91 魔王軍の情勢(18) |
ハドラーは生還後すぐに、バーンに面会するために身なりを整えて王間へと向かっている。 だが、この面会が彼の意志だとは思いにくい。 むしろ、まだ命令を果たしていないからと時間を稼いだ方が有利とさえ言える。 それでは、この面会がミストバーンの意志による物かと言えば、それも少し違うように思える。 ミストバーンがハドラーをバーンに引き渡すのを優先する気持ちがあるのなら、ハドラーが超魔生物に改造中の段階だったのに見逃し、これまで協力してきたことと矛盾する。 ミストバーン的には、ハドラーに肩入れするメリットは無いし、バーンへの忠誠は揺るがない。 そんな彼らが、急遽、バーンへの面会するとすれば、それはバーン本人の意志が働いたからと見るべきだろう。バーンからミストバーンに命令が下され、それをハドラーに伝えた、と考えるのが自然だ。 この命令を聞いた時のハドラーの心境を思えば、さすがに同情を感じる。 次にダイと戦えば、今度こそ満足の出来る勝利を収められると考えていたに違いない。 そんな折にバーンからの召喚命令がくるなんて、逆転寸前の試合会場から無理矢理退場させられるような気分だっただろう。しかも、それは単なる退場ではなく、死刑執行にも等しい。 なぜなら、この時点ではハドラーはバーンの厳命を果たしていないのだから。 言うなれば、バーンのいる王座へ向かうハドラーは、死刑場に向かう死刑囚も同様だ。 だが、彼はそのような追い詰められた状況とは思えないぐらい、落ち着き払っている。逃げる素振りも見せなければ、見苦しく延命のために便宜を頼み込むでもない。 ただ、ミストバーンに対する感謝の念を淡々と語っている。 この時のハドラーは、ミストバーンが損得を越えて自分を助けてくれたことを理解している。 これは、これまでのハドラーを思えば大きな心境の変化だ。なにしろこれまでの彼は、部下を全く信用せず、自分の都合の良いように利用すればいいという思考だった。ハドラーにもっとも協力してきたザボエラに対してでさえ、その心根を思いやることなど全くなかった。 しかし、超魔生物となったハドラーは、自分だけでなく他人の心も深く顧みるようになっている。 『オレは当初、お前を底の知れないヤツをうとんでいたが……今では感謝している……! (中略)おまえには、その沈黙の仮面の下に流れる熱い魂を感じずにはいられん……』 ミストバーンからの好意に対して謝意を告げるハドラーだが、この間、ミストバーンはほぼ沈黙を押し通している。この考えが当たっているか、間違っているかは、実際には分からないのである。 つまり、ミストバーンに熱い魂があると感じたのは、ハドラーの私見にすぎない。 これは心理学では、投影と呼ばれる。相手の心を推し量るのに、自分だったらこう考えるという思いが無意識に反映される現象だ。 この投影は、ある意味で厄介だ。 これは、ストーカーなどで考えて見れば分かりやすい。完全に自分を基準に考えるから、自分が恋する相手も同じ気持ちだと思い込んでしまう。しかし、現実ではそうではないから、犯罪となる。 善良な市民が、自分が他人を騙すことなど考えもしないから、詐欺師の言い分に容易く引っかかるのも同じ原理だ。 つまり、ハドラーとミストバーンの間の友情は、等価値とは言い切れない。 だが、ハドラーがミストバーンの友情を信じ、それに感謝したことだけは確かなことだ。面白いもので、出世や長寿などの欲を投げ捨てたことで、ハドラーはより人間味を増したと言うべきか、自分の感情を大切にするようになっている。 肉体的な戦闘力や戦いにおける精神力の強化ばかりが目につくが、ハドラーの根幹とも言うべき情緒面でも、彼は著しい成長を見せているのである。
|