『そして、彼は賢者になった ー前編ー』

  

 その人は、紛れもなく世界最高の魔法使いだった。
 軽く杖を振るうだけで、信じられないぐらい巨大な炎を生み出す。十何人もの子供達を周囲に集め、一瞬で空を飛んで遠く離れた地へと移動するのもこともなげに行った。

 瞬きをする間に幾つもの奇跡のような魔法を生み出したその魔法使いの名は、大魔道士マトリフ。

 その強大な魔法力もさることながら、彼は外見までもが理想的な魔法使いだった。老齢でありながらキビキビと動き、知性を感じさせる強い眼差しが一際印象的なその老人は、まさに絵本からそのまま抜け出してきたかと思えるほどだ。

 その姿が、子供達にとってどれ程魅力だったことか。
 魔法王国として名高いパプニカ王国では、お国柄も手伝って子供達は戦士よりも魔法使いや賢者に憧れを持つ傾向がある。ほとんどの国では男の子にとって戦士こそが一番の憧れとなるが、パプニカでは男女ともに魔法使いに憧れる物だ。

 子供達は一瞬で、彼の魔法の虜となった。
 魔法使いの頂点に立つとまで呼ばれた伝説級の彼に憧れ、彼のような魔法使いになりたいと強く心に思ったものだった――。






 パプニカ城からはさほど離れていない、岬の崖下に位置する大きな岩。
 一見するとただの岩山にしか見えないが、近付いてみればそこが洞穴を岩が扉のように隠していると分かる不思議な場所だ。自然に出来たとはとても思えないその洞窟の前に立ったのは若き賢者だった。

 パプニカ王国の三賢者の一人、アポロ。
 20歳の若さで三賢者のリーダーに抜擢され、王女レオナの補佐役として活躍している若き賢者は、一つ咳払いをしてから声を張り上げた。

「失礼します、マトリフ師はご在宅でしょうか?」

 場所にそぐわないほど丁寧な呼びかけは二度、三度と繰り返されたが、返事はなかった。それを悟って、アポロは少し眉を寄せる。
 子供の使いでもあるまいし、返事がなかったからそのまま帰ってきました、では話にならない。

 かといって、返事がないからと勝手に中に入るのはあまりにも非礼だ。いくらこの洞窟に扉らしい扉がないとは言え、ここが人の住居だと知りながら無許可でズカズカと足を踏み入れるのは気が引ける。
 一体どうしようかと真剣に悩みこむアポロに、真後ろから声がかけられた。

「ほう、どこかで見た奴だと思ったら……なんでえ、うちに用事か?」

 ハッとして振り向くと、そこにはバケツと釣り竿を持った老人がいた。普通、老人と言えば歳と共に角が取れて柔和な印象を与えるものだが、彼の場合はそうとは言えない。

 年を取っても、険を含んだ鋭い眼差しは一向に揺るがない。気配すら感じさせずに自分の後ろを取った老人に対して、アポロは最大の礼を持って頭を下げた。

「はい、ご無礼かと思いましたが、細やかな届け物を持って参りました。よろしければお納めください」

 アポロがそう言い出すまでもなく、マトリフはとっくに彼が手にしている荷物に注目しているのは分かっていた。値踏むような視線を感じ、アポロはいつになく緊張するのを感じていた。

 名声も高いマトリフだが、彼は悪評も同じくらいに高いことで知られている。

 先代の王に強く望まれ、マトリフがパプニカの宮廷魔法使いとして辣腕を振るったことは、宮廷に拘わる者ならば誰もが知っている有名な話だ。聞いた話に寄れば、マトリフは短い在任中に大がかりな政治改革を行い、先王の治政を整えたと言われている。

 しかし異例の出世を遂げた彼への妬みに繋がったのか、マトリフがとっくに宮廷を去った今でも、彼への不満や嫉みを口にする者は多い。
 その多くは根も葉もない噂に過ぎないが、中には真実に近い噂もある。その一つが、マトリフは偏屈な男だと言うものだ。

 宮廷を去った後は、王にいくら要請されても城に顔を出しもせず、報償を与えると言う知らせにもそっぽを向いたと、貴族達が昨日のことのように憤慨して騒いでいたのをアポロは聞いたことがある。

