『記憶に残る装束 ー前編ー』 |
国民の前に、彼ら……新たなる勇者一行は姿を現した。 ちょっと照れくさそうな、戸惑ったような表情を見せる英雄達は、年若い。と言うよりも、年齢的にはまだ少年少女に過ぎない。 しかし、まだ子供でありながらも彼らはれっきとした勇者一行であり、魔王軍に打ち勝ってロモス王国を守った英雄だった。 まず、彼らの中で一番注目を集めているのは、なんと言っても勇者だ。 動く度に揺れる短めのマントは、赤かった。部分部分は抑えた装備のおかげで、彼が実は青い簡素な服を着ているのは目立たない。 勇者のすぐ隣には、魔法使いの少年がいた。 緑色ベースのシャツとズボンという、魔法使いらしからぬ軽装。だが、明るい黄色のマントと、上着の胸に刺繍された文様が彼を辛うじて魔法使いらしく見せている。 そして、三人目は唯一の女性……と言うよりも、まだ少女だ。 そんな小さな英雄達を、物陰からこっそりを見やる一団がいた。彼らの胸には、任せられた仕事を見事に成し遂げた満足感と……一種の後悔じみた感情があった。 ぶっちゃけて言うのならば……『……あれ? オレら、もしかしてやりすぎちゃったんじゃね!?』との感情のせいで、彼らの顔は密かに青ざめつつあったのだった――。 「勇者様達の装備を、ですか? それも、明日までに?」 王命に対して思わず聞き返すという無礼を働いてしまった侍従長だが、ロモス王はそれを咎めるどころかニコニコと人なつっこく笑いながら続ける。 「おう、その通りじゃ! 我が国を二度までも救ってくれた小さな勇者とその仲間に、少しでも報いてやりたいのじゃよ」 それは素晴らしい心遣いではあった。 普通ならば、王族からの褒美と言えば財宝や名誉である場合が多い。褒美に値する報酬を与え、場合によっては身分を授与する――大多数の人間にとってそれは満足のいくものだろう。 「無論、彼らに報いるために最初は金貨を与えることは考えたのだが……荷物になるからいらないと断られてしまってな。いやはや、さすがは勇者と言うべきか、無欲なものじゃて」 感心したようにそう言ってのけるロモス王や、それを聞いて「おおっ」と感嘆の声を上げた兵士達は、知るよしも無かった。 勇者は無欲なのではなく、むしろ無知――金の価値をぼんやり程度にしか把握していない無人島育ちの少年にとって、金貨などは食べられないし、キラキラしていて重いだけのものとしか思えなかっただけだと。 「そう言えば、あのマァムと言う娘は勇者アバンの仲間であった戦士ロカと僧侶レイラの娘でしたね。あのお二人も私欲のない、立派な方々でした……彼らの娘であれば、謙虚なのも頷けます」 ロモス王よりもやや年長の大臣が、納得したように頷く。 王からの褒美や近衛隊長への誘いを断り、小さな村でひっそりと暮らすことを選んだ彼らの話は、このロモス王国では勇者アバンの伝説よりもはるかに身近な英雄物語だ。 ……故に、彼らは気づかない。 そして、ついでに言うのなら、ポップもそうだった。 想定以上の金額を差し出されそうになって単にビビったのと、仲間達がさっさと辞退してしまったことを一人だけねだるのはみっともないという見栄が働いて、結果的に慎ましく辞退したに過ぎない。 ……真相を知らないと言うことは、時として幸せなものだ。 「じゃから、彼らのこれからの旅に役に立つであろう、装備をそろえてやりたいんじゃよ」 その気持ちは、兵士達も同じであり、ロモス王の言葉を聞いて嬉しげな表情を見せる。 どこか誇らしげなのは、自分達の仕える王の気配りや優しさに感じ入ったせいだろう。 年齢に似合わぬ茶目っ気と、気さくさを持ち合わせた自国の王は、彼らの誇りだ。 だが……侍従らにとっては、ロモス王のちょっとした思いつきは、地獄の始まりに等しかった。侍従らの中には、すでに不吉な未来を感じ取って青ざめている者もいる。 明日まで、とロモス王は言った。 