『厄介なプレゼント』
 

「よっ、姫さん、いるんだろ? あのよー、ダイの奴が何やらかしたのか知んないけど、いい加減に勘弁してやったらどうだい? あいつも、姫さんの誕生日を祝いたいって思っただけなんだし」

 無作法にも、ノックもそこそこに入室したポップが軽い口調でそう言うのを聞いて、レオナはわずかな微笑みを浮かべる。

「あら、なに、それ? いやぁね、そんなこと言われたら、まるであたしが怒っているみたいじゃない」

 軽やかな声は、澄み切った響きがあった。まるでよく調律された楽器であるかのように、凜と響いて聞き心地がいい。王女という身分にそぐわない気軽さの中にも、生まれ持った品が備わっていた。
 だが、その目を見た途端、ポップは瞬時に硬直した。

(うっ……この目は!?)

 親しげな口調や弧を描く口元とは裏腹に、かの王女の目には微笑みの欠片も浮かんでいない。
 むしろ、浮かんでいるのは――怒気、だ。

 以前、ポップはライオンヘッドの尾を踏み、怒らせてしまったことがある。あの時もあの時でレベル的にも死ぬかと思ったが……いや、それは今となってはどうでもいい話だ。

 問題にしたいのは、その時の獅子の怒りだ。
 今のレオナの目に浮かんでいる光は、それに近い。
 ズカズカと自分の縄張りを踏み荒らした侵入者に向ける、無条件にして最大の憤怒。

 この瞬間、ポップは悟った。
 軽い気持ちでやってきたことが、そもそも間違いだったのだ、と。踏み込むべきではない領域にうっかりと入りこんでしまったことに、ポップはたった今気づいた。

(や、やっべーっ!? もしかして、おれ、虎の尾を踏んじまったってか!?)

 今更ながら、背筋に戦慄が走る。
 この場から逃げ出したいと思う余り、足が勝手に後ずさりかける。が、それよりもレオナの朗らかな声の方が早かった。

「なぁに、ポップ君? あなたの方から尋ねてくれたのに、もう帰ってしまうのかしら? まだ、言いたいことでもあるんじゃなくって?」

 口調は、いつもと全く変わりは無い。可愛い声の割には、ズバッと要点を突く鋭さも変化はない。

 しかし、その目に浮かぶ怒りの色合いは、いつもと趣を大きく変えている。怒りに満ちあふれた眼差しを見ていると、彼女の背後に暗黒闘気が渦巻いているような気さえしてくる。

(あー、確か、鬼岩城が倒された時のミストバーンも、こんなんだったよな……)

 あの時も死ぬかと思ったと、ちらっと過去の死線を思い出したポップに、レオナは笑顔のまま容赦なく圧をかけてくる。

「……ああ、それとも、あなたの意志じゃなく、誰かに言われてここにきたのかしら……?」

 こてん、と軽く小首を傾げ、いささか声の声量を落とす。
 普通ならば、女の子がそうすれば可愛いだけだ。男子の視点から見れば、庇護欲をそそる仕草となるだろう。が、レオナの目を真っ向から見ているポップにはとてもそうは思えなかった。

 暗く、淀んだ色合いの瞳からは完全に光が失せている。
 ギョッとして、取り繕うこともできず本音を暴露してしまう。

「いっ、いやっ、別に誰かに言われたってわけじゃないって! ただ、ダイの奴が、あんまり落ち込んでいたから……ッ。何か、あったのかと思って、気になってちょっと来ただけでっ!」

 そう、元はと言えば、ポップがここに来たのはダイのためだった。
 至って元気なダイが、今日は珍しくしょんぼりと落ち込んでいた。レオナの執務室へ行くまでは元気だったダイが、戻ってきた時は見る影もなくしおれていた。

 アポロ達三賢者に聞くと、レオナの方もなにやらいつもと違って不機嫌だという。

 それを最初に聞いた時、ポップはてっきり二人が喧嘩でもしたのかと思った。珍しいとは思ったが、まあ、たいしたことは無いだろうとポップは判断した。

 ダイとレオナは基本的に仲がいい。ただ、ダイがちょっとお子様というか、恋愛感情に疎いせいでレオナの機嫌を損ねることがたまにある。今回も、そんなものだろうと、ポップは思っていた。

