『勇者の帰還 6』 |
「ポップったら、こんな時なのにどこに行っちゃったのかしらね? 誰か、見なかった?」 ごく当たり前のようにそんな質問をするマァムは、まだ、なにも気がついてはいなかった。それはどこまでも幸せな話だし、その場にいた半数ぐらいの者も同じようなものだったのだろう。 「さぁ、ボクはあの未熟者の姿なぞ見ていませんが。また、ルーラでへばってどこかで休んでいるかサボっているんじゃないですか? まあ、どこかで見かけたらボクからも叱っておいてやりますよ!」 などと、的外れにも程のあることを言ってのけて元気よく部屋を飛び出していった大ネズミなど、勘の鈍い者はある意味幸せだった。 普段ならマァムとチウのやり取りは微笑ましいものだったが、その時のヒュンケルはまさに凍りつくような思いを味わった。あと少しで渡りきれると思っていたボロボロの吊り橋が、危険な程に軋みを立て始めたのが聞こえるかのようだった。 マァムの爆弾発言をきっかけに、一部の人間にはポップの不在を聞いただけですぐに思い当たることがあったに違いない。 「…………」 それまでダイのことだけに集中しきっていたレオナは、ようやく周囲へと目を向ける余裕が生まれたらしい。涙すら滲んでいた目元を素早く拭うと、彼女は探る視線を周囲へと向ける。 その目には、いつもの怜悧さが戻っていた。 その時には、部屋の中に勇者一行の全員がいたわけではなかった。ダイの無事を確認した後、情報を他に知らせなければと部屋を出て行った者も少なくはない。ノヴァやクロコダイン、エイミなど、他国への移動手段を持つ者などは先を争うように部屋を出て行った。 最後まで部屋に残っていたのは、眠ったままのダイ。 レオナの眼力は確かで、全員を一通り見た後で、アバンとマトリフの二人に視線を彷徨わせる。 なのに、全く怯んだ様子も見せないアバンやマトリフの図太さはたいしたものだが、ヒュンケルにはそれ程の胆力はない。年齢離れした人間観察力を誇るレオナに見据えられた時には、正直、悩んだ。 理性では、その方がいいとは分かっている。ここまで話が進んでは、もう誤魔化しきれるはずもない。 弟弟子との約束か、それとも敬愛すべき王女への義理か――心の中の天秤が激しく揺らぐ。 「そうね、あたしもポップ君がいつからいなくなったか、分からないわ。でも、あなたなら知っているんじゃなくて? ねえ、メルル」 朗らかなその声に釣られるように、その場にいた全員の視線が占い師の少女へと向けられた。 「わ……私は……っ、わたし……」 すでにメルルは、可哀想なぐらいに真っ青だった。小刻みに震えているその姿は、私は秘密を知っていると自白しているようなものだ。 だが、レオナは毅然とした表情のまま、静かにメルルに問いかける。その目は、既に確信している者だけが持つ気迫に満ちていた。 「あなたは知っているんでしょう? お願いよ。メルル、教えてちょうだい……!」 重ねてのその言葉こそが、決定打となったのか。メルルは今にも泣き出しそうな顔で、陥落した。 「……姫様、申しわけありませんが、私はポップさんがいつからいなくなったのか、分かりません。ですけど……彼が今、どうなっているかはだいたい分かります。 最後は消え入りそうな声でそう白状するメルルに、ヒュンケルは心から同情した。 その上、メルルは感知能力に長けている。本来ならば知り得るはずもない情報を、遠方にいながら知ることができる。戦いの中では何度となく助けられた能力ではあるが、今はその能力が彼女の負担になっているのは間違いないだろう。 聞くだけでショックを受ける情報をいち早く知り、なのに誰にも言えずに抱え込んでいたに違いない彼女の苦悩を思うと、もう黙ってなどいられなかった。 「――その娘の言う通りだ。ポップは今……深い眠りに落ちている。あいつをここに運んだのは、オレだ……ポップは幽閉室にいる」 そう告げた途端、弾かれたように走り出したのはマァムだった。 「マァムッ!?」 レオナが彼女を呼び止めようとしたが、とてもとめられるような勢いではなかった。それに、走り出したのは彼女だけではなかった。