『サプライズは突然に』 |
「嫌だと言ったら、絶対に嫌だ!」 凜と響き渡るその声には、断固たる決意が籠もっていた。 緑の服を着た魔法使いは、まるで敵でも睨むような目をしていた。それを見返す勇者の表情は、戸惑いが強く浮かんでいた。 「そんな……っ、でも……っ」 明らかに何かを言いかけた勇者は、そこまで言って口ごもる。あたかも、これ以上説得しても無駄だと悟ったかのように。 そして、それは事実だった。 しかし、それでも一縷の望みに賭けるように、ダイはポップに向かって一歩踏み出そうとした。 「もー、やだ! これ以上歩くのなんか、ぜってーやだっつってんだよ! すっげー疲れたし、動けねえって! もーやだっ、おれは絶対に歩かねえからなっ!」 大魔王バーンにさえその叡智を認められた、二代目大魔道士。
半ば戸惑い、半ば呆れつつ、ダイはそう言った。 ただ、旅をするに当たって、ルールが一つだけある。 だが、そんな効率的な旅などしても面白みがない。のんびりと旅を楽しむために、移動手段は徒歩にしよう。 ダイにしてみればポップと旅するのが、一番楽しいのだ。なら移動手段などどうでもいいし、旅の時間が長引くのだって不満はない。 テランから出発し、ギルドメイン大陸を適当にうろうろとする旅は、なかなかに楽しい。 まあ、魔法使いのポップの足の速さに合わせて動いているせいで、ひどくのんびりとした旅になってはいるが、別にダイはそれに不満を抱いたことはない。むしろ、旅が長引くのは大歓迎だ。 ポップもそれなりに楽しんでいるらしく、やれ、今日は疲れたからもう休もうだの、今日は雨だから宿屋にもう一泊しようだの言いつつも、旅を楽しんでいた――はずだった。 だが、なぜか今日になってから、唐突に文句を言い出したのである。正確に言うのなら、朝は普通だったのについさっき、昼ご飯を食べた後から急にこの調子である。 「それがなんだってんだよ、とにかく、もう今日は歩くのは嫌なんだよ! 疲れたし、もう動きたくねえよ!」 「疲れたって……今、休んでいるとこなのに?」 なにせ当てのない旅なだけに、二人の旅は自由気儘もいいところだ。村や町にいようと、野宿中だろうと、食事の時間はゆっくり取ることが多い。 特にポップは、師匠譲りの料理への拘りがある。 今日だって、ポップがたまにはシチューが食べたいと言い出したので、時間をかけてしっかりと煮込み、さらには現在進行形で食休みまで取っているところなのだが。 「休憩中だろうがなんだろうが、疲れたっていったら疲れたんだよっ! もう、歩くのなんかやだね!」 絶対に譲らないぞと言わんばかりのポップに、ダイは戸惑いつつも答えた。 「まあ、ポップがそう言うのなら、今日はここに泊まろっか」 ダイにしてみれば、野宿が不満というわけではない。 別に、ここで寝たっていい。昼の休憩のために居心地の良さそうな場所なら、野宿にも向いている。 信じられないことを聞いたとばかりに目をひんむき、けたたましく声を張り上げる。 「こんなとこで!? じょーだんじゃねえってえの! 大体、毎日寒いってえのにここ三日間、ずーっと野宿ばっかりじゃねえかよ! もー、やだっ! 野宿も嫌だし、だいだいおれは今日こそ暖かい出来たての飯を食いてえんだよ!」 「出来たてのごはんなら、今、食べたばっかじゃないか」 ダイの至って的確な指摘に、怯むようなポップではなかった。 「ふんっ、自分で作った飯なんかノーカンに決まってんだろ! おれは今日、どうしても鳥の丸焼きとケーキを食べてえんだよっ」 「えええー?」 度重なるわがままに、さすがのダイも絶句する。 位置的にはカール王国の辺境近く、と言ったところだろうか。あまり使われていないのか人通りは全くないが、それでも街道が敷かれている。ただ、困ったことに、村どころか人家も見当たらない。 「ならさ、なおさらこの先に行こうよ。確か、町までもう少しだって言ってたじゃないか」 この森を突っ切ればカール王国への近道だと言って、街道沿いに行こうと言い出したのもポップの方だった。昨夜までは、明日の夕方にはカール王国に行けるとご機嫌だったし、そのつもりで歩いていたはずだったのだが。 「だから、もう歩くのなんか嫌だってえの!」 