『大魔道士と四人の旅 3』
  

「……なあ、オレら、いつまでこんなことやってなきゃならんわけ?」

 不満たらたらにぼやきながら、ヒムは意外なぐらい丁寧な手付きで目についた貝殻をつまみ上げる。

 それは、角のような突起があちこちから突き出した巻き貝の殻だった。女性の掌からはみ出てしまうような大きさの貝殻は、一般目線では十分に大きめと言えそうだ。

 だが、金属製で並の成人男性を上回るヒムの手には、その貝殻はあまりにも小さく、華奢だった。至って丁寧にやっていた割には、貝殻はヒムの指と指の間であっさりと砕けてしまった。
 途端に、それを叱責するのはラーハルトだった。

「貝を砕くなと、何度言わせるんだ。貴様の頭も砕かれたいのか?」

 核以外の場所はいくら攻撃されてもノーダメージなヒムにとっては、頭を砕かれても構わないと言えば構わない。だが、いかにも上から目線で、偉そうにこう言われてはカチンとくるのも無理もない。

「おい、誰の頭を砕くだって? できるものなら、やってみろよ、あぁっ!?」

 気迫を込めてこぶしを胸の前で打ち鳴らすヒムの両手からは、硬い金属音が響き渡った。それを聞いて、ラーハルトも無言で槍を握る手に力を込める。
 何やら一触即発の雰囲気が漂いだしたが、それを霧散させるような陽気な声が響き渡った。

「おいおい、そこで本格的に戦われては困るな。せっかく集めた貝が一つ残らずバラバラになったりしては、ポップに合わせる顔がなくなるからな、はははっ」

 豪快と表するにぴったりの快活な笑い声は、その場の緊迫感を和らげる効果があった。それに、苦労を味わっているのはクロコダインも同じだ。

 と言うよりも、ヒム以上に手が大きなクロコダインは、さらに苦労している様子だ。小さな貝殻をつまむのを最初から諦めているのか、これはと思う貝を見つけると砂ごとざくっとすくい上げて移動させている。

 その結果、砂浜に並ぶ貝殻の小山の隣には、砂山にのった貝殻という珍妙な列も発生していた。
 だが、クロコダインはヒムやラーハルトと違って、この作業に不満はないようだった。

「とりあえず、ポップとヒュンケルも夕暮れには戻ってくるはずだ。それまではもう少し、頑張ろうじゃないか」

 獣王にそう言われては、短気なヒムだけでなく不遜なラーハルトも反抗しにくい。

「……まあ、そうだよなぁ〜」

 いかにも渋々と言った雰囲気だが、ヒムもまた作業に戻る。ラーハルトも無言のまま、作業に戻った。

 旅に出てから、すでに五日目。
 最初の村でやらかしてからと言うものの、ポップは全員揃って田舎の村に訪れるのを断固拒否した。

 最近でこそ、大きな町では怪物や魔物への偏見は以前よりマシになってきたものの、田舎の村ではまだまだ偏見の方が強い。今回のように時間制限のある旅ではトラブルは避けたいから、村には着いてくるなと言い出したのだ。

 四人にしてみれば、その意見には賛成しがたかった。護衛としてついてきているのに、側を離れては意味はない。それに、目を離したらポップが勝手にどこかに行って無茶をしかねないという心配もある。

 さんざん揉めた挙げ句、ようやく落ち着いた妥協案が目立つクロコダイン、ヒム、ラーハルトは村の外で待機し、ポップとヒュンケルだけが村に行って聞き込みをするという案だった。

 まあ、その案自体には三人も不満はない。
 平和な村の中ならば、ヒュンケル一人いれば護衛は事足りる。残り三人は万が一の強襲に備えて、村外で待機していればいい。そう言ったら、ポップは「……今時、こんな平和な村に襲撃があるわけねえだろ」と、ひどく呆れた顔はしたものの、それ以上の反対はしなかった。

 その条件は飲んでやるからその代わりにと、要求してきたのが貝殻集めだった。

「しっかし、こんな物を集めさせて何をする気なんだろうな、あいつは」

 波打ち際を歩きながら、ヒムはしきりに首を捻る。
 ポップの要求は、意味不明だった。海に落ちている巻き貝の殻をできるだけ沢山集めて欲しいとは言われたが、それを何のために使うのかは聞いていない。

「食糧ではなかったようだしな」

 珍しく、ラーハルトもヒムに賛成して頷く。
 初日は三人とも貝殻だけでなく生きた貝まで集めたのだが、ポップは自然に浜辺に打ち上げられた貝殻じゃないと意味がないと言って、海に帰してしまった。