 どうせすぐ仲直りするだろうし放置しておいてもいいが、二人ともポップにとっては仲間だし、それに今となっては家族同然に毎日顔を合わせる仲だ。そんな相手がずっと喧嘩したままなのも、なんとなく気まずい。

 それに、ダイに悪気はなかったのは、ポップにはよく分かっている。
 ここ数日、レオナのためにとダイが頑張っていた姿を知っているだけに、親友として後押ししてやりたい気持ちだってある。

 ちょっとした誤解で、食い違っただけだろう――そう思ったからこそ、ポップは軽い気持ちで、二人の仲を仲裁するつもりでやってきたのだ。

 決して、魔王軍に挑んだ時並の覚悟を固めてここにきたわけじゃない。なのに、いざレオナの執務室に来てみれば、バーンパレスの時と同レベルの緊迫感が漂っていた。

 正直言えば、もう、この場で逃げ出したかったが、かの王女の目は語っていた。
 逃げることなど、許さない、と――。

(……大魔王からは、逃げられないんだよなぁ〜)

 過去の経験をしみじみと思い返し、ポップはなんとか笑みを浮かべる。いささか頬が引きつってしまったような気がするが、ここで固まっている場合ではない。

 逃げられないのであれば、なんとか話術を駆使して、この場を切り抜けるまでだ。

「あっ、あのよー、そもそも、今回のことはダイの奴が言い出したんだぜ。姫さんの誕生日がもうすぐだから、なんか、祝いたいってのはさ」

 快活を装って、ポップは極力いつもの調子で話しかける。が、内心は爆弾岩が多数潜んでいる荒野を歩くような心境だった。

 相手に刺激を与えず、それでいて爆弾岩の居場所を確定させなければならない。どこに地雷があるか知らぬまま、地雷原になど突っ込めば、死あるのみだ。

「あら、そうだったの?」

 ほとんど棒読みの口調ながらも、レオナがそれでも頷くのが見えた。
 それを見て、ポップはわずかにホッとする。最悪の場合、この台詞が起爆のきっかけになる可能性も考えていたのだが、どうやら最初の地雷はなんとか避けることが出来たらしい。

(まあ、うそじゃねえからな……一応)

 確かに、ダイから言い出したのは間違いは無い。
 ……そのきっかけとして、三賢者がせっせとダイの部屋だの授業を習う教室などにレオナの誕生日を知らせる張り紙を貼りまくり、家庭教師がわざとらしくも誕生日を祝うことをテーマにした国語を教えたりなどの小細工はあったのは事実だが、ポップはそこまでバカ正直に教える気は無かった。
 世の中には、知るべきではない真実というものもあるのだ。

「ダイの奴、姫さんに喜んでもらえるようなものをプレゼントしたいって言ったんだぜ? あいつ、あれで、今回、めちゃくちゃ悩んでたんだぜ。姫さんの誕生日当日だと、国を挙げてのお祝いになるから、一番にお祝いしたいって言ってたし。
 あのにぶちんが、ずいぶんと進歩したと思わないか?」

 レオナの表情の変化に注意を払いつつ、ポップはダイの奮闘っぷりをアピールする。
 実際、これはダイにとっては大きな進歩だ。

 元々、怪物しか住んでいない無人島で、ただ一人の人間として生きてきたダイには、誕生日なんて概念はなかった。

 魔王軍との戦いの時にポップやレオナはそれに気がついたものの、生憎と言うべきか、その時は仲間の誕生日を祝うような状況でもなかったし、そもそも時期も違っていた。

 その後、魔界に行ったことでますます一般常識から疎くなったダイが、自分からレオナの誕生日を祝いたいと言ったこと自体が、ある意味で奇跡だ。
 同意を求め、怒れる王女にそう訴えると、レオナは少しばかり間を置いてから応えた。

「……そうね。ダイ君がそう思ってくれたなんて、嬉しいわ」

(よしっ、ここもクリアッ!)

