『頼れる未熟者 ー前編ー』

  
 

「集合ーーっ! 全隊員、速やかに集合せよっ!」

 そう叫んだ後で、チウは指で輪を作ってくわえ、思いっきり吹き鳴らす。先代獣王から譲り受けた獣王の笛と違って単なる指笛にすぎないのだが、それでもこの指笛の音が聞こえたのなら集まってくるのが獣王遊撃隊の習慣だった。

 デルムリン島の浜辺に、腰に手を当ててすっくと立つ大ネズミ――その前に、ぞろぞろと怪物達が集まってきた。

「ガルル?」

「キィーキィイイー」

「ゲロゲーロッ」

 などと、賑やかな鳴き声と共に隊員が集まってくる。その光景を見て、隊長であるチウはひどく満足げに頷いてから、ピシッと姿勢を正して声を張り上げた。

「よーし、集まったなっ!? では、点呼を取るぞ、まずは隊員ナンバー1号!」

「ギャオーンッ」

 名を呼ばれると同時に、翼を大きく拡げて奇声をあげたのはパピラスのパピーだった。
 
 チウが真っ先に仲間にしたこのパピラスはメンバー随一の機動力を誇るが、意外と性格的には穏やかだ。翼を拡げればチウを遙かに上回る大きさなのだが、ちゃんと翼を畳んで大人しく木の枝に留まっている。

 それをふんぞり返って見上げてから、チウは敬礼の姿勢を取ってさらに声を張り上げる。

「隊員ナンバー2は永久欠番なので飛ばして、次は隊員ナンバー3!」

 ゴールデンメタルスライム――かつて、ゴメちゃんと呼ばれていた金色のスライムは、もう地上には存在しない。だが、チウは全メンバーを呼ぶ際には彼のナンバーも必ず口にする。

 しかし、そんなチウの細やかな気遣いというか思いやりは、ナンバー3であるマリンスライムにはあまり関心がないらしい。
 名を呼ばれても、大きめの巻き貝はペタッと地べたに伏せてしまってビクリとも動かない。

「こらっ、隊員ナンバー3! 返事ぐらいしないかっ!!」

 大声で怒鳴りつけると、伏せられた巻き貝の中からひょっこりとマリンスライムのマリべえが顔を覗かせる。可愛い外見の割には意外にもちゃっかりとした性格のマリベえは、いかにも面倒くさそうに一声、鳴いた。

「きゅぅ〜……」

 眠いのか、半分潰れているようにぺた〜としているスライムに、チウは一瞬、叱りつけるべきかと悩んでいる様子だ。だが、点呼がまだ終わっていないことを思い出したのか、そちらを優先することに決めたらしい。

「隊員ナンバー4!」

「チュルチュルッ」

 長い舌をピロピロと踊らせながら返事をしたのは、オオアリクイのアリババだ。ずんぐりした体型のオオアリクイはその特徴である鋭いツメを他者に向けないようにして、生真面目に整列に参加している。

「隊員ナンバー5!」

「ドルドルゥ〜」

 ずるり、ずるりと、身体を引きずるカタツムリのような動きで前に進み出たのはドロルのドルやすだった。奇怪な姿であり動きもあまり素早いとは言えない彼は、返事のついでにけぷっと緑色の液体を吐き出した。

 本来ならそれはドロル特有の攻撃手段なのだが、今はうっかりとこぼれてしまっただけのようだ。
 チウは慌ててそれを避けつつも、号令を途切らせることはない。

「隊員ナンバー6!」

 それに対し、紫色の毛皮のウサギがぴょんぴょんと跳ねた後、バンバンと力強く地面を蹴る。

 アルミラージのラミたは角の生えたウサギという外見であり、性質もウサギに似ている。鳴き声はほぼあげないものの、その代わりのように強烈な脚力を持つ足を使って返事をするのだ。

