『海辺で君とロマンチック』
  
 

「見ろよ、ダイ。これが……これが、これこそがロマンって奴だ!!」

 目を輝かせ、両の拳を握りしめてそう力説するポップに対して、ダイは首を傾げずにはいられなかった。ポップには悪いが、とてもそうとは思えなかったからだ。

「そうかな〜?」

 と、素直な感想を述べたのだが、ポップはそれを聞いてえらくご立腹の様だ。

「なんだよ、男のロマンの分からない奴だな!!」

 怒られても、ダイにはこれのどこがロマンなのかよく分からない。
 海に来たのは、いい。

 無人島育ちのダイにとっては、海はもっとも身近な遊び場だった。泳ぐのも魚を捕るのも大好きだし、砂浜で遊ぶのだって好きだ。だからこそ、ポップがたまには海に行きたいと言い出した際は諸手を挙げて賛成したのだ。

 が、ポップはせっかく海に来たと言うのに、全く泳ぐ様子もない。と言うより、水に入るのも嫌だとばかりに水着にも着替えず普段着のままだ。釣り竿も持っていないポップは、魚釣りも特にしたくはないらしい。

 それに砂遊びもしたくはないのか、バケツや熊手を欲しがる様子もない。
 が、それでいて、ポップは目を爛々と輝かせ、海などそっちのけで浜辺を見つめている。やたらと熱心なその視線を追ってダイもそちらを見てみるが、別に特に面白そうなものはない。

 ただ、水着姿の女性がいるだけだ。
 海には女性だけではなく、もちろん男性も沢山いるし、子供だって多いのだが、ポップが目を向けるのはなぜか女性が多い辺りに限られている様子だった。

 ダイにしてみれば、変な板のような物に立って波に乗っている男性などの動きの方がよほど変化があって面白いと思うのだが、ポップは波打ち際で遊んでいる女性の方に興味を引かれるらしい。

 特に、砂浜に転がっている女性を熱心に見ているのがダイには不思議だった。

 何やら身体にベタベタするクリームだか油だかを塗って、泳ぐ気配もなく砂浜でじっとしている姿を見ていると、ダイはつい焼き魚を連想するのだが、別に食べられるわけでもないし、いい匂いだってしてしない。なら、別に見ていても意味がない気がするのだが、ポップはそうは思わないらしい。

 それこそ今にも涎を零しそうな顔で、じーーーーっと俯せに転がっている女性を眺めている。ほとんど動きもしないものを見て、何がそんなに楽しいのか分からないが、ポップはひっきりなしにニヤニヤしていてすごく楽しそうだ。

 が、ダイは大いに不満だった。

「ねえ、ポップ。せっかく海に来たんだから、泳ぐとかして遊ぼうよ」

 そう誘っても、ポップときたらダイの方を見てもくれない。

「やだよ、おれ、今、忙しいんだから。泳ぎたいのなら、おまえ一人で行ってこいよ」

 挙げ句、まるで犬でも追い払うように手でしっしと払われたともなれば、さすがのダイとてムッとする。

「忙しいって、ポップ、今、なんにもしてないじゃないか!」

「だから、おれはロマン探しに忙しいって言ってるじゃねえか。おまえも好きに遊ぶなり、泳ぎに行くなりしてこいよ」

「でも、別に、おれ、今日は泳ぎたいわけじゃないんだけど」

 確かに泳ぐのは好きだが、今日やってきた海はあまり泳ぐのには向かなかった。

 海水浴場として賑わいでいるこの浜は、遠浅な上にやたらと人が多くて泳ぐのも苦労する。迂闊に泳ぐと人にぶつかってしまいそうな混み具合で、波打ち際で水遊びをするのには向きそうだが、がっつりと泳ぐには不向きな感じだ。

 ならば、何をすればいいのかとダイが頭を捻っていると、相変わらず女性や女の子達をジロジロ見ているポップが面倒くさそうに言った。

「なら、姫さんが気に入りそうな土産でも探しに行けばいいだろ? あ、それって悪くないよな、あのよ、ダイ、おまえ、ロマンチックな土産を探してこいよ!」

 と、話の途中から急に乗り気になって強く進めてくるポップに、ダイはきょとんとするばかりだ。

「ろまんちっくな土産? えっと……あ、あそこで売っている、いい匂いがするイカ焼きとかでいいの?」

「いやっ、それはやめとけっ。つーか、食い物じゃないやつにしとけよ!! いいか、姫さんが気に入りそうな、一見綺麗でしゃれた感じのものにしとけよ」

 と、ポップが強く押し進めるのにはちょっとした打算があった。
 自分に厳しく他人に激しいレオナは、多くの人間にとっては公平性に満ちた王だ。

 彼女の統治方針は、一言で言うなら信賞必罰――正しい行いをした者には褒美を与え、罪を犯した者にはもれなく厳罰を与える。
 その意味では、仕事をサボったポップは手ひどい罰を受けることになるだろう。

 だが、彼女はダイには甘い。
 ダイを通じて機嫌を取れば、なんとかなるかもしれない……そんな甘い計算に縋るポップは、調子よくダイを唆す。

「いい土産を見つけてきたら遊んでやるからさ、行ってこいって!」

「ほんと!? じゃあ、おれ、がんばって探してくるね!!」







(今日という今日こそは、ぴしっと言ってやらないとね!!)

 心に強く決め、レオナは苛々する気持ちを抑えつつ仕事を続けていた。どんなに腹が立とうと、仕事は仕事である。

 なにせ、今日はレオナに継ぐ仕事量を請け負うポップがサボりを決め込んだせいで、いつも以上に忙しい。念の入ったことに、緊急決済が必要な書類はレオナに元に届くように手配していった大魔道士の手際の良さを呪いつつ、彼等が戻ってきたらどんなお仕置きをしてやろうかと考えることで自分を慰めていた。

 レオナ的には、ただサボるだけならまだしもダイと一緒に遊びに行った事実が、気にくわない。

(これって、あんまりじゃない!? あたしはダイ君とデートもままならないっていうのに、ポップ君ったらいっつもいっつもいっつもダイ君と一緒に居る癖に、その上一緒に海に行くだなんて!)

 ――公平性どころか、すでに偏った私怨しかないレオナは、ただの恋する乙女に過ぎなかった。

 怒りに燃えまくった結果、仕事を早めに終わらせ、さながら地獄の門番のごとき表情で城の入り口で勇者の帰還を待ち望む王女に、口を出せるような勇敢な兵士はいなかった。

 日も沈みかけた頃、楽しそうに笑いながら帰ってきた勇者と魔法使いの姿があったが、姫を見た途端、ポップはギョッとした顔になる。

(なによ、失礼ね)

 と、レオナが文句を言うよりも早く、ポップはダイの背中にこそこそと隠れる素振りを見せる。それだけでも向かっ腹が立つと言うものだが、その怒りはレオナに向かって駆けてきたダイの笑顔に打ち消された。

「ただいまーっ、これ、レオナにお土産だよっ!!」

 これ以上ない程嬉しそうな笑顔で、ダイが差し出したのは大きめの巻き貝だった。角が幾つも突き出た複雑な形をした巻き貝は、少し光沢のある白色をしている。

「これ、海で見つけてきたんだよ! レオナが喜びそうなのを探そうと思って、うんと探しちゃった」

 掌程もあるその貝を見て、レオナは一瞬目を見張った後、柔らかな笑みを浮かべる。

 我ながら単純だと思ったし、ポップの作戦にうかうかと乗せられたようで腹立たしいが、それでもダイのストレートな言葉はレオナのハートを強く撃ち抜いた。

「ありがとう、ダイ君。嬉しいわ」

 正直言ってしまえば、レオナは貝にはほとんど興味は無い。
 貝を細工した宝石類は幾つか持っているが、その程度の興味だ。だが、女の子にとって、贈り物そのものよりも贈り主にこそ意味がある。

 たいして興味の無い男子からいくらプレゼントをもらっても、さして心も動かされないが、本命中の本命からのプレゼントが嬉しくないはずがない。

 しかも、ダイにしては珍しいほどにセンスのいい土産だった。
 デルムリン島育ちのダイは、非常に残念ながら美的センスという面では少々常人離れしている。バブルスライムだのドロルの人形を可愛いと言って買ってきた時には、さすがのレオナも顔を引きつらせたが巻き貝なら文句はない。

 多少風変わりではあるが、部屋に飾れば海を連想させる洒落たインテリアになってくれることだろう。

「これ、とっても綺麗ね。すごく気に入ったわ」

 私の耳は、貝の殻。海の響きを懐かしむ――。

 フッと、レオナの脳裏を過ぎったのは、昔教わった詩の一節だった。その美しい響きを懐かしく思い出しながら、レオナは土産の貝殻に手を伸ばす。
 その詩通りに貝を耳に当てようと思ったのだが、手にした貝は予想以上にずっしりと重かった。

(え? 貝って、こんなに重いものなの?)

 しかもそれだけならまだしも、持ち上げた途端、貝の中からウジャウジャとした足が複数出てきたのを見て、レオナは悲鳴を上げて手を放す。

「きゃあぁっ!? なっ、なにこれっ!? な、なんなのっ、これわっ!?」

 わめき立てるレオナの目の前で、貝は中からはみ出た足でごそごそと逃げるように動き出す。が、それをダイがあっさりと捕まえ直した。

「何って、ヤドカリだよ」

 などと、さっき以上に得意げに、胸を張ってヤドカリ入りの巻き貝を差し出してくる勇者に対して――麗しの姫君は言葉もなくふるふると震えるばかりだ。

「おっ、おいっ、ダイ、待てッ、ちょっとそれはヤバいって……っ」

 大魔道士が焦ったような様子で勇者にこっそり耳打ちしようとするが、嬉しそうなダイは聞いちゃいない。

「見て、見て、レオナ! こんなヤドカリって、すごく珍しいんだよ!
 普通ならもっと動きやすい貝に入るものなのに、こんなにギザギザした動きにくい貝に入ったヤドカリなんて、おれも初めて見たよ!」

 そう語る勇者の笑顔はさっきまでと変わらず、とてつもなく嬉しそうで無邪気なものだった。……が、さすがのお姫様も今度は笑みを返すどころか、怒りの色合いを隠そうともしなかった。

「――いいからそれ、元に所に戻してきなさい……っ! そしてポップ君! 後で、あなたにはたーーっぷりお話があるから、覚悟していてよね?」

 それを聞いた大魔道士の表情が、海よりも真っ青になったのは言うまでもない話である――。   END 


《後書き》

 ロマンチックと言いつつ、ロマンとはほど遠いダイとポップのお話です(笑)

 最初は全然自分に構ってくれないポップに対してダイが拗ねたり、あるいは夕日の海で二人、シリアスに語らせようか等と思っていたはずが、なぜかこんなお気楽おバカ話になりましたv

 実は前回の話の続きになってますが、シリアスの後にギャグな展開になっていますね。

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