 実際にマトリフと対面して、アポロはそれがただの噂ではないことを実感した。

 ダイやレオナの危機を救ってくれたマトリフは、間違いなくパプニカ王国にとっての恩人だ。フレイザード戦の後、パプニカ城に戻って王政を立て直したレオナは、早速マトリフに丁寧な礼状と報償を用意した。

 戦時下であり、そうたいしたものは用意は出来なかったとは言え、仮にも王女からのお礼の品だ、それなりに立派な物を選んだつもりだ。また、本人にその気があるようならば、好条件で城へ招聘する心づもりもあった。

 だが、礼を述べるためと交渉のためにエイミとマリン姉妹が使者として立ち、兵士に運ばせた贈り物の数々は、手も着けられずに突き返された。

 庶民ならば家族数名が一年ほど不自由なく暮らせる程度の金貨に加え、魔法使い用の特上の長衣や杖を用意したのだが、そんな物など要らないと鼻先で笑い飛ばし、二度と来るなとさえ言われたという。挙げ句に、エイミ達にセクハラをしていたと兵士達が憤慨していたものだ。

 だが、主君のレオナが「そうなるんじゃないかと思っていたけれど、やっぱりね」と笑って、今後は大魔道士マトリフへの礼は不要と言い切った。

『どうせ本人も感謝してくれないでしょうし、ご機嫌を損ねでもしたら今度こそ冗談抜きで魔法で追い返されるだけでしょうしね』

 それ以来、パプニカ城から公式に彼に関与することはなかった。王亡き今、王女レオナの命令は絶対なだけに、アポロも三賢者の一員としてそれに従ってきた。
 しかし、今日は――。

「……一応、聞いておいてやる。あのお姫さんの命令できたのか?」

 訝しげに訪ねるマトリフの目は、アポロの持つ荷物に向けられている。
 説明するよりも早く、その点に気づいているマトリフの目の確かさに、アポロは我知らず微笑んでいた。

「いいえ、違いますよ」

 アポロが手にしているのは、ごく古ぼけたバスケットだ。一目で使い古しと見てとれるそのバスケットは、たいして大きい物ではない。上に明るい色合いのハンカチが載せられているが、斜めに差し入れられた瓶がにょきっと端から突き出ているの見える。

 それこそおとぎ話に出てくる赤ずきんが手に持っているような、女子供が近場の買い物だのお弁当入れに使うようなような代物なだけに、二十歳を超えた男性が持つのはちょっと気恥ずかしくもある。
 だが、アポロはそのバスケットを丁寧に抱えたまま言った。

「これは、ポップ君に頼まれた物です。中身は軽食とワインだけですが、貴方に届けるように頼まれました」

 そういいながら、アポロはさっとハンカチを取り払って中身を見せる。だが、そうしながらますますおかしさが込み上げてきた。

(これじゃあ、本当に赤ずきんだな) 

 中に入っているのは、本当にたいしたものではない。パンやチーズ、薄切りの干し肉に甘みのない堅パン風のクッキーなど多少日持ちのする食糧が入っているだけだ。それこそ、市場で揃えれば子供の小遣いでも買える程度の安物に過ぎない。

 ワインだって、それほど高い品ではない。
 多少の薬膳効果のある銘柄ではあるが、酒としてはごく弱いために値段は安い。

 まあ、ポップはレオナの許可をもらって城の食料庫の中から好きな物を選んだだけだから一切金銭は払っていないが、どちらにせよ金額的にたいしたものではなかった。

 だがそれでも、ポップ自身が選んだことに変わりはない。ごく質素なその届け物には、相手を気遣う確かな温かさがこもっていた。

「なんでえ、あいつは。赤ずきんちゃんにでもなったつもりなのかよ」

 ちょうどアポロと同じことを思ったのか、マトリフは呆れた口調で言う。だが、その目が存外優しかった。

「ふん、そんなことならもらってやってもいいか。しかし、あんたもご苦労さんなことだな。あんなクソガキに使いっ走りまで押しつけられるとはよ、別に断ってもよかっただろうに」

