93 魔王軍の情勢(20) |
バーンがハドラーに新しい役割を与えたこと――それを、ザボエラは悪魔の目玉を通して知った。 この時、魔王軍六団長の中でクロコダイン、ヒュンケル、バランの三人が離脱、フレイザードが戦死したことにより、生き残りはミストバーンとザボエラのみである。 だが、ミストバーンとザボエラの扱いには天と地ほどの差がある。 勇者ダイの正体についての報告を隠そうとしたハドラーよりも、鬼岩城を失ったミストバーンの方が戦略的被害は大きそうに思えるのだが、バーンはハドラーに対してはあれこれ言っても、ミストバーンの戦績については一言も触れていない。 バーンは、ミストバーンの行動を咎める気など最初からないのである。だからこそ、ミストバーンはハドラーに変わって総指揮官にさえ任命されている。 ザボエラがハドラーを超魔生物に改造したことを知っていたはずなのに、それに関してはバーン達は一切触れていない。なんと、呼び出してすらいないのである。 バーン達はハドラーが大幅にパワーアップした事実は重視しても、その途中過程に興味は無い。ハドラーの強化がザボエラの技術による物ではなく、ハドラー本人の精神的な力によるものだと解釈している様子だ。 故に、ザボエラの行為に対して是非を問う気持ちすらない。呼び出して事情を聞き、罰則を加えることもなければ、よくやったと褒美を与えることもない。 大魔王の絶対的な力を思えば、バーンの命令に逆らったにも拘わらず見逃されるのはむしろ幸運なように思えるのだが、ザボエラはそうは考えない。 そして、誰が自分を無視していると怒りに震え、癇癪を起こして水晶玉を割っている。 この八つ当たりに、ザボエラの短絡さが見て取れる。 ザボエラは、自分の獲得した地位が沈みかけていることを自覚している。 しかし、その野心はここで脆くも崩れている。 このまま見捨てられることを良しとしないザボエラは、独力で手柄を立ててバーンに認められようとしている。 つまり、ザボエラはこの瞬間、取り入る相手をハドラーからバーンに乗り換えたのである。 これまでもそうだったが、ザボエラは他人を切り捨てるのに容赦しない。自分以外の者を利用し、役に立たなくなったら見捨てるのは彼の基本方針なのである。 本人がそう思っているからこそ、ザボエラは自分が見捨てられることも当然だと考えている節がある。 あの時、恩を売ったのだからそれが戻ってくる、という発想にはならないのである。感情の力を蔑んでいたザボエラには、それが効果的に働く可能性を見逃している。 魔王軍六団長の内、少なくともクロコダイン、ヒュンケル、バランの三人は恩を受けたのならそれを返す義理堅さを持っていた。超魔ハドラーも同様の考えに至ったというのに、ザボエラはそれに気づかなかった。 周囲のものを片っ端から捨てていけば、最終的には何も無くなるのは分かりきった話であり、最終的には本人が困ると分かりそうなものだ。木こりが木を切り倒すだけでなく、植樹したり手入れをして木の成長を促してバランスを取ろうとするものだが、ザボエラはそうはしなかった。 ごく身近な同僚の思考や性格を読んだ上で、その潤滑油となる形で振る舞えばザボエラの知能や智略はさぞや冴え渡ったことだろうに、彼はどこまでも周囲を『使い捨て』な存在として捉えていた。 これまで通りハドラーに助力を尽くしていれば少なくともハドラーの庇護は与えられただろうに、ザボエラはこの時点でハドラーをも切り捨てたのである。 だからこそ、ザボエラは独力で手柄を立てるしかないと言う結論に至った。 好まないだけで、それが必要とあれば自ら前線に出るのも厭わない行動力を持っている。 そして、ザボエラの情報網はこんな時でも活躍している。悪魔の目玉を通して情報収集しているザボエラは、ハドラーの行動を盗み見すると平行してダイの捜索も行い、ダイが生きているとの確証を得た途端、妖魔士団の中でも精鋭部隊と言えるバルログとサタンルピーの群れを率いて戦場へ向かっている。 ゲームでは、バルログもサタンルピーも魔王城付近、つまりラスボスに近づいてから登場する強敵だ。これまでの戦いでは一度も出さなかった上級の怪物を投入する辺りに、ザボエラの本気が感じられる。 ザボエラはクロコダインのように、自分にとって有能で使い勝手の良い部下を常に手元に置くタイプではなく、状況に応じて使い分ける合理的さを持っていることがはっきりと分かる。 ただ、合理的なザボエラは同時に、非情な思考の持ち主だ。 そう考えると、ザボエラにとって自力での戦いは燃費の悪い消耗戦と言うことになる。 |