 声を出さずに、ポップは内心、快哉をあげる。
 この部分も、どうやらレオナの怒りポイントではなかったようだ。まあ、レオナがダイに抱いている感情を思えば、ここは多分、大丈夫だろうとは思っていたが。

 普通、人は他人から誕生日を祝ってもらうことに悪感情を抱きはしない。ましてやその相手が思い人ならば、尚更だ。

 見れば、レオナの表情がほんの少しだが柔らかくなったのが分かる。
 ダイに誕生日を祝われる――そのこと自体は、彼女は本心から喜んでいるのだろう。

 だが、この先が問題だとポップは気を引き締めた。
 祝ってくれる気持ちは、嬉しいに違いない。
 この『祝う品物』が、問題なのだ。

(あいつ、センスってもんが壊滅的だからなぁ〜)

 ダイの美的感覚は、残念なことに常人の域を大きく外れている。
 そこら辺は、怪物寄りなのだ。これまでも、ダイはレオナへのお土産やらプレゼントとして、怪物を模した人形だの、見るからに不気味で置き場に困るような物を贈ることが多かった。

 ポップでさえこんなの欲しくねえと喚きたくなるような土産を、レオナは何度ももらっている。気持ちが嬉しいからと、引きつりながらも笑顔でそれらを受けとってきたはずのレオナだが、さすがに今回ばかりは我慢が限界突破したのだろうか?

「ダイの奴……今日、姫さんに誕生プレセントを渡しに行っただろ?」

 用心深く、ポップは質問する。
 が、答えを聞くまでもなく、そこは確信していたが。

 レオナの誕生日は三日後なのだが、唯一の王族であり王女であるレオナの誕生日は、国民的なお祝いになる。それこそ、城を上げての大パーティーが開催される予定だ。

 当日は何かと忙しいだろうからと、一日前にプレゼントを渡すように勧めたのは、ポップだった。が、ダイは少し考えた後、それなら今日の方がいいと言った。

 三日前の誕生祝いというのも少し妙な気がしたが、まあ、そのぐらいの降れイングならアリだろうと思い、ポップも賛成した。ついでに、どうせならレオナの仕事が一段落つく時間帯の方がいいだろうと、午前のお茶の時間を狙って執務室へと送り出した。

「ダイの奴が、姫さんに何をプレゼントしようとしたのかは知らないけどさ……大目に見てやるってわけには……」

 そこまで言ったところで言葉が途切れたのは、彼女の目のせいだ。
 つい先程の柔らかな眼差しが瞬時に凍りつき、氷河もかくやとばかりの冷たい眼差しがポップを貫く。

「…………まさか、ダイ君に『アレ』をプレゼントしろって言ったのって、ポップ君なの……?」

「い、いやいやいやいやいやいやっ、ち、違うッ、違うって!」

 渾身の力で首を振りつつ、ポップは否定する。

「おれじゃないっ! っていうか、おれ、ダイの奴が何をプレゼントする気だったのか、知らないんだって!」

 声を張り上げ、ポップは無罪を主張する。
 それに、これは混じりっけなしの事実だ。ダイから『レオナに何をあげたら喜ぶかなー、うーん、むずかしいなー』と、さんざん相談を受けたし、ヤバそうな物を選びかけた時はたしなめておいた。

 いくらなんでも、マンイーターの花束だの、メーダの赤ちゃんだのをもらったところで喜びはしないだろう。

 そして、さんざん悩んだ挙げ句、ようやく決めたとダイが嬉しそうに宣言したのは、今朝のことだった。今日はポップも忙しかったのでダイと話す暇などなく、何を上げる予定だったのか聞いてはいない。

 そして、肩を落として戻ってきたダイは手ぶらだった。
 あまりにしょんぼりしていたダイから、何があったのか聞くのもためらわれてそっとしておいたのだが、こんなことなら無理矢理にでも聞いておけば良かったとポップは切実に思う。

(え、なに……、そんなまずいプレゼントだったのか!?)