「いいえ、とんでもない。ダイ君やポップ君は、パプニカにとって恩人ですから。私などで少しでも力を貸せるなら、むしろ光栄だと思っていますよ」

 本心から、アポロはそう言い切った。
 アポロの方が年長とは言え、正直な話、彼等よりも自分が上回っているのは、それぐらいのものだろう。

 現在のパプニカ王国で、一番の実力を持つ若手賢者と言われてはいるが、自分の実力に自惚れるほどアポロは傲慢にはなれない。

 いざ戦場を体験してみて、アポロは自分の力の無さを嫌と言う程実感した。
 命と引き換えにしても主君たるレオナを守ることが三賢者の役割だったはずなのに、戦いの中でレオナを守り切ったのはダイを初めとする勇者一行だった。

 レオナの提案により、世界会議を経て各国の王達が共同戦線を組むことになった現在でさえも、戦いの主軸となるのは勇者一行だ。

 いくら年齢が下であっても、敬意を持って遇するのが当然だとアポロは思っている。だが、残念ながらというべきか、アポロが勇者一行と関われる機会はそう多くはない。

 復興中の上、戦いの真っ最中でもあるパプニカでは、とにかく人手が足りない。レオナの父である先代国王でさえ犠牲になった戦いのせいで、城の男手は特に不足していた。

 自分でも驚きだが、現在、城に残っている重臣の中で一番身分が高い男性はアポロ自身だ。そのせいでアポロは三賢者の中でも一際忙しく、勇者一行と話すことすらままならない。

 エイミなどは少しでも時間に余裕があればこまめに彼らのところに行き、なんだかんだいって交流を深めているのだが、アポロにはそれだけの暇もない。
 それも仕方がないことだと諦めていたのだが、それだけに先日、ポップと偶然会話する時間が持てたのは、細やかながらも嬉しい話だった――。





 その日、アポロは分厚い台帳を手にして、城の地下倉庫にいた。
 大抵の家でもそうであるように、年間通して低めの気温に安定している地下倉庫は食料庫として扱われることが多いが、パプニカ城もそうだった。

 どんな季節であってもひんやりとした地下倉庫で、アポロが行っていたのは在庫の定期調査だった。

 食料の在庫と台帳の数値が一致しているか、不足はないかなどをチェックするのは、本来ならば文官のトップであるアポロがやるべき仕事ではないのだが、何分にも人手が足りなかった。

 その上、平穏時と違ってこの戦時下では食料は貴重だ。ただでさえ食料が不足気味な今、信用のおけない者に在庫チェックをやらせるわけにもいかず、仕方なくアポロが地道に行っている。

 まあ、さすがに全部一人でやるのは無理があるので、バダックなど古参兵の手も多少は借りているが、最終チェックを行うのがアポロの仕事だ。

 根気のいる面倒な作業なだけに、一人で慎重に地下倉庫内を歩き回っている最中、その音が聞こえてきた。
 トタトタと歩く音や、ごそごそとその辺を物色するような音――。

(もしや、泥棒か?)

 真っ先に頭をよぎったのは、その可能性だった。
 とっさに兵士を呼ぼうとしたアポロの脳裏をよぎったのは、内部犯の可能性だった。

 食糧不足が続けば、人々の心は自然に荒れる。
 レオナ達とバルジ島に落ち延びた際、少ない食料を巡って人々が争ったように、今もこっそりと食料を盗み取ろうと考える者がいたとしても、不思議ではない。

 考えたくはない可能性に気づいてしまったせいで、アポロはかえって慎重になった。幸いにも、倉庫内に聞こえる足音は一人のものだったこともあり、足音を殺して慎重に様子を伺う。

 仮にも、アポロは賢者だ。たしなみ程度に武術の心得もあるし、魔法を使えばこそ泥の一人や二人を取り押さえることはできるつもりだ。つもりではあるが……実践不足は否めないため、緊張してしまうのはどうしようもない。

(落ち着け……落ち着いて、訓練通りにやればいい……)