 ラーハルトにしてみれば、食べるつもりもないのに貝を集める意図がさっぱりと分からないままだ。
 しかも、ポップが求めている数が尋常じゃない。ここ数日毎日三人がかりでせっせと集めた貝殻は数十個以上にもなるのだが、まだ欲しいと言っている。

 理由が分からないのはクロコダインも同じだったが、彼は貝を探しながらさらりと答えた。

「オレにも理由は分からんが、ポップが頼むからには何か意味があるんだろうよ」

 その言葉には、ポップへの深い信頼が感じられる。
 説明など受けなくとも一旦信じた相手をとことんまで信じ抜く、クロコダインらしい男気だ。話すべき時が来たのなら、ポップの方から説明してくれると無条件で信じ、急かさずに待つ度量も持ち合わせている。
 しかし、短気なヒムには詮索したい気持ちの方が先立ってしまうらしい。

「けどよぉ、あいつ、どう見たって貝殻が本命じゃないだろ? なんたら言う画家の話とかを聞き込んでるみたいだけど、いったい何が狙いなんだろうな?」

 ヒムの疑問提起とも独り言ともつかない呟きを、ラーハルトは軽く一蹴する。

「下手の考え休むに似たり、と言うだろう。考えるのは構わんが手も動かせ」

 その言い草にムッとした表情を見せた物の、話すだけ無駄だと考えたのかヒムもまた地道な貝殻集めに戻った――。






「ああ、その画家さんなら覚えているわ。確か……ムッシュなんとかって言う珍しい名前だったわね、ふふ、変わっていて面白い方だったわ」

 と、さもおかしそうに笑う宿屋の女将の話を聞いて、ポップはパッと表情を明るくして身を乗り出した。

「へえ、この村に来てたんだ! その話、もっと詳しく聞かせて欲しいんだけど」

「いいわよ、あの人ったらおかしいったらないの! なにせ、うちの宿屋に初めて来た時にいきなり私の前に跪いて『おお、なんとお美しい! その日に焼けた肌に海に洗われた髪の色、何とも言えない風合いですな、是非モデルになっていただけませんか』だなんて、言っちゃって。こんなおばさんを捕まえて、何言っちゃっているんだか――」

 まんざらでもない様子で楽しそうに話す女将に、ポップは調子よく相づちを打ちながら時折口を挟んでは、自分の聞きたい方向へと水を向けていく。

 口下手な自分には逆さになっても真似できないポップの口達者さに感心しつつ、ヒュンケルはその場に突っ立って話が終わるのを待っていた。正直、退屈なのだが、ここで下手に急かしては後でポップからの癇癪をまともにぶつけられる羽目になる。

 だからこそヒュンケルは石にでもなったつもりで、何一つ邪魔をせず話の成り行きに耳を傾けていた。

「で、その話をもっと詳しく教えて欲しいんだけど。ムッシュが言っていたんだ、この村で不思議で面白い噂を聞いたって――」

 話題に出てくる画家の名には、聞き覚えがあった。
 ムッシュ・カタール。
 各国の王宮を自由に行き来しつつ活躍している、当代きっての美人画の巨匠である。……まあ、芸術に興味がない上に実際に彼に会ったことのあるヒュンケルからしてみれば、とんでもない変人としか思えないのだが。

 しかし、趣味にやや問題はあれど気さくな好人物であることは確かだし、ポップにとっては個人的な知り合いだ。時折、外交使節として他国を訪問するポップは、各国王宮に出入りするムッシュと会う機会は多いし、そんな時には世間話の一つもするぐらいの間柄でもある。

 そのムッシュが足取りをポップが聞き込んでいるのは、この数日間で理解したつもりだ。
 美人画で有名なムッシュだが、彼は画家らしく風景画を描くのを目的にスケッチ旅行にちょくちょく出掛けるらしい。

 そして、どうやらポップはムッシュがこの辺りを旅した時に聞いた『噂』を探しているようだった。
 最初にポップの聞き込みに付き合った日にそれに気づいたヒュンケルは、それならなぜムッシュに直接聞かないのかと尋ねた。

『ムッシュ本人から話が聞けるんなら、ここまで手間なんかかけねえってえの! もちろん、真っ先に聞いたに決まってるだろ! 
 けど、ヒュンケルだってあのおっさんと話したんだから、分かるだろ……あの変態画家めっ、女の絡まない噂など覚える価値がないって言って、詳しい場所とか完璧に忘れてたんだよっ!!』