 慌てて、ポップはレオナの執務室内を見回す。
 ダイからのプレゼントならば、レオナはセンスが壊滅的であろうとも決して捨てるような真似はしない。

 だが、見たところ、室内には特にそれらしいものはなかった。
 と、ポップのその動きから内心を読んだのか、レオナが素っ気なく言う。

「品物じゃないわよ。……一緒に出かけようってお誘いだったの」

「な、なんだ、悪くねーじゃん」

 心からホッとして、ポップはそう呟く。
 なまじっか変な物体を贈るよりも、一緒に出かける思い出を共有する方が、ずっといいだろう。

 レオナだって、ダイと一緒に出かけるのを好んでいる。
 なかなかそんな機会はないが、その度に目一杯オシャレをしたり、はしゃぐレオナの姿をポップは何度も見ている。

 レオナにとって、ダイと出かけることはデートに等しいのだ。……ダイに、その意識があるかどうかは知らないが。
 とりあえずダイからの誘いならレオナにとってはデートであり、断る理由などないはずだった。

「な、なにか、問題でもあったとか?」

 恐る恐る聞くと、レオナは深くため息をついた。

「……知っている? ダイ君ってば、今日、日が沈んだ後で少しの間だけでいいから、一緒に出かけて欲しいって言ったのよ」

「へ? 日が沈んだ後?」

 一瞬、ポップはきょとんとする。
 お子様なダイはあまり夜更かしを好まないし、夜遊びなんてまだまだ無縁だ。なのに、わざわざ夜を指定したのは純粋に驚きだった。

「あー、それは……。そのー、なんていうかぁー」

 果たして、これは賛成すべきか、反対すべきか。
 ポップはぐるぐると、ものすごい勢いで思考する。ここで判断を違えたらヤバいと思うだけに、真剣だった。

 まず、常識的に言えば、未婚の男女が夜、一緒に出かけると言うのは褒められたことじゃない。
 親や保護者なら、まず、叱る。
 パプニカ城の連中だって、ほぼ全てが止めるだろう。

 そう言う意味では、立場的にはダイやレオナの兄弟子であるポップは、二人を止めてやるべきなのかもしれない。

 が、ぶっちゃけて言ってしまえば、ポップにはそこまで保護者意識が強くない。ヒュンケルやマァムのように、ダイを弟扱いしてこまめに面倒を見る気にはならない。

 なにか問題が起きそうだというならさすがに止めるが、なにせ相手はダイだ。まかり間違っても、問題など起こさないだろう。なら、少しぐらい夜に出かけたって、バレないように戻ってくればいい――それが、ポップのスタンスだ。

 しかし、今、問題にすべきは倫理観でもポップの主義でもない。
 レオナの怒りを、いかにくぐり抜けるか――その一点にかかっている。

(え、えええーーっ、これ、どっちが正解だよっ!? やるじゃん、ヒューヒューって口笛吹いて済ますってんじゃ、ダメなのか!? 賛成すりゃいいのか!? それとも反対しといた方が無難!? ど、どっちなんだよーっ!?)

 最大限の地雷の前に、ノーヒントで放り出されたような心持ちだった。大魔王にその叡智を認められた大魔道士とは言え、ポップは彼女いない歴=年齢の思春期の少年に過ぎない。

 複雑怪奇な、恋する乙女心を理解できるとは言い難かった。
 ……というか、それを理解できるぐらいなら、とっくの昔にポップ自身に彼女が出来ているだろう。

 ポップの意中の人であるマァムをデートに誘ったつもりで、全然理解されなかったり、彼女の怒りを買うなんて日常茶飯事なポップもまた、女心には疎いタイプに分類されるのだ。

 果たしてレオナが、その誘いを喜んだのか、それとも怒ったのかすら理解できない。

 火のついた爆弾を手にしたかのごとく、ワタワタと慌てふためくポップを一瞥し、レオナは不意に、ぷいっと横を向く。
 そして、呟かれたことは、ほとんど聞き取れないほど小さいものだった。

「…………嬉しかったの」

「へ?」

 その反応が意外で、ポップはまたも変な声を上げてしまう。そんなポップの顔も見ないまま、レオナは畳みかけるような勢いで言った。

「だから……嬉しかったのよ、あたしは。ダイ君と夜にデートだなんて、初めてだもの。『レオナに見せたいものが、……ううん、一緒に見たいものがあるんだ』なんて言ってくれたのよ。そんな風に言われて嬉しくないわけ、ないじゃない!」

