『かくして、天使は俗に塗れる』 |
戦いの中で力つき、倒れたロカが目覚めた場所は――天国だった。 鼻をくすぐるいい匂い……ついさっきまでロカがいたはずの、血臭漂う戦場とは別天地ほどにかけ離れている。 これは本格的に死んだのかなと、ゆっくりと目を開けたロカの目に飛び込んできたのは、この世のものとも思えないほど美しい娘だった。 「気がついた? でも、まだ、動かないで……」 優しい声でそう言ったのは、やや癖のある黒髪を肩まで伸ばした僧侶の娘だった。年齢は、17、8才ほどだろうか。 典型的な僧侶が持つ、人をやや萎縮させるような清冽さではなく、物柔らかな雰囲気を身にまとった娘だ。 素朴で、可愛らしい村娘。 だが、ロカの目には、彼女こそは一番美しく見える。 彼女の手はかすかな回復魔法の光を放ち、静かにロカを癒やしてくれている。おそらくロカが気絶している間ずっと、こうしてこんな風に癒やしてくれていたに違いない。 「レイラ……」 その名を呼ぶと、彼女は穏やかに微笑みかけてくれた。 「なぁに?」 「一発、ヤらねえか?」 その言葉を聞いたレイラの目が、きょとんと丸くなる。が、次の瞬間、普段は温和な彼女の目がきりりと吊り上がり、痛烈な勢いの拳がロカの鼻をぶっ叩く。 「ぶげぼっ!?」 ――僧侶とも思えない、実に見事な会心の一撃だった。 鼻の痛みだけでなく、同時に後頭部に響いた痛みにロカは文字通りのたうち回った。 「さっ、さんざんっ人を心配させてっ、無茶しまくって死にかけたばっかりだっていうのに、目が覚めた途端、ソレなのっ!? ソレしか考えられないのっ!? あんたなんか心配した、私が馬鹿だったわっ!」 「いっ、いやっ、待てっ!? そーじゃねえよっ、そんなんじゃねえって!」 必死でロカが抗弁するも、口の達者さで女に勝る男など、そうめったにいるものではない。 「じゃあどういう意味だって言うのよっ、どう聞いたってそーいう意味にしか聞こえないわよっ。あんたの頭にはソレしかないのっ、このケダモノッ!!」 ケダモノと呼ばれるのは、ロカにとってみればひどく心外だった。 もっと精神的な……言ってみれば、もっと純粋な感情が根底にあったからだ。 レイラがものすごく綺麗に見えて、自分とはかけ離れた存在のように思えてしまったからこそ、ロカは彼女を引き戻したいと思った。 神聖で人の手に届かない天使などではなく、彼女が確かに地上にいる人間であると、実感したい。 …………これで、ロカの本心が伝わるわけがあるまい。 が、ロカの口説きはあまりに生々しすぎる上に即物的で、略し過ぎだった。 まだまだ言い足りないとばかりに騒ごうとするレイラを、ロカは強引に抱きしめて、口を封じる。 「ん……っ…ぅ…ん……っ」 激しい、情熱的なキスにレイラが目を見開いて抵抗を見せていたのは少しの間だった。 最初は抗い、ロカを突き飛ばそうとしていた手は、次第に力を失い、彼の背に回されていく。 レイラ自身も彼を抱きしめ、目を閉じてキスを受け入れるようになるまで、そう時間は掛からなかった。 「馬鹿……っ」 ぽつりと呟かれた恋人の言葉を、ロカは全面的に肯定する。 「ああ、そうだな」 「心配、したんだから、すごく……」 涙混じりの潤んだ目で見上げられ、彼女を抱きしめるロカの手により一層の力が籠もる。
「……馬鹿ね……ッ」 言葉こそ同じだが、レイラの赤らめた頬や声音にさっきまでにはない甘さが混じる。 「駄目よ、いつアバン様やみんなが戻ってくるか、分からないもの」 多少の例外やら趣味の差はあるだろうが、秘め事は男女二人っきりだけで行うものであるし、できるなら他人には知られたくはないものだ。 なにより年頃の娘としての恥じらいから、自分達の秘めたる事情を仲間とはいえ第三者に知られるのは、極力避けたいと思う。 「いないんなら、好都合だろ。ここんとこ、ご無沙汰だったしよ……な? やつらが戻ってきたら、すぐに止めるから」 無論、ロカとて仲間の前で恋人との関係をひけらかすつもりはない。 と、なれば互いに考えることは一つだ。 そして、今がまさにそのチャンス到来な時なのに、これを流すような余裕など短気なロカにはなかった。 「ヤろうぜ、レイラ」 ひたすら彼女を求める恋人の姿に、レイラの態度も軟化されていく。 「だって……こんなに明るいのに……せめて、夜まで待って……」 「夜までなんて、待てるかよ! オレ……めちゃくちゃ、おまえとヤリてえ」 ロカのストレートな誘いに、レイラは赤くなりながらも今度は彼を拒絶はしなかった。
神の花嫁とも称される女僧侶――その証しとも言える僧侶の帽子をかぶり、聖印を身に付けたまま異性と交わるのはレイラには抵抗があるらしい。 宿屋などでロカと肌を重ねる時は、レイラは必ず普段は服の下に隠した聖印を外し、もちろん僧侶の帽子を脱いで丁寧に片付けから、ようやく肌を合わせてくる。
