『レオナの初風呂体験記! 1』
  
 

「サウナ? 北の方の国ではそんなお風呂があるんですか?」

 と、不思議そうに聞き返したレオナに対して、フローラは微笑みながら頷いた。

「ええ。カールの一部ではね」

 北方では熱した石に水をかけて水蒸気を上げさせ、その熱気と蒸気による蒸し風呂と言う物が存在するのだと、フローラは説明した。
 直接お湯に浸かるのではなく、熱気によって汗をかくまでサウナの中でじっと我慢し、後で外の湖へと飛び込んで身体を冷やすのだという。

 パプニカや多くの地域で好まれるものとは全く違う形式の風呂に、レオナだけでなくマリンやエイミも戸惑い気味だった。

「それは……、なんだか、風邪を引いてしまいそうですね。それに、苦しそうだし……」

 控えめながらも、マリンが思わず否定的な意見を言うのも無理はない。
 パプニカでは、湯量のたっぷりとした湯船に浸かるという形式の風呂が好まれる。活火山の多いホルキア大陸では温泉が豊富なため、宿屋などでは温泉を利用した風呂を設えた所も珍しくもない。

 お湯を使わずに湖などで水浴するにとどまるのは、よほど生活の苦しい庶民だけだ。上流階級に属する上に、他国を旅した経験のない若い女性達がそんな反応を示すのは、年嵩のフローラにはお見通しだったようだ。世慣れた世間知を供えた女王は、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「フフ、パプニカ育ちのあなた達がそう思うのも無理はないわね。でもね、このお風呂はね、お肌にいい上にびっくりするぐらいに痩せるのよ」

「「「なんですって!?」」」

 途端にその場にいた女性達の声が揃い、一気に乗り気になる。さっきまでは明らかに暇つぶしの話題の一つとして話していただけなのに、今や誰もが活き活きと目を輝かせ、身を乗り出さんばかりだった。

「そ、それって本当なんですか!?」

「ええ、本当よ。だからカールでは、シーズンになったら女性達はこぞってサウナを楽しむの。肌も艶やかになるし、ダイエットにもなるし一石二鳥だものね。おかげで、カール王国の女性は老けるのを知らないとまで言われたりするのよ――なんてね」

 冗談めかせてそう言ったフローラに、深い思惑はなかった。
 他国の人間にはいささか珍しく映るであろう、自国の風習を話題にしただけにすぎない。だが、女性陣の目は思わずフローラに注がれてしまう。

 30代半ば……言っては悪いが、世間一般から言えば薹が立った年齢で嫁ぎながら子宝に恵まれたフローラは、とてもその年齢には見えない。肌の色艶から言うのならば、20代半ばと言っても通用するであろう美貌は、未だに健在だ。

 年相応の落ち着きと色香を備えながら、目を見張るばかりの若さも持ち得たフローラは、女性の目線から見ても理想的な美女と言える。
 実年齢よりもグッと若く見える若さを保つことのできる美容法――それに全く興味を持たない女性と言うのも、少数派だろう。

 年齢的には若さのまっただ中にいるはずのレオナやエイミ、マリンにとっても、その話は衝撃的だった。

 そして、女性は当然のようにダイエットには興味津々になるものだ。他人の目からは標準以上にスマートな体型を持っている女性であっても、当人が自分のスタイルに満足しているとは言いきれない。むしろ、痩せ気味の女性こそ自分のスタイルを必要以上に気にして、拘りを持つ物だったりするものだ。

「フ、フローラ様、そのお話をもっと詳しく――っ」

 格段に熱のこもった勢いでそう口を開きかけたレオナだったが、そこに無情なノックの音が聞こえてきた。

「ご歓談中、失礼致します。お待たせして誠に申しわけありませんでした、ただ今歓迎の儀の用意が調いましたので、どうぞバルコニーへお越しくださいませ」

 一分の隙も無い執事服を着た侍従の言葉に、レオナは顔が微妙に引きつるのを感じる。ついさっきまでは待っていた言葉のはずだったが、よりによってこのタイミングで聞くのは全くもって嬉しくない。