 いかにも機嫌悪そうにそうまくし立てたポップの言い分に、ヒュンケルは納得せざるを得なかった。

 男性に関しては記憶が乏しくなる体質と、自称して憚らないのがムッシュ・カタールだ。ダイやヒュンケルも何度か会ったことがあるのだが、未だに顔も名前も覚えて貰っていない。

 女性に関しての記憶力は異様なまでにいいのだが、それ以外の話題については彼はものすごくアバウトだ。
 芸術家などという人種はやはり変わり者だらけだと、ポップはプンプンしながら言っていたが、ヒュンケルに言わせればその点ではポップも大差はないように思える。

 少なくとも、ヒュンケルなら他人から聞いた噂を確かめるために、ここまで熱心に行動などしないだろう。だが、ポップは今回、わざわざ長期休暇を取り、ダイには内緒という条件をつけてまで『噂』を確かめに来た。

 その目的がどこにあるのか、ヒュンケルには見当もつかない。だが、ポップの熱意は、ようやく実を結んだようだった。
 ポップに巧みに誘導された結果、女将は笑いながらムッシュと話した会話を思い出してくれた。

「ああ、あの蜃気楼の話かしら? いえね、ただの噂なんだけど、この辺りの海では夜に不思議な蜃気楼が見えることがあるらしいのよー。漁師の人が見たっていうけどねえ、ホントかしら?」






「おー、ようやく戻ったのかよ、遅かったな」

 日が傾きかけた頃になってから、ポップとヒュンケルが並んで浜辺を歩いてくるのを見て、ヒムが真っ先に手を振った。そんな大袈裟な真似などしなかったが、ラーハルトにしろクロコダインにしろ二人に接近にはとっくに気づいている。

 だが、愛想というものが皆無に等しい半魔族は、ポップが近付いてくるなり単刀直入に言い放った。

「で、首尾は? また次の村に行くのか?」

 ラーハルトの名誉のために言っておくのなら、この質問はポップを気遣っているからこそする質問だ。

 アルゴ岬周辺の村でなにやら聞き込みを行っているポップは、一通り情報を聞き終えるとすぐに次の村へと移動するというスケジュールで行動している。休暇が一週間と限られているせいか、その行動には焦りがあると言うのかやけに急いでいる様子だ。

 魔法使いの常として体力に欠けるポップにはキツいのではないかと思っているからこそ、確認しておきたい気持ちがある。

 ――が、惜しむらくはラーハルトの物の言い方がぶっきらぼうすぎて、不満を言っているようにしか聞こえない点だろうか。
 現に、ポップはもろに不満と捉えたのか、不機嫌そうに言い返してくる。

「今度こそ、ちゃんと見つけたよ! いいか、しばらくここで海の方を見張るからな!」

 文句なんか言わせないぞとばかりにすごむポップだったが、そんな必要などあるはずない。最初から四人はポップの護衛のためについてきたのだ、危険が絡まないのなら彼の目的に口を出すつもりはない。どこに行こうとついては行くが、どこに行こうと文句をつける気は無かった。

 海を見張るという理由も意味不明だが、ポップがそうしたいというのなら協力するのは吝かではない。
 ただ、寝泊まりに関しては言いたいことがあった。

「また、野宿なのか? ここに寝泊まりするぐらいなら、村でもいいだろう」

 これも、ラーハルト的にはポップを気にしての質問だった。
 最初の村で宿屋に断られて以来、ポップは宿に泊まるのはすっぱりと諦めて野宿する方針へと切り替えた。これまでは村と村の中間地点で寝泊まりしていたからそれで不満はなかったが、今回は村のすぐ側にいる。

 ならば、明らかに人外な自分やヒム、クロコダインはこのまま野宿するとして、ポップとヒュンケルだけでも宿屋に泊まればいいと思ったのだが――主語を省きまくったこの発言も誤解を招くものだったようだ。

「おまえな〜っ、最初の村であれだけ騒ぎ起こしておいて、よくそんな図々しいこと言えるなっ。いいか、せっかく目的地を見つけたんだから、余計な騒ぎなんか起こすなよ! 別に、野宿でもいいだろっ!?」

「なら、おまえはとっとと休め。何か異変があれば起こしてやる」

 素っ気ない口調でそう言ったのはやはりラーハルトだったが、残りのメンバーも思いは同じだった。以前、一緒に旅をした時もそうだったが、ヒュンケル達はポップを旅の仲間として見てはいない。