 勢いがありすぎて、最後らへんはほとんど怒鳴るような勢いでビビってしまうが、それでもレオナがダイの提案を喜んだことだけは、よく分かる。
 だが、それだけに疑問だった。

「な、なら、別にいいじゃねえか。ダイとデートするんのなら、別に止めないっていうか、なんならアポロさん達やヒュンケルをごまかす手助けぐらいしてやるしさ、今からでも一緒に出かけてくれば……」

 後押ししようとしたポップの言葉は、またも途中で遮られる。
 それは、またもレオナに睨まれたせいもあるが、ポップの声を遮って叫ぶ、声のせいでもあった。

「ダメよっ! 行けるわけないでしょ!? だって……だって、うじゃうじゃいる虫なんか見に行くなんて死んでも嫌よーーっ!」





『うんとね、すっごい虫がいっぱいいるんだよ、レオナにも見てもらいたいんだ!!』

 無邪気にそう言い切った勇者に、レオナの心にヒビが入ったのは言うまでも無い。女の子への誘い文句としては、これはなかなかのレベルで最低である。

 だが、レオナはそれでも震えを堪え、果敢に聞き返した。それはいったい、どんな虫なのか、と。
 それに対するダイの返答は、完璧にレオナの心を折った。

『どんな虫って言われても……あっ、そうだ、大きさや見た目は、前におれの部屋で見つけたアレ! えっと、なんだっけ、ゴキなんとかって言う、黒くて素早くてカサカサする虫に似てるよ!』





「ダメよ……っ! アレだけはダメ……耐えきれないわ……ッ! いっくらダイ君の望みでも、あんな黒い悪魔がウヨウヨいるようなおぞましいところにだけは行きたくないわ……ッ!」

 ギュッと固く目を閉じ、身を震わせながら嫌悪を露わにする姫君を見て、ポップはただ、ただ、ボーゼンとするしかなかった。

(いや、姫さん。あんた、大魔王のいる天空城まで行ったくせに……)

 勇猛果敢な姫の思わぬ弱みに呆れる気持ちと、どこまでも天然すぎて説明が抜けまくっているおバカな勇者に呆れる気持ちと、どちらが大きいのやら。

 ――まあ、これで事情は分かったが。
 誕生プレゼントに、ダイからデートで誘われたのに、その行く先が虫の巣窟と知り、断ったレオナ。

 レオナを喜ばせようと思って選んだプレゼントを、拒否されたダイ。
 どちらも相手の反応に傷つき、落ち込んでいるというわけだ。

(あのバカ……ッ! 誕生プレゼントが虫ってくるだけでもアレだっつーに、なんでよりによって虫なんか見せに行こうと思ってたのかよっ!?)

 と、心の中で毒づいてから、ポップはふと、違和感に気がついた。
 虫がプレゼントとして適切かどうかはさておき、すごい虫というのなら、それこそ捕まえてきてプレゼントすればいいだけの話だ。

 と言うより、その方が確実だ。
 昆虫は生きている限り勝手に移動するものだ。見つけた場所に、次に行った時に必ずいるなんて保証はない。

 なのに、ダイはわざわざ、虫がたくさんいる場所にレオナを連れていこうとした……しかも、夜に。

 確かに夜にしか活動しない虫もいるが、夜中だと虫取りはおろか、どこにいるのか見つけることすら難しいだろう。
 それに――。

(……そういや、ダイの奴、今夜がいいって言ったんだよな? 明日でも明後日でもなく、今夜が)

 思い返せば、今夜は確か、新月だった。
 それに気づいた途端、ポップの中で全ての謎が一本に収束する。

「……なーんだ、そーだったのかよ」

 真相が分かってしまえば、あまりの馬鹿馬鹿しさに脱力する。なんて馬鹿馬鹿しいというか、とんだ誤解とすれ違いだ。

 ダイの言葉足らずさとレオナの思い込みが合わさって、思いっきりズレてしまっている。
 ポップは深々とため息をついて、言った。

「……あー、ダイの野郎が言葉足らずだったのはよっく分かるけど、そりゃ、誤解だよ。ダイが見せたいって虫は、Gのつくアレじゃないって。それに、確かに虫が多い場所に行くかもしれないけど、近づく必要もない」

