『お化け小屋の幽霊騒動 ー前編ー』
  

「おっ、おれはっ、ぜーんぜんっ、ちーっとも怖くなんかないもんねっ!」

 誰よりも強気に、声高に言い放ったポップの髪に結んだバンダナがひらりと揺れる。
 鮮やかな黄色のそのバンダナは、昔、読んだ絵本に出てくる勇者のそれに、そっくりだ。

 ポップの大のお気に入りだったその勇者の絵本を、ジンもラミーも何度となく読んだ。と言うよりも、本を抱えて押しかけて来たポップに、半ば無理矢理見せられたものだ。当時、ジンもラミーもその本を読みはしなかった。

 と言うより、読む必要さえもなかった。
 文字が読める前から暗唱できるほどその本が好きだったポップは、二人が読むよりも早く、得意げに内容を教えてくれたのだから。

 絵本の中の勇者は、まさに勇者だった。どんな危険な場所に行く時も、勇者は少しも怖がる素振りも見せずバンダナを颯爽と揺らして旅立っていく。

 ……が、今、目の前にいる少年は、そんな姿とはかけ離れていた。
 髪にバンダナを巻いているところまでは同じだが、似ているのはせいぜいそれぐらいか。

 怖くないと言い切った口は達者なものだが、その顔は見るからに青ざめて引きつっているし、足はすでにガタガタ震えつつも、逃げ場を探しているようにじりじりと後ずさりかけている。
 むしろ、この有様でよくもまあそんな強がりを言えたものだと呆れるぐらいの有様である。

(それじゃバレバレだよ、ポップ……)

 と、ジンは思うのだが、それを口に出しはしなかった。
 幼なじみだけあって、ジンはポップの意地っ張りさを嫌と言う程よく知っている。もし、ここでポップに本当は怖がっているのだろうなどと指摘をすれば、この意地っ張りがますますムキになって意地を張るのは目に見えている。

 そうなる前に、なんとか穏便にこの場から退散したいなと思ったジンの心を読んだようなタイミングで、ラミーが口を開いた。

「ポップ、もうやめましょうよ。あたし、そんな所なんか行きたくないわ。それより、もう帰りましょうよ」

 ここら辺が引き際と見切ったのか、ラミーがさりげなくポップの腕を引っ張っろうとする。それに乗っかってジンもその場から離れるつもりだったが、そううまくはいかなかった。

「なんだよぉ、逃げるのかぁ? やっぱり、怖がってるじゃんか!」

 勝ち誇った様にそう言ったのは、ジン達よりも2、3才年上の村の男の子達だ。いかにもわんぱくそうな彼等は、そうは問屋が卸さないとばかりに、横並びになってジン達三人の行く先を塞いでしまう。
 そして、ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべつつ挑発的に言い放った。

「やーい、弱虫ポップ! ホントは怖くてしょうがねえんだろぉ?」

「はんっ、口でなら何とでも言えるさ。本当はビビっちまっているくせによ〜」

 そんな風に言われるのが腹立たしい気持ちは、ジンとてよく分かる。が、調子に乗りやすいが飽きっぽい年上の悪ガキ達は、何時までもしつこくからかってくることはない。

 時に女の子や年下の子をからかいはするが、一旦離れてしまえばすぐに別の遊びに気を取られるような、忘れっぽい子達だ。この場は逃げてしまった方がいい――と、ジンもラミーも思っていたのだが、ポップは妙に意地っ張りな上に負けず嫌いだった。

「だから、怖くなんかないって言ってるだろっ! いいよっ、お化け小屋ぐらい、いくらだって行ってやるよっ!!」

 売り言葉に買い言葉。
 負けん気のままにそう叫び返した幼馴染みの軽率さに、ジンとラミーはあきれ顔で目を見交わした――。






 お化け屋敷ならぬ、お化け小屋と呼ばれる小さな家がランカークス村にはある。
 まあ、正確に言うのならば、それはランカークス村付近の森の中にあるので、村の中とは言えない場所だが。

 村の大人達の話に寄れば、その小屋は昔は炭焼きの老人が住んでいたらしい。しかし、その老人には跡取りもいなかったし、彼が死んだ後は誰からも見向きもされない小屋となっていた。

 もう何年もの間ほったらかしにされているその小屋は、相当にボロボロだった。屋根やら壁やらには幾つか穴が開いてしまい、すでに雨風を凌ぐ役目すら危うい雰囲気だ。
 その外見から、ここは子供達からはお化け屋敷ならぬお化け小屋と呼ばれている。