「じゃあさ、おれがおんぶするからさ」 ダイにしてみれば、それでも別に構わない。 まだ、村などは目に入らないが、それでも近い時点までは来たはずだ。あと半日ぐらいの間、ポップをおぶって進むぐらい楽勝だ。 そうすればポップも休めるし、今夜は宿屋に泊まって眠れるし、問題は一気に解決するとダイは思った。 「やなこった! 年下におんぶされるなんて、みっともないにも程があるぜ!」 それを言うのなら、年下に全力でだだをこねまくるのはみっともなくはないのか――などという正論は、もちろんダイの脳裏には浮かびもしない。 「もー、ポップってわがままだなぁ。それじゃあ、いったいどうすればいいんだよ?」 怒るどころか、少し困ったようにそう言うダイに対して、ポップはなにか考え込むような素振りを見せてから言った。 「うーーん、そうだなぁ……まあ、百歩譲って野宿はいいとして、鶏肉とケーキは譲れないな」 譲歩しているにしてはやたらと尊大な態度だったが、ダイはその点には疑問は抱かない。不思議に思ったのは、別の点だった。 「なんでそんなに、とり肉とケーキが欲しいんだよ?」 ポップは、普段はそこまで食に拘る方じゃない。 と言うより、どんな食材でも巧みに料理して美味しく仕上げてしまうのだ。なのに、なぜ今日に限って欲しい物に拘るのか、その理由が分からない。 「今日は、そんな気分なんだよ! とにかく、鳥の丸焼きとケーキがない限り、おれはここからぜーったいに動かないからな!!」 どこまでも頑固に言い張る魔法使いに、ダイはため息を一つついて、言った。 「……じゃ、おれが買ってくるよ」 町まで、歩いて半日程度だというのなら、ダイの足で走ればその半分もかからない。買い物をするのに少しばかり時間がかかっても、日が暮れる前にこの場所に戻ってこれるだろう。 そう考えながら、道の先の方を見ていたダイは気がつかなかった。 「じゃ、頼んだぜ、ダイ」 そして、次の瞬間には手早くナップザックを引っ張り出してダイに背負わせた。予め用意しておいたように……というか、確実に用意してあったその荷物は、妙にずっしりと重たい。 「な、なにこれ?」 「おまえが忘れないように、財布とお使いメモを用意しといてやったから、ちゃーんとその通りに買ってこいよ!」 お使いメモとは、ダイ一人で買い物する時の必需品だ。 何度かミスを繰り返した後、ポップが呆れてメモを用意してくれるようになった。 店の人にそのメモを渡せば、ダイがたとえ何を買うのか忘れていてもちゃんと買い物が出来るという、便利なシステムである。――自分がお使いワンちゃんとほぼ同様の扱いを受けていることなど、ダイは知らなかった。 「よぉーしっ、じゃ、頼んだぜ! ほら、これやるから」 そう言ってポップが取り出したのは、鳥の羽の様な物だった。 「なに、これ?」 「ああ、それをぽいっと上に投げてみな」 「上って……こう?」 言われるままにそれに従った途端、ものすごい浮遊感がダイを包み込んだ――。
驚きの声と共に、ダイは転びかけた体勢を踏ん張って立て直す。 (い、今の、ルーラ? ……とは、ちょっと違うみたいだったけど) 一瞬で空に高速に飛びあがる感覚は、まさしく瞬間移動呪文だった。だが、瞬間移動呪文は術者がきちんとイメージしないと発動しない魔法だ。むしろ、今のは魔法道具による効果だったとしか思えない。 (そっか、キメラの翼……!) 今になってからやっと、ダイは渡された羽の正体に思い当たる。なまじ、デルムリン島ではキメラの友達がいただけに、生きた状態でのキメラの羽しか見たことがなかったから、完全に乾ききって乾燥した羽と区別がつかなかった。 キメラの翼は、雷に打たれて死んだキメラから採れるものだけに、めったには手に入らない。 ダイもデルムリン島にいた頃、ブラスからその話を聞いたことはあっても、友達が死んでしまうぐらいならそんな魔法道具が欲しいだなんて思ったことはない。 確か、羽に込められた魔力で一定の場所へ瞬間移動する魔法道具だとは聞いたことがあったが――。 (なら、おれ、どこに来たんだろ?) そう思って、ダイは周囲を見回そうとした。だが、それよりも早く、聞き覚えのある声が自分を呼ぶ。 「ダイ君っ!?」 