 同族ならば、その足の信号からある程度の意思疎通を取れるのだが、さすがに大ネズミであるチウにはそこまでは分からない。が、部下の返事だと認めて大きく頷いた。

「隊員ナンバー7!」

 そう呼ばれて、パタパタと漂うように飛んできたのは、ドラキーのドナドナだった。コウモリのような姿が特徴のドナドナは、ぽっかり開いたままの口から声を出す。

 が、それはいわゆる超音波と呼ばれる類いのものだったらしい。
 チウ達の耳には直接は聞こえないものの、耳をキーンと貫く刺激に一同は転げ回り、チウも耳を押さえて慌てて制した。

「わっ、わかったっ、そこまで張り切らなくてもいいからっ!」

「キュワワ……」

 ボリュームを下げたのか、普通に聞こえる声でドナドナが鳴く。
 怒られたせいか、表情は全く変わらないながらもシッポがしょんぼりと垂れ下がったところを見ると、しょげているらしい。
 それを感じたのか、チウは幾分声を和らげて部下に声をかけた。

「その声は、敵にあった時に存分に使いたまえ!」

 その励ましに、ドナドナのシッポが嬉しそうに揺れる。

「キュワッ」

 立ち直った部下を満足そうに見てから、チウは一際ふんぞり返って声を張り上げる。

「隊員ナンバー8!」

「グォオオオーーッ」

 力強い雄叫びが、空気を震わせる。
 弱い怪物ならそれだけでも逃げだしかねない吠え声だが、慣れている隊員達もチウもビクともしない。

 二本足で立つ巨大な熊の怪物、グリズリーのクマチャは見た目こそ威圧的だが、性格的にはおっとりとして優しく、隊長には従順だ。
 自分よりも遙かに小柄なチウを、尊敬の目で見おろしている。たいして、チウは巨大な熊を見上げつつも睥睨していた。

「隊員ナンバー9!」

 宙に浮いたままの、巨大なハチともサソリともつかぬ姿をしたハンターフライのバタコの羽音が、少しばかり強まった。

「……ムー……」

 鳴いているのか、それとも息をしただけなのか微妙なラインだが、とりあえず大真面目に返事はしている様子だ

「隊員ナンバー10!」

「ゲロゲーロッ」

 巨大な赤ガエルが、緑色の舌を伸ばして返事をする。大王ガマの大吾は跳ねるのも面倒だとばかりにのっそりと動いているが、その舌はチウに届きそうなぐらいまで長く伸ばされた。

「老師……じゃなくて、隊員ナンバー11は欠席、っと」

 ビースト君という仮の名で大魔王との戦いに参戦したブロキーナ老師は、隊員バッチも渡された獣王遊撃隊の正式メンバーの一人だ。まあ、普段はロモスの山奥で暮らしているせいで滅多に顔を見せることはないが、それでもゴメちゃん同様、チウは必ずナンバー11の名も出欠に混ぜる。

「隊員ナンバー12!」

「へえへえ、聞こえてますって。つーか、最初っからここにいるの、見えてんだろうによ」

 呆れたようにぼやくのは、隊員ナンバー12ことヒムだった。
 金属生命体である彼は銀色に輝く身体で、浜辺にだらしなく胡座をかいて座り込んでいる。以前は無表情だった彼だが、今は随分と表情豊かになっており、呆れたような表情を浮かべていた。

 そんな部下の不満にわずかにムッとした顔を見せるものの、チウはそれでも点呼を優先することにしたらしい。

「隊員ナンバー13及び14!」

「おうおうっ、おれらはひとまとめかよっ!?」

「うらうらっ、おれらをなめんじゃねえっ!?」

 見事なまでにハモって声を上げたものの、それぞれが違う台詞を言っているせいでわけが分からなくなっているのは、鬼小僧の二人だった。

 チウとほぼ同じぐらいの身長、体格で遠目には人間の子供に見えるかも知れない。が、頭に生えた角や大きく尖った耳、背中に申し訳程度に生えた羽が、彼らが怪物だと教えてくれる。

 メンバーの中では最新参のこの二人、台詞はこれ以上ないほど反抗的だったのだが、なまじ二人がハモったせいで言葉が聞き取れなかったせいもあり、チウは怪物の吠え声と同様に受け止めたらしい。
 鷹揚に頷いてから、点呼終了を告げた。