 村から少し離れた森と言う不便で行きにくい場所に立っているせいもあり、子供達もそんなところになぞに寄り付きはしない。そもそも森の奥自体、危ないから子供だけで遊びに行くなと止められている場所なのだ。

 ゆえにお化け小屋は、子供達にとっては普段は忘れ去っている噂話の一つに過ぎない。
 だが、ここ数日、お化け小屋は話題のホットスポットになった。

『おい、知ってるか!? あのお化け小屋の近くで、夜、人魂を見た人がいるんだって!』

 最初にそう言いだしたのが誰だったのか、今となっては分からない。が、その噂は村の子供達の間に、驚くべき速さで広がっていった。

『知ってる、知ってる! なんでも、あの小屋には幽霊がいるって話らしいよ』

『男の唸り声が聞こえたって、隣のおじさんが言ってたよ。前にあそこで死んだ人の霊なのかな……』

『ねえねえ、知ってる? あそこに近付くと、幽霊にとり殺されちゃうんだって!』

 ランカークス村は、はっきりいって田舎で娯楽が少ない。それだけに物珍しい噂は、それこそあっと言う間に広がる。今や、お化け小屋は村の子供達にとっては、これ以上ない関心を集める場所となっていた。
 となると、そこに行きたがる子供が出てくるのは必然とも言える。

 そして、こんな場合、冒険心を思いっきり膨らませて行動したがるのは、決まって男の子の方だ。

 しかし、残念ながらと言うべきか噂が気になって仕方がないくせに、実際にそこに行く勇気を持つ少年はこの村にはいなかったらしい。少なくとも、一人で堂々と行くだけの強者はいなかった。

 だが、一人ではなく、みんなで行けば怖くない――そう思ったらしく、わんぱく坊主達が熱心に周囲に声をかけはじめた。しかし、素直に「怖いから一緒にいこう」と誘うのはプライドが許さなかったのか、やたらと相手を小馬鹿にするような口調で話しかけてくるのが厄介だった。

 やたらと挑発的に行こうといい、少しでも嫌がる素振りを見せると怖がっていると決めつけて馬鹿にしてくる有り様だ。そんな風にされれば大半の子は協力するどころか、嫌がって離れていく……まんまと挑発に乗ってしまう、ポップのような一部の例外は除いて。

「じゃあ、夜にここで待ち合わせな!」

「ビビらずにちゃんと来いよな、ポップ! それにジンやラミーも逃げんじゃねえぞ!!」

「ああ、来てやらぁ!」

 と、勢いよく返事をするポップには悪いが、ジンは思わずにはいられない。

(……なんで、おれまで巻き込まれてるんだろ……)

 ジンとしては、お化け小屋なんかに行きたくない。
 まだ、昼間にみんなで探検に行くのならノるだろうが、夜になってから行けと言われれば二の足を踏む。と言うより、全力で遠慮したい。

 誰にも打ち明けたことはないが、ジンはお化けだの幽霊だのはあまり好きでも無ければ得意でも無い。噂を聞くぐらいならいいが、見たいとは欠片も思わないし、できるならうーーんと遠い関係でいたいと思っている。

 が、だからといってそんな思いを素直に口にするのは躊躇ってしまう程度には、ジンも男としてのプライドがあった。そのせいで、素直に行きたくないとも言えずにモヤモヤと黙り込んでいるだけのジンと違い、男のプライドや意地なんてものとは無縁な女の子ははっきりしていた。

「嫌よ、ぜーったい行かない!
 怖いから嫌に決まっているじゃない、だいたいあそこ、汚くて服だって汚れそうだし! 幽霊はいなかったとしても、虫は絶対にいそうだし! 昼間だって入りたくないのに、夜になんかいくわけないわよっ!!」

 何の衒いもなく自分の恐れを口にできるラミーは、当然のようにぴしゃりと断る。
 これがもし、ジンが言った台詞なら、悪ガキ達が突っかかってきて一悶着が発生しただろう。

 が、女の子で、しかも元々来る気はないと言い張っていたラミーのこの宣言に関しては、さすがの悪ガキも文句をつける気はないらしい。ただ、ラミーに向かって半ば脅しつけるように付け加えるのだけは忘れなかった。