「近づかなくても……いい?」

「ああ。なにより、あの虫なら女の子が見たって平気だと思うぜ」

 ポップのその言葉に、レオナは懐疑的な視線を向けてくる。
 毎月のように、一緒に修羅場をくぐってきたポップには分かる……あれば、山のようにある難解な書類から間違っている部分を見極める時に見せる目だ。

 どんな小さな間違いでも許さないとばかりに、じっとポップを睨みながら、レオナは疑わしげに尋ねてきた。

「女の子でも平気って……それって、マァム基準?」

 なかなかマァムに対して失礼なことを言っているが、ポップはそれを咎める気が無かった。だいたい、ポップ自身、マァムの感性や言動が普通の女の子離れしていると、常々思っているのだから。

 初対面の時、ポップが怯えまくって逃げるしか出来なかったライオンヘッド相手に、平気で一撃を食らわせるような規格外の彼女を、一般女子と同レベルにするのはポップだってためらう。

「いやいや、一般的な女子全般って意味で! あ、そうだっ、なんならメルルだって平気だと思うぜ!」

 ポップとレオナの知り合いの中で、一番一般的な女の子と思える名を上げると、ようやくレオナの表情が緩む。

「メルル……でも? そう、それなら――」

 ホッとしたように、レオナが息をつく。
 それから、ようやく彼女の目に、いつもの彼女らしい怜悧な光がきらめき始めた。
「それにしても――そんな風に言うってことは、ポップ君はダイ君のプレゼントの虫が何なのか、気づいたのね? なら――」
 探りを入れてくるレオナの言葉を、今度はポップが遮る番だった。
「おっと、その虫の名前や行く場所とかは、秘密な。ダイがせっかく、姫さんを驚かせようとさんざん考えたんだから、ここは素直に驚かされてやってくんないか?
 その方が、きっとダイも喜ぶと思うぜ。なんせ、あいつ、姫さんのためにってらしくもなく、さんざん頭を使って悩んでいたんだから」

 その言葉に、レオナは少し間を置いてから微笑む。それは、この部屋に入ってからポップがようやく見ることの出来た、レオナ本来の笑顔だった。

「そうね、そうしちゃおうかしら」

 そう言って頷いただけなら、ポップにとって問題は解決したも同然だった。が、レオナはさらに小悪魔のような笑みを浮かべ、念を押す。

「でも! この際だから、ポップ君にも多少の責任を取ってもらうわ!」





 月のない夜だった。
 星明かりはあっても、その光は月とは比べものにならないほど乏しい。むしろ、遠い空のかそけき光は、地上の暗さをかえって強調するばかりだった。

 これが、まだ村や町の近くなら、家々の明かりが照らし出すかもしれない。
 だが、ここは周囲に村や町の気配すらない、川原だった。
 暗闇の中、ダイはレオナの手をしっかりと握って離さなかった。

「足下に気をつけてね。デコボコしてて、危ないから」

「え、ええ。それで、どこまで行くの?」

 ダイとレオナが、ぴったりと寄り添って歩く。と、その足が止まった。

「この辺。ほら、見える?」

 そう言ってダイが指さした先で、光が点滅し始めた。それは、爪の先程の小さな光にすぎないが、闇夜の中では鮮烈な光を放っている。
 点滅しながら、ふわり、ふわりととりとめも無く飛ぶ光の美しさは圧巻だった。川のせせらぎの中、幻想的な光景が広がっていた。

「うわぁ……っ、きれい!」

 はしゃいだレオナの声が、鳴り響く。それに応じるダイの声も、はしゃいでいた。

「だろっ!? あの光っているのは、ホタルって虫なんだって。ピカピカ光るし、レオナに見せてあげたかったんだ!」

 蛍の光が飛び交う中、勇者とお姫様は楽しそうにはしゃぎ、寄り添い合う……それは、まるで絵本の中の光景のように美しい光景だった――。 





(あー、アホらし……なんだって、おれまで来なきゃいけなかったんだろ?)

