『未来への第一歩』

「なんと……っ! それでは、ポップ君はもう旅立ってしまったと? そんな、なぜ引き留めてくれなかったのか!?」

 と、大仰な声で騒いでいたのは、ベンガーナ王だった。
 押し出しの利いた風貌に加えて、常に大声で威圧するかのように喋る癖のあるベンガーナ王は、離れた所からでもよく目立って見える。しかも、彼はかなりの理屈屋の上に強引な性格だ。

 単にポップの不在を問うだけに飽き足らず、見張りの兵士達は何をしていたのかだの、何か目撃報告はなかっただのと、クレーム一歩手前の口調で問題の追及に余念がない。
 無礼とも言える態度だが、どの国の王もそれをたしなめはしなかった。

 それも、無理もあるまい。
 戦後、初の世界会議のために集まった各国の王達は、こぞって大魔道士ポップを自国に招聘したいと願った。

 驚くような好条件で誘い、なんとか自国へと取り込もうと熱心に勧誘していたというのに、その張本人がいきなり消えたのだ、騒ぎが起こらない方がおかしい。

 直筆の置き手紙が置いてあったとは言え、納得しきれるものではない。自然、行き場のない怒りはその場にいる責任者へと向けられる。

 ベンガーナ王ほど直情的にならなくとも、残りの王達もポップが手の届かないところに逃げてしまったことにがっかりしていることに代わりはない。そのせいで、婉曲的にだがベンガーナ王に同調しているとも言える。

「いったい、これはどう言うことかね、レオナ姫!? 言いたくはないが、貴国の警備はいったいどうなっているのか!? 客人の出立に全く気がつかなかったとは、問題ではないのかね!?」

 いきり立つベンガーナ王に対面しているのは、一見すると可憐な少女――パプニカの現当主の役を担った王女レオナだった。並の少女なら、たとえ自分に非がなかったとしても、男性からこれだけ責められるだけで萎縮してしまうだろう。

 だが、レオナは自分の父親程も年上の男性から、糾弾まがいの問い詰めを受けながら、動じる気配すら見せなかった。

「驚きはご尤もですわ、ベンガーナ王。この度のポップ君の出立は、我が国にとっても不意打ちにも等しかったのですから。彼とは昨日、短いとは言え面会の機会があったのですが、そんなことは全く言っておりませんでしたのに……こう言っては何ですが、なにやら裏切られたような心持ちですわ」

 花も恥じらう美貌に愁眉を漂わせ、レオナは俯きがちにため息をついてみせる。
 今、この王女の姿を見れば、大魔道士の突然の出奔にショックを受け、心を痛めているようにしか見えないだろう。

 だが、昨日、ポップとレオナの直接のやり取りを目撃した者にとっては、こんなのは茶番に過ぎない。昨日、茶目っ気に溢れた口調でさんざんポップをからかっていたレオナは、朝、ポップの姿が見えなくなった時に驚きさせしなかった。

 むしろ、やっぱりねと笑ってさえいた。
 レオナにしてみれば、ポップのこの出奔は想定内だったに違いない。それどどころか、黙認していたと言ってもいい雰囲気があった。

 しかし、他国の王達の目の前では、レオナはどこまでも可憐で完璧な王女だった。

「世界会議に備えて、警備ももちろん抜かりなく取り計らっておりました。兵達にもそれは徹底させていたのですが……ご存じの通り、ポップ君はただの魔法使いではありません。
 いいですか? 彼は、二代目大魔道士なのです」

 一言、一言区切るような言い方で、レオナは周囲にいる者達に肝心なことを思い出させる。

「パプニカ王国の歴史を紐解いても、あれほどの魔法の使い手はそうはおりませんわ。所詮、自由自在に空を飛べる鳥を、無理に地に繋ぎ止められる者はいないということなのでしょうか」

「む……そう言われれば、その通りですが……」

 苦虫を噛みつぶしたような表情ながら、しぶしぶのようにベンガーナ王が矛先を治める。

 ポップが卓越した魔法使いなのは、どの王も百も承知だ。とは言え、王達は正確にポップの能力を知っているわけではない。と言うよりも、魔法の知識が薄い者ほど魔法についての誤解が多い。