「はんっ、これだから女はしょうがねえよなー」

「それより、ラミー。分かってると思うけど、このことを大人達にチクったりしたら、ただじゃおかねえからな」

 年上の男の子らの脅しに、ラミーは全く動じる様子も見せない。

「言うわけないでしょ、バカバカしい。だって、そんなことしたってあたしには何の得もないもの」

 むしろ鼻で笑うような調子でそう言われて、男の子達は一瞬鼻白んだ表情を見せる。が、まあ、それならそれで都合がいいのには違いがないので、偉そうな態度で頷いた。

「お、おう。じゃあ、ちゃんと黙っとけよ」

 威張りまくる男の子達をどことなく冷たい目でチラッと見やった後、ラミーはちょっと強引にジンとポップの腕を引っ張った。

「じゃ、もう帰りましょ! 急がないと、暗くなっちゃうもの!」

 そう言って三人一塊になって歩き出したが、今度は悪ガキ達もそれを止めはしなかった。

「じゃあ、後でちゃんと来いよ!」

 それを捨て台詞に、彼等も慌てた足取りでそれぞれの家に向かう。保守的な考えの親の多いランカークス村では、夕食に遅れた子供はこっぴどく叱られるのが普通だ。下手をすれば、尻叩きの末に食事抜きになりかねないと分かっているだけに、悪ガキ達も急いで家路に向かう。

 彼等の姿が見えなくなった頃を見計らってから、ラミーがプリプリしながら口を開く。

「まったく、あの子達ったらバッカみたい! あんなの、付き合う必要なんかないわよっ! ポップもジンも、行かない方がいいわ!!」

 ラミーのその言葉を聞いて、ジンは内心ホッとしていた。成り行きから自分も拘わらなければならないような流れになっていたが、正直、行きたくなどない。それだけに、行かなくていいと言ってもらえて心強さを感じていたのだが、ポップの意見は違っていた。

「いーや、行く!」

「えっ、本気で? なんで、そんなにムキになるんだよ?」

「だって、あんなのホントのわけ、ねえもん! 幽霊なんかいるわけねえだろ、何かの見間違いに決まってら!」

 きっぱりとそう宣言したポップに、ジンとラミーは気を呑まれたように黙り込む。が、納得しきれないとばかりに反論したのはラミーが先だった。

「でも、見たって人はいるのよ? あたし、聞いちゃったもの、お店に来たお客さんで、夜に森を通りかかったら怪しい光を見たって……!」

 村で唯一の道具屋、もとい雑貨屋の娘であるラミーは、店の客の話を耳にする機会が多い。そのせいか、噂に敏感な方だった。
 そして、村長の息子であるジンも噂を聞く機会は多い。

「うん、おれも聞いたよ。宿屋のとこのおばあちゃんが、うちのおじいちゃんに愚痴ってた。なんでもお嫁さんが夜に外に出たら、森の奥の方で人魂だか、人影を見たって言ってたんだって」

 現村長はジンの父親だが、祖父は先代村長だ。腰を痛めてからと言うものの息子に実権を譲りはしたが、前村長として村人に慕われている。

 数年前に代替わりしたばかりなので、年配の村人は些細な問題や相談などは未だに前村長に持ちかける場合も多い。
 それを知っている武器屋の息子は、真剣な顔で問いかけてくる。

「じゃあ、村長さんやジンのおじいさんは人魂を退治する気なのか?」

「ううん、おじいちゃんは人魂のことはなにも言ってなかったよ。って言うか、宿屋のおばあちゃんだって、人魂のことよりもお嫁さんと息子の愚痴ばっか言ってたし」

 小さな村では、村長は村全体の面倒を見るのが普通だ。
 村人同士の諍いや揉めごとを根気よく聞いて、丸く収めるのも村長の仕事の一つである。

 人魂が怖いから夜に外に出るのが嫌だとダダをこねる嫁を叱ったら、嫁いびりだと大袈裟に騒ぎ出して、息子がそれを宥めようとして見事に失敗したらしい。

『おいおい、勘弁してくれよ、母さんだって悪気はないんだから……』

『なによ、あなたっていつだってお義母さんの味方ばっかりするのね!』

『い、いや、そんなことはないよ。ただ、若い娘でもあるまいしお化けが怖いとか騒ぐなんて子供っぽい真似なんか止めて……』

『まあっ、若い娘じゃなくってすみませんでしたわねっ! やっぱり、男なんてマザコンの上に若い娘にばかりいい顔を見せようとするのね!!』

『おい、そんな言い方はないだろう!? だいたい、おまえこそすぐにそうやってヒスばかり起こすのはなんとかしろよ!』

 売り言葉に買い言葉と言うべきか――嫁姑戦争どころか若夫婦の大喧嘩まで発生してしまい、やれ実家に帰るだの、別れるなんて許さないだのと騒ぎまくっていた。

 それを愚痴りまくる老婆を宥めつつ、喧嘩した若夫婦の機嫌を取りなして喧嘩を治めるのはなかなか大変な作業だったようで、祖父だけでなく父親や母親までもが総動員で駆り出された。