 自分で自分にそう言い聞かせ、細心の注意を払ってアポロは物陰から足音の方を覗き見る。
 だが、侵入者の顔を見て、アポロは拍子抜けする思いを味わった。

「え……ポップ君、かい?」

 パンをくわえつつ、その辺の棚をあさっていたのは、見慣れすぎるほど見慣れた魔法使いの少年だった。

「あれっ、アポロさん? なにやってんすか、こんなとこで」

 全く悪びれない様子で逆に問いかけてくるポップに、アポロの方がかえって気後れしてしまう。

「私はちょっと在庫を調べていたんだけど……それはこっちの台詞だよ、ポップ君。いったい、なんでこんなところに? 君は修行に行ったはずじゃ……?」

 アポロの知る限り、勇者一行のメンバーは数日前に修行をすると言って城を飛び出していってしまったはずだ。魔王軍を打倒するため、世界各国の有志達が最後の決戦に旅立つ日も決まったのだが、勇者一行はそれをおとなしく待つ気はさらさらなかった。

 ほんの僅かでも日数に余裕があるのなら、少しでも力を底上げするために使いたいといい、各自が修行のため城を出て行ったっきりだ。

 出発日の朝には戻ってくると言っていたので心配はしていなかったが、まさか途中でいきなり城に戻ってくるとは思いもしなかった。
 が、ポップはあっけらかんと言う。

「ああ、修行ならやってるよー。でもさぁ、食糧が尽きちまったから分けてもらいにきたんだよ。ったく、師匠ってば酒ばっかり置いておいて、まともな食料の一つもおいてねえんだから。仕方ないから買い出しでもしようと思ったけど、考えてみたら財布とかの荷物は全部城におきっぱだったことを思い出してさ」

 不満そうにぼやくポップの口調から察するに、どうやら彼はマトリフの下で修行していたらしい。
 彼がマトリフの弟子となったことや、時々訪ねていることはアポロもよく知っている。その際、ポップがほぼ手ぶらで出かけることも。

 元々アバンにくっついて旅をしていたというポップの荷物は決して多くはないのだが、瞬間移動呪文を覚えて以来、いつでもすぐに移動できるという思いが強いせいか、ポップは荷物など持たずに行動することが多い。

 少年が持つには多すぎるような大金の入った財布やら、希少な呪文書、大勇者アバンの書などという貴重品の入ったナップザックを無造作に客室に放置しているのだから、見ている方はヒヤヒヤするのだが。だが、本人は城に置いておけば安全だとでも思っているらしく、一向に用心する様子はない。

「それで、いったん荷物を取りに城に戻ってきたんだよ。
 そしたら、姫さんとばったり出くわして、事情を話したら地下倉庫から好きなだけ持っていっていいっつーからさ」

 なんとも軽い口調で言いながら、もぐもぐとパンを食べているポップの言葉に、アポロは内心ため息をつく。

(やれやれ。姫様も、一言おっしゃってくださればいいのに)

 アポロの主君であるパプニカ王女レオナは、その聡明さでも判断力でも年齢離れした才能を持っているし、心から尊敬に値する相手だ。だが、時折、自分勝手な行動を取るおてんばさが玉に瑕だ。

 部下に断りもなく気球船で勝手に旅に出たり、世界会議などという大事業を独断で始めたり――結果的にそれがパプニカのためになっているとはいえ、下で働く者にとっては苦労させられる点だ。

 今だって、そうだ。
 レオナにしてみれば、城は自分の家であり、そこにある物は自分の物だ。それを誰かに譲るのに、誰に許可を得る必要もないと思ったのだろうし、実際に彼女にはその権限がある。それに勇者一行の活躍や恩義を思えば、僅かな食料を惜しむ方が間違っている。

 ――が、在庫チェックする立場から言えば、それでも一言ぐらい言って欲しかったなと心の奥で思いつつも、アポロはそれを口にはしなかった。そんな細やかな不満など、吹き飛ばす物を見てしまったからだ。

「ポップ君、その腕は……!?」

 ポップがひょいと腕を伸ばして棚の上の瓶を取ろうとした際、アポロは見てしまった。

 ポップの右腕が、黒く焼けただれていることに。まるで火で炙ったかのように袖が黒ずんでしまっているのだが、ポップはさして気にした様子もなくあっさりと言った。

「あ、これならへーき、へーき。ちょっと今、呪文の修行中でさ、ちょーっと失敗しちゃっただけだよ」

 どこまでも軽い口調や、なんの不自由も感じさせない腕の動かし方を見れば、彼の言葉通り、たいしたことではないと思ってしまうだろう。

 だが、アポロは賢者だ。
 故に、悟ることができる――それが、どれほどの大呪文であるかを。

 そもそもポップが着ている服は、見かけはありふれた品に見えてもれっきとした魔法使い用の服だ。そして魔法使い用の服には、多かれ少なかれ魔法に対する耐性があるものだ。

 その辺で売っている市販品でさえそうなのだが、ポップの服はかなり上質な品である。聞いた話によれば、ロモス王から直々に褒美として与えられた装束だというから、見た目以上の効力があると思って間違いがない。

