q8 人間達の情勢(10)

 ダイが見事に鬼岩城を大切断した直後、レオナは彼を呼んでいる。
 世界会議の主催者としての立場でみれば、ここで勇者と王達に引き合わせるのには大きな意味がある。

 先程まで揉めに揉めた世界会議の場がいい方向に向き始めている中で、勇者の強さを信頼性の高さを王達に知らしめるのは有益だ。それは同時に、主催者たるレオナと勇者のつながりの深さを示すことにもなる。

 だが、ダイがさっさとその場を去ってしまったことに、レオナは少しばかりお冠の様子だ。
 レオナ的にはすでにこの時点で戦いへの危機感はなくなっているのだから、今度は人間側の象徴としての『勇者』として力になって欲しかったのだろう。

 指導者としてのレオナの優れた点は、イメージ戦略の巧さだ。
 史実でも、不利な戦況下に置いて英雄の存在意義は大きい。その英雄を巧く他者にアピールすることで、戦場での士気や民の意識が大きく変わってくるのである。

 レオナは、そのことをよく承知しているのだろう。
 かつてバルジ島で避難生活を送っていた際、勇者の話で周囲の人達の士気を高め、結束力を高めていた時のように、レオナは勇者が人間達にとって希望の源になると確信している。

 だからこそ実際にダイと共に戦うよりも、勇者としてのダイを世界の王達に認めてもらい、大勢の人々の協力を得られるように画策している。
 机上で戦うレオナにとって、ここで勇者の存在を強烈にアピールしたかっただろう。

 そんなレオナに対して、メルルの視点はダイ達と共にある。
 ダイ一行に控えめながらも付き添っていたメルルは、王族としての視点など最初から持つはずも無い。実力不足からポップ達について行かなかったが、心情的には彼らに寄り添っていると言っていい。

 だからこそ、ダイがすぐに立ち去ったのはポップ達がまだ戦っているからだと理解できた。

メルル『きっと、まだみんな戦っているからですわ。邪悪なエネルギーがまだ一つ……』

ベンガーナ王『敵の大将はあの城に乗っていなかったのかっ!?』

 この言葉で、ベンガーナ王の勘違いがよく分かる。ベンガーナ王自身が自国の最強軍艦に乗ってパプニカに来ただけに、敵も同じように動くと考えているようだ。

 普通に考えれば、前線基地に大将など置くはずもないのだが。
 だが、そう考えていたのなら、ベンガーナ王が真っ先に攻撃を仕掛けた理由も分かる。ベンガーナ王からしてみれば、敵の頭を一気に叩くチャンスだったのだ。

 しかも、都合の良いことにベンガーナ王は最強軍団を随行させている。さらに言ってしまえば、自国ではないことも彼にとっては有利に働く。自国の被害について、考えずにすむのだから。

 つまり、彼の主観では自国に全くの被害が無いまま、一気に魔王軍との戦いにけりをつける絶好の機会だったわけだ。レオナ達の制止も振り切って、勇み足を踏みたくもなるというものである。
 
 もし鬼岩城に乗っているのが支配者ではなくただの幹部に過ぎないと知っていたとしたら、ベンガーナ王が同じ選択をしたか聞いてみたいものだ。

 それはさておき、この時、メルルは邪悪なエネルギーが増大しているのを感知している。
 ミストバーンが自らの衣を剥ぎ取ろうとしてのを、誰よりも早く感じ取っているのだ。

 しかし悲しいかな、彼女はそれを離れた場所にいるポップ達に伝える術が無い。せめて、走り去るダイに向かって伝えようと、メルルは城壁から身を乗り出して彼に急ぐようにと叫んでいる。

 ……この大神殿の高さや、手すりも無く安全対策など考えられていないことを考えると、ものすごく無茶な行動である。すぐ近くにいるレオナが、心配してメルルを止めているのも無理は無い。

 残念ながら、ダイ側の描写がないのでメルルのこの必死な叫びが伝わったかどうか定かではない。優れた感知能力を持っていながら、それをリアルタイムで他人に伝えられないのが、メルルにとっては最大の問題点だ。

 さて、ここで一度、世界会議は中断されている。
 被害状況の確認のためか、レオナや三賢者が会議の場から離れているのである。

 レオナ、エイミは負傷者が収容された部屋へ行き、マリンは町の視察にでかけたようだ。気の毒なことにアポロは出番がないので全く予想できないのだが、もう一人、ここで動きが不明なのがメルルだ。

 少なくとも死の大地からポップが戻ってきた時には、メルルはその場にはいなかった。ベンガーナ将軍であるアキームがその場にいたぐらいなのに、彼女がそこにいないことはいささか不自然に思える。

 心情的には、メルルこそが誰よりもポップの生還を望み、それを迎えたいと思っていたことだろう。

 だが、彼女にはそうすることのできない理由があったのではないだろうか。
 元々、メルルはテラン王に付き添う形で世界会議に随行してきた。つまり、形の上ではテランの臣下ということになる。

 世界会議が一時中断した時点で、各国の王達は魔王軍に対してもう一度考え直す時間を得た。レオナはその時間を利用して、負傷者を見舞うと同時にポップやヒュンケルから情報収集を行っている。

 それと同じことを、テラン王もしているのではないだろうか。
 テラン王は研究熱心で、知識に優れた王だ。この時点よりもずっと後での話になるが、竜の騎士の文献を調べる際も部下に任せるのでは無く、自ら行っていたぐらいだ。

 少なくとも知識に関しては、テラン王は自力での情報収集を行う主義だと言える。

 ならば、世界会議の最中にぽっかりと出来た隙間時間を利用して、最新情報を欲したとしてもおかしくはない。テラン王はメルルの才能に対して、初対面の時から認め、高く評価している。

 メルルが勇者一行と行動を共にして見聞きしたこと、感知した邪悪な存在について詳しく聞きたいと望んでもなんの不思議もない。
 その要求に、おそらくメルルは従ったのだろう。

 本心ではポップの所に行きたいと思っていたのかもしれないが、この状況下で王の要求を拒否できるだけの身勝手さがメルルにあるとは思えない。王の力を借りてパプニカまで連れてきてもらった礼を返すためにも、王に協力したのでは無いかだろうか。

 恋愛故に大胆な行動を取ることの多いメルルだが、それでいて彼女には自ら定めた枠を破れない真面目さがあるように思える。メルルの誠実さと義理堅さが、ひっそりと感じられる隠されたワンシーンだ。

 

 

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