85 敗戦処理(5)

 メルルに頼らないと決めたポップとクロコダインは、話し合うよりまでもなく、互いの意見を一致させている。
 海中水泳で、ダイを探す――無茶にも程がある作戦ではある。

 氷山が浮いている海ながら、水温の低さは推して知るべきだ。そんな海に生身で飛び込んで、ただで済むわけがない。ダイの居場所も分からないのに、無闇に海に潜っても見つけられる可能性は低いだろう。

 が、ポップもクロコダインも何の躊躇も無く海に飛び込んでいる。着衣のまま飛び込んでいるのだから、ポップは相当に泳ぎが得意なようだ。

 クロコダインなどは鎧を着たままだが、元々彼はワニ系の怪物だと考えればむしろ水中の方が得意かもしれないので、問題はなさそうだ。実際、ポップよりも長い時間、海中に潜っていた。

 本来のワニならば爬虫類なだけに低温には弱そうなものだが、怪物としてのリザードマンは変温動物ではないのかもしれない。詳しい研究が待たれるところである。

 ここで意外な個性を発揮したのは、チウだ。
 泳げないチウは、ポップやクロコダインと違って海へ入ろうとしない。自分の見せ場だと思っていのに、こんなシチュエーションと嘆いていたが――正直、これは認識不足としか言い様がない。

 ポップはダイが海に落下としたと、きちんと報告しているのだ。
 ならば、捜索範囲が海中になることぐらい、予測していて当然だろう。が、チウには残念ながらそれだけの推理も出来なかったようだ。その場の勢いや感情任せに行動するだけあって、理詰めで計算するのは不向きなのである。

 そんなチウは、その場にいたしびれクラゲと出会う。
 最初はしびれクラゲがヘラヘラ笑っているのを、自分への嘲笑と思って腹を立てたチウだが、その怒りは長続きしない。しびれクラゲに悪気がないことを悟り、即座に仲良しとまで言えなくとも、協力態勢を取り付けている。

 チウのこのコミュニケーション能力の高さは、たいした物だ。
 しびれクラゲは麻痺攻撃の特技を持っていて、単独冒険者にとってはなかなかの強敵となる(一人でいる時に麻痺を喰らうと、自動的に全滅扱いになるので)

 が、最大HPや攻撃力から見れば、確かにチウの敵ではなさそうだ。チウのデータは旧コミックスにしっかりと記載されているが、武闘家レベル12であり、HPも67もある。低レベルの怪物になら、確かに勝てそうだ。

 だが、チウは戦って相手を屈服させるのではなく、このしびれクラゲとは交渉のみで取り引きを行っている。のんびりと釣りをしながら、しびれクラゲに海の中の捜索をしてもらったチウは、ダイが頭にはめていた飾りを手に入れた。

 結果的にチウは、身体を張って海に飛び込んだポップ達以上の情報を手に入れているのだ。チウ本人は決して強いわけでも、頭脳的なわけでもないが、彼は他人の力を借りることに躊躇がない。自分には出来ないことを、他人にやってもらうのに抵抗がないのである。

 ある意味で、チウはリーダーの素質があると言っていい。
 大局的な視線が全くないのでレオナのように指導者的な資質は感じられないが、ごく小規模の集団ならば面倒見のいい親分となりそうだ。

 ただ、魚をあげるという約束をしたにも拘わらず、魚を釣ることの出来なかったチウはしびれクラゲを怒らせ、麻痺させられるというオチがついたが。

 海中にも海底にもダイの姿がないことから、クロコダインはダイが氷山にぶつかりその中に生き埋めになったと推察している。
 その場合、氷山の数が多いだけに探すのは極めて困難だ。

 氷山一つ一つを割って調べるにも、無闇に強い技を使えば中にいるダイごと真っ二つになるだけだし、魔法で解かすには氷山は大きすぎる上に、多すぎる。

 絶望したポップが、膝をつくのも無理もない。
 だが、それでも諦めないのがポップの強さだ。どんなに時間がかかっても、必ずダイを見つけ出すと叫んでいる。

 厳しく言ってしまえば、ポップのこの決意は人間側にとっては、何の意味も無い。人間達にとっては、すぐ間近に迫った魔王軍との脅威に対抗するために、勇者の存在が必須なのだ。

 数ヶ月という時間をかけて勇者を探すくらいなら、彼が死亡したと考え、対抗策を考えた方が遙かに現実的だ。言ってはなんだが、参謀ならばここは損切りを考慮しなければならない場面だ。

 しかし、ポップはダイの生存を祈り、彼を探す決意を揺らがせることはない。
 ポップにとって、世界全ての人間の命運がかかった戦い以上に、ダイの無事の方が重要なのだとよく分かるシーンである。

 

 

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