「え……っ」 避けようもなかった。 だが、彼女は転びもせずに一直線に走ってきて、ダイの腕の中に飛び込んできた。 「ダイ君っ!」 「レオナ……っ」 それは、紛れもなくレオナだった。 「なんで、ここに……」 そう聞きかけてから、ダイは自分がパプニカにいるのに気づいた。ここは紛れもなくパプニカ城の中庭で、レオナの執務室の正面に当たる場所だ。だからこそ、ここに来たダイに真っ先に気づいたレオナが、とんできたのだろう。 「姫様、今の光はいったい……!? え、ダイ君!?」 「勇者様、なぜここに?」 彼らも当惑しきっている様子だったが、驚いている点ではダイも似たり寄ったりだ。 「え、ええと。おれ、ポップにお使いに行ってこいって言われたんだけど」 「お使い? ポップ君が?」 と、レオナが上品に小首を傾げる。その間もダイの腕を離さずにしっかりと抱きしめているのが、なんだかくすぐったかった。 「うん。今日、どうしてもとり肉とケーキが食べたいから、買ってこいって」 「鶏肉とケーキ……ああ、なるほどね」 それを聞いて、アポロが納得したように頷くと同時に、兵士達の表情にも理解の色が浮かぶ。 「なるほどって、アポロさんは分かるの?」 「ああ、多分ね。ダイ君、こっちに来てごらん」 誘われるまま城の中に入り、食堂まで連れて行かれたダイは目を丸くした。 「わぁ……っ!」 ぷぅんと鼻をついたのは、香ばしい匂い。 それだけでも思わず生唾を飲み込む卓なるほど美味しそうだったが、そのすぐ側にはクリームたっぷりの大きなケーキもある。それだけでなく、色鮮やかなごちそうがテーブルからはみ出しそうな勢いでたくさん置かれていた。 いつもと違うのは、それだけではない。 冬なのに緑の葉が生き生きとしたその木には、金銀に輝く玉やら、人形やら、綺麗にリボンをかけたプレゼントボックスなど、びっくりするほどたくさんの飾りで賑やかさを誇っている。 口をぽかんと開けてそれに見入っているダイに、アポロは落ち着いた声で教えてくれた。 「今日はクリスマスなんだよ。まあ、一種のお祭りでね、鶏肉を食べてケーキを食べる習慣があるんだ。あんな風にツリーを飾って、みんなで賑やかにお祝いをするんだよ。互いに、プレゼントを渡したりしてね」 「……そうなんだ。おれ、初めて見たよ……!」 生まれて初めて見るクリスマスツリーにダイが見入っている間に、レオナはさりげなく彼の背負っているナップザックを開ける。 なにやらデコボコした包みがいくつか入っているが、カードとリボンが添えられているところを見るとプレゼントだと思って良さそうだ。 『レオナへ』と書かれたそのカードを、一国の姫君は何の躊躇もなく開いて中を見る。 『メリークリスマス、姫さん! やあ、久しぶり! 元気にしてるか? せっかくのクリスマスだし、プレゼントに勇者をどうぞ♪ あいつ、クリスマスなんてやったことないし、賑やかにしてやってくれよ。 P・S これで、機嫌直してくれるよな?』 そのメモを二回見直し、レオナは眉を寄せる。 「もう、ポップ君ったらどこまでずるいのよ!? いつだっていきなり、勝手なことばかりして……!」 口をついて出る文句も、つい弾んでしまう。 特にポップに対してはめちゃくちゃに腹を立てて、帰ってきたら絶対に文句を言ってやると、固く心に誓ったものだった。 文句を言うよりも先に、嬉しさや喜びがこみ上げてくる。おそらくはダイも騙されてここにきたようなものだろうし、これがポップなりの懐柔策だと分かっている。 パプニカに戻ってきてくれたとは言え、それが一次的な物だとメモにしっかりと書かれているのだから。また、ダイはポップと一緒に旅に出てしまうと分かっている。 ――なのに、それでも嬉しさが勝る。 「ダイ君、よく帰ってきて……ううん、尋ねてきてくれて、ありがとう。そして、メリークリスマス、ダイ君」 END
《後書き》 えー、このクリスマスは思いっきり和風です(笑) たとえば、鶏肉は本来は七面鳥だったりしますが、どのぐらいの大きさなのか想像もつかない鳥を描写するのは、ちょっと。 ま、まあ、とりあえず楽しげな雰囲気を出せればいいなと思い、馴染みのある和風クリスマス話にしてみました♪ |