時間で言えば正午辺り……しかし、国民にお披露目するのがその時間だとしても、その準備はさらに早めに行うものだ。 通常の謁見の時間を考慮すれば、午前10時を挟んで前後一時間ぐらいに見た方がいい。 最短の時間を想定して、午前9時には勇者らへ褒賞の授与をできる状態にもっていくことを考えれば、明日の午前8時までには全ての準備を整えておきたいものだ。 実際の時間は13時間余りと言ったところか。 しかし、彼らを束ねるべき侍従長は違った。 「良き案と存じます。それでは、さっそく勇者様達に採寸をさせていただきましょう」 「いや、ダイ達は疲れたそうで、もう休んでおる。洗濯のため着替えを預かっているので、それで採寸してくれぬかの?」 王の言葉だからあからさまに反論出来ないとは言え、侍従らの何人かの顔がちょっぴり引きつる。 服を作る際には、まずは正確な採寸が必要だ。 ましてや、鎧などは尚更だ。 だが、そんな事情など知らぬロモス王は、にこにこと人好きのする笑みを浮かべる。 「あの子らはもうよく眠っておるようじゃし、起こしたくはない。それに……せっかくなら、サプライズで驚かせてやりたいんじゃよ」 さも楽しげに、自国の王にそう言われてしまえば、返せる答えなど一つしか無い。 「……かしこまりました、では、プレゼントに相応しい装備を用意いたしましょう」
「急げっ!! 時間が無いんだっ、さっさとサイズを測れっ」 「おい、手の空いているヤツは第一倉庫へ行けっ。戦士用の装備一式をありったけ持ってこい!」 「第二倉庫では、魔法使い用の杖を! ああ、第三倉庫からは魔法使い、僧侶用の装備を持てるだけもってこい! 男女別にな!!」 「はっ、はいっ! えーと女魔法使い用のワンピースと、男僧侶用の法衣でいいですか?」 「逆だ、バッカもーんっ! どこを見てたんだ、魔法使いが男用で、僧侶が女用だっ!!」 「え、ええー、普通、その逆じゃないですか? 在庫、あるかなぁ……」 「やかましいっ、マントも必要だし、第五倉庫からは勇者様らのイメージに合いそうなマントをありったけ集めてこい!」 「た、大変ですっ、第五倉庫は怪物の攻撃のせいで半分燃えてしまいました!」 「な、なんだって!? い、いや、それでも燃え残った物ぐらいあるだろう!?」 「先程行われた消火活動のせいで、大半が使い物になりませんよ!」 「それより、さっさと勇者様達の服をよこしてくれ、急いで洗濯しないといけないんだ!」 「ああっ、まだ計り終わっていないんだよっ、洗濯なんか後でもいいだろ!?」 「ふざけるなっ、勇者様達が朝、目覚めた時には洗濯済みの服をお返ししておかなければ、洗濯係の名が廃るだろうが! 乾かす時間を考えると、こっちだってギリギリなんだよっ!!」 城の裏方に当たる使用人室はえらい騒ぎっぷりになっていた。十数人もの男共が入り乱れて、まさに蜂の巣をつついたような大騒ぎっぷりである。 しかし、今のロモス城は魔王軍との戦いで被害を受け、様々な品に不足が生じていた。勇者達の若さのせいでサイズに合った品を探すだけでも、一苦労である。 時間制限があるせいで必要以上に焦りを感じているせいでもあるが、もし、ここに女性陣がいたのならば、これほどの苦労はしなかったことだろう。 別名・森の王国と呼ばれるロモスは、森が国の大部分を占めている。 城の侍女でさえ、今は数えるほどしかいない。 居住地をきめ細やかに清掃し、食事を滞りなく整え、衣装を過不足なく用意するなど、日常的な細かな手配に関しては女性の方が格段に優れている。その事実を、侍従達は嫌と言うほど思い知らされていた。 女房に逃げられて、初めて主婦がどれほど家を支えてくれていたか実感するように、侍従らも女手のなさを痛感しているところだった。 「後半日じゃ、とても一から仕立てていたんじゃ間に合わないぞ。仕方がない、既製服を調整するしかないのだが……」 そう言いながら、侍従長は絶望的な目で揃えられた衣装に目をやる。 