『紅葉の並木道で繋がる指先』
 

「最近すっかり、寒くなったよなぁ」
 
 手にハァーっと息を吹きかけながら、ポップがしみじみと呟く。その隣を歩きながら、ダイはこっくりと頷いた。

「うん、そうだね」

 そう答えた瞬間、なぜか一瞬、ポップが鋭い視線をこちらに向けたような気がしたが、ダイはあまり気にしなかった。

 敵の気配や視線には敏感なダイだが、今、隣にいるのはポップだ。ダイにとって無条件で信頼できる、勇者の魔法使い。彼に対して、警戒を向ける必要性など、ダイは一度も感じたことはない。

 だからこそ、ダイはポップがじぃっとこちらを見つめつつ、それでも軽妙な口調は崩さないまま言葉を続けたのにも、注意を払わなかった。

「こう寒くなってくるとさ、朝も起きるのが辛いよな〜。いつまでもベッドから出たくないって思っちまうぜ」

「うん、おれもそう思うよ」

 今度も、ダイはすとんと頷いた。
 ダイの故郷、常夏の島であるデルムリン島では考えられないことだが、世界の多くの地域には四季がある。

 今は、秋も終わりかけにさしかかった頃だと教えてもらった。この季節は、日を追うごとにどんどんと肌寒さを増していく。一昨日よりも昨日、そして昨日よりも今日と、毎日少しずつ気温が下がっていくのが肌で分かる。

 特に朝はそれは顕著に感じられて、暖かいベッドから起きると冷たい空気が肌をぴりぴりと突き刺さるようだった。思わず身震いしたくなるような寒さに、冬ごもりしたがる動物や怪物のようにまた毛布に潜り込みたくなったのは、一度や二度ではない。

 もちろん、日によって天気が良かったり、気温的に逆戻りするなどの多少の差異はあったが、それでも少しずつ天候が変わっていく。普段はあまり気にならないのに、ふと気がつくと数ヶ月前とはガラリと変化している。
 それが季節の移り変わりと言う物らしい。

 確かに、少し前まではパプニカはデルムリン島と大差がないぐらい暑い日が続いていた。だが、いつの間にか季節は移ろい、すっかりと寒くなってしまったのがダイにも分かる。

 周囲の景色だって、驚く程にその色を変えていた。青々としていた緑の葉は、格段に減った。茶色く枯れて落ちる葉が一番多いとは言え、中には色鮮やかな赤やら黄色やらに色を変える木々もある。

 今、ダイとポップが歩いているのも、見事なまでに赤く染まった紅葉が広がる並木道だった。
 その景色は、夏とは全く違っている。

 だからこそダイはポップの言葉に心から同感して頷いたのだが、ポップの目つきは一層剣呑になる。次に投げつけられた言葉には、はっきりとした棘が混じっていた。

「…………おめえ、適当に頷いてるだけで、そんなことちっとも思ってねえだろ?」

「え? そんなことないよ」

 突然の疑惑に、ダイは即座に否定した。
 そもそも、ダイは人の言葉に適当に頷くような真似はない。根が真面目なせいか人の話はきちんと聞く方だし、相手がポップなら尚更だ。なのに、そんな疑惑を持たれるだなんて理不尽もいいところだ。

 現に今だって、ダイはポップの言う通りだと思っている。日常のなんでもないことでも、自分の思っていることや感じていることが友達と共感できていると思うと、それだけで嬉しい。
 だからこそそれを認めてもらいたくて、ダイはしっかりと主張した。

「おれ、ここんとこ寒くなったって、ずっと思っているよ」

 その言葉は掛け値無しのダイの本心だったのだが、ポップの方はそんな態度も我慢ならないとばかりに大袈裟に首を横に振る。

「んなわけあるかよ。
 おまえ、ベッドから出たくないとかぬかしてたけど、毎朝、毎朝、日が昇るか昇らないかのうちにおれの部屋に連日押しかけて来てるじゃねえか」

 ポップの指摘は事実だが、寒いのと、それは別問題だ。
 ダイだって、早朝、ぬくぬくと暖まったベッドから出るのは嫌だと思っている。だが、それ以上に、ポップの所に行きたいだけだ。

 しかし、それをダイが説明するよりも早く、ポップが事件を解決する名探偵張りにびしりとダイを指さし、声も高らかに宣言した。

「だいたいだあなぁっ、てめえときたら未だに半袖どころかノースリーブで平気な面している癖に、説得力がカケラもねえんだよっ!!」

「え?」

 きょとんとしてから、ダイは改めて自分の格好を見下ろした。
 ポップに指摘されるまで意識さえしていなかったが、確かにダイの格好はノースリーブのシャツにズボンと言う格好だ。