 実際の魔法は学問に等しく、呪文ごとに様々な制約や制限があり、さほど自由に使えるものではない。

 だが、魔法を使えない者ほど、その点を誤解しがちだ。
 魔法とは無制限の自由を持つ力であり、魔法使いなら何でも出来るだろうという幻想を抱きがちなものだ。

 どうやらベンガーナ王もそのタイプだったらしく、まだ不満が残る様子ながらも納得したらしい。

「まあ、そうですな、ポップ君ほどの魔法使いならばそれぐらい朝飯前なのでしょうが。しかし、こんなにも急に旅立たれるとは思ってもいなかったぞ。せめて、もう少し勧誘の機会を与えて欲しかったものだが」

「ええ、全く同感ですわ。私だって同じ気持ちですもの、ポップ君に次に会ったら言ってやりたいことが、山とありますわ!」

 口先だけとは思えない迫力をこめつつ、ベンガーナ王を初めとするその他の王達と談笑するレオナを眺めつつ、クロコダインは無意識に詰めていた息をそっと吐いた。
 そして、自分が無意識に気を張っていたことを自覚し、苦笑する。

(やはり、要らぬ心配だったな)

 自分で自分の取り越し苦労を、笑わずにはいられない。
 今朝早く、ポップがすでにどこかに旅だったと聞いた時、クロコダインは驚きは感じたが、深く納得した。

 ダイとポップの友情を最初の頃からずっと見てきたクロコダインにとっては、ポップが宮廷魔道士になるよりもダイ探しの旅を選ぶのは、必然と思える。

 まあ、それでも多少、残念な気持ちになるのは、ポップに何も言われなかったせいだろう。

 クロコダインとしては、レオナ以上にポップの味方のつもりだ。
 自分でもダイを探すつもりでいるし、ポップがダイ捜索のために旅に出るというのなら、同行する腹づもりもあった。魔法使いのポップには、盾となる護衛役の一人ぐらいいた方がいいとも思っていた。

 だが、それらを申し出る隙も与えてくれないまま、あの魔法使いの少年は飛び立ってしまったようだ。
 その鉄砲玉のような素早さがいかにも彼らしいが、少しばかり、肩すかしを食らってしまった気分だ。

「仕方が無い、では、ヒュンケル殿と話をしたいのだが……え、何? 彼はもう、とっくの昔に旅だっただと? で、では、マァム殿は?」

 ベンガーナ王は諦め悪く、まだレオナに食い下がっているが、クロコダインとしてはこれ以上は関わるつもりは無かった。

 すでに旅だったヒュンケルや、ブロキーナと共に故郷に帰ったマァムならば、無理に勧誘される心配も無いだろう。となれば、怪物である自分がこれ以上、ここにいる必要もない。 

 世界会議の王達が帰還するのを見届けたら、自分も旅に出るとしよう――そう思っていた時のことだった。

「おお、クロコダイン、こんな所におったのか。ちょうどよかった、是非、おぬしに是非頼みたいことがあるのだが。もし、その気があるのなら、一度、我が国に来て欲しいのだが」

 広間の片隅どころか、貴人の集まる場所に入るのを憚って回廊に潜むように隠れていたクロコダインを目聡く見つけ、近寄ってくる者がいた。気さくに話しかけてきた背の低い小柄な男を見て、クロコダインはわずかに眉をしかめてしまう。

 小柄で童顔ではあっても、頭に王冠を抱き、毛皮のついた立派なガウンを来たその姿は、紛れもなく王――ロモス王シナナに違いなかった。

 クロコダインは、彼とは初対面ではない。
 ……が、それは知己の間柄だというわけではない。むしろ、いっそ今まで一度も会ったことがない方がましだと言える。
 なにせ、クロコダインはロモス王を一度は殺そうとしたのだから。

 当時、魔王軍の軍団長だったクロコダインは、ロモス王を勇者ダイをおびき寄せるための餌として抹殺しようとした。寸前でダイが来たためにロモス王は助かったが、その過去を思えばクロコダインにいい感情を持っていようはずもない。