「よし、全員揃ったな! 今日は獣王遊撃隊にとって、重要な任務があるっ! これから先代獣王が説明するので、心して聞くようにっ!!」

 そう言ってから、チウは振り返って笑顔を見せる。

「さっ、クロコダインさん、よろしくお願いしますっ!」

「ああ……」

 わずかに苦笑しながら、後方に座していたクロコダインが応じる。獣王遊撃隊で一番の巨体を誇るクマチャを軽く上回るクロコダインは、立ち上がるだけでも威容を漂わせている。

 しかし、先代獣王を尊敬するメンバー達は恐れる様子もなく、目をキラキラと輝かせて彼に注目する。

 余談だが、チウに対してはやや反抗的だったり、面倒くさそうだったメンバーも、クロコダインに対しては文句なしに尊敬の視線を向けているのだが、幸いにも隊長はこの事実に気づいていなかった。……鈍感力は、時として人を幸せにするものである。

「実はな、一週間後、ロモス城でパーティーが開かれるそうだ。なんでも、ロモス王の銀婚式……結婚25年記念日の祝いらしい。我々にもよければ参加してほしいと招待されたんだが、どうだ?」

 怪物達にできるだけ分かりやすく説明しようと、クロコダインは言葉を選びながらゆっくりと語りかける。

 だが、それでも大半の怪物達にとってはその説明は難しかったらしい。わけが分からないとばかりにキョトンとしたり、首を傾げて仲間と顔を見合わせたりしている。
 そんな中で、真っ先に反応したのはヒムだった。

「って、おいおい、正気かよ!? 人間達のパーティーに、オレらみたいなのが参加したら、大騒ぎになるんじゃねえのかよ?」

 ヒムの心配は、至って常識的なものと言える。
 いくら大魔王が倒され、世界に平和が戻って怪物達が沈静化したとは言え、まだまだ戦いの影響は色濃く残っている。野生の獣を恐れるように、怪物を恐れる人間は決して少数派ではない。……と言うよりも、大多数を占めるだろう。

 それらの事実を、ヒムは持って生まれた知識として知っていた。
 魔王ハドラーの分身体であるヒムは、ハドラーの持っていた常識や知識もそのまま受け継いでいる。だからこそ、ヒムは人間が魔族や怪物を恐れ、差別する現実を受け入れていた。

 勇者一行のように、魔族も怪物も仲間として受け入れてくれる者は珍しい部類だと承知しているからこそ、ヒムは戦いが終わった後、他の遊撃隊メンバーらと共にデルムリン島で暮らす道を選んだ。

 ハドラーから受け継いだ最強を目指す渇望は、ヒュンケルとの戦いで満たすことが出来た。
 となれば、ヒムにはこれ以上無益な戦いを求める気はないし、人間達との間にいざこざを起こしたいとも思わない。

 その思いがあったからこそ、ヒムは勇者ダイの捜索には敢えて参加していない。力を貸してやりたい気持ちはあるものの、一目で人外と分かるヒムにとって、人間達の村や町を巡って聞き込みなどは不向きもいいところだ。

 戦いへの助っ人を頼まれるのならいつでもはせ参じるつもりだが、無用の騒ぎや人間への関与は最小限に抑えた方がいいと考えたのである。
 この怪物達の楽園のような場所を守り、ひっそりと生きていくのも悪くない――そんな風に思っていたところだ。

 なのに、その決意をひっくり返すようなお誘いに、ヒムも驚かずにはいられない。

「ああ、そうなるかもしれんな」

「そうなるかもって……呑気なことを言ってくれるもんだぜ。もし、そうなっちまったら、人間らにとってもこっちにとっても、ろくなことにならねえだろうに」

 呆れたようにぼやきつつも、ヒムの眉間に深い皺が寄る。
 それは、メンバーを心配するからこそ吐き出される悪態だったと。

 元は魔王軍の一員だが、ヒムは熱血漢で意外なぐらい情に厚い男だ。ダイ達と関わることで人間への親しみを持った彼は、人間達の弱さにも理解を示している。

 そして、半ば無理矢理、獣王遊撃隊に勧誘されたにも関わらず、メンバーに対して仲間意識を抱いているヒムは、人間と怪物達の間に仲違いが起きるかも知れないことを心配しているのだろう。

