『虹の麓には宝物が』
 

「あー、そういやそんな話、昔、聞いたことがあるなぁ」

 寝ぼけ半分にあくびしながら、ポップがそう頷くのを聞いてダイは面白いぐらいに目を丸くした。

「そうなの!? わぁっ、ポップも知ってる話なんだ!」

 本気で驚いているっぽいその反応に、ポップはつい苦笑する。
 赤ん坊の頃に人間のいない怪物島に流れ着いて育ったダイは、どうにも世間知らずと言うべきか、常識という点ではちょっと欠けている。

 育ての親であるブラスが頑張ってくれたおかげで、人間としての思いやりや正義感などはしっかりと躾けられてはいるものの、知識面では大分怪しいものがある。
 普通の人ならば成長段階で自然に知っているようなことが、すっぽりと抜けていたりするのだ。

 例えば、ポップにとっては耳に馴染んだ有り触れた童話が、ダイにとっては初めて聞く話だなんてことは珍しくもない。

 いまだに読み書きが覚束ない勇者様は、レオナの計らいで基礎教育を受けている真っ最中だ。国内でも指折りの高名な学者が家庭教師として、それこそ四苦八苦しながら物覚えの悪い勇者を教えてくれているのだから、その苦労には頭が下がる。

 少しでもダイの興味を引くように、ここのところ読み書きの教材には幼児にでも理解しやすいような絵本を使っているようだ。……現在、ダイの推定年齢は14才なのだが。

 まあ、それはそれでいいのだが、おかげで毎日ダイはポップの所にやってきては、今日はこんな話を習ったと報告に来たりする。まるで世紀の大発見だとばかりに、ものすごく嬉しそうにおとぎ話やら童話やらをポップに話すのだ。

 ――ポップにしてみれば、赤ずきんだの白雪姫だの童話はそれこそ耳にたこができるほど聞いた話なのだが。

 その意味では、今日の話も同様だった。
 七色の色鮮やかな虹の根元が掘り返され、何やら光り輝く物を掘り出して大喜びしている少年の絵本を、ダイはこの上ない宝物のように掲げている。ポップ自身が見た絵本とは挿絵や細かい文章は違うが、大筋は同じだった。

「ああ、虹の麓にはお宝があるって奴だろ。村にいた頃とか、そういやアバン先生からも聞いたっけ」

「へえ、先生も?」

「ま、あの人、ああいう話好きだからなー。一緒に探してみませんか、なーんて言ってたっけ」

 よりいっそう目を輝かせるダイに、ポップはちょっとばかり皮肉に呟く。
 他愛のないおとぎ話やらちょっと眉唾もののホラ話を、さも本当らしく語ってのけるのは最初の師の悪癖だった。

 誰もが伝説だと思っている東方伝説をさも信じているかのように振る舞い、本気ともからかっているとも分からない調子で探すような酔狂な人だ。
 当時のポップはまだ子供だったとは言え、今のダイとほぼ同じぐらいの年齢で、もうそんなおとぎ話など本気で信じる年では無かったと言うのに。

 ――と、当時の師にちょっぴり不満じみた感情を抱いたことなどを思いだしていたポップは、うかうかと見逃していた。
 ダイが、やけに真剣な顔で虹の絵をまじまじと見つめていたことを――。







『れオnへ おれ、にじのトコ、行くね! ダイ』

「――で、こーんな書き置きがダイ君の部屋に残されていて、本人は行方不明中なんだけど……説明してくれるかしら、ポップ君?」

 翌日。
 にこやかな笑みを浮かべ、しかし、目は全く笑っていないままでへたくそなメモ書きをひらひらと振り飾る姫君を前にして、ポップは頭を掻きむしっていた。

「ぁあああああああっ、あのスカポンタン勇者めっ、いい年こいておとぎ話とマジな話の区別もつかねえのかよ、あいつわっ!?」

 ついついそう絶叫するポップの傍らで、ヒュンケルが至極真面目な顔で言ってのける。

「しかし、ダイはポップもアバンも知っている話だから確かだと言っていたぞ」

 微塵も疑問を感じていない様子でそんなことを言ってのける兄弟子に、ポップはいっそ目眩がしてきた。

「……てめえもかい……っ!」

 魔物に育てられ、魔王軍の幹部に育てられたヒュンケルもまた、常識やらおとぎ話に疎かった。

 ごく普通の一般兵士なら、少年が『虹の麓にお宝を探しに行く』などと言って旅立とうとすれば、苦笑しながらも引き留めてくれるだろうが、ヒュンケルは文字通りに受け止めたらしい。

(ええいっ、こいつはっ、おれがちょっと町へ遊びに行こうとしたらやれ危険だの今日は休めだの過保護なことを言う癖に、なんでダイのバカっぷりは素通しするんだよっ!?)