 だからこそ、クロコダインは大戦中から王達と直接会わないよう、慎重に距離を取っていた。

 それは国を害した罪を問われるのを、恐れていたからではない。
 そのことによって、ダイ達に手助けが出来ない状況になるのが嫌だったからだ。

 しかし、戦いはもう終わった。
 ダイが行方不明であることだけが心残りだとは言え、ポップが彼を探しに飛び出した今、いずれは解決するだろうとクロコダインには思えた。ダイの行方は、今は全くつかめない。

 だが、あの諦めが悪く、これまでに何度も奇跡のような逆転を生み出すきっかけを与えてくれた魔法使いならば、きっと勇者を見つけ出してくれるだろう、と――。

(ならば、ヒュンケルに準じるのもよいか……)

 パプニカを救った直後、パプニカ王女レオナに自身の断罪を望んだヒュンケルのように、世界が救われた今、クロコダインもロモス王によって断罪されてもいいと思える。

 パプニカ王国の居心地の良さと、レオナやバダックなど怪物に理解の深い人々に甘えてここに居続けたが、戦いがなくなった今、人間達の身近に怪物が居続けるのもよくはないだろうと考えていたところだった。

 クロコダインは、パプニカ王国では客人という立場のままだ。
 レオナから正式な士官を求められはしたが、それは断っている。レオナにはクロコダインが他国に行くというのなら、止める権利はないし、逆を言えばクロコダインが他国で裁きを受けたとしても、レオナにその責任がかかることはない。

 勧善懲悪――悪が成敗されることで、人々は正義を実感する。
 元魔王軍軍団長の断罪は、戦禍に巻き込まれた人々の心を少しでも癒やし、明日への活力へと変えることが出来るだろう。
 だからこそ、クロコダインはロモス王の誘いに頷いた。

「……ああ、オレも一度はそうしなければ思っていたところだった」






「おお、獣王クロコダイン、よくぞ参られた! まずは、貴君の来訪を心から歓迎させてもらおう!」

 両手を大きく拡げ、まさに手放しで歓迎の意思を表明する王の開けっぴろげさに、クロコダインは戸惑いを隠しきれなかった。

 歓迎の意思表示を見せているのは、王だけではない。ロモスに来て以来、接してくる城の兵士達もまた、丁重だった。さすがにやや怯えたり、時にぎょっとしたような顔を見せることはあるが、それでも概ね歓迎されていると言っていい。

 そして、歓迎は城の者のみに限らなかった。
 王間に繋がっているテラスから見える、城の中庭にいる者達の大半――正確に言うのなら、あふれかえるような子供達が、嬉しそうに手を振りながら声を張り上げていた。

「いらっしゃい、くろこだいんさまー」

「えー、違うよー。じゅうおーさま、だぞー」

「クロコダインって聞いたんだけど」

「なら、りょうほう言えばいくない?」

「それだっ。クロコダインじゅうおー、来てくれてありがとー!」

「ちがうよー、じゅうおークロコダインだよぉー」

 まだ舌が回りきらないような幼児から、ダイやポップと似たような年齢までと様々だが、賑やかな子供達の声が楽しげに響き渡る。

「はは、なかなかの人気じゃな」

「……身に余ることです」

 満足げな王に対し、クロコダインは居心地の悪さを感じずにはいられない。非難されることや、罵倒される覚悟なら最初からあった。
 しかし、ここまで諸手を挙げて子供達に歓迎されるなど、予想すらしていなかったのだから。

「なに、あの子達にとって、獣王クロコダインは勇者と共に戦って世界を救った英雄じゃ。歓迎するのは当然だろう」

「だが……オレがこの国にしたことを思えば……」

 クロコダインは、はしゃぐ子供達につきそう大人達を見逃してはいなかった。おそらくは親なのだろうが、彼らはクロコダインを興味深げに見ていても、子供達と違って歓声は上げていない。

「ああ、わだかまりを持つ者は少なくはあるまい。だが、あの子達は、戦いの時には王都にはいなかったからのう。怪物が人を襲うところは、見てはおらん」

 ロモス王の言葉に、クロコダインはハッと目を見開く。

「子供は国の宝じゃ。だからこそワシは魔王軍の侵攻が始まってすぐ、民達に子供を森に疎開させるように勧告した。万が一の時でも、子供達だけは助かるようにな」

 その言葉を聞いた、クロコダインには思い当たることがあった。
 ロモス侵攻時、ロモスの兵士達はひどく弱腰だった。まるで時間稼ぎでもしているかのような最低限の防戦に徹していたし、その防戦にも気迫が感じられなかった。