 さすがに一国の王女として己の感情をそのまま顔に出しはしないが、もしできるのなら舌打ちでもしたい気分だった。

(全く空気が読めないわねっ、今、大事な話の真っ最中だったのにっ)

 一瞬、そう怒鳴り散らしたい衝動に襲われたが、レオナは持ち前の自制心でそれをぐっと堪える。

 レオナを初めとした三賢者の二人は、なにもフローラの元に遊びに来たわけではない。パプニカ王国の代表として、カール王国への親善大使として友好を深めるために訪れたのである。

 歓迎式典やパレード、晩餐会などの予定が目白押しであり、ほとんど休む間もないぐらいだが、どんなに綿密に予定を組んだとしても予定外の出来事というのは発生するものだ。

 生憎の悪天候でパレードの手際が狂い、ぽっかりと空き時間が発生したのはある意味でラッキーなハプニングだった。

 本格的に休憩を取れるほどの時間はないが、女同士で世間話を楽しむには十分すぎる時間だった。フローラが気を遣ってくれたおかげで、暇を感じることもなく楽しく過ごせたのは間違いない。その時間がもっと続いて欲しいとは思うが、贅沢を言っても始まらない。

 今聞いた話に大いに心を残しながらも、レオナを初めとした女性陣は内心はしぶしぶと、だが表面上は非の打ち所のない笑みを浮かべてバルコニーへと向かった――。







「さうな……ですか。申しわけありませんが、私は寡聞にして聞いたこともないのですが」

 と、少し困ったような顔でそう言ったのは、三賢者のアポロだった。そんな彼の傍らで、バダックも自慢の髭を捻りながら答える。

「うむ、ワシは大昔にちらりと聞いたことがあるような気がするが……詳しいことまでは覚えておらんわい」

 二人のその返事を聞いて、レオナはもちろん、エイミやマリンもがっかりとした表情を隠せなかった。
 カールから戻ってくるなり、行動力に溢れたレオナは『サウナ』を用意させようと考えた。

 城の保全に関しては、アポロが全責任を負っている。
 日常的な城の管理の総括はもちろんのこと、大がかりな模様替えだの新しい設備を建築するためび改造が必要な場合は、彼が手配するのが通例だ。

 また、手先が器用なバダックはちょっとした細工や簡単な大工仕事を得意とする。この二人がサウナについて知っているのなら、早速用意させようと意気込んだのだが、残念ながら彼女達の期待は大きく空振ったようだ。

「もちろん姫様がお望みでしたら、カール王国より職人を呼び寄せます。えーと、少しばかり時間はかかるかもしれませんが――」

 手にした書類の端に何かを書き込もうとし始めたアポロを見て、レオナは慌てて止めに入った。

「ああ、いいのよ、そこまでしなくとも。ただ、少し興味が湧いただけなんだから」

 国政に実際に関わっているレオナは、パプニカの経済状態について誰よりも詳しく知っている。

 まだまだ復興途中であるパプニカの国庫は、決して豊かとは言えない。それだけに、単にレオナの個人的な興味やわがままに余計な予算を割く余裕などまだないことなど分かりきっている。

 外部の目に触れるドレスや装飾品などになら、多少の見栄を張ってでも予算を獲得する価値はあるが、内風呂の整備などしたところで他人様には分かりはしない。

 多少の改造程度で済むなら試したかったが、そんなことのために他国から職人を呼ぶ程の予算はない。優先すべきお金の使い道は、いくらでもあるのだから。

「その話はもういいわ。それより、アポロ、この前の補助金の話なのだけど――」

 内心の失望を綺麗に笑顔で覆い隠し、レオナはさらりとパプニカ王女の仮面をかぶり直した。

 美容に興味津々のうら若き乙女としては少々残念ではあるが、いつか世情が落ち着いてからならサウナに入る機会もあるだろうと自分を慰め、計画をそっと無期延期にする。
 ――が、思わぬ所から、思いがけない情報がもたらされることになった。
 