 普通、旅で野宿するのならば交代で見張りを立てるのが旅人の常識だが、これまでの5日間の旅の中でポップが見張りを務めた日はない。他の四人が交替で見張りに立ち、ポップだけは普通に眠るという布陣を組んでいる。
 だが、どうやらポップはこの特別待遇を気に入っていないらしい。

「いや、寝ろってまだ夕方だろっ、早すぎんだよ! それに、今日こそはおれが見張り当番の日だろうが! それに今夜はやることがあんだよ! 
 なあ、おっさん。貝はどれぐらい集まった?」

 不機嫌そうに一気にまくし立てた後、ポップはクロコダインに向かって問いかける。貝は三人でせっせと集めていたのだが、なぜかポップの中ではクロコダインがメインと見なされているらしい。

「あ、ああ、大分集まったぞ。ほら、そこに積んである」

「ふぅん……」

 文字通り、小山となった貝殻の側にしゃがみ込んだポップは、いくつかの貝殻を確かめるように手に取り、それから頷いた。

「――うん、これなら行けるかもな」







「……で、あいつは一体全体、なにをやりたいんだ?」

 と、呆れ果てたような口調で呟いたのはヒムだった。
 なぜ貝を集めなければならないのかとぼやいた時に比べ、五割増しで疑惑が膨れあがっている感じだ。

 その視線の先には、さっきから忙しくあっちに行ったりこっちに行ったりしているポップがいた。一定間隔で移動しては身を屈めるその姿は、一見すると苗でも植えているように見えるかも知れない。

 だが、ポップが手にしているのは、苗ではなく貝殻だ。
 浜辺に大きな円を描いたポップは、その円に沿って貝殻を等間隔に並べている。完全に陽が落ちる前にやりたいからと、ひどく熱心にその作業に打ち込んでいるポップは説明の手間すら惜しいらしい。

 邪魔をするなと追い払われたので、四人は大人しくそれを見ているしかなかった。

「分からんが、魔法陣だとすれば手助けもできないしな」

 クロコダインが残念そうに呟く。
 魔法使いが儀式に使う魔法陣は、術者が独力で仕上げなければならない。稀に、大破邪呪文のように複数人で作り上げる魔法陣もあるが、どうやら今ポップが作ろうとしているのはそのような物ではないらしい。

 単に並べるだけでなく、時に貝殻を置き換えながらもその作業はかなり時間がかかった。日も完全に沈み、焚き火の灯りだけが夜の浜辺で唯一の灯りとなる頃になってから、ようやく作業を終えたポップが火の側にやってきた。

「うっげー、疲れた〜」

「それはそうだろう、大変だったな」

 クロコダインが労う傍らで、ヒュンケルは火の側に突き立てていた串を取り、ポップへと手渡した。予め用意しておいて夕食なのだが、ポップはそれを見て怪訝そうに眉を寄せる。

「……これ、なんなんだよ?」

 ポップのその疑問に、ヒュンケルはかえって不思議そうな顔をする。なぜ、そんなことを聞くのか分からないとばかりに、淡々と答えた。

「魚だ。さっき買っただろう、忘れたのか?」

 宿屋の女将から話を聞く際、干し魚だのパンだのを買い込んだのはポップ自身だ。なのに、なぜそんなことを言うのか分からなくて首を捻るヒュンケルの前で、ポップが真っ赤になって怒りだした。

「忘れたのかって……てめえはなんだって、せっかくの干物を原型が分からないぐらい真っ黒に焦がしやがったんだよっ!?」

 どうやら、焼き加減がお気に召さなかったようだ。
 女将に軽く炙るとうまいと教えられたので、言われた通り火で炙ったつもりだったが、やり過ぎてしまったらしい。

(これでは、ダメだったのか……)

 内心、がっかりはしてもそれが表情には表れないのがヒュンケルらしさである。

「まあ、そう怒るな、ポップ。これはこれで、なかなかいけるぞ」

「……食べられなくはない」

「んん? うまいかどうかは分からんけど、歯ごたえはあるな、これ」

 クロコダイン、ラーハルト、ヒムは気にした様子もなく、半ば炭化した干し魚を食べていたりしたのだが、ポップはそれも気に入らなかったらしい。

「いやっ、なんで平気で食べてんだよ、てめーらっ!? 味覚が腐りまくってるのかよーーっ!」






「おい、ポップ。そんなところで眠ると、風邪を引くぞ」

「うう……後ごふん……」

 クロコダインの呼びかけに、ポップは眠そうに生返事をする。
 あれからさんざん文句を言いつつ、ポップは自分の分だけでなく仲間全員分に予備の魚を焼き直した。その後、夕食を食べ終わったかと思うと、うとうとと眠りかけていた。だが、それでも手を焚き火の方に向けて呪文を唱える。