動きやすいシンプルなスタイルでありながら、要所要所に刺繍が施されたその服は、騎士の盛装としても十分通用するだろう。色合いやデザインの差はあれど、どれを選んでも勇者の装束として申し分無い。 「……サイズが致命的に違うだろう!? もっと小さいのはないのかぁあああーーーーっ!」 我慢しきれないように侍従長は絶叫する。 当然と言えば当然だが、国から褒美を与えられる騎士や戦士は、成人男性を想定している。とてもじゃないが、12才のダイに合うようなサイズでは無い。 「フフフフフフ…………なにを今更。鎧なんか、すでに全滅しましたよ。数少ない女性用でも、サイズは合いませんでしたよ……勇者様が小さすぎて……」 騎士や戦士用の武器倉庫に行った侍従が、うつろな目で力なく笑っている。 「魔法使い用の服も……あるにはあったんですけどね、これって……どうでしょうねえ?」 と、ゆったりとしたローブを何着か手にした侍従が、ため息交じりにそれを周囲に見せびらかしてみせる。 瞬間、彼らの顔は引きつった。 だが、それだけなら、かいつまんで縫って詰めればなんとかなる。 「なんというか………………じじむさくね?」 一番年若い侍従が、あっさりと本音を口にする。 元々、男性魔法使いというのは高齢の者が多く、色合いやデザインが渋めなのは否めない。ポップのように若い魔法使いには、全くと言っていいほど似合わなかった。 彼らの中で、唯一、既製品でサイズが合いそうなのはマァムのみだ。16才の彼女はほぼ成長期が終わっているのか、成人女性用の服が文句なく似合う。 「倉庫中探しましたが、僧侶戦士の服なんてありませんでしたよ!?」 「っていうか、書庫をざっと調べましたが、近年100年に亘って僧侶戦士という役職自体が皆無です!」 「そもそも僧侶戦士の装束って、どんななんですか!? 僧侶に寄せればいいんですか!? それとも戦士寄り!?」 前例の無い職業に、頭を抱える者が多数だった。 「だいたい、戦士の武器にせよ、僧侶の武器にせよ、彼女の持っている武器よりもいい武器なんてないですよ!? 大勇者アバン様お手製の武器に代わる武器なんて……この城にありますか!?」 「覇者の剣ぐらいしか……いや、でもあれはいずれ真の勇者に渡すための剣なんだし、勝手に授与するわけにはいかないですよね!? 勇者様は勇者様ですが、今はまだ未来の勇者様なんですし!」 「ていうか、それ以前にそれを僧侶戦士に渡すわけにはいかんだろう!! 他の武器は無いのか、他のはっ」 「あ、そーいや忘れてましたけど、魔法使い用の杖って準備しなくていいんですか? 確か、さっきの戦いで壊していましたよね?」 「おい、誰だ、よりによってビキニアーマーなんぞを持ってきたのはっ!?」 「いやぁ〜、あの娘に似合うと思って」 「自分の趣味を混ぜるなぁあああ〜っ!」 いやはや、大混乱であった。 ――夜10時。タイムリミットまで後10時間。 「とにかく、だ! この際、勇者様の衣装は捨ててしまおう!」 あまりにも大胆な方針決定をぶちまけた侍従長の言葉に、誰も反対しなかった。 「勇者様と言えば、剣! 剣だけはいい品を用意すれば、問題なし! 今の勇者様の服をそのまま着ていただくことにして、マントと靴だけ新調する! 後は、彼の身体に合うサイズの部分鎧を用意すれば、なんとか格好だけはつくだろう!!」 半ばヤケクソのような言葉に、ほとんどの者が頷いた。と言うより、頷かざるを得ない。 なにせ、残り時間が少ないのだ。 マント一つにせよ、既製品では引きずるほどに長いと判明しているので、彼のサイズに合わせて縫い直す作業が待っている。 「そうですね……。後はせめて、見栄えのする頭飾りでもご用意しましょう。宝玉と組み合わせた鉢金のようなものならば、サイズも融通が利きますし」 「では、勇者様はそれで決定として、魔法使いの衣装についてだが……旅人の服をベースに改造してはどうだろうか。