 それにもかかわらず服を自分の魔法で焦がしてしまうのは、未熟な使い手が魔法の制御を失って暴走させた時ぐらいのものだ。
 だが、新米魔法使いならばともかく、仮にも勇者一行の魔法使いがそんなミスをするなどとは思えない。

 ならば、考えられるのは、ポップの腕を持ってしても制御しきれない大呪文を使ったという可能性――。

(まさか……)

 急に、脈が速くなるのを感じた。
 一つの呪文が、アポロの脳裏に浮かぶ。大分薄れてしまってはいるが、未だにあの魔法のことは忘れられない。

 それを口に出そうかどうか迷っている間にも、ポップはテキパキと荷物を選び、元気よく言った。

「よーし、こんなもんか。じゃ、アポロさん、悪ぃけどこれだけもらってもいい?」

 レオナの許可がある以上、別にアポロが許可を得る必要はないのだが、妙なところだけ律儀なのかそう聞いたポップの手には、二つの荷物があった。

 片方は雑に袋に放り込まれた小さな包みだが、もう片方は古びたバスケットに比較的丁寧に詰められているし、量も多めだった。だが、その中にワインが混ざっているのを見て、アポロは眉を僅かにひそめる。

「うーん、未成年の飲酒はあまり進めたくはないのだけれど……」

「あ、違うって。こっちは師匠の分だよ。修行に行く前に、ついでに師匠のとこにも届けてやろうと思って」

 そう言われて未成年者の飲酒への注意という、あまり気の進まない説教をせずにすんでホッとしたものの、アポロはポップの微妙な言い回しを聞き逃さなかった。

「修行に行く前? 君は、マトリフ師のところで修行しているんじゃなかったのかい?」
 
「もう、習うことは習ったから、後は自主練なんだ。師匠からも、後は迷惑だからどっか遠くでやれって言われちまったし。ったく、あの鬼師匠め、厳し過ぎんだよなぁ」

 ひどく不満そうにそう言ってはいるが、それでもわざわざ師匠のために食料調達をしている辺りに、彼の真意が表れている。
 曖昧に苦笑してから、アポロはふと思いついた。

「それなら――よかったら、私が代わりにその荷物を届けようか?」

「え? そんな、悪いっすよ。アポロさんだって、忙しそーだし」

「いや、遠慮は無用だよ。修行の予定があるのなら、魔法力は少しでも温存しておいた方が効率がいい……そうだろう?」

 その言葉に、遠慮していたポップも考え込む。
 魔法力は、有限だ。使えば使うほど精神力も体力も消耗するため、魔法の使い手が一日の間に使える魔法力の量は限られている。修行に専念したいのならば、修行以外の魔法力の消費は少しでも抑えたいところだろう。

「姫様からも、君達のためにできるだけ協力するようにと言われているんだ。よければ、私にも手助けをさせてはくれないだろうか?」

 重ねてそう言うと、ポップはようやく納得したのか荷物を差し出してきた。

「……うん、ありがとう。じゃあ、アポロさん、申しわけないんだけどちょっと頼んでもいいかな?」

 素直にそう頼んでくるポップを前にして、アポロはほんの少しだけ、罪悪感じみた疼きを覚える。

 今、口にした言葉は決して嘘ではないが、偽りのない本心ではない。アポロのこの申し出は善意からではなく、確かめたいことがあるという個人的な感情から生まれたものだからだ。

 要は、ポップのためと言うよりも、自分の都合で言い出した申し出にすぎない。それなのに素直に感謝してくれる魔法使いの少年を前にして、アポロはことさら丁寧にその荷物を受け取った――。 《続く》

 

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