「そ、そんなつもりじゃ……っ!!」 真っ赤になって否定するレイラが可愛すぎて、ロカの気分はますます盛り上がる一方だった。 「いいから、たまにはこのままでやろうぜ。大丈夫、服を汚したり破いたりなんかしねえからよ」 不遜なのは承知だが、神よりも自分の方が彼女を手にする資格があるのだと、見せつけてやりたい。 「で、でも、この服のままじゃ……」 まだためらうレイラを無視して、ロカは彼女のベルトを素早く外す。 身体の動きを妨げないよう、身体にぴったりと密着する黒一色のシャツとスパッツ。それは、思わず生唾を飲み込むたくなるほどのセクシーさを発揮する姿だった。 しかも、上着と違ってごく薄い布なので、胸の形どころか乳首の存在までもが明確に察知出来てしまう。 「あ……っ」 レイラの胸は、ロカのお気に入りの部位の一つだ。
「レイラ……これ、持っててくれよ」 「ぁあん……っ。……もう、やぁね……っ」 恥ずかしそうに言いながらも、レイラは望まれるままに上着の裾を受け取る。 ずらしたのは太股の半ばまでにすぎないが、黒いシャツとスパッツに挟まれているだけに、露出された領域の白さが眩いばかりに目を焼く。 本来が清楚な印象な娘であるだけに、乱れれば乱れるほど、その落差が色香として男心を引きつける。 要求を上回る大胆さを見せる恋人の姿に、ロカが目を丸くして思わず見とれていると、レイラは焦れるように身悶えしながら口を開く。 「もう……っ! 胸ばっかりじゃなくて、こっちも……触って……」 怒っているのか、恥ずかしがっているのか分からない催促が、なんとも言えずに愛らしい。 「だ、大胆だな、今日は……」 「馬鹿ね……っ! 早くしないと、困るでしょ」 と、あまりにも現実的な理由を挙げられて、ロカはガッカリせずにはいられない。 「なんだよ〜。たまにはおまえもその気になったのかって、思ったのに……」 露骨にしょんぼりするロカの手を掴んで、レイラは服の影に隠されてしまった自分の秘処へと導く。 「ホントに、馬鹿なんだから。それは……私の身体に聞いて」 そう囁きながら、レイラはロカに熱烈なキスを与えた――。
…………さて、ロカとレイラがすっかりと二人っきりの世界に没頭している頃、少し離れた草原では二人の老人と一人の青年が所在無さげに座り込んでいた。 「あー、お茶がうまいのう」 と、そらっとぼけた顔でしみじみとお茶を啜っているのは、ブロキーナだった。 飲みたければ、お茶の用意どころか食料やら調理道具一式も荷物の中にはある。が、その荷物がロカとレイラのところにあるのだから、意味がない。 「やーれやれ、バレバレなんだよ、あのバカは。ったく、場所と時ぐらいは選んでもらいたいもんだな」 と、そんな憎まれ口を叩きながらも、二人の姿はおろか、声や気配すら届かない所で秘め事が終了するのを待つ辺りが、マトリフの聡明さや思いやりと言うべきか。 「まっ、オレみてえな枯れた年寄りにゃ問題もねえが、てめえはあいつらにちったぁ刺激されてみてもいいんじゃねえのか?」 一行のリーダーである勇者アバンもまた、ロカやレイラとほぼ同年齢だ。 「惚れた女を思って悶々とする夜も、男には必要ってことよ」 アバンに想い人がいることなど、マトリフはとっくに見透かしていた。 いくら勇者と姫という立場が二人の間を阻んでいるとは言え、もっと素直になってもいいい……マトリフにはそう思えるのだが、アバンは済ました顔で言ってのけた。 「そんなこと、私には無理ですね」 思いがけない否定に、二人の老人の視線が集まる。だが、アバンはそれに全く気付いてないような済まし顔のまま、さっきと変わらぬ口調で続ける。 「だって――夜も昼も関係なく、いつも彼女を想っていますから」 アバンは年齢離れした落ち着きと達観さを発揮して、にっこり笑ってお茶を啜って見せる。 「おやおや、そこまで堂々と惚気られるとはな。ふん、あっちでもこっちでもあてられっぱなしとは、身の置き場もねえぜ」 「まったくだね〜。いやはや、若い者はいいよね〜」
仲間達の恋をこっそりと援護するための、暇潰しのための野点……それは、アバン一行には珍しくもない昼下がりの光景だった――。 END 《後書き》 でも、若い頃のこの二人って、ポップとマァムの関係にどこか似ていて、それでいてもっと積極的っぽい雰囲気があるのが好きで、前から書いてみたかったんです! ……しかし、表でロカ×レイラを書く前に、いきなり地下で書いちゃうのってどうなんだか……(笑) ところで、レイラの口調を「馬鹿」にしてたのは、マァムがポップによく「バカ」と言っているのと、差をつけるためです。
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