今、着ている服もどうやらそれっぽいし」 ポップの服のベースは、明らかに既製品の旅人の服だ。シャツとズボンを組み合わせたそれは動きやすく、少年に相応しい品だ。 「旅人の服の中で、一番小さなサイズの物を使って調整するように」 侍従長の決断に、一人が素っ頓狂な声を上げる。 「えぇっ? それだと色がほぼ被っちゃいますが、いいんですか?」 彼が手にしているのは、緑色の旅人の服だった。 旅をする際、草の色がつくことを想定してか安物の旅人の服は緑色をベースにしていることが多い。その意味で色が被ってしまうのは仕方が無いことだが、これではわざわざ新調する意味が無いのでは……そんな空気を振り切るように、侍従長は叫ぶ。 「か、構わんっ! だいたい、彼のサイズに合った魔法使い用の手袋を用意する方が面倒なんだっ、服の色になど構ってられるか!」 身も蓋もない意見だが、真実だった。 それに、ピッタリと手のサイズに合わせた手袋を用意するのは、専門の職人の技術がなければ不可能であり、城下から呼び寄せた革職人達はすでに総出で手袋やら靴の微調整に当たっている。特にポップの手袋のためには、一番のベテランが手を掛けているようだ。 「それよりも、問題は僧侶戦士の服の方だ! 彼女の服は僧侶寄り、という事でいいな!?」 「戦士風の方が似合いそうなのに……」 ビキニアーマーを薦めてきた若い男が不満そうに呟くが、侍従長はそれを黙殺した。なにせ、これまでにさんざん揉めたのだ。これ以上、議論に時間を掛ける気など侍従長には無かった。 「それだと、上に羽織るものが必要ですね。ですが、デザインはどうしましょう?」 その問いに、誰もが頭を抱え込む。 その際、上着に十字架などの信仰上の紋章を飾るのが普通だ。 「問題は刺繍ですね。……アバン様の紋章を使えれば、それが一番いいのでしょうけど」 僧侶ではないが、ポップが羽織っているベスト状の服も似たような造りだ。明らかに手作りで、凝った刺繍が施されている。その刺繍が勇者アバンの家紋だとは、分かる者には一目で分かる。 シンプルだが、アバンの使徒には相応しいデザインだ。 しかし、家紋を第三者が勝手に使うのは許されない。 「残念です、簡単で楽な刺繍デザインなのに……」 刺繍についての感想を漏らしたのは、今のロモスでは数少ない侍女の一人だ。彼女はため息交じりに呟くが、誰もがそれに同感だった。 「どちらにせよ、刺繍は今からじゃ時間が足りん! この際、既存品でもなんなら練習用でもなんでもいいから、何か、適度に使えそうな品を探し出してきてくれ! 模様はそれっぽければ、なんでも構わん!」 この時点で、侍従長は勇者達への尊敬の念よりも締め切りが優先されていた。 「わ、分かりました。じゃあ、不死鳥ラーミアの意匠はいかがでしょう? 戦乱が始まる前に、ちょうど新人侍女達と一緒に練習していた物がいくつかありましたから……」 まだ若い侍女がそう言って、しばらくしてから持ってきたのは数枚の布だった。 不死鳥ラーミアは、伝説に登場する鳥の名前だ。 ――が、侍女が持ってきた布地に描かれた刺繍は、一般的なイメージ画とはほど遠い、丸と直線だけを組み合わせたシンプルにも程があるデザインだった。初心者用の名に恥じぬ、簡素さである。 おまけに完成品ではなく、途中までしか縫われていない物が多数だった。 「で、では、これを女性僧侶の法衣として仕上げるとしよう。夜遅くまで、ご苦労だったな、君はもう休んでいいぞ」 女性に対して気遣いを見せる侍従長に、年若い侍従は軽い調子で口を挟む。 「あー、いいなぁ。自分も、そろそろ眠いし休んでもいいっすか?」 「いいわけあるかぁっ! 後たったの10時間しか無いんだぞっ、みんな、作業にかかるんだ!」 侍従長の命令に、みんなが一斉に動き出した。 《続く》
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