 防衛であっても、ここを落とされれば後がないとばかりの気迫があれば、それは自ずと伝わるものだが、ロモスにはそれさえ無かったのだ。

 しかし、今のロモス王の言葉を聞けば、納得できる。
 彼が守ろうとしていたものは、城でも国でもなかった。そこに住まう民……特に子供を優先して守ろうとしていたのだ。思えば、クロコダインが城を攻めた時も町中には子供の姿はろくすっぽ見当たらなかった。

 あの時にはすでに子供は避難していたのかと、クロコダインは内心、舌を巻く。

 ロモス王国は別名森の王国と呼ばれるぐらい、自然豊かな国だ。国全体が森に包まれるように存在していて、王都でさえ森からの距離は近い。

 深い森の中に点在する小さな村も多いと、後にマァムから聞いた。そんな村々に子供達を避難させれば、城が攻め落とされ王都が焼け落ちたとしても、その子達だけは生き延びる。

 それを思えば、兵士達の気概のない戦い方の理由も見えてくる。
 彼らにしてみれば、子供達の避難の時間を稼ぎ、子供達が逃げた森へ魔王軍が行かないようにと気を配っていればいいだけの話だったのだ。

 ダイの素質を誰よりも早く見抜いたように、ロモス王はなかなかの炯眼の持ち主のようだ。

「クロコダインよ……魔の森のことでも分かるように、このロモスは元々、怪物が多く棲まう国だ。その数は、人間達よりもはるかに多い。しかし、悲しいことに人間と怪物の間には溝があり、とても友好的な関係を築いているとは言えぬ」

 それは、紛れもない事実だ。
 クロコダインのようにほぼ人間と変わらない思考力を持つ怪物もいるが、それははっきり言って少数派だ。大半の怪物は言葉もしゃべれないし、知能も獣と大差は無い。

 そして、怪物は魔族の強い思念波に影響されやすい。
 魔王が出現した場合、怪物達は無差別に人間を襲うのだ。

 15年前のハドラーの記憶はまだ人々の間に色濃く残っているだろうに、さらに大魔王バーンが現れたのだ。
 人々が怪物を恐れる気持ちが強まったとしても、何の不思議もない。

「だが、ワシはデルムリン島で未来への希望を見た。勇者ダイのように、人間と怪物が共存することは不可能ではない、と。
 そして、クロコダインよ……おぬしと会って、それは確信に変わった」

「オレに?」

 意外すぎる言葉に、クロコダインは思わず聞き返す。

「怪物であっても、人と変わりの無い意志を持つ者がいると知った。そして、その意志は魔王に左右されず、自らの意志により生き方を選べるということも」

 そう言ってから、ロモス王はクロコダインを見上げ、しっかりと目を見つめながら言った。

「のう、クロコダインよ。もし、おぬしさえよければ、人間と怪物の共存のためになる生き方を選んではもらえないだろうか。おぬしになら……いや、おぬしにしかできないことだ」

 魔の森を警護する、森林警備隊として――人間と怪物が混合した軍隊を新たに作りたいのだと、ロモス王は淡々と語る。

「人々は長らく怪物を忌み嫌い、恐れていた。だが、あの子達は、怪物の怖さをまだ知らない。そして、その親達に当たる世代は、勇者に力を貸した怪物や魔族がいたことを知っている……今ならば、怪物を受け入れるのに最適じゃとワシは考えておる」

「…………」

 ロモス王の言葉に、クロコダインは頷きも、否定もしなかった。
 その意見が、受け入れられないからではない。むしろ、即座に賛成したくなるほどに理想的な世界だと思う。

 だが――理想と現実は、常にかけ離れているものだ。
 クロコダインを怪物だと恐れる人間が決して少数派ではないことを、彼は身をもって知っている。レオナを頂点に固い結束力を見せるパプニカ王国でさえ、怪物への偏見や恐れが皆無だったわけではない。

