95 魔王軍の情勢(21) |
さて、ここで少し時を巻き戻すが、ザボエラがダイを発見したのとほぼ同時に、ハドラーの元にその報告が届けられている。 顔を見せないシルエットのみの姿だが、金属の身体を持つ魔族――ヒムの初登場だ。 まず、目につくのはハドラーの分身体だったフレイザードとの差だ。 玉座にいるハドラーは、ザボエラの行動に対して不満を漏らしている。 以前は魔王軍総攻撃を仕掛けてまでダイを抹殺しようとしていたし、自分の進軍先にダイがいなかったことにも、たいして拘りを見せなかった。ダイを倒しさえすれば、過程はどうでもいいと考えていたのである。 だが、今は違う。 一見乱暴に聞こえる命令だが、ザボエラへの配慮は十分に窺える。 そして、この命令を受けたヒムが、ハドラーの心理を深く読み取っているのが興味深い。 命令を受けとってすぐに氷海に向かったヒムは、ザボエラの放った大呪文マホプラウスを自分自身の身体で受け止め、ダイ達を庇っている。 この時、ダイは力を使い果たし、ダイを背負ったポップは後方にいたチウを気にして動かなかったのだから、そのままならザボエラがダイ打倒の金星を挙げるところだった。 魔王軍視点で言えば、そのまま放置しても問題の無い場面だ。少なくとも、バーンに忠誠を誓うミストバーンならば、手出しもせずに見守っていたことだろう。 だが、ヒムの言動にはハドラーの意志が反映されている。 ヒム「オレはハドラー様の忠実なる兵士(ポーン)……ヒム。 ザボエラに対して堂々と名乗りを上げたヒムは、彼の首をいきなりひっつかんでいる。文字通り、力尽くで連れ戻す気、満々だ。 ……普通、軍の命令ならばまずは勧告を送り、それに従わなければ実力行使、という順番で行動しそうなものだが、初っぱなから腕ずくである。 バランの配下の竜騎衆が魔王軍へではなく、バラン個人に忠誠を捧げていたように、ヒムの忠誠心もハドラーへと向けられているのだろう。 まあ、上の命令なしに軍隊を動かすのは明らかな軍規違反なので、その解釈で間違いは無いだろう。 そのせいもあってか、ヒムはザボエラに容赦が無い。 迎え撃つどころか、地を強く蹴って跳び上がり、その勢いのままに7匹のサタンパピーを殴り飛ばしている。ほぼ一撃で相手を無力化し、上空に居たクロコダインにニヤリと笑いかけるほどの余力があるのだから、その実力は圧倒的だ。 つかまっていたザボエラが火炎系呪文――おそらくはメラゾーマを放っているが、それも弾き返してしまい、全くの無傷である。逆に、ザボエラのみぞおちに強烈なパンチを打ち込んでいる。 余談だが、ヒムと密着していたザボエラも自分自身の魔法の余波をうけそうな距離にいるが、彼も無事だった。ザボエラの場合、他人から受けたメラゾーマにも耐えていたので、もしかすると呪文攻撃に特化した肉体を持っている可能性がある。……残念なことに、ザボエラが呪文攻撃を受けていたシーンが見当たらなかったため、立証はできないのだが。 それはさておき、ヒムは自己紹介や説明などをザボエラに対して言っているようでいて、ダイ達の存在も意識しているのは確かだ。 ハドラーの望みがダイにある以上、自分からダイ達に手出しをする気は無いが、自分がオリハルコン製の身体を持ち、魔法を跳ね返し、物理防御力も高く、無敵だと自慢げに語っている。 ただ、その際、全知全能のバーン様とオリハルコンの剣を持つハドラー様は例外だと語っていることに注目したい。 ヒムは強さという点では、バーンとハドラーを自分よりも上の存在として認めているのである。この点も、ハドラーや他の軍団長をを小馬鹿にしていたフレイザードとは違う点だ。 この時、ヒムはチウが持っている剣がオリハルコン製であることに気づいたのか、それを自在に使いこなせるヤツがいたらいい勝負になるかもと発言している。 まるでそれを待ち望んでいるかのような態度を見せるヒムに、クロコダインが思わずと言ったように口を挟んでいる。 この疑問を持つのは、クロコダインならではだろう。 しかし、ヒムは魔王軍の一員として振る舞っているし、ダイ達に共感した素振りなどまるでない。手こそ出さないものの、ダイ達が敵だという認識を持っている。 ヒムが望むのは、堂々とした戦いのみだ。 戦いに置いて、それらの情報は非常に大きなものなのだが、ヒムは隠し立ては嫌う性格なようだ。真っ向勝負が望みというだけあって、手の内を隠す気など皆無だ。 ハドラー様を失望させるなと高笑いしながら瞬間移動呪文で去って行くヒムは、驚くほど正々堂々とした戦士だ。 《おまけ・ハドラーは禁酒中?》 玉座に居るハドラーの近くに置いてあるサイドテーブルには、水差しとグラスが置かれている。柄が長いグラスはワイングラスっぽいが、その割には一緒に置かれているのはワインや酒瓶ではなく、どうみても水差しだ。 ワインに限らず酒類はアルコール分の蒸発や変質を抑えるため、極力注ぎ口を小さく作るのが普通なので、注ぎやすさを重視して口を大きく開ける形で作る水差し型に作るとは思えない。 似たような状況で、バーンは必ずと言っていいほどワイン(らしきもの)を嗜んでいるが、ハドラーはそうではないのである。
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