 ムカムカと腹が立ってきた物の、それでもポップは何とかそれを飲み込む。このクールぶった兄弟子に文句を言ったところでほぼ無駄になると、長年の経験で悟っている。それより、今は爆発寸前のレオナの機嫌を宥める方が優先だ。

 導火線ギリギリの爆弾を処理する心持ちで、ポップは昨日のダイとの会話をかいつまんで説明する。まさに、気分は爆弾処理班だった。

「ま、まぁ、そーゆーわけなんで……、とりあえずダイのことはしばらく放っておいて大丈夫だろ。虹を探しに行ったのなら、遅くとも夕方には戻ってくるだろうし」

 虹は、一定の条件下で発生する自然現象だ。
 雨上がりで太陽が出ている時しか、虹は出現しない。当然、太陽が沈めば虹も出るはずもないし、ダイも諦めて戻ってくることだろう……多分。

「……そうね。それが、一番妥当でしょうね」

 しぶしぶと言った調子ながら、レオナが頷く。
 やや不得手とは言え瞬間移動呪文と飛翔呪文を使えるダイの行動範囲は、広い。とても、一般の兵士が追えるものではないし、また、そこまで緊急の事態というわけでもない。

 ついでに、そう危険なことでもないだろう。
 嵐や雷を捕まえに行くとでも言い出したのなら多少は心配してもいいが、ダイが探しに行ったのは虹だ。いくらダイが飛翔呪文で高速移動しようとも、無駄なことだ。

 どんなに追いかけても、捕まえられない幻に等しい。徒労に終わるだろうが、害はあるまい。それにもし万一、途中で怪物だの魔物に出会ったところでダイならば心配も要らない。

 あれでも、彼は一応は勇者だ。
 少なくとも、体力面に関してはポップは難の心配もしていなかった。問題なのは、精神面の方だ。

 虹を追いかける子供がみんなそうであるように、そのうち諦めて戻ってくるだろう――そんな風にレオナを宥めつつも、ポップは内心でこっそりと思う。

(けど、あいつ、とことんバカな上に変なとこで頑固で諦めが悪いからなぁ)

 レオナの手前、そのうち戻ってくるだろうとは言ったが、諦めが悪いダイがそうそう早く戻ってくるとは思えない。下手をすれば、数日ぶっ通しで空を飛び回っていそうな気もする。今日は駄目でも、明日頑張ればいいとばかりに、やたらポジティブで行動力に長けたお子様なのだ。 

 戻ってきたら戻ってきたで、どう説得すればダイを諦めさせられるだろうかとポップは密かに頭を悩ませる。
 だが、それは意外なことに、杞憂に終わった――。







「ただいまーっ。ねえ、今日のおやつ、何?」

 元気よく空から舞い降りてきたダイを見て、ポップもレオナも揃って目を丸くする。

 ダイが戻ってきたのは、ポップが予想していた夕方よりもずっと早い、おやつにはちょうどいい時間の頃だった。にこにこした顔でおやつを欲しがる勇者に呆気にとられた二人だったが、さすがと言うべきかレオナは立ち直りが早かった。

「ちょっとダイ君! おやつじゃないわよ、あなた、一体どこに行っていたのよ!? こんな置き手紙一つ残して急にいなくなったら、心配するじゃない!」

 猛然と怒り出したレオナに、ポップならたじたじになるところだったが、ダイは勇者だ。怯える様子もなく、素直にぺこんと頭を下げる。

「うん、ごめんね、レオナ、ポップ。おれ、もう虹を探しに行かないよ」

 あまりにもあっけらかんと言うその言葉に毒気を抜かれたのか、レオナもきょとんとした表情を見せる。

「そ、そうなの? それなら、まあ、いいんだけど……。でも、ダイ君はもういいの?」

 少し、心配するような口調になるのは、レオナもダイの諦めの悪さを知っているからだろう。
 が、ダイは屈託のない表情で言う。

「うん、もう、いいんだ。
 今日、おれ、いっぱい探してみたけどなかなか虹が見つからなかったんだ」

(そりゃ、当然だろ……)

 そもそもここ数日、連日暑い日が続いて雨などからっきしなのだ、虹など出るはずもない。それでどうして虹を探せると思ったのか、心の底から突っ込みたかったものの、とりあえず話は聞こうと思ってポップは先を促す。