 だからこそクロコダインの意見に反対しているのだが、先代獣王はゆっくりと首を横に振った。

「ああ、それは否定しない。だが、こうは思わないか……それでも出会うからこそ、新しい関係が築けるかも知れない、と」

 静かな言葉だが、そこには確かな力強さが込められていた。
 実際、クロコダインは実体験としてそれを信じている。

 ポップやマァムのような一部の例外はいるにせよ、人間と怪物が共に喜び合えるなどと、かつての彼は信じていなかった。むしろ、距離を置くことこそが唯一の正解だとさえ思っていた。

 しかし、大戦中、パプニカでレオナ奪還を祝って開かれた細やかな宴の時、離れた場所に居たクロコダインをわざわざ探しに来て酒を勧めてくれたのは、バダックを初めとする人間の兵士達だった。

 それ以来、バダックとは年齢や種族を超えた友情を築いたと自負しているクロコダインは、以前ほど否定的な考えはない。むしろ、互いの距離がもっと縮まることを期待しているとさえ言える。

「ヒムは知らないかもしれんが、ロモス王はおおらかな人柄でダイを真っ先に勇者と認めた英傑だ。人間達と怪物達の和解を望んでもいるし、悪い話ではないと思う。

 それに、パーティーと言っても公的なものではなく、ごく内輪で小規模なものだとも言っていたしな」
 クロコダインの言葉添えを聞いても、ヒムの眉間の皺に変化はなかった。

「ふむ……まぁ、あの勇者や魔法使いでもいりゃあ、別に反対も心配もしねえんだけどよ……」

 独り言のように呟いたその言葉は、近くにいたクロコダインにしか聞こえなかっただろう。

(同感だな)

 声に出さず、クロコダインも賛成する。
 怪物を友人として育ったダイや、開けっぴろげな人懐っこさを発揮するポップがいれば、人間と怪物達が混在するパーティーもさぞや賑やいだ場となるだろう。

 しかし、それは無理な話だ。
 最後の戦いで、キルバーンの残した爆弾と共に消えたダイは未だに帰ってこないし、ポップは彼を探しに旅立ってしまった。行方の知れないダイはもちろん、ダイの捜索を最優先するポップにも、これ以上の負担はかけられない。

 これは、彼らの仲間である自分達でなんとかすべき問題だと思える。
 だが、クロコダインにはそれを他者に強制する気はなかった。自分はともかく、他の仲間達には本人らの意志に任せるつもりだ。

「今回のパーティーへの招待は、別に強制じゃない。気が進まないなら、無理に参加しなくてもいいが……オレは参加しようと思っている。
 おまえ達も、気が向くのなら一緒に参加して欲しいのだが」

 そう言って、クロコダインは銃撃隊メンバーをぐるりと見回す。だが、やっぱりパーティーその物がよく分かっていないのか、反応が薄い。

「お、おい、ぱーてぃってなんだ?」

 鬼小僧の一人が不思議そうにチウに尋ねると、チウは得意そうに胸を張った。

「ふふん、知らないのかね? いいか、パーティーというのはだな、みんなで楽しくごちそうを食べることなのだっ!」

「いやっ、ちげーよっ……まあ、オオハズレとは言わねえけどよぉ〜」

 ヒムの小声のツッコミは、チウの言葉に応じてあがった歓声にかき消された。さっきまできょとんとしていた怪物達は『ごちそう』の一言で、目を輝かせている。そんな彼らに、チウは手を大きく突き上げて叫んだ。

「みんな、心配はいらんっ! ぼくがついている、みんなでパーティーに参加しよう!」

 クロコダインのような気遣いなど微塵も感じられない、隊長の一方的な命令に誰一人反対はしなかった。それどころか、これ以上ないほど嬉しそうな表情で、元気よくそれぞれが鳴き声を立てる。
 疑いようもなく、全員一致で参加する気満々だ。

「あ〜、なんか……真面目に心配しているのが馬鹿らしくなってくるぜ、あの隊長さんを見ているとよ」

 呆れているとも、感心しているとも知れない口調のヒムのぼやきに、クロコダインは声を立てて笑った――。  《続く》 

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