87 人間達の情勢(9)

 ここで一旦、話を人間側に移したい。
 ダイ達が戦っているのと並行して、人間側の物語も進行したのだが、ここまで戦いを最優先して人間側の視点は敢えて触れていなかったので、話はかなり遡る。

 人間達の情勢(8)で、王達が大神殿に隠れていることに気づかれた時点で終わっているので、その続きと考えていただきたい。
 鬼岩城の足音が間近まで迫り、大神殿にも揺れが感じ取れるようになった時、王達はほぼ活動を停止している。

 先ほどまではテラスから外を眺め、レオナとベンガーナ王は撤退か抗戦かで激しく揉めていたが、実際にシャドーという怪物が近くに潜んでいたこともあり、外に居続けるよりも室内にいた方がいいと考えたのだろう。

 だが、この考えは不正解だ。
 これが通常の、せめて人間同士で行っている戦いだというのなら、見晴らしの利くテラスを離れ室内に籠もるだけでも危険度は減らせるだろう。

 しかし、敵が常識外れの巨大さを持ち、人間の軍隊の攻撃が全く通じないのであれば、この場にとどまり続けるのは危険極まりない選択だ。

 建物が崩壊する危険があるのならば、一刻も早くその場から避難した方がいい。大神殿をはるかに上回る巨体がこちらを目指して歩いてきているというのに、避難するでもなく室内に籠もるだけというのは、全く意味の無い行動だ。

 百歩譲って、王達や非戦闘員の女性であるメルルがそうするのは、まだ理解できる。が、王達の護衛であり、この場で唯一の戦闘員でもあるはずの三賢者までしっかりと室内に入り込んでしまっているのはいかがなものか。せめて、一人だけでもテラスに残り、監視役を務めてもいいように思えるのだが。

 見張りすらいないので誰も外部の状況を知ることさえ出来なくなり、先ほどまで脱出を唱えていたレオナでさえ思考停止してしまっている感がある。
 まあ、突発的な非常時に的確な反応をとれる人間はそう多くはいないものだが、それでも彼らが並の人間と違うと思えるのはその落ち着きようだ。

 死ぬかもしれないという状況に追い込まれながらも、彼らは全くパニックを起こしていない。普通なら、悲鳴を上げ逃げ惑うものだが、さすがは国を率いる者達と言うべきか、彼らは感情のままに慌てふためくことはない。

 ここで注目したいのが、ベンガーナ王だ。
 彼は王達の中でもっとも動揺を露わにし、小刻みに震えてさえいた。だが、それは彼が臆病だったからではないようだ。

ベンガーナ王『……すまぬな……諸国の王達よ……。奴らがこれほど強大なら……最初から避難に全力を注ぐのだった……。勇み足でワシだけ死ぬのならともかく……世界中の要人を巻き添えにしてしまうとは……情けない……!!』

 死を前にして、ベンガーナ王は自分の選択が間違いだったと断じ、さらにはこの敵襲に対して自責の念を抱き、それを正直に告白している。

 ベンガーナ王の影にシャドーが取り憑いていたことを考えれば、確かに彼の責任と言えなくもないが、正直、そうは言い切れない。シャドーがいつからベンガーナ王に取り憑いていたか不明だし、そもそも要人を一箇所に集めたのはレオナだ。

 要人を戦いの巻き添えにした責任を問うのなら、誰よりもレオナが責められるべきだろう。

 また、魔王軍への攻撃に関して言うのであれば、ベンガーナ王が先陣を切ったのは確かだが、その直後、ポップ達も攻撃を仕掛けている。そもそも魔王軍の方から責めてきたのだし、ベンガーナ王のせいで攻撃されたわけではない。

 しかし、ベンガーナ王は一切の責任逃れをしていない。
 自分こそが戦いの主力になると信じて、世界の王達との会見に臨んだこの王は、敗北の責任もきちんと負う責任感の持ち主だ。

 これが最後だと思ったからこその懺悔の意味合いがあるのかもしれないが、傲慢さのインパクトが強かった第一印象とは裏腹に、ベンガーナ王は誠実で率直な人柄のようだ。
 そして、他の王達もそんな彼を肯定的に励ましている。

レオナ『最後まであきらめずにがんばりましょう!』

ロモス王『そうだとも! この中では一番タフそうなおぬしが最初に降参してしまうとは、それこそなさけないぞ!!』

 レオナのパプニカも、ロモス王国も一度は滅びかけたのに持ち直したせいか、危機に対して粘り強さがあるようだ。両指導者とも、まだ諦めていない。

 レオナは、自分こそが悪かったとは一言も言わない。自責の言葉だけでは、何の意味も無いことを知っているからだろう。レオナが求めているのは、精神的な救いではない。

 彼女には、どんなことがことがあっても人間達を生き延びさせたいという強い意志がある。

 ロモス王の精神も、レオナに近い。
 弱気を出したベンガーナ王に軽口じみたハッパをかけている点が、印象的だ。ダイに対しても気さくな人柄を遺憾なく発揮したこの王は、コミュニケーション能力がかなり高い。

 世界会議の最中はロモス王はかなり強い口調でベンガーナ王と論議していたが、それでも相手に対して悪感情を抱いた様子もなく、これほど気さくに接することができるのはたいしたものだ。

 もう一つ注目したいのが、レオナもロモス王もベンガーナ王を同格の仲間として扱っている点だ。上から目線で指揮権争いをしかけていたベンガーナ王に対して、実に寛大な接し方だ。

 上下関係に拘る者ならば、相手が失敗したのならばそれこそ鬼の首でも取ったようにそのミスをつつき、自分が上位に立とうとするものだ。が、レオナ達はそんな気配も見せはしない。

 この対応が、ベンガーナ王に与えた影響は少なくないだろう。
 世界会議の最中は、ベンガーナ王は他国の王達を全員向こうに回して自説を主張し続けていた。悪く言ってしまえば、思想的には全員敵と見なしていたのだ。
 その思想の差は、話合いでは到底埋められないと思えるものだった。

 しかし、皮肉なことに実際に危険が王達の身に差し迫ったことにより、初めてベンガーナ王は他の王達に近づくことが出来た。
 自分の間違いを認め、周囲がそれを許してくれたことによって、ベンガーナ王も態度を和らげている。

 和解ムードが強まった段階で、前述した通り大神殿が鬼岩城の襲撃を受けるわけだが、勇者ダイの活躍により鬼岩城は一刀両断される。
 その圧倒的な活躍を見た、各国の王達の反応は実に好意的だ。

 目を輝かせて見入っているベンガーナ王や、子供のようにはしゃぐロモス王。無口なテラン王も、感慨深そうに『……勇者よ……』と呟いている。

 降って湧いたような勝利に歓喜している王達の中で、レオナだけがこっそり涙ぐんでいるのが印象的だ。単に勇者の実力や、勇者の剣の強さに驚喜している王達と違って、レオナだけはそれが『幸運』ではないと知っている。

 ダイが強さを獲得するために苦難を乗り越えたことや、ダイの剣を手に入れるために勇者だけではなく勇者一行までもが力を合わせて時間稼ぎをしたこと、それらを知っているからこそ感動を抑えきれないのだ。

 王として振る舞う中で、一瞬だけ見せたレオナの年相応の少女らしさはとても気に入っているシーンだ。

 

 

88に進む
 ☆86に戻る
九章目次4に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system