部屋に残っていてポップの現状を知った者達は、残らずマァムの後を追って走り出した。 その後の光景は、ヒュンケルにとっては思い出したくもない悪夢の再現だった。 身動き一つしない眠りに落ちたポップの回りに仲間達が集まる。悲痛な声でポップに呼びかける者、辛そうにポップを見つめる者……反応は人によって様々だが、誰も彼を起こせないのには変わりはない。 先程まではあれ程、勇者の帰還に喜んでいた仲間達の落ち込みは見ていて心が痛む。 「……ダイに、なんて言えばいいのかしら……」 途方にくれたように呟いたマァムの言葉は、誰かに話すための言葉ではなかっただろう。だが、他意のない独り言だからこそ、ヒュンケルの胸も深く抉る。 「とにかく、ダイが目を覚ましたらこのことを教えてあげないと――ああ、そうだわ」 何かを思いついたように、マァムが顔を上げる。 「ダイをここに連れてきたらどうかしら? このベッドは広いし、ダイとポップが並んで眠らせてあげられるんじゃないかしら」 マァムがそう言い出したのには驚いたが、それは十分に納得できる思いつきではあった。 大戦中も、ダイとポップは一つのベッドで眠ることが多かった。それは戦時中で部屋数やらベッドの数が足りないせいでもあったが、並んで眠っている彼等は見るからに微笑ましくて、一行にとってはなごむ光景だった。 「……ええ、それもいいかもしれませんね」 静かに、アバンが首肯する。 それに――それはダイやポップに対しての思いやりでもある。 「え……? でも、おれが起きた時、ポップの側じゃなかったよ?」 つい、ダイはそう口を出していた。 だからつい聞いてしまったにすぎないが、これまでダイのどんな質問にも答えてくれたヒュンケルは、そこで初めて口ごもった。 「いや、それは……」 よほど言いにくいことでもあるのか、言いよどむヒュンケルに凜とした声がかけられる。 「待って、ヒュンケル。そこからは、あたしが説明するわ」
きょとんとした表情で自分を見返すダイに、レオナの心の奥がちくりと痛む。無邪気に自分を見つめるこの目が、これから話す説明を聞いた後には侮蔑や嫌悪のものに変わるかも知れないと思うと、怯みそうになる。 「ええ、そうよ、ダイ君。あたしから話すわ」 いつもに比べれば曇りのある表情ながら、それでもレオナは多少の無理をしながらも普段通りの口調で宣言した。 ヒュンケルはああ見えて、なかなかのフェミニストだ。戦いの中でも女性を尊重していたこの戦士は、平和になった今、その傾向にますます拍車がかかった。女性の失敗を口にするのは男らしくないと考えているのか、明らかに女性に非があったとしても、非難がましいことを言ったりはしない性格だ。 そして、レオナは自分自身の犯した罪の深さも、自覚している。告白するのに、迷いはなかった。
あの時も、レオナはそう叫んだ。 「その前に、マトリフ師にお尋ねしたいことがあります。ポップ君の昏睡の限度期間は、どれぐらいでしょうか?」 努めて冷静さを保ちながら、レオナはいかに自分が非道な質問を口にしているか理解していた。 マトリフにとって、ポップは手塩にかけた愛弟子だ。それを知っていながら、こんな酷な質問の答えを求める自分に、レオナは軽く嫌悪を感じる。 ダイが行方不明になった直後にも、ポップは数日間の昏睡に陥ったことがある。その際、ポップの体力や限界を冷静に見極めたのがマトリフだった。そして今回もこの老魔道士は、情に流されることなく淡々と回答する。 「そうだな……せいぜい持って丸五日ってところか。ただし、これは発熱しなければの話だ。前も説明したと思うが、昏睡状態で発熱し始めたのならそいつの寿命はさらに縮まる」 「……前は、一週間以内ならば平気だと言っていなかったか?」 口調こそ物静かだったが、ラーハルトの目つきは敵を目前にした戦士のそれだった。ほんの少しの嘘やごまかしも受け付けないとばかりに、咎める視線をマトリフに向ける。 「ああ、あの時にはそう言ったさ。若くて体力のある奴なら、それぐらいは持つ。だがよ……今のこいつの体力があの頃と同じだと、本気で思っているのか?」 