 が、この格好は動きやすいのでダイにとって定番中の定番、ほぼ毎日のように着ている服そうなだけに、深く考えたことなどなかった。だが、ポップは腹立たしげに怒鳴りつけてくる。

「前々から言おうと思ってたんだけどなぁ、その格好、見ているだけでさみいんだよっ! なんでてめえは年がら年中おんなじ格好してやがるんだよ!?」

 何でと言われても、それが楽だからとしか言いようがない。
 そもそもダイにしてみれば、服なんて物はあってもなくてもどうでもいいものでしかない。常夏のデルムリン島では、裸でだって問題なく過ごせた。

 まぁ、育ての親のブラスが人間はちゃんと服を着るようにとしつこく説教し続けたから、なんとか着服の習慣は身についたものの、あまり服に関心がない点までは矯正は及ばなかった。

 その考えは、パプニカ城に居候してからも変化はない。
 時々、侍女やら家庭教師やら三賢者達が「たまには違う服を着てみるのもいいんじゃないですか?」などと言いながら新しい衣装を持ってくることがあるが、ダイは非常時以外は一貫して以前と同じような服を着ることにしている。

 みんなが勧めてくる服は、見た目は立派だが動きにくい服が多いのだ。活動的なダイにしてみれば、袖でさえ動くのに邪魔になる。だから、貰った服は大抵、タンスにしまい込んだまま放置していて、非常時以外は日の目を見ることはない。

 ちなみに、非常時とはレオナが今日は絶対にこの服を着ろと命令する時のことである。

 だが、幸いなことにそんな非常時はそう多くはない。
 大きなパーティだの公式行事がある時のレオナは絶対に服装に妥協してくれないが、それ以外の日は彼女は至って寛大だ。ダイの好きなようにしてくれていいと言ってくれるし、有言実行を貫いている。

 だから、これまでダイは自分の服装について特に考えたことなど無かったのだが……ポップに責められて初めて、疑問がこみ上げる。

(え? え!? えぇっ!? これじゃ、いけなかったのかな!?)

 今だって、ダイは服なんてものは着ていればセーフだと思っている。が、ポップの口調から察するに、これはどうやらアウトに近いらしい。
 だが、夏と同じ格好をしているののどこが悪いのか、ダイにはさっぱりと分からないままだ。

「でっ、でも、ポップだって、夏だって今だって同じような格好しているじゃないかっ」

 ダイのなけなしの反論に、ポップは呆れた様にため息を一つつく。 

「ぜんっぜん違うっつーの。夏に着ていたのは、夏服だろ。長袖とかでも、生地が薄くて見た目より涼しいんだよ。で、今着ているのは冬服。生地とかが厚くて、寒さに強くなってるんだよ。
 それにほら、マフラーとか手袋もしてんだろ?」

 そう言いながら、ポップは自分の首から垂れ下がる『布きれ』を振って見せる。それは、今日、出掛ける時にポップが首回りに緩く巻いたものだった。
 確かに、そんな布はポップは夏には身につけていなかったのは覚えている。が、ダイにはその布きれの効果など分からなかった。

 首に巻く物と言えばネクタイを真っ先に思い出すが、首を詰めるように巻き付けるネクタイと違って、その布地はずいぶんと緩く巻かれている。

 普通の布に比べると、ずいぶんと目が粗いというか、ざっくりとした印象の細長い布だ。糸目がはっきりと視認できる布地で、見るからにすかすかしたそれは防御力のカケラもありそうもなかった。

「それ、なんか意味があるの?」

 聞いてみると、ポップはげんなりとした表情を見せる。

「……そっからかよ。あー、もう、これだから野生児育ちはよ〜っ」

 頭をがしがしと掻きむしってから、ポップは自分の巻いていた布きれをさっと取り、ダイの首へと巻き付けた。
 もし、これが他の誰かにされたのなら、ダイは首を絞められるのかと警戒して振り払うか、避けただろう。

 だが、ポップが相手だったからダイはされるがままにじっとしていた。ふわりと柔らかい感触が、首回りを包む。そうされてから、ダイは目をまん丸くして呟いた。

「うわ、これ、あったかいね」

 一見粗く見えたその布地は、実際に肌に触れてみると驚く程心地よかった。ふわふわとした感じのその布は、首回りを優しく保護してくれる。頼りなげだった布地なのに、それは不思議なぐらいしっかりと風を防いでくれるらしい。

