。

 これは、その方が有利と判断したと言うよりは、本人達の性格と言えそうだ。
 だらだらと持久戦に持ち込むより、一か八かで勝負を賭ける方を選ぶ――ダイもそうだが、ポップもその傾向は強い。さすが親友と言うべきか、根っこのところで気があっているようだ。

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