皮肉めかしたマトリフの言葉に、部屋の中に沈黙が落ちる。 それだけに、誰もマトリフに反論などできない。 「――なら、四日目までは時間をちょうだい」 「レオナ? それ、どういう意味なの?」 当惑したようにそう問いかけていたのはマァムだったが、疑問を感じたのは他の連中も同じだったのだろう。全員の視線を感じながら、レオナは極力平静を保ちながら言った。 「ポップ君が目覚めないまま四日が過ぎるか、それとも発熱し始めるか……それまでの間、ダイ君にはこのことを伏せておいて欲しいの」 人はあまり突拍子も無いことを言われると、驚きが強すぎて咄嗟に対応できないことが、ままある。 呆気にとられたような顔、信じられないとばかりに自分を見る顔など、反応は人によって様々だったが、レオナは敢えて彼等から視線をずらして己の忠臣に命じる。 「アポロ、悪いけれどこれから、勇者帰還祝いのためのスケジュールを組んでくれるかしら? ただし、予定がどう変わっても問題がないように、臨機応変なゆとりを持たせて欲しいの。 「姫様、それはいくらなんでも……」 抗議と言うにはあまりにもか細いその声を掻き消す勢いで、喧嘩腰に声をかけてきたのはラーハルトだった。 「貴様……ダイ様を騙すつもりなのか?」 王女に対して不遜すぎる態度だったが、レオナにとってはその剥き出しの敵意がかえって心地よかった。それがダイを案じているからこその敵意だと分かっているからこそ、反感も起きない。 「騙すなんて、そんなつもりはないけれど、そう言いたければお好きにどうぞ。あたしはただ、ダイ君に束の間でも平和を味わって欲しいだけよ」 落ち着き払った口調で、レオナは自分の望みを口にする。 「ダイ君は地上を救ってくれた勇者なのよ? なのに、今までそれを実感することもないままだった……。ううん、それどころかこんな姿になってまで……」 眠っているダイの姿は、ボロボロだった。 「あなたも知っているでしょう、ラーハルト。 そして、それはレオナの望みでもあった。 地上に戻ってきてよかったと、ダイに思って欲しい――それがポップとレオナの共通の望みだった。それが痛いほどよく分かるからこそ、レオナはここで引く気などなかった。 「ダイ君を騙すことになっても、構わない。あたしは……ポップ君の意思を尊重するわ」 たとえ、そのせいで後々、ダイや仲間達から非難され、恨みを買うことになるとしても。 ポップが目覚めると分かっているのなら、マァムの提案通りにしてもいい。 もし、ダイが目覚めてすぐにポップの昏睡を知ってしまったのなら、地上に戻った喜びもなにもかも、一瞬で消し飛ばされてしまうだろう。ダイとポップの間には、それだけの絆が存在するのだから。 だが、それはレオナはもちろん、ポップ本人も望むまい。 「五日目の朝が来たら……いえ、その前にポップ君が発熱したのなら、その時はあたしから本当のことをダイ君に教えるわ。 レオナのその言葉に、もう誰も反対はしなかった。 ダイは、よく眠っていた。 ついさっきまでは、弾むような思いでダイの目覚めを待っていたのと同じ場所に座り、レオナは正反対のことを祈る。 「ダイ君……お願い、まだ目を覚まさないで……!」 ついさっき、一刻も早い目覚めを祈ったのと同じ強さで、レオナはそう望まずにはいられなかった――。 「ごめんなさい、ダイ君……! どんなに謝っても、許されることなんかじゃないけれど……」 レオナがそう話を締めくくるまで、ダイは何も言わずに黙って聞いていた。 「レオナ、謝らなくていいよ。っていうか、謝らないで」 気丈にしようと気を張っているレオナが、辛い思いをしているのは明らかだ。だが、そんなのはダイには全然嬉しくない。それに、会わなくてもはっきりと分かる。 「ポップだって、レオナに謝って欲しいなんて思わないよ、きっと」 そう――ポップは、最初から承知していた。 バランとの戦いの中で、命と引き換えに自爆呪文を唱えた時と同じように覚悟は出来ていたはずだ。魔界で会った時に、すでにダイはその可能性は察していた。 ポップのためを思うのなら、無理矢理にでも追い返した方がいいと分かっていたのに、そうはできなかった。 