「サウナ? あー、そういやアバン先生と前に入ったことがあったっけなぁ。まだ、先生の弟子になって旅していた頃だったけどさ」

 うんざりしたような顔で書類に何やら書き込んでいたポップの返事は、非常に気のないものだった。好き嫌いのはっきりしているポップは、自分にとって興味のある話題かそうでないかで相槌に熱心さが全く違ってくるタイプだ。

 サウナの話題は、どうやらポップにとってはほとんど関心のないものらしい。上の空と言っても良い様な対応だったが、それを聞いた途端、レオナは食い気味に身を乗り出した。

「それ、ホントなのっ、ポップ君!?」

「ああ、ホントだけど?
 でも、あのサウナってどうもおれは好きになれなかったけどよ。なんて言ってもあちいし、薄暗くて狭っ苦しいところでじっとしているのも退屈だしさー」

 気がないというよりも、ほとんど貶すような口調ではあったが、レオナにとってポップの感想はどうでもよかった。問題なのは、レオナが喉から手が出るほどに欲した情報……サウナを実際に知っているという一点である。
 だが、少しばかりの疑問はあった。

「……でも、サウナって設置や管理が大変だったりするんじゃないのかしら? サウナのあるような旅館って、そんなに多くあるものなの?」

 焦る気持ちを抑えながら、レオナは慎重に言葉を選ぶ。
 失礼を承知で言ってしまうのなら、ポップは一般人だ。

 少なくとも、アバンと旅をしていた頃のポップはどこにでもいるような村の少年に過ぎなかったはずだ。アバンも身分を隠して旅をしていたと言うのだから、そうそう贅沢な旅行をしていたとは思えない。

 ――が、露骨にそう聞いてしまうのはさすがにどうかと思って曖昧に言葉を濁したのだが、頭のキレがいい大魔道士は質問の影に伏せて置いた疑問もちゃんとすくい取ってくれた。

「ああ、姫さんはパプニカ風の大浴場みたいなのを想像してんだろ? でもさ、カール風のサウナってのはそんな大層なモンじゃないって。
 そりゃあ旅館にあるようなサウナなら別だろうけど、基本的に一般家庭にもよくあるシロモンなんだぜ。入る気になりゃ、すぐに支度できるって。実際、おれが入ったのも先生が用意してくれたヤツだったし」

 それを聞いた途端、レオナは勢いよく立ち上がっていた。勢いがつきすぎて座っていた椅子が派手な音を立ててすっころんだが、そんなのは知ったことじゃない。

「それでっ、ポップ君はそのサウナの作り方を知っているの? 知っているなら、教えてちょうだい、今すぐにっ!!」

「ひ、姫さん、なんでそんなマジなんだよ……?」

 レオナの勢いに推されたのか、ポップがどん引き気味に後ずさるがそれを逃す獅子王女ではない。匙よりも重いものなど持ったことがないわと言わんばかりのか細い手が、ネズミを狩る猫の素早さで閃いた。

「ひっ!?」

 世界を救った英雄の一人とも思えないような情けない悲鳴が上がるが、そんなのもレオナの知ったことじゃない。たおやかな手が、ちゃっかり逃げだそうとした大魔道士の襟首をがしっと掴む。

「いいから、答えて……!
 教えてくれるの――くれないの?」 

 二者択一を迫っているように見せかけて、一つの答えしか許さないとばかりに迫ってくるレオナの目力は、正直裸足で逃げ出してしまい程の迫力だったと後にポップは語っている。

 相手の喉首を締め上げんばかりに――と言うか、実際にポップの襟を引っ掴んで責め立てる王女に対して、ポップは首を縦に振るしかできなかった。承諾の意思を見せたポップを見て、初めてレオナは晴れやかな笑顔を見せる。

「そう、それは嬉しいわ。じゃあ、できるだけ早くお願いね」                   《続く》 

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