94 命令なき先鋒(1)

 ダイの捜索に専念していたポップ達と、大魔王バーンとハドラーのやりとりに中止しつつ、情報収集にも手を抜かなかったザボエラは、ほぼ同時にダイの生存を発見している。

 これは、情報力に力を注いでいたザボエラの先見の明を褒めるべきだろう。
 何かあってから対応するよりも、予め情報を集められるように手配し、すぐに動ける人員を用意しておいた方が有事に対処しやすいのは当然のことだ。

 しかも前項でも書いたように、ザボエラは飛行能力と戦闘能力を併せ持った敵を大量に派遣している。

 すでに、この時点でポップ達は大きく後れをとっている。
 しかし、さすがは元六団長と言うべきか、クロコダインの判断は速い。怪物の群れを見てすぐに誰の差し金か察し、作戦を立てている。

 クロコダインが戦いを引き受け、ポップがダイの救助に当たるという作戦は、単純だが妥当なものだ。

 多数の敵を相手にするのならば広範囲魔法の方が効率はいいが、なにせ魔法使いは防御が弱い。一対多数で戦うのなら、防御力の高い戦士で長期戦を望んだ方が確実だし、ダメージも少ない。

 が、数の暴力という言葉がある通り、戦いの場では数が多い方が圧倒的に有利だ。歴史を振り返って見ても、最終的には物量こそが個々の戦力や能力差を覆し、勝利を収めてきた。

 それを知ってか知らずか、クロコダインが単独で戦うことをポップは心配している。
 しかし、さすがは獣王と言うべきか、クロコダインはそんなポップの不安を一蹴している。

クロコダイン『ふふっ。オレの心配をするなんて、まだまだ早いんじゃないのか、ポップ?』

 クロコダインのこの言葉は、明らかな軽口だ。相手を少々軽んじているような言葉なだけに、聞きようによっては馬鹿にされていると思うかもしれない。

 だが、ポップはこの言葉に少しも怒る気配を見せない。
 もし、これがヒュンケルが言った言葉だとしたらムキになって反発しただろうが、クロコダインに対してはむしろ上機嫌に受け止め、彼に敵を任せてポップは素直にダイ捜索に回っている。

 ポップとクロコダインの間の信頼関係が、より強固な物になっているのが見て取れる。

 その証拠として、ポップは敵前から離脱してダイの所に向かう際、後ろを一切警戒していない。戦場にいながら自衛すら必要ないと割り切れる程、クロコダインに戦いを任せきっているのだ。

 そして、クロコダインはその信頼に十分に応えている。
 ポップを追おうとしたサタンパピー達を先んじて回り込み、行く手を阻んでいる。

 正直、戦うのならばポップを追って背を見せて敵から攻撃を仕掛けていくのがもっとも手っ取り早い。言い方は悪いが、ポップをおとりに使いながら敵の頭数を減らしていく方が得策なのだ。

 しかし、クロコダインは敵への攻撃よりも、身体を張ってでもポップを庇う姿勢を優先させた。その迫力に、数で勝っているはずのサタンパピー達が一瞬、動きを止めている。

 だが、そこにザボエラが登場した。
 彼の登場は、ちょっと面白い。通常の移動呪文と違い、空間を歪ませるような形でサタンパピーらの背後にいきなり現れている。

 空を飛ぶ瞬間移動呪文とは明らかに移動パターンが異なるので、ミストバーンやキルバーン独特の出現のように、ザボエラ独自の移動呪文なのかもしれない。

 作品中でこの移動について全く触れていないのでルーラ系統の呪文と憶測するしかできないが、注目すべきはそこではない。
 ザボエラが情報戦のみならず、迅速な移動手段についても重視していることが問題だ。

 現代戦でもこの二点は最重視されるポイントなことを考えると、ザボエラはなかなか優秀な軍師と言えるかもしれない。前線で戦うのを嫌う性格にもかかわらず、必要があると判断すれば自ら前線に出て指揮を執るだけの行動力もある。

 ただ、指揮官という点で見るとザボエラはクロコダインより劣っている。
 情報や速度、戦略に重点を置いているザボエラだが、部下への練度はごく低い。

 たとえばザボエラが登場した時、サタンパピー達は明らかに驚き、うろたえていた。目の前にいる敵であるクロコダインを無視して、味方であるザボエラに驚いていたのである。
 その後も、ザボエラの命令されてからようやく攻撃する有様だ。

 現代社会の視点で見れば、来客が来ているのに抜き打ちでやってきた上司ばかりを気にしているような物だ。しかも、自主的に行動しようとせず、客を前にして上司の指示待ちである。

 どう考えても、ザボエラと部下達の連携はとれていない。
 と言うよりも、彼には部下を使い物になるように鍛えるという思考そのものがないようにさえ思える。息子のザムザすらあっさり見捨てたほどだ、役に立つようになるまで育てるのではなく、役に立つ物のみを利用するという思考なのだろう。

 その点、クロコダインの部下はガルーダのみだが、連携の素晴らしさは妖魔士団とは比べものにならない。
  
 クロコダインはガルーダに対して特に命令を出していないが、主人の思考を先読みするように自主的に移動し、時に補助的な攻撃をするガルーダは支援役としては極めて優秀だ。
 サタンパピーが放つメラゾーマをベギラマで相殺し、攻撃を防いでいる。

 そして、攻撃はクロコダインが受け持っているので、このコンビは群れを相手にしても全く引けをとっていない。
 戦士としてみても、指揮官としてみても、クロコダインの方が上回っている戦いだ。

 ――が、いかに単騎で強かったとしても、戦いに置いて勝者になるとは限らない。

 ザボエラはこの時、配下のサタンパピー達とクロコダインを戦わせておいて、自分は表だって戦わず、こっそりとダイに狙いをつけた。

 それもわざわざ、ポップに救助された直後のダイを狙っているのだから効率重視もいいところだ。ザボエラの火力を持ってすれば、ダイが救助される前に氷山ごと燃やし尽くしてもよさそうなものだが、彼は目的最優先主義者であり効率厨だ。

 自分への被害を抑えたいと思う傾向が強く、さらに言うのならこれまでの全戦いのデータもしっかりと持っている。ダイの戦いを見てきたのなら、ポップが参戦して戦いの流れを変えてきたことも知っているはずだ。

 ダイともポップとも戦わずに一方的に始末するには、ダイが体力を使い果たし、ポップがそれを助けようとして隙を見せたところがいいと、ザボエラはそう考えたのだろう。

 ポップがダイをおんぶしたのは、ザボエラには好都合だったはずだ。ポップがいかに魔法が得意でも、ダイを背負ったままでたいした魔法が使えるわけがない。

 さらに言うのなら、ザボエラは戦いには全力で挑むクロコダインの気質も知っている。囮の敵を用意しておけば、まずはそちらを優先すると踏んだに違いない。

 その読みは見事に当たり、ザボエラはダイを殺そうととっておきの切り札を切る。

 近くにいたサタンパピー達に、『自分』に向かってメラゾーマを撃つように命じ、他人の魔法を自身の身に受けて集め、自分自身の魔法力を上乗せして放つ収束魔法マホプラウスを放っている。

 これほどの呪文を持ちながら、ザボエラはクロコダインに向けて切り札を使おうとはしていない。

 彼は戦うためではなく、目的を達成するために全力を注いでいる。
 戦いに敬意を払い、全力で敵に挑むことを優先するクロコダインが出し抜かれたのは、戦力ではなく戦いに対するこの姿勢の差だと考察する。

 

 

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