 ましてや、ロモスはクロコダインによって一度は滅ぼされかけた国だ。
 果たして、そのロモスの民達が自分を受け入れてくれるだろうか――そう思い悩むクロコダインを、ロモス王は中庭へと誘う。

「すぐに返事をくれとは、言わんよ。ただ、もしその気があるのなら、我が国への協力を望んでいる。ワシは、それこそがレオナ姫やダイへのなによりの援護になると思っているのだよ」





 中庭に一歩足を踏み入れた途端、大歓声がクロコダインを包んだ。

「わぁっ、おおきーい!」

 テラスから見下ろした時よりも、ずっと近い距離になっても子供達の熱狂ぶりは変わらない。むしろ、さっきまでよりもさらに熱が籠もっているように見える。

 大人達は同じ目線で怪物を目の当たりにしたことで恐怖が蘇ったのか、些か竦んでいるように見えるが、子供達は無邪気だった。テラスの下から見上げていたのと同じ目で、きらきらと目を輝かせながらクロコダインの巨体を見上げている。

 感心したように叫ぶ声が重なる中、いかにもわんぱくそうな男の子がちょこちょこと走り寄ってきた。顔立ちは全然似ていないが、絆創膏だらけの顔や、太めの眉に、クロコダインはふとダイを思い出す。

 年の頃から言えば、ダイよりも数才下かもしれない。だが、物怖じしないで走り寄ってくる少年の姿は、どこか、今はいなくなった勇者を思わせた。

「ねえねえ! あくしゅ、してもいい?」

「ああ、いいぞ」

 クロコダインは子供に向かって、手を差し出そうとし……互いの手の大きさがあまりにもあることに苦笑し、人差し指一本にとどめる。それでも、子供の手には有り余るほどの大きさだった。

「うっわー、でっけー手! それに、めっちゃかたい!」

 ざらざらとしたリザードマン特有の皮膚が珍しいのか、少年は何度もクロコダインの手を擦る。少しくすぐったかったが、クロコダインは子供のやりたいようにさせておいた。
 その様子に、危険は無いと思ったのか他の子供達も一斉に駆け寄ってくる。

「なんだよ、おまえばっかズルいぞーっ。なあなあ、おれもあくしゅー!」

 先客をいささか乱暴に押しのけ、馴れ馴れしく手を差し出してきた少年の調子の良さは、少しばかりポップに似ているなとクロコダインは思わずにはいられない。

「何言ってんのよ、順番でしょ!」

 ならば、割り込みはダメよとお姉さんぶって怒る女の子は、マァムかレオナ似と言うべきか。こちらに興味津々に見つめながらも、はにかみが勝るのか近寄ることができない子供達は、どこかメルルを思わせる。

 子供達の中に仲間達の相違点を見いだした今、彼らはクロコダインにとって愛しく、守りたい存在へと変化した。

「ははは、ケンカなどするな……ほらっ」

「わっ!?」

 揉める子供達をひょいと摘まみ上げ、クロコダインは自分の肩に載せてやる。肩当ての上には子供の一人や二人、並んで載せられるし、重みで言えばそれこそ成人男性を数人乗せても、堪えるクロコダインではない。

 ただ、万が一にでも落としたらまずいので、左右の肩に一人ずつ載せて落ちないようにと支えてやる。そうやって安全を確保してやったのが良かったのか、肩に乗った子供達はすぐに歓声を上げた。

「う……うっわーうっわーっ、すっごい、たっかーい!」

「すごいやっ、木のてっぺんにいるみたいに、高い!」

 途端にご機嫌になってはしゃぎ出す少年達を見て、残りの子供達もワッとクロコダインに駆け寄った。

「ねえねえ、ぼくも! ぼくも!」

「わたしもーっ」

 自分の元に群がってくる子供達を、クロコダインは優しく見やる。

「はははっ、いいとも。順番に、全員肩車しようじゃないか!」

 クロコダインの保証に、子供達ははしゃいだ声を上げる。その声を心地よく聞きながら、クロコダインはちらりとロモス王の方を見やる。

 中庭の隅でニコニコとこちらの様子を眺めているロモス王は、その衣装と王冠さえ無ければ子供達の親の一人かと思ってしまうぐらい、その場に馴染んでいる。

 国民達もそんな王に馴染んでいるのか、クロコダインに注目し、警戒や好奇の目は向けていても、自国の王に対してはそんなことはない。そこにいるのが当たり前とばかりに、さして気にとめた様子もない。
 そんな、異例とも思える王の姿が、クロコダインには新鮮に感じられた。