 そうやって首元を覆われて、初めてダイは喉元がすうすうとしていたことに気づいた。

 これまでは多少寒いと思っても、これぐらいは当たり前だと思っていたから気にならなかったが、こうやって首に布を一枚巻き付けるだけで体感温度が格段に違ってくる。

「だろ? 手だって、手袋でずいぶんと違ってくるんだぜ」

 そう言って、ポップは手にはめていた手袋を外してみせる。それは、普段ポップが常につけている薄い皮製のものではなく、ダイが首に巻いた布と同じようなざっくりとした糸で作られたものだった。

 簡単にすぽっと取れてしまうその手袋は、確かに首に巻いた布と同じ効き目があるようだった。

 ひょいとダイの手を掴んだポップの手は、びっくりするほど暖かかった。基本的にポップよりもダイの方が体温が高いので、いつもならポップの手に触れるとひんやりと感じることが多いだけに、その暖かさは驚きだった。

「あれっ? 今日、ポップ、手があったかいんだね」

 驚いてそう言うと、ポップが苦笑する。

「ばーか。おまえの手が冷たいだけだってぇの」

 そう言われてからやっと、ダイはその事実を実感する。
 ダイ自身は自覚もしていなかったし、気づいてもいなかったが、どんどん下がってくる気温はやはりダイにも影響を与えていたのだ。

 たいしたことがないと思っていたのに、やっぱり寒かったのだろうとダイは
思う。
 人肌が、こんなにも暖かく感じられるのだから。

「な? いっくらおまえがばかな上に竜の騎士でも、やっぱり寒いもんは寒いんだよ。いつまでもそんな格好してないで、ちゃんと暖かくしてろって。
 天下の勇者様が風邪を引いたりしちゃ、カッコつかねえだろ?」

 貶し文句混じりのそのお説教を聞いて、今度こそダイはすんなりと理解した。

(ああ、そっか――)

 文句をつけたり、怒ったり、呆れたりしてはいたが、ポップが本当に言いたかったのはこの一言だったのだろう。

 ダイを心配して、あれこれ言っていてくれていたのだと……分かった途端、心の奥でじんわりと暖かいものが広がる。
 それは、今、握り占めているポップの手と同じか、それ以上に暖かいものだった。

「うん……、今度から、ちゃんとあたたかくするね」

「おー、そうしろって。じゃあ、今日はそろそろ城に引き上げるか? おまえだって、そのままじゃ寒いだろ?」

 そう言われて、ちょっぴり残念と思わなかったと言えば嘘になる。
 せっかくのポップの休日に、城の外をのんびりと散歩できる機会などそうそうはないのだから。

 が、今日はもう、そこそこ散歩を楽しんだし、なによりもポップからマフラーを借りたままで外をうろつくのは、あまりやりたくはない。ダイが暖かくなった分、ポップが寒い思いをするぐらいなら、城に戻った方がいい。

「うん、帰ろうよ、ポップ」

 そう言いながら、ダイはポップの手をしっかりと握り占める。そのまま歩き出したダイに、ポップがわずかに顔をしかめた。

「なんだよ、もう手を放せって」

 するりとダイの手から抜け出そうとした細いその指先を、ダイはしっかりと繋ぎ止めた。

「えー、もう少し! だって、まだ寒いんだもん」

 ポップのためを思えば、手を放してあげた方がいいとは分かっていた。
 だが、触れあったポップの手があまりにも暖かくて、とても手放せない。どうして、これまでこの手がなくて平気でいられたのか分からないぐらいだ。だから物にしがみつく子供のように、ぎゅっとポップの手を握り占めずにはいられない。

 それでも、ポップが振り解くのなら放すつもりだったが、勇者の魔法使いはしょうがないなとばかりに笑った。

「ったく、しょうがねえな。じゃあ、もうちょっとな」

「うんっ!」

「あーあ、そんなにしがみつくほど寒かったのなら、早く言えよな〜。よし、城に戻ったらなんか、暖まる飲み物を作ってやるよ」

 笑いながら、ポップはそう言ってくれた。
 その言葉はそれで嬉しかったが、それ以上に今は、ポップの温かい手を手放したくはなかった。だからダイは、いっそうしっかりとポップの手を握りしめる。

 赤い紅葉に負けないほど赤い夕日に照らされながら、二人の手はしっかりと繋がれていた――。  END

 
 

《後書き》
 ダイ大世界には四季はないと言うのが公式発表ですが、個人的には四季が好きなので思い切り捏造しまくっています(笑)

 ダイはきっと、冬になっても夏のままの格好で飛び回っていると思っています。寒さにも暑さにも強いタイプですね。
 で、ポップは暑さにも寒さにも弱くて、どっちの季節にもぶーぶーと文句を言っているイメージです(笑)

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