『ハイリスク・ノーリターン』(お題『向こう見ずな十の危険』) |
「だぁあああっ、もうこんなうっとおしいとこ、いられるかぁあああああっ!」 そう怒鳴る声が、そこら辺の壁に反響しまくってサイレンのごとく響き渡る。そのあまりの音の大きさにダイはちょっぴり耳を塞ぎたくなったが、残念ながらそんな余裕はない。 ただでさえ周囲をくまなく怪物が取り囲んでいる中、剣を振るって追い払うのに忙しい。なのに、その声のせいでますます怪物が寄り集まってしまい、忙しいどころの話ではなかった。 「ポップ! そんなこと! 言ってる場合じゃ! ないだろっ!?」 話す合間にも剣を振り回すせいで、言葉が妙に不自然に途切れてしまう。だが、ダイとしてはそれを止めるわけにはいかない。 少しでも手を休めれば、怪物達は遠慮なしにこちらに突進してくるのだ。まだ、それがダイにめがけて来るのならいいのだが、問題なのは怪物達の狙いが一方に偏っていることだった。 偶然なのか、それとも思っているよりも知識が高いのか、怪物達は剣を振るっているダイではなく、魔法力が尽きかけた魔法使いばかりに集中攻撃を仕掛けている。 今、近くにいるのは姿は一角兎に似た怪物達だった。 人の身体など簡単に貫いてしまいそうな角を振りかざし、一角兎もどきはポップへと突進する。 「ポップ、危ないっ!」 「え? うぉおっと!?」 ダイの呼びかけにキョトンとした顔をしたポップは、間近に迫った怪物を見て、とっさに身をよじる。決してスマートな避け方とは言えないが、それでもなんとかかんとか怪物の突進を避けられたらしい。 それにホッとしつつ、ダイは数匹の一角兎もどきの角だけを一気に切り飛ばした。途端に彼らの動きが不安定になり、フラフラッと変な方向へと飛び跳ねだす。 「キキィイイ!?」 不満そうな悲鳴を上げ、一角兎もどきはぴょこたん、ぴょこたんとどこか変なリズムで跳ねつつも逃げだした。一部が逃げ始めると、それに釣られたのか角が無事な兎たちも一斉に逃げにかかった。 (よかった……) 怪物達が逃げ出すのを、ダイはそのまま見送った。 今だって、そうだ。 その甲斐あって、どうやら穏便に追い払うことが出来たらしい。 「ポップ、大丈夫?」 ダンジョンの床の上にべったりと倒れ込んだまま動かないポップを見て、ダイは少しばかり心配になる。 少し前から魔法力が尽きただの、体力がゼロだのとブツクサ言いまくっていたポップは、本当に疲れている様子だ。さっきの戦いだって、魔法を全然使わずに逃げの一手だった 「くっそおお、この洞窟、くっそ面倒くさっ! もっかい言うぞっ、くそ面倒くさッ! なんなんだよっ、ここの怪物の出現率の高さはっ!?」 「あ、思ったより元気そうでよかった」 これだけ怒鳴る元気があるなら大丈夫だとダイは安心したのだが、ポップはそれが気に障るとばかりに噛みついてきた。 「よくねえよっ! おまえだって、ここの洞窟が変だって思うだろ!?」 「……まあ、確かに」 少し考えて、ダイは頷く。 とは言っても、自分の領土内への侵入者には攻撃的になるのも野生動物と同じなので、洞窟などで会う怪物達は野原にいる怪物達よりも好戦的だ。洞窟という、彼らの住み処へ侵入しているのはこちらなのだから、怒るのも当然だとダイは思うが。 が、それを踏まえて考えても、ここの洞窟の怪物出現率は高かった。と言うか、高すぎるぐらいだ。 「ここ、大戦中の魔の森よりも怪物が多いじゃねえかよ! うじゃうじゃうじゃうじゃ、わくわくパラダイスにもほどがあるだろっ! おまけにモンスターハウスばっかりじゃねえか!? まだ20階しか潜ってねえのに、もう10回以上モンスターハウスにぶち当たっているぞっ」 通常、洞窟内の怪物は個別にうろついていることが多い。特殊な怪物を除けば、その動きはバラバラだし、仲間と組むこともない。 が、怪物の住む洞窟の中では、時々、大量の怪物が発生することがある。一部屋にぎっしりと怪物が集まり、誰かが部屋に入り込むと急に活性化して襲ってくるのだ。 