 彼等の仲直りに全力を注いでいただけに、幽霊だの人魂の方は全く放置されていた。と言うよりも、忘れられていたと言った方が正しい。
 が、ポップはジンの話を聞いて、何故か得意そうに言い放った。

「ほら、村長さん達が退治しないってことは、やっぱり幽霊なんかいないんじゃないか!」

「いやぁ……別にそうとは言い切れないと思うんだけど」

 祖父や父達の苦労っぷりを目の当たりにしていたジンは正直な感想を言ったのだが、ぼそぼそと小声で言ったのが悪かったのか、ポップどころかラミーにも聞こえなかったらしい。
 すでに二人の争点は、別の所にずれていた。

「バカみたい、お化け小屋になんて行くことなんかないでしょ、やめなさいよっ」

「やだよ、やめるもんか! 行くったら、行くんだよ!」

「いっておくけど、あたしはぜーったい行かないわよ? いい、ホントに行かないんだからね? 止めるんなら、今のうちなんだから!」

 小さな頃からラミーとは仲良しのジンには、それが彼女特有のフリだとするに分かった。口とは裏腹にジンとポップだけを行かせるのが心配なのも、分かっている。
 が、それが分かっているだろうに、ポップはどこまでも意地っ張りだった。

「いいよ、おれ一人でもいくから! そんなに怖いのなら、女はすっこんでろよ!」

 心配してくれているとは言え、しつこく食い下がるラミーに業を煮やしたのか、ポップはつっけんどんにそう突き放す。
 が、それはポップが臆病だと言われて腹を立てるのと同様に、ラミーにとっての地雷でもあった。

「なによ、いいわよっ、もう知らないっ! ポップもジンも勝手にお化け小屋に行って、お化けに食べられちゃえばいいんだわっ」

 腹立ち紛れのあまりかそう怒鳴ってから、ラミーはプンプンに腹を立ててさっと二人から離れる。いつもならば、三人そろって分かれ道まで一緒に帰るのに、こんな風にさっさと一人だけ別行動を取る辺り、本気でお冠らしい。
 そんなラミーに対して、ポップはわざとらしくそっぽを向いているばかりだ。

「え、ちょ、ちょっと待てよ、ポップ。ラミーに謝らなくていいのかよ?」

「いいよ、あんな奴! あいつなんか来なくっても、ちっとも怖くなんかねえよ! ジンだってそうだろ!?」

(いや、問題はそこじゃないんだけど……)

 この期に及んで、まだそんなことを言い張っているポップの意地っ張りさに、ジンは頭を抱え込みたい気分だった。
 ラミーの機嫌を損ねてしまったのは気にはなるが、まあ、それはいい。

 気分屋のラミーと短気なポップはなにかとぶつかり合って喧嘩をすることが多いが、その分、仲直りも早い。前の日に大喧嘩しても、次の日にそんなことは忘れたかのようにはけろっと笑い合っているなんて、珍しくもない。

 むしろ、ジンがやきもきして仲を取り持とうとした方がかえってこじれることが多いと学んでからは、二人の口争いにはできるだけ関わらないようにしている。

 が、問題なのは、その後だ。
 ラミーもそうだったが、ポップの言い方だと、まるでジンまでもがお化け小屋探検派の様に聞こえてしまう。じんとしては、その点だけはなんとしても誤解を解いておきたかった。

 だが、男の子の常でやや口下手傾向のあるジンが口を開くよりも先に、教会の鐘が鳴り出した。夕刻を告げる鐘の音をきいた途端、ポップが顔色を変える。

「あっ、いけね、もう帰らねえと。夕飯に遅れたら飯抜きにされちまう! じゃ、ジン、後で村はずれでな!」

 それだけ言うと、ポップは引き留める間もなく走り出した。腕相撲や力比べならともかく、足の速さではジンはポップには到底かなわない。あれよあれよという間に目の前から消えてしまった二人の幼なじみを、ジンは呆然と見送るしかできなかった。

「いや、だから……おれは、別にお化け小屋になんか行きたくないんだけど……」

 ジンのこぼしたぼやきは誰の耳にも届かず、むなしく風にかき消されるばかりだった――。 《続く》
 

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