「はー、それで?」

「で、気がついたらおれ、ネイル村の方まで飛んでたんだ」

「ほー、それで?」

「そんで、マァムに会ったんだよ。そしたら、マァムも虹の話をしてくれたんだ!」

「へー、それで?」

「それで、おしまい!」

「……なんなんだよっ、それでおしまいかよっ!? 訳が分かんねえよっ」

 あまりにもシンプルすぎて伝わらない説明にポップはまたも頭を抱えるが、ダイはちゃんと話したのになぜ分からないのかなとばかりに首を傾げている。
 ダイの説明を理解しきれていないのか、多少顔を引きつらせているのはレオナも同じだったが、実利を尊ぶ勇猛な姫君は決断が早かった。

「と、とにかく、もう虹探しに行かないのなら、それでいいわ。じゃあ、おやつでも用意させましょうか。ダイ君、お昼にも戻ってこなかったし、お腹空いてるでしょう?」

「うん、空いてる! お昼はマァムとレイラさんにもらったよ、美味しかった!」

「おまっ、なにちゃっかりと羨ましいことしてんだよっ!? しかも、それでまだ腹減っているって、どんだけ食いしん坊なんだ、てめえはっ!?」

「えー、だってお腹、すくんだもん。ポップも一緒におやつ食べようよー」

 ニコニコしながら、ダイはポップの腕とレオナの腕を抱え込む。それに、ポップは抵抗しなかった。

 事情はさっぱりだし、色々と疑問は残る物の、ダイがやたらと上機嫌で楽しそうにしているのは分かる。
 ならば、それでいいかもしれない――そう思ってしまう程度には、ポップもダイに甘かった。

「ったく、しょうがねえなー」

 文句を言いつつも、ポップもダイに引っ張られるままに歩き出した――。







 ポップとレオナに挟まれるように歩きながら、ダイはご機嫌だった。
 今さっき、二人に言った言葉は嘘ではない。虹探しを諦めたことに、未練など無かった。

 今朝、城を飛び出した時は本当に虹の麓を探すつもりだったが。
 埋まっているのが宝物なら、探してみるのもいいかと思ったのだ。
 だって、ダイの見た絵本では宝ははっきりとは描かれていなかったが、この上なくキラキラと輝いていた。

 そんな風に輝く物なら、きっとレオナに相応しいとダイは思った。
 レオナは宝石とか、あまり固くない金属のようにキラキラした物が好きだ。ダイにしてみれば武器にもならないような脆めの金属など欲しくも無いのだが、レオナが喜ぶのなら話は違う。

 綺麗な物が好きなレオナが、宝石や飾り物を見て輝かす目の方が、ずっと綺麗だとダイは思う。

 それに、宝物が綺麗な物でなくても、珍しい物でもいいとも思った。
 ポップはダイと同じく、宝石や金属類にはたいして興味を持たないが、その代わり珍しい物には目がない。古い時代の文章だの遺跡だのを見ると、途端に身を乗り出してくる。

 城で机に向かって書類書きをしている時とは段違いに、生き生きとした表情で珍しい物を喜ぶポップを見てみたいとも思った。
 だが、マァムの話では、虹の根元に埋まっているのは宝物ではないらしい。
 彼女は優しい声音で、こう教えてくれた。

『私はね、小さな頃その話を聞いた時にはこう習ったわ。虹の麓には、幸せが埋まっているんですって』

(なら、探しに行かなくていいや)

 本心から、ダイはそう思う。
 埋まっている物が『それ』なら、わざわざ、いつ出るとも分からない虹を目指して追いかけて行かなくったって、別にいい。『それ』なら、すでにここにある。
 ダイはにっこり笑って、ポップとレオナの手をしっかりと握り占めた――。  END 

 
 

《後書き》

 ほのぼの日常、第四弾。
 虹は基本的に太陽の光から発生しますが、条件さえ整えば月の光でも虹が出るんだそうです。ただ、月光の虹は色はほとんど白みたいですけど。

 しかし、よほど条件が整わないと見られないし、狙って観測できるものでもなさそうなので、写真もぼんやりとした物しか見たことがないですね、残念ながら。

 ところで、虹の麓(もしくは根元)に埋まっている物は宝物だという説と、幸せだという説が主流ですが、筆者が以前に読んだ物語では黄金になっていました。
 ……なんか、即物的すぎて夢度がダウンしている気がします(笑)

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