それはモンスターハウスと呼ばれていて、ダンジョン探索者にとっては厄介なトラップの一つだ。 「うん、ここ、モンスターハウスが多いよね」 それはそれで事実なのでダイは素直に頷いたが、ポップはそれさえ気にくわなかったらしい。 「多いなんてレベルじゃねえだろ!? さっきから2連続じゃねえか!」 まあ、それも事実だ。 「たいだいこのダンジョン、ろくでもなさすぎだろっ!? 罠の種類がいやっちゅーぐらい多い上に、凶悪な仕掛けばっかそろえやがって! おまけに食べ物もないわ、アイテムもろくなもんが落ちてないしよ!」 よほどバテているのか立ち上がりもしないくせに、ポップの文句はとどまることを知らない。 ダイとしては、アイテムはどうでもいいが食べ物は落ちていてくれると嬉しいと思う。この洞窟に入って以来、なぜか食べ物系の入手率が著しく悪くて、ダイとしては寂しい限りだったのだが、今回は運良く食べ物が混じっていた。 だが――ここに落ちている食べ物は、ダイがよく知っている食べ物とは別物だった。 「あれ? これ、なんだろ」 ポップの文句を聞き流しながら、怪物達が落としていったアイテムを拾ったダイは『それ』を手にした。 普通のダンジョンなら、落ちているのはパンだ。日持ちがするように硬めに焼き上げられたパンは、水分が少ないので固いが、それだけに腐りにくくて長期間保存できる。 しかし、このダンジョンに落ちているのはパンじゃなくて、なんとも奇妙な食べ物だった。 ちょうど、握りこぶしほどの大きさだろうか。真っ白で柔らかなつぶつぶを三角形にし、黒い帯を半端に巻いた食べ物。 「なんだろうね、これって? 初めて見る食べ物……っぽいけど」 くんくんと匂いを嗅ぎながら、ダイは首をひねる。本能からこれは食べ物だと直感したが、ポップは疑わしそうにこっちを見ている。 「おい、止めとけよ、ダイ。毒かなんか入っていたら、面倒だろ」 「んー、匂いは毒っぽくはないよ?」 むしろ、匂いは悪くない。パンの香ばしい香りとは違うが、ほのかに漂う磯の香りは、デルムリン島育ちのダイにとっては好ましく感じられる。 「うまいっ。これ、おいしいよ、ポップ!」 もちもちっとした食感のそれは、思っていた以上に美味だった。軽く塩味の利いたそれは見た目以上に食べ応えがあり、噛みしめるほどにほのかな甘味が感じられる。 「ちぇっ、得体の知れねえもんなんか、いきなり食べんなよ。毒だったらどーする気だったんだよ?」 まだ不機嫌なポップは文句を言っているが、ダイに言わせればそんなのは何の問題も無い。 (だから、おれが先に食べたんじゃないか) 大魔道士になったポップは、回復魔法も一気に使えるようになった。解毒呪文が使えるポップがいれば、もしダイが毒に当たってもなんとかしてもらえる。 いざとなったら、必ず呪文で援護してもらえる――その信頼感があるからこそ、ダイは安心して無茶が出来るのだ。 「平気だって分かったんだから、ポップも食べなよ」 もぐもぐしながら、ダイは半分をポップに向かって差し出した。少し迷った様子ながら、ポップもさすがにお腹が空いていたのだろう。文句も言わずに素直に受けとる。 デデロローン――! なにやら嫌な音と共に、ぶしゅっとポップの足下から泥水が噴き上がり、一瞬で『それ』を泥まみれにしてしまった。 さっきまでは眩いぐらいの白さと、帯の黒さの対比が鮮やかだったそれは、一瞬で色がどす黒く染まってしまう。しかも、異臭の漂いだしたところを見ると、完璧に腐ってしまったらしい。 あまりと言えばあまりの出来事に、ダイもポップもあっけにとられた。 「ふっざっけんなーーっ、性悪な罠ばっかり仕込みやがってーーっ!!」 「ああっ、まだ食べれたかもしれなかったのにー」 「いやっ、百歩譲って落ちている物はいいとして、勇者が腐ったもんを食おうとするなよっ」 ダイの頭を軽くぺしっと叩いてから、ポップは恨みを込めて絶叫する。 「アバン先生……っ、なんでこんな場所を推薦したんだよぉおおおっ!」 そう、この洞窟はいつものように旅の最中に偶然見つけて、中を冒険しているダンジョンではない。
