98 戦力強化2 (1)

 魔王軍との最終決戦を5日後に控え、勇者一行は残された時間を全て修行のために使っている。

 レオナや各国の王達が拠点や兵站などの準備を整えてくれるという信頼感あってこそ、彼らも自分達の能力を少しでも底上げしようと考えたのだろう。
 ここで面白いのが、彼らが一団となって訓練をするのではなく、各自が別々に修行している点だ。

 普通、軍隊などの訓練では連帯感を強め、総指揮者の命令遵守を叩き込むことを重点に置くが、ダイ達は合同訓練を積むよりも、個々の能力を高めた方が効率的だと考えたようだ。

 抜群のチームワークや連携力はすでに持っている勇者一行ならではの、自由な発想の訓練だ。

 実際、バラバラに散っていたメンバーは誰一人として訓練をサボることもなく、熱心に修行に当たっている。また、彼らはダイとヒュンケルを除いては基本的にパプニカから離れず、近場で修行をしている。

 ダイとヒュンケルに関しては、修行以前に武器の修理を目的としていたため、ランカークスに向かった。

 そこでロン・ベルクに事情を話し、武器の修理を依頼しているが……ここで彼の武器への拘り具合が思いっきり炸裂している

 元々、ロン・ベルクは『ダイの剣』の成果を知りたがっていた。
 その意味で言えば、ダイのこの報告で彼の望みを叶えたはずだったのだが、この成果はロン・ベルクにとって受け入れられないものだったようだ。

 まあ、それも無理はない。
 真魔剛竜剣を越える剣を作りたいと望んでいるロン・ベルクにとって、伝説の武器とは言え覇者の剣は明らかに格下に違いないのだから。名前すら覚えているかどうか、怪しいレベルである。

 それを聞いたロン・ベルクは、剣の修理の準備をジャンクに任せ、ダイとヒュンケルに直々に特訓を施している。ロン・ベルクにとって、ダイの剣こそが最高傑作であり、それ以上の物は生み出せないため、使い手の方をレベルアップさせるしかないという理屈である。

 剣と使い手の双方が力を合わせてこそ、最強を目指せると言い切ったロン・ベルクならではの発想だ。

 どうにも偏屈さと傲慢さの目立つ発言だが、それでいてこの言動にはロン・ベルクの隠れた優しさが秘められている。

 彼が最強剣に拘っているのは確かだし、そのことがダイ達に力を貸すきっかけになったのも事実だろう。しかし、ダイの剣の成果がロン・ベルクの気にそぐわないものなら、そこで切り捨てればよかっただけの話だ。

 少し先走った考察になるが、ロン・ベルクは大魔王バーンに武器を奏上した際、選んだ武具やその評価が自分の意思にそぐわなかったという理由で、彼の元を離れた。

 それを考えれば、ロン・ベルクがこの時点でダイ達を見限ってもおかしくは無かった。

 また、実際に最強剣と最強の使い手のみに執心するのであれば、負けたダイではなく勝者となったハドラーを選ぶのも、選択肢の一つになる。

 確執があるとは言えバーンと顔見知りであるロン・ベルクなら、最強の剣を作るための手段としてバーンに材料を提供してもらい、ハドラーに合わせた彼の剣を作ることも可能だったはず。

 純粋に剣と使い手の最強の姿を追求するのであれば、それも一つの道だった。

 だが、この時点では口にはしていないが、ロン・ベルクは明らかにバーンに対する以上に、ダイ達へ肩入れし、彼らの成長力に期待をしている。

 しかし純粋にダイ達を見込んでと言うよりも、ジャンクという人間の友人が出来たことで人間側に手を貸した、と言うべきかもしれない。

 元々、息子の友達という理由でジャンクからダイの剣作りを頼まれたロン・ベルクにとって、ジャンクという存在はかなり大きいようだ。ダイ達が剣の修理を依頼する時、本来なら部外者であるはずのジャンクとスティーヌもその場に同席しているのが何よりの証拠だ。

 この後、ロン・ベルクはギリギリまでダイ達の特訓に付き合い、剣の補修も完了させている。その上、ダイ達がパプニカに戻る際、一緒について行っているのだから、鍛冶職人として以上の協力していると言える。

 この時の特訓は、ダイにとってもヒュンケルにとっても有意義だったはずだ。

 ダイはアバンから3日しか剣を習ってはいなかったし、ヒュンケルにしても槍は手にしたばかりで、これまでの敵との対戦知識と、アバンの書というマニュアル本に頼った独学にすぎなかった。

 二人とも実戦で腕を磨いてきたとは言え、自分以上の実力を持つ者から手ほどきを受けることは、どんな武芸やスポーツであっても上達への近道となる。
 独学だとどうしても我流の手癖がつきやすくなるため、時折、自分よりも腕の立つ相手に教えを受けるのは有益だ。

 わずか5日間とは言え、師の存在を失って久しい二人にとっては、非常に有意義な特訓だったに違いない。

 そして、ダイとヒュンケルとは真逆の方針をとったのが、マァムだ。
 彼女は修行期間、師に教えを授かりに行くのではなく、自主訓練に明け暮れる道を選んでいる。

 滝壺で打ち込みで拳の破壊力を、さらに散らばる水滴を打ち続けることで拳の速度を上げ、さらには崖上から落下する岩を相手に組み手の稽古と、なかなかにバラエティーに富んではいる。
 要は、彼女の特訓はこれまで受けたであろう訓練の復習にあたる行為だ。

 これはこれで、なかなかいい選択肢だ。
 勉強を実際にやれば分かるが、予習、実習、復習の中でもっとも成績を上げる鍵となるのが、復習だ。何度も繰り返して身に染みこませることで、真に体得し、自身の力となる。

 短期間で新しい技を求めるよりも、よっぽど堅実な選択肢であり、真面目な彼女らしい特訓方法と言える。

 だが……敢えて不満を言うのならば、見て分かる通り、彼女の特訓には対人戦は一つも無い。
 一人で行える訓練ばかりなのである。

 これは、長年、一人で村を守り続けていたマァムならではの自主性と、彼女の素直さに原因がありそうだ。

 マァムはダイやポップのようにルーラが使えないとはいえ、彼らのどちらもが特訓のためにブロキーナ老師のところに行きたいと言えば、喜んで力を貸してくれたことだろう。

 が、マァムは自主練を選んでいる。
 と言うよりも、マァムにとってはそれが普通の感覚だったのだろう。彼女は昔、アバンに卒業の証をもらって以来、自主練のみで自分を鍛え、成長してきた。

 そんな成長をしてきたマァムにとって、卒業しても師に頼るという発想自体が無かったに違いない。

 ブロキーナからも『もうおまえに教えることはない』と言われていることもあるし、老師の修行を終えてから20日あまりしか経っていないこともあり、余計にわざわざ行く必要がないと思ったのかもしれない。

 だが、ここで師に頼るのも悪くない手だったではないかと思えてならない。元々、ブロキーナ老師はマァムやチウを心配して武術大会に参加するぐらい、弟子に気を配る性格の持ち主だ。

 ブロキーナは、まだマァムには伝授していない技も会得している。
 愛弟子のさらなる修行のためになら快く協力してくれただろうし、彼から戦いの心得を聞くこともきっと助けになっただろう。

 それを思えば、『もう教えることはない』との言葉を素直に受け止めすぎてしまったという、本来なら美点のはずの彼女の素直さがマイナスに働いてしまった気がしてならない。


 

 

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