ポップが、あまりにもポップのままだったから。 少し、目を閉じてから、ダイは間違えないように指を折って数えてみる。 このままでも、レオナは明日の朝には真相を打ち明けてくれただろうし、ダイがここにいようがいまいが結果は変わらないのは知っている。 「レオナ。おれ……、ここでポップが起きるのを待ちたいんだ」 昏睡状態の人間に対して、できる手当などない。 後は昏睡に陥った魔法使いが、自力で回復して目覚めるを待つしかない。 ポップがちゃんと目を覚ますまで、心配で心配で側を離れるなんてできなかったし、眠るのさえ怖かった。いつポップが目を覚ましてもすぐに分かるように、いつだって一番近くで待っていた。 「ええ、ダイ君。そうしてあげて」 「……そうだな。その方が、ポップも喜ぶだろう」 レオナだけでなく、ヒュンケルも即座に頷いてくれた。それにホッとした後で、ダイはやっと気がついたことがあった。 よくよく見れば、ヒュンケルはずいぶんと疲れている様子だ。本当に今更ながら、ダイはヒュンケルの顔色の悪さに気がついた。ぎらつく目の光の強さとは裏腹に、その目の下のクマがはっきりと見える。 「ヒュンケル、もしかして……ずっとポップに付き添ってたの? あんまり寝てないんじゃないの?」 ダイの問いかけに、ヒュンケルは頷きはしなかったがその代わりに苦笑を返す。 「……こいつは、すぐに起きると言ったからな」 言い訳のようにそう言うヒュンケルの気持ちが、ダイにはよく分かる。 そうそうすぐには目を覚まさないと分かっていても、ずっと側についていたくなる気持ちも理解できる。 「だが、オレはもうお役御免だな。後はおまえに任せるぞ、ダイ」 「……うん!」 こっくりと、ダイは大きく頷く。 「おれ……ポップに、言いたいことがあるんだ」 「――奇遇ね、あたしもよ」 レオナの顔に、小さく微笑みが浮かぶ。それはいつもより弱々しく見えたが、それでもレオナはポップに向き直り、いつもの気丈さを発揮して冗談めかせて言ってのけた。 「っていうか、ポップ君ってば全然分かってないんだから! いっつも無茶ばかりして心配をかけまくって……っ、目を覚ましたらうんと言ってやりたいことがあるわ!」 そこまで言ってから、レオナはしばらく返事を待つようにポップを見やる。当然のように反応はなかったが、それでも少し間を置いてから、レオナはダイを振り返っていった。 「……でも、今は譲ってあげる。じゃあ、後はお願いね、ダイ君」
レオナもヒュンケルも立ち去り、静かになった部屋の中でダイはそっとポップに呼びかける。 「おれ、じいちゃんに会えたよ。マァムやみんなもそうだけど、ロモスの王様とか、テランの王様とかにも会ったし、バダックさんとかアポロさんとか。あ、マリンさんとかエイミさんにも会ったし、いっぱいいろんな人に会ったよ。 指を折って数えようとしても、数え切れないぐらい沢山の人達が、ダイの帰還を祝福してくれた。みんなが口を揃えて祝ってくれた。 だが――ポップだけが、いなかった。 「変なの……帰ってこられたのはおまえのおかげなのにね、ポップ」 みんなはダイを褒めてくれたけれど、本当に褒められるのはポップの方だ。帰る方法を見つけてくれたのも、躊躇うダイの背中を押してくれたのも、冥竜王ヴェルザーを説得してくれたのも、全部ポップだった。 言いながら、ダイはポップの手を握りしめる。いつもは手袋に包まれているはずの手だが、今は素手のままだ。なのに、体温の暖かみではなく冷たさを強く感じてしまう。 それが恐ろしくて、たまらない。 「……ポップ……っ!!」 じわりと目頭が熱くなってから、自分が泣いているのに気がつく。頬に涙が流れる感覚を、ダイはとっくの昔に忘れていた。泣くことさえ出来なくなったと魔界でおののいた記憶も、既に霞んでいる。前に泣いた時のことなんて、もう覚えてもいない。 だが、今は涙を止められなかった。嗚咽が、勝手に喉を突いて出る。もう、あれから二年も経つのに、あの時のように子供に戻ってしまったようにダイは泣いていた。 「……ップ、…なら……やだっ、……えぐっ、う、…!!」 