今やカール王となったというのに、アバンは少しも変わっていない。 旅を咎めるどころか、それなら面白い場所がありますよとこの洞窟の存在を教えてくれたのである。 王様家業で忙しいはずなのにいつの間にこっそりと城を抜け出して冒険していたのかと呆れたが、それでもアバンの語る冒険談はダイとポップの興味を引くには十分だった。 元々、宛てのない気楽な旅だ。 「あー、先生に騙されたぜ……っ。くっそお、所詮、先生がお薦めしてくるものにろくなものがあるはずなかったんだっ、修業時代からずっとそうだったのになんで油断して従っちゃったかなぁ!?」 ガシガシと頭をかきむしって師を罵るポップに、ダイは思わず口を挟んでしまう。 「えー、そんなことないと思うけど?」 「いや、そんなことあるだろっ、ありまくりだぜ! だいたいなぁ、ダイ、おまえだっていきなりスペシャルハードコースの修行を進められていただろっ。あれだってとんだハズレコースなんだからなっ!」 ポップはそう言うが、ダイにはそう思えなかった。 それに、どっちにせよダイにはそんなことはどうでもいい。それよりも、気にかかることは他にある。 「なら、帰る?」 別に、ダイはそれでもよかった。 「ポップ、リレミト使えるんだろ?」 迷宮脱出――それは、ポップがダイと一緒に、小さなメダルを集める旅に出てから覚えた呪文の一つだ。 どんなに深い迷宮の奥にいたとしても、一瞬で地上に戻ることのできる便利な呪文……らしいのだが、ポップもついこの前覚えたばかりの呪文だし、ダイはまだ見たことがない。 ポップの新呪文を見るのはダイにはいつだって楽しみなので、見せてもらえるのなら文句はない。 「……ここまで潜ったのに、一番奥の部屋を見ないで帰るのって、癪すぎるだろ……」 ものすごく悔しそうな顔でそう言うポップに、ダイは苦笑してしまう。 (ポップって、ホントに意地っ張りだよなあ) そう思ったものの、ダイはとりあえずそれは口にしなかった。 ポップと一緒に冒険できるのなら、ダイにとってそれ以上楽しい場所などないのだから。 「なら、先に行こうよ」 手を伸ばして、ダイはポップを促す。 「あーあ、ここっていったい何階ぐらいまであんのかなー? もうそろそろ終わって、苦労に引き合うようなとびっきりの宝箱にでもお目にかかりたいもんだぜ」 「でもさあ、アバン先生、確か破邪の洞窟を250階ぐらい潜ったっていってたよね。ここもそれぐらいあるかもよ?」 「おまえ、やなこと言うなよなっ。やる気が無くなるだろっ!」 そんなことを言い合いながら、並んで再び洞窟の奥を目指して歩き出した彼らは、まだ知らない。 そう、言わばノーリターン・ハイリスクな冒険が約束されていることを、彼らはまだ知るよしも無かった――。 END 《後書き》 今日から君もシレンジャー!(笑) 和風な雰囲気ながらトルネコよりも格段にハードで、シャレにならない罠率アップしているのが○ンシリーズの特徴でして、ト○ネコと同じ感覚で潜ると痛い目を見ます。 スイッチで久々に○レンにハマりまくっていますが、面白いですけどやっぱり非常にハードですね。 理不尽な罠や敵との遭遇に何度となく心が折れそうになりながらもゲームを楽しんでいますが、その苦しさをどこかに訴えたい! と、思ったので、ゲーム展開を活かしたお話などを書いてみました。出てくる怪物はドラクエに寄せていますが、罠や洞窟の仕様は○レン寄りになっています。 作中のポップの叫びは、つい先日の筆者の叫びも同様です(笑) また、これは久々のお題挑戦シリーズでもあります。以前より何度かお世話になったrewrite様の『向こう見ずな十のお題』から取っています。 ダイとポップの無謀で考えなしな冒険にぴったりなお題だと前から気になっていたので、メダルクエスト・不思議のダンジョン編として消化したいと思っています。
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