『目を眇めたのは眩い太陽のせい』

「…………っ!?」

 目を射る光の眩しさに、ダイは目を眇めた。
 夏の日差しは、暴力的だ。

 春や秋には優しく、冬には弱々しいと言えるほど控えめな日差しを投げかけてくる太陽は、真夏にこそその本領を発揮する。これが本来の姿だと言わんばかりの強さで、それこそ喧嘩でも挑んでくるような激しさで地上を照りつける。

 なまじ今までは心地の良い木陰にいたせいで、目を射る日差しに目眩すら感じる。圧倒的なその光を感じた時、不意に脳裏に蘇る声があった。

『間もなく地上は消えて無くなる……! そして、我らが魔界に太陽が降り注ぐのだ……!!』

 それは、あたかも予言のようだった。
 すでに決まっていて、動かない未来を語るがごとく自信に満ちた声でそう言いきったのは、大魔王バーン。

 かつて、死闘を繰り広げた大魔王の印象は、いまだにダイの中では鮮明だった。
 太陽を手に入れ、神へと成り代わろうと欲した野心的な魔王。

 彼と戦ったことも、その結果も後悔したことはない。
 大魔王バーンにとって、地上も人間も自分の野望を阻む邪魔ナ存在に過ぎなかった。もし、彼の行動をそのまま放置していれば、地上はその上に住む人間ごと跡形もなく消滅させられていた。

 それに対抗するには、戦うしかなかった。
 大切な人々を守るために、ダイは仲間達と共に全力で戦い、バーンを打ち倒した。

 その結果、今も地上は変わらずにあり、太陽はそこに降り注いでいる。――その光は、未だに魔界には届かない。
 その事実を、ダイは身をもって知っていた。

 ダイが魔界で暮らしたのは、二年余りだっただろうか。
 それは、そう長いとは言えない期間だ。何百年、何千年もの寿命を持つ魔族から見れば、それこそ瞬きにも値しない時間だと鼻で笑われることだろう。

 だが、ダイにとって、人生の間であれ程長く感じられた時間はなかった。
 太陽のない魔界では、いつまで待っても日が昇らない。

 一応、魔界にも昼夜の区別はあるし、昼間はそれなりの明るさに保たれる。常に、闇夜の暗さに支配されているわけではないのだが、それでもダイの記憶の中の魔界はいつも暗かった印象が強い。

 そして、太陽の恩恵を受けられないことで、魔界の景色は常に殺伐としたものとなっていた。
 地上のように、豊かな緑など夢のまた夢だ。

 ダイが過ごしたのはヴェルザーの結界内と言う限られた場所だけだったが、そこから目に見える光景は植物の気配も感じられない荒野だけだった。

 ダイの故郷デルムリン島ではごく当たり前だった、豊かな植物の実りは彼の地では有り得ない。ダイ自身は竜の騎士の力で飢えること無く過ごせたが、あの場所で生き延びるのは想像以上に難しいことだろう。

 ダイ自身の経験はなくとも、竜の騎士の知識は知っている。
 飢えもまた、戦いの重要な動機となる事実を。地の恵みに恵まれないのならば、生物同士が互いに命を懸けて殺し合うしかない。

 そして、敗者の運命は決まって悲惨だ。
 死んでも尚、救われることのなかった死者達の存在を、ダイは知っている。
 運悪く精霊の結界に迷い込み、何度死んでも解放されることがなかった魂達は、常に救いを求めていた。

(あの魂達も……太陽が欲しかったのかな……)

 ちくりと、心の奥が痛む。
 地上の人間達が勇者が魔王を倒すことを期待し、祈ってくれていたように、魔界のか弱い生き物達も望んでいたのだろうか。
 大魔王バーンが勝利し、魔界に太陽が降り注ぐ瞬間を――。






「ダイ!」

 少し強めの声で呼ばれ、ダイはそちらに振り向いた。そこにいるのは、緑の服を着た魔法使いだった。

「……ポップ……」

「そっ、おれだよ。おまえ、ぼーっとしちゃってどうしちまったんだよ? 勇者ともあろうものが、まさか立ちくらみでもおこしたとか?」

 明るくて、ちょっとふざけたような口調でそう言いながら、ポップはダイの頭に軽く手を乗せてポンポンと叩くような仕草をする。そのおかげか、射るような日差しが遮られたような気がした。

「いや……別になんともないよ。ただ、ちょっと眩しかっただけだよ」

「ふぅん?」

 ポップの目が、一瞬だけ鋭さを増したように見えた。
 物事の真相を見抜こうとする、大魔道士の目――が、それはほんの一瞬だけだった。すぐにおどけた表情を浮かべたポップは、至って陽気に話しかけてくる。

「ま、もう夏だもんな、無理もないか。こう暑くなってくるとよ、海とかに行きたくならねえか?」

 でも、姫さんが休みとかくれるかなーなどと、ことさらはしゃいだように言ってのけるポップが、わざとそうしてくれているのがダイには分かった。

 大戦の最中も誰かが落ち込んだり、沈んだりしている時に、ポップはよくこんな風にわざとおどけて振る舞い、元気を分けてくれた。その明るさは、平和になった今も変わらないらしい。
 それが嬉しくて、ダイも笑顔で声を張り上げる。

「海か、いいね。一緒に行こうよ、ポップ!」

「お、乗り気だな。いいぜ、じゃあ、後はどうやって姫さんの目を盗んでサボるかだよなー」

 楽しい計画をあれこれ話ながら、二人並んで歩き出した上にも太陽は強い日差しを投げかけてくる。
 だが、ダイはもう、その光に目を眇めはしなかった――。           END  

  
 

《後書き》

 太陽の下で、一瞬だけのシリアスシーン。
 敵とは言え、大魔王バーンは魔界の弱者にとっては期待されていた救世主でもあったんじゃないかと密かに思っています。

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