ポップがいないなんて、嫌だ。 ポップがいなくなるぐらいなら、ダイは地上に戻ってくる気はなかった。 ポップがいないのなら、地上も魔界も同じことだ。 「う……そ、つき……っ、いっしょ、に帰るって……っ言った…じゃ、ないか、ポップ……ッ」 「…………だ……れが、嘘、つき……だって……」 不意に耳に飛び込んで来たのは、弱々しい、だが不満げな声だった。ハッとしたダイは、焦って視界を歪ませる涙をゴシゴシと拭う。強く擦りすぎて目尻が痛くなったが、そんなのを気にする余裕はない。 「ダ……イか?」 疑うように、ポップが問う。 「う、うん……」 「マジで、ダイか? マァムとかじゃ…ねえよな……?」 「違うよ、おれだよ」 いくらなんでも、ダイとマァムでは違い過ぎる。見間違うはずもないのにと不思議に思いながらも強く否定すると、ポップは目を閉じてなぜかため息をつく。 「……マァム、かと思った……」 そう聞いて、ダイはぼんやりと思う。 (まだ、おれはマァムの次なのかなぁ) それはちょっぴり残念な気もしたが、不満などない。それどころか、ついさっきまでの不安や苦しさが一気に消えて、わくわくするような嬉しさが込み上げてくる。 意識が戻ったのなら、昏睡はもう心配がない。 「なら、ちょっと待っててよ、ポップ! すぐにマァムを連れてくるから!!」 マァムがどこにいるかは分からないが、彼女もしばらくはパプニカにいると言っていたし、探せば見つかるだろう。それにマァムもポップを心配しているに決まっているし、連れてくればポップだけでなくマァムも喜ぶに違いない。 「……って……!」 「え? なに、ポップ?」 意識は戻ってもすぐに大きな声は出せないのか、ポップの声はボソボソとしていて聞こえにくい。なので、一度ダイはポップのベッドの側に戻る。ちょいちょいと指で招かれるまま顔を近づけると、ポップは小さな声で呟いた。 「そのまま、動くなよ……」 「? うん」 「いたっ!? 何すんだよ、ポップ!?」 痛いと言うよりはびっくりしてそう言うダイに、ポップは口端をちょっとだけ上げる。どうやら、笑ったつもりらしい。 「おれは……嘘つきじゃねーから、言った通りにしたんだよ……。覚えてねえのかよ、殴るっつったろ……」 言われてから、ダイはようやく思い出す。 『会えたら絶対に一発ぶん殴ってやるって決めてたけど、二、三発追加してやろうかな、まったく』 魔界で聞いた、軽口めいた言葉。 (……でも、今のじゃポップの手の方が痛くなったんじゃないのかな?) むしろ、ポップの手を心配してしまったが、ポップはまだ物足りないらしい。眠そうに目を瞬かせながら、また、指でダイを招く。 「……逃げんな……、起きたら、追加分殴るから……、ここにいろよ……」 殴るから逃げるな、なんて言われれば世間の人は100人中99人は逃げるだろうが、ダイは逃げなかった。 「うんっ」 むしろ嬉しそうに返事をし、ふと思いついたようにベッドへと潜り込んでポップの隣に並ぶ。ポップはなぜか嫌そうな顔をしたが、文句を言う様子もなかったので遠慮なく抱きつく。 まだ体温は低めのようだが、わずかに身じろぎするその動きに安堵する。もう、ポップが眠ったまま目覚めないかも知れないと不安を感じなくていい。 ちらりと、レオナ達が心配しているだろうからこのことを教えてあげたいなと思ったが、思いがけずポップもダイを抱き返してきたのに驚いて、そんなことはコロッと忘れてしまう。 「……言い忘れてたけどよ、お帰り、ダイ……。よく、帰ってきたな……」 すぐ耳元で囁かれたせいで、ダイにはその時のポップがどんな顔をしているのか、見えなかった。 大観衆に帰還を祝ってもらった時以上の感動を味わいながら、ダイもポップにしっかと抱きついて言いたくてたまらなかった言葉を口にした。 「ありがとう、ポップ。――ただいま!」
《後書き》 魔界編の最終話に当たる話となる勇者の帰還です♪ 読んでもらえれば分かると思いますが、これは『夜明け前』と対を為すお話になっていたりします。 でも、書きたかった話をちゃんと書き上げて満足です! |