 あくびを噛み殺しつつ、ポップは少し離れた所でそれを見ていた。
 いかに絵本のように感動的な場面とは言っても、勇者に憧れる少年少女ならいざ知らず、ダイやレオナの直接の知り合いであるポップにとっては、特別感など微塵も感じない。
 と言うか、なぜ自分がここに加わらなきゃいけないのか、理解に苦しむ。
 
『無いとは思いたいけど、もし、ポップ君の予想が外れて変な虫のいるところに行くのは、嫌だもの。一緒に来て、もし、変な虫がいるようならメドローアかなんかで、吹っ飛ばして欲しいの』

 ケロッとした顔で過激なことを言うレオナに、ポップは嫌とは言えなかった。……そんなことを言えば、特大級の地雷を自ら踏み抜くも同然だと分かっていたし。

 せめて、ダイが二人っきりで出かけたいとでも言えば、これ幸いと遠慮できたものの、あの勇者ときたら、未だにとことん空気が読めないと来ている。

『わあ、ポップも来るの? 嬉しいな、みんなで見た方が楽しいもんね!』

 はしゃいだダイのその言葉を聞いた時の、レオナのあの表情は忘れられない。ひくっと引きつり、不満げな目を投げかけてきたあの顔。
 自分から一緒に来るように頼んだと言うのに、まるで、余計な邪魔者だとでも言わんばかりの顔だった。

 それを思えば、今、辺りが暗くて互いの表情が見えないのは、ある意味で幸いというものだろう。ポップとて、別に好んで両想いのカップルに関わりたくなんかない。馬に蹴られるまでもなく、邪魔する気なんてないのだ。

 いっそ、先に帰ってしまおうかとも思ったが、無言のまま帰れば後で何を言われるか分からないし、ヘタに声をかければ、引き留められるか、逆に一緒に帰ろうと言われそうなので、ポップはひたすら空気に徹する覚悟だった。

 それに――この光景は、見るのが嫌だと言うわけでもない。
 むしろ、ポップにとっては望んだ光景でもある。

 デルムリン島で初めて会った頃から、ダイはレオナを助けたいんだと口癖のように言っていた。
 初めて友達になった、人間の女の子を助けたいのだ、と。

 そして、ポップはレオナのことも知っている。
 行方不明になった勇者を、待ち続けた気丈な姫を。魔王軍との戦いの最中から、レオナは常に勇者のために力を貸し続けた。

 キルバーンのせいで、ダイとレオナは本人達の意志とは無関係に引き離された。そんな二人がようやく、こんな風に一緒に過ごせるようになったのだ。

 世界に平和を導いた勇者と、人間達をまとめ上げたお姫様。
 物語に出てくるような、そんな二人が楽しいひとときを過ごすのを、ポップは邪魔にならないよう、こっそりと見守り続けた――。         END

 
 

《後書き》

 まず最初に白状しちゃいます。レオナの誕生日は、思いっきり捏造です(笑)
 でも、レオナの誕生日って、個人的には夏のイメージがあります。獅子座がぴったりな気がするんですよね♪

 ダイの誕生日は春ぐらいだとすると、牡羊座か牡牛座……獅子座と牡牛座だと相性が割といいですし。

 ところで、この話は『うみねこのスープ』な動画を見ていて、思いついたものでした。

 うみねこ的に言うのなら『大好きな彼氏から、誕生プレゼントをもらった女性がいた。しかし、彼女は少しも喜ばなかった。それはなぜか?』的な、ちょっと変な設定から、質問を重ねることで真相を暴いていくという展開で書いてみました。

 最初はレオナ視点から書き始めたのですが、途中からポップ視点の方が書きやすいことに気がつき、彼の視点からのお話になっています。
 でも、途中まで書いたレオナ視点や、無邪気なダイ視点からのネタもあるので、そっちもいずれ書いてみたいですね。


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