81 敗戦処理(1) |
クロコダインが戦いを選ばず、撤退を選択した――このシーンで注目したのは、クロコダインの判断の確かさ、目の鋭さだ。 ここで思い返してもらいたいのは、ポップがキルバーンを追った直後のことだ。あの時、ダイはポップを追いかけ、ヒュンケルは気絶した。ついでにいうのならば、レオナはまだ大神殿にいたはずだ。 つまり、あの場でリーダーシップをとる者は一人もいなかったのである。 感情を元に動くマァムは、真っ先に自分が動くタイプな上に、他人に指揮を下すのが苦手だ。ネイル村で村人達を一人で守って戦っていた点からも、彼女のリーダーシップ意識の欠如が窺える。 確かにあの村には若い男性が少なかったのは事実だが、村長は老齢でも魔法使いだったし、父親ぐらいの年齢の人もいれば、マァムの母レイラのように僧侶もいる。 一人の人間に頼りきりになるより、それぞれが力を合わせて村を守る組織を構築するのは、不可能ではなかったはずだ。実際、マァムが旅立つ際、村人達は自主防衛を口にしている。 だが、マァムからその提案はしなかった。彼女には、他者を駒として動かす発想は最初からないのだ。 話を戻すが、ヒュンケルがそうしたように、ダイとポップのどちらを優先して助けたらいいのか、瞬時に判断できる冷静さはマァムにはないのだ。 しかし、その代わりと言ってはなんだが、マァムには献身的なまでの優しさがある。作中では描かれていないが、倒れたヒュンケルを最も心配し、助けるために尽力を尽くしたのは彼女に違いない。 あの場で唯一残った勇者一行の一員のマァムが、戦いに倒れた人の救助を優先しようと心に決めたのならば、おそらく周囲の兵士や神官達にも影響を与えたことだろう。 だが、クロコダインは単独でダイとポップを追ってきた。 いくらガルーダで飛行できるとはいえ、その速度は瞬間移動呪文はもちろん、飛翔呪文に比べても格段に遅い。下手をすれば、行き違いになったり無駄足を踏む事だって有りえる。 最悪の場合、クロコダイン一人でキルバーンと行き会い、殺される危険すらあるのだ。なにしろ、キルバーンの本来の任務は、裏切った魔王軍幹部の始末なのだから。 それに、パプニカにいたとしても、クロコダインの力は役に立ったはずだった。港や町が襲われ、多数の被害者が出た状況で、瓦礫を軽々と持ち上げる力持ちな存在がどれほど役に立つことか。 人間に好意を持つクロコダインなら、彼らを助けるために力を貸すのを惜しむとは思えない。 しかし、クロコダインが選んだのは、ダイとポップを優先して助ける道だった。 そして、第二の英断が撤退選択だ。 ダイがどこに行ったのか、ミストバーンはどうしたのか、疑問はもちろんあっただろう。それに、キルバーンを敵として認識するなら、彼がポップに気を取られている今こそが攻撃のチャンスだったはずだ。 だが、クロコダインは疑問の追求をさておき、ポップの救助と撤退を優先している。 クロコダインの気質から言えば、彼がキルバーンに戦いを挑み、その隙にポップを逃がした方が合っているように思える。が、クロコダインが戦いを選択しなかったのは、ひとえにポップへの信頼があったからこそだ。 バラン戦で、クロコダインはポップがダイを置き去りにして逃げたことにショックを受け、後にそれがダイを助けるための芝居だったと知ったことがある。 この経験が、クロコダインのポップへの信頼度を上げたことは想像に難くない。 ポップが撤退を選択したのなら、そこには理由があるはずだとクロコダインは瞬時に確信した。その上で、自分の信条を投げ捨てて、ポップの意向に追従したのである。 ここに、クロコダインの成長と意外なほどの柔軟性が見て取れる。 自分の行動が間違っていたと思えば即座に改めるし、周囲の雰囲気に流されず自分の信じた道を選択する強さも持っている。それでいて、自分の意思だけに固執することなく、信頼できる仲間の判断を尊重できる。 また、クロコダインは単にポップを助けただけでなく、彼の心のケアにまで気を配っている。 クロコダイン『……分かっている! よほどのことがない限り、一人で逃げたりはせん。そう思ったからからこそ、オレもためらいなく逃げを選んだのだ』 これを聞いたポップは、緊張の糸が途切れたのか大泣きしている。それを、クロコダインは慰めるでもなく見守っているのが印象的だ。 《おまけ・軍団の規模》 魔王軍は系統はしっかりと記載されていたが、その人数や全貌は明らかにされていなかった。 『軍団長』という役職は、文字通り軍団を率いる将軍という意味だ。そして、軍隊は人数によって数が定められている。 ウィキペディアで調べた知識であり、中世期の人数とはそぐわないかもしれないが、軍の定義で言うと軍団は約30000人以上と言う区分になっている。 六団長であるミストバーン、バラン、フレイザード、クロコダイン、ヒュンケル、ザボエラがそれぞれ違う系統の怪物の長に立つ形で、その下に大隊、中隊、小隊と別れていると思って良さそうだ。 しかし、数はともかくとして怪物達の半分以上は、動物レベルでしゃべるだけの知能もないものが占めている。それを考えると兵力としては頼りない気がしないでもないが、一般人を一掃し、地上を平すとのが目的だったとすれば、兵士の大多数を占める一等兵には余分な知識もいらないと考えたのかもしれない。 それに、命令に盲目的に従うと言う意味では、一般人にとってはかえって恐ろしい存在と言える。一等兵レベルには投降や白旗すら通じないのだから、まさに一方的に蹂躙されるだけになりかねない。 比較的初期に軍団長が半減したのは、人間達にとってはこの上ない幸運だったようだ。
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