 大魔王バーンを初めとして、玉座から威厳を持って部下を睥睨する王達とは全く違う、独自のあり方を持つロモス王に、クロコダインはこの時初めて、心動かされたと言っていい。
 それは、奇しくもこのロモス城でポップと戦った時以来の衝動だった。

(……こんな人間達なら、信じてもいいかもしれんな……)

 子供特有の暖かい体温を身近に感じながら、クロコダインは思う。
 ダイやポップを信じ、彼らを守るためになら命を懸けてもいいと思った時のように、ロモス王や子供達を信じて、協力してもいいと思えた。

 思えば、魔王軍との戦いだって先の見えない戦いだった。魔王軍の裏切り者であるクロコダインとヒュンケルは、魔王軍がいかに恐ろしいものか、知り抜いていた。

 冷静に判断すれば、実力差は明白だった。ダイ達がいなければ、希望があることすら信じられなかった。志半ばで倒れることすら、クロコダインはいつだって覚悟していたのだ。

 ならば――この平和の中で、理想に届かないまま朽ち果てることを、恐れる必要もない。理想が遠く、自分が生きている間に実現しないものであったとしても、それは問題ではない。

 そして、その理想こそはダイの望んだ未来でもある
 ダイや子供達、チウを初めとする幼い怪物達……彼らの未来への礎となれるのであれば、本望だ。

 これほどの理想を持つ王に助力し、それでも力及ばずに終わるのなら、むしろそれは誉れではないか。

「ねえねえ、早く早く! その子達ばっかりじゃなく、ぼくもー!」

「わたしもよ!」

「ははっ、すまんすまん。ほぅらっ、交代だ!」

 はしゃぎまくる子供達を代わる代わる肩に担ぎ上げてやりながら、クロコダインはすでに心を決めていた。
 子供達との約束を守ったら、ロモス王に自分の決意を告げよう、と。
 
 それこそが、未だにどこにいるのか分からない小さな勇者に対して、自分が出来る唯一のことだと、クロコダインは信じた――。   END 

 
 

  
 


《後書き》

 710000hit記念リクエスト『クロコダインと子供達の交流』の話です♪ とは言っても、むしろロモス王が密かに大活躍しているのですが(笑)

 お話的には『大魔道士か、魔法使いか』の直後の話になります。
 各国の王達が、戦いではなく政治力を発揮して国を立て直そうとしている時期に当たります。

 で、手っ取り早く人々の士気を高揚させるため、どの国も勇者一行の力を借りたいと思っている時期でもあるんですね。肝心の勇者がいないため、残りのメンバーの勧誘合戦になっています。

 一番人気は、最後の戦いで凄まじい回復魔法の力を見せたポップです。
 本来なら勇者ダイがいない以上、先代勇者のアバン先生が一番人気になるところだったのですが、会議の場でフローラ様は早くも根回しを完了させ、有無を言わさずアバン先生をカール王国で確保しました(笑)

 普通に会議をしていたら、発言力が強く、魔王軍との戦いで一番金銭面で出費額の大きかったベンガーナ王が有利だったのですが、レオナ、フローラ、アバンが密かに手を組んで、勇者一行らの本人の意志を優先するようにと誘導しています。

 それでも人間達の勧誘率が高い中、いち早く人外のクロコダインに目をつけたのがロモス王です。
 彼は人間と怪物の共存こそが、今後、世界を救う礎になると考え、レオナ以上の熱心さでその政策を執行していきます。

 原作では偽勇者やザムザに簡単に騙されたロモス王ですが、個人的に、彼は愚王ではなく、新しい者への挑戦を恐れず、人民の意見を深く取り入れる政策をとろうとする革新的な王様だと思っています。

 他人を信じ、人々を守ろうとする気概は強いですしね。原作では裏目ばかり引いていましたけど(笑)

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