「ひゃど!」

 ポップの手から冷気が吹き荒れ、焚き火を一瞬で凍り付かせてしまう。それと同時に、辺りがフッと暗闇に包まれた。

「あっ、こらっ、いきなり何しやがるんだよ。こう暗くっちゃ、見えないだろうが」

 ヒムが文句をつけるが、ポップは譲らなかった。

「火は……だめだ……海を……見張りにくく……なるから……」

「海ぃ? なんで、海なんか見張るんだよ?」

 ヒムの問いに、返事はなかった。返ってきたのは、規則正しい寝息だけだ。
 あれだけ自分が見張りをするとか言っていた割には、眠気には勝てないらしい。

「やれやれ、ほーんと厄介な野郎だなぁ」

 だが、四人ともわざわざポップを起こそうとは欠片ほども思わなかった。

「はは、まあ、構わないだろう。ポップのことは、このまま眠らせておけばいい。見張りはオレとヒムとでやろうじゃないか」

 クロコダインの提案に、誰も異議を唱えなかった。
 怪物のクロコダインに金属生命体のヒムは、人間と違って夜目が利く。人間のヒュンケルや半魔のラーハルトと違い、灯りなどなくても見張りに苦労はしない。

「いや、一晩ぐらいならオレだけで大丈夫だって。じゃあ、その魔法使いの奴のことは、おめえらに任せるぜ」

 ヒムに言われてヒュンケルは素直に頷いたが、ラーハルトはそれ程素直ではない。

「おまえに言われるまでもない」

「てめーっ、本当にいちいちムカつく言い方をする奴だなっ!」

 ヒムがいきり立つが、それをクロコダインが軽く窘める。

「まあまあ、落ち着け。今騒ぐと、ポップが起きてしまうだろう?」

「……チッ」

 舌打ちしつつも、ヒムはそれ以上ケチをつけずに波打ち際へと移動する。それとは逆に、ヒュンケルとラーハルトは海から距離を取って野宿の支度に入った。

 とは言っても、季節柄、それほど大袈裟な物ではない。砂地から冷えを貰わないように敷布を拡げ、その上にポップをのせた上で毛布を掛ければ完了だ。
ヒュンケルとラーハルト自身は敷布からも毛布からも大幅にはみ出ていたが、マント一枚にくるまって野宿しても平気な彼等にとっては、何の問題もない。

 むしろ、この二人に挟まれて川の字で眠っていると気がついたポップの方が大幅なダメージを受けそうだが、幸か不幸か彼はぐっすりと眠っていた。その様子を確かめてから、クロコダインは彼等の風よけになるような位置にどっかりと座り込み、目を閉じる。

「では、ヒム、頼んだぞ。何かあったら、遠慮なく起こせ」

 その声を最後に、浜辺は静まりかえった――。






 異変が現れたのは、それから数時間後だった。未明前の、一段と闇が深く感じられる時間だ。
 手近に一切の火も灯りもなく、暗闇の中じっと見張りに立つのは、常人ならば結構なプレッシャーになるだろう。だが、元ハドラー親衛隊のヒムの精神は文字通り鋼で出来ていた。

 身動き一つせず、何か近付く者はいないか、変わったことが起きないか気を配り続ける。
 と、その目が突然、一方向へと向けられた。

「……ッ!?」

 有り得ない物を見た驚きに、ヒムの警戒レベルが一気にマックスになる。
と、その気配を感じ取ったのか、クロコダイン、ヒュンケル、ラーハルトの三人が全く同時に身を起こす。

 既にその時には、各自が武器を手にしていた。いつ戦闘が始まっても即座に応じると言わんばかりの四人だったが、ポップだけは違っていた。

 一人だけ毛布の中にぬくぬくと横たわり、目覚める気配すらない。ただ、両側にいた温もりが消えたのが分かるのか、ぐずるような声を立てながら寝返りを打っている。

 危機意識が今一歩どころか二歩も三歩も後れを取っている魔法使いを差し置いて、四人は庇うように前に出て身構える。

「な、なんだ、ありゃあ!?」

ヒムの素っ頓狂な声と同時に、ポップ以外の全員がそちらを見やる。が、その目が揃って大きく見開かれた――。

  《続く》 

 

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