『踊る落ち葉の風に隠されて』
  
 

「あっ、こらっ、ダイ、なにやってんだよっ!? おまえ、力をいれすぎっ!」

 容赦なく飛んでくるその文句に、ダイはこてんと首を傾げずにはいられない。

「えー、おれ、別に力なんか入れてないよ?」

 それは、紛れもなく真実だった。
 ダイにしてみれば、ちっとも力を入れたつもりなどない。だが、ポップはダイの反論を聞いて、目に見えてこめかみを引きつらせる。

「はぁああっ!? 力を入れてねえって、それでどうしてこうなるんだよっ!?」

 ――まあ、ポップに文句を言われても仕方がないかも知れない。なにしろ、ダイが壊したホウキは2本、熊手に至ってはすでに3本目なのだから。

「ったく、どうすりゃそんなに壊してばっかりいられるんだよ? だいたいなぁ、落ち葉掃除にゃ力はいらねえんだよ、こうやって軽く集めりゃそれでいいの!」

 柄の長いホウキを持ったポップは慣れた様子で、ざっざと地面を履いて舞い落ちる落ち葉を焚き火の方へと集めていく。ダイなどは同じ様にやっているつもりで危うくホウキを燃やしそうになってしまったが、ポップには決してそんなヘマはしない。

 落ち葉は火付きはいい代わりにすぐに燃え尽きてしまうのだが、さっきからポップが上手く落ち葉を集めているので焚き火の炎は安定している。
 燃えている焚き火に、常にちょうどいいだけの量の落ち葉を継ぎ足す動きの的確さに、ダイは心の底から感心する。

 なにしろダイがやると、ホウキの先だの熊手の先が地面やら木の根に引っかかってばかりだ。それを無理矢理、力任せに引っこ抜こうとするからホウキなぞ軽く壊してしまう。

 だが、ポップがやると、ホウキは全く壊れない。
 ポップの動きは、それ程丁寧とは言いがたいのだが。むしろ雑と言ってもいいようないい加減な動きで、けっこう乱暴にホウキを動かしている。

 少しぐらい取りこぼしが合っても気にすることはないとばかりに大まかに枯れ葉を集めているだけだが、それでいてちゃんと様になっている。
 適当にやっているように見えて、ついさっきまでは地面一杯に枯れ葉が広がっていてやけに散らかって見えていた庭が、ずいぶんとさっぱりしていた。

 確かにところどころに枯れ葉が残っている雑な掃除っぷりだが、よくよく見れば落ち葉は途切れることなくひらひらと落ちてきている。掃除の最中でもお構いなしに降る落ち葉を思えば、この程度いい加減に掃いた方が効率がいいのかも知れない。

「ポップ、すごいね。すっごく、掃除が上手だよ!!」

 ダイは心の底から褒めたのだが、ポップの表情は浮かなかった。

「ンなの、褒められたって嬉かねえよ。ったく、この年になって罰掃除をやらされるだなんて思わなかったぜ……っ。なんでこんなことになったんだよっ!?」

 ブツブツと文句を言い続けるポップに、ダイは至って素直に応えた。

「そりゃあ、レオナに言われたからだろ」

 ポップにしろ、ダイにしろ、落ち葉掃除を自主的に始めたわけではない。やらざるを得ない理由があったからこそ、だ。
 
『ポップ君。ダイ君。今日はお願いがあるのだけど、裏庭の枯れ葉を綺麗に掃除してもらえるかしら? 落ち葉一つ残さないように、徹底的に、ね』

 申し分の無い笑顔のままそう言った姫君は、しかし、目は全く笑ってなどいなかった。

 ついでに言うのなら、お願いだなどと可愛らしく頼んだ割には、決して逆らうなとでも言わんばかりの強烈なオーラがひしひしと感じられた。その圧迫感に、ダイもポップもこっそりと老バーンと初めて会った時のことを思い出したりしたのだが、それを口にするほど二人は無謀ではなかった。

 経験上、勇者と魔法使いは知っている。
 今のレオナのように、怒りを内心に押し込めた彼女こそが一番危険なのだと。もし、ここで命令に逆らったりすれば、なにやらとんでもないことになりそうだと分かっているだけに、二人は即座に頷いた――。


「……けど、レオナ、何を怒っているのかなぁ?」

 いつものことだが、ダイには根本的なところが分かっていない。ポップはその独り言を聞きとがめたのか、げんなりしたような表情を浮かべた。

「何って、あれだろ。夏に姫さん抜きで海に行ったの、まだ根に持っているんだろ」

 言われてから、ダイは少し考えた末にやっと思い出す。だが、腑に落ちないのは変わらなかった。

「だって、あれってずいぶん前じゃないか」

 ダイとポップが海へ行ったのは、真夏の話だ。
 じっとしていたって汗が滲むような夏の日差しは、いつの間にか涼やかな秋風に取って代わった。

 夜も、何かを上にかぶるどころか、ベッドのマットレスだけでも暑く感じられていたはずだったのに、気がつけば夜には肌寒さを感じて上掛けの有り難みを実感する日が多くなってきた。

 そんなにも時間が経っただけにダイにしてみればすっかりと忘れていたのだが、どうやらレオナはそうではなかったらしい。

「どんなに前のことでも、あの姫さんが忘れるわきゃねえだろ。そうだよ、考えてみりゃおかしかったんだ、あの時は説教はされたけど罰は別になかったんだからさ。
 あれからずーっと、虎視眈々と罰掃除をやらせる機会を待っていたんだぜ、きっと。道理で、今回、素直に休暇願を聞いてくれたわけだよ!!」

 ざっかざっかとホウキを動かしながら、ポップがぼやく。
 言われてみれば、ポップの言う通りだった。

 当時、レオナはやたらと忙しかった。それは、彼女の仕事の補佐をしているポップも忙しかったと同義だ。通常なら、ダイやポップが何かをやらかした場合は即座にお説教と罰が待っているわけだが、あれ以来、ダイはともかくとしてポップの休みの日はなかった。

 それこそ休日返上で仕事をこなしているような有り様で、そんな時に罰掃除など命じられてもやる暇などなかっただろう。

 やっと繁忙期に一段落がつき、ポップが喜々として申請した休日を待ち構えていたようにレオナが罰掃除を持ち出してきたのは、きっと偶然ではあるまい。

「くっそー、ほんっと姫さんってば鬼だぜ、鬼っ。大魔王以上の大大大魔王だよ、ホントによ〜」

 ここにレオナがいないのをいいことに、ポップが好き勝手にほざきまくっているが、その点に関してダイは頷けなかった。

「そうかなぁ? レオナって、すごく優しいと思うけど」

 ダイが思わずそう呟いた途端、ポップが信じられないとばかりに叫ぶ。

「はぁあ? おまえ、この掃除範囲のどこを見て、そんなことを言えるんだよっ!?」

 ホウキを持った手を振り回すポップの指さす方を見やれば、そこに広がるのは広大なる風景。
 レオナは軽く『裏庭』と言ったが、パプニカ城には本来、裏庭など存在しない。ただ、城の裏門辺りの外周を便宜的に裏庭と呼んでいるのだ。

 城壁内部は侍女や侍従の手によって毎日掃除されているが、さすがに外周部分外にまでは掃除は行き渡ってはいない。特に、裏門の付近には防風林がある関係上、大量の落ち葉が毎年発生している。

 あまりに量が多いので、若手の兵士達に命じて定期的に清掃させているような場所だった。

 つまり、本来なら一個小隊の人数でやるべき落ち葉掃除を、たった二人っきりでやらされているのである。しかも、ダイは戦力になるどころか、むしろ逆に足を引っ張っている有り様だ。

 ポップがいくら頑張ったところで、とてもとても一人で終わるような量ではないのである。

「これを落ち葉一枚残すなって、そりゃ無茶もいいとこだろ。いっくら履いても履いても後から後から降ってきて、キリがねえしっ! いっそメドローアでぶっ飛ばしたくなるぜっ。こんな地獄の刑罰か永遠拷問みたいなのをやらせる女の、どこが優しいんだよ!?」

 半ばやけっぱちに怒鳴るポップに対して、ダイは自信を持って言い返した。

「優しいよ。だって、ポップと一緒だもん」

 ダイとポップに揃って、罰掃除を言いつけた――それ自体が、レオナの優しさだ。
 少なくとも、ダイはそう思っている。

 単に罰を与えるのなら、レオナは別々に何かを命じればそれでよかったはずだ。なにしろ、仕事に追われていたポップと違ってダイはずっと暇だったのだから。

 だが、レオナはわざわざポップの時間が空くのを待ってから、一緒にやるようにと言ってくれた。ポップやレオナが仕事で忙しい間、ちょっとばかり寂しくて退屈さを味わっていたダイにとっては、今回の罰は願ったり叶ったりだ。

「……」

 ダイの言葉に、ポップは気を呑まれた様に黙り込んだ。
 しばらくぽかんとした顔をして、それからそっぽを向いて頭を掻く。

「…………とりあえず、それ、姫さんの前じゃ絶対に言うなよ、怒りに油を注ぐだけだからよ〜」

 気が抜けたような調子で、それでも文句っぽく言うポップだったが、口調からはさっきまでの苛立ちが抜け落ちていた。

 そのままざっざとホウキが地面を履く音と、パチパチと火が燃える音だけが響く。秋の空気に相応しい静かな音がしばらく合奏していたが、不意にポップが何かを思いついたように言った。

「……にしても、せっかく焚き火をしてるのにただ燃やすだけじゃ芸がないよな。よし、ダイっ、おまえ食堂に行って芋をもらってこいよ」

「芋?」

「ああ、落ち葉焚きっていや、焼き芋が付きものなんだよ。どうせなら、ついでにおやつでも食べようぜ」

「わあ、それ、いいねっ。じゃ、おれ、すぐ行ってくるよっ」

「ああ、さっさと行ってこい」

 二人しかいないんだからサボるなよとポップが念を押すが、そんなのは言われるまでもない。

「うんっ、できるだけ早く戻るよ!」

 サボるだなんて、そんなつもりなど全然ない。
 ポップと一緒なら、罰掃除だって楽しい。
 落ち葉が踊るように舞い散る中、ダイは弾むような足取りで駆けだした――。    END


《後書き》

 落ち葉がテーマの、秋のお話です♪
 ところで作品中では焼き芋は、種類を特定しなかったのはわざとです。焚き火のついでに芋を焼く習慣は世界各地で見られたようですが、日本では焼き芋と言えば即座にサツマイモを連想しますが、筆者が読んだ限りでは西洋ではジャガイモを焼いていた話が多かったです。

 荒れ地で降雨量が少なくても育つジャガイモは、ヨーロッパでは重宝されてほぼ主食扱いされていました。

 が、ジャガイモは寒さには強いですが湿気が多い場所では上手く育ちにくいので、日本では普及するのが遅かったようですね。梅雨がありますし(笑)
 同じく荒れ地に強く、水分が多めだと良く育つサツマイモの方が育てやすかったみたいですね。

 ダイ大ワールドではどちらの芋に合った